焚き木の周りを囲む。
炎はユラユラと揺らぎ、パチパチという音を立て弾ける。
辺り一帯は暗く、木々が不気味にざわざわと騒ぎ出す。
そんな心細くなるような夜の森の様相を気にも止めず魔物たちは踊り、歌い、飲み食いをし、時に笑い、時に大声を上げたりして、この饗宴を思い思いに楽しんでいる。
これを築き上げたのは、スライム。妖魔族のリムル=テンペストだ。
ジュラの森の魔物たちは常に弱肉強食の世で日々生存競争に明け暮れている。支配することは有っても、元々共生関係の魔物同士でなければ、他種族が協力し合うことはほぼ無い。だというのに、ゴブリン族と牙狼族の二種が対等に肩を並べている。何の怨嗟も悔恨も無く。
それをオレは、尊いと思った。
「混ざらないのか?」
そう言いながら、リムルがぴょんぴょん跳ねながら駆け寄ってくる。
「ああ。遠くから眺めてみたいと思ってな。」
ゴブリンたちの集落が一望できる高台。俺はその上にポツンと一本だけ存在している木に寄りかかり、宴の様子を見下ろしていた。ツマミの肉と酒、はないので水もちゃっかり持ってきている。
「もしかして、ヒト混みが苦手なのか。」
「んー。まあ、それもある。」
人目を避けようと辺境に住んでいたことだし。他者との関わりはここ二百年ほど絶っている。今となってはどう他人と関わって良いかわからなくなってきている。自業自得だけれども。
しかしヒトが苦手か、と言われればそうでもない。
「そうなのか?」
おうとも。これでもジュラの森へ来る前は、傭兵をしていた。
傭兵として人の国を転々としていたし、その過程でたくさんの人だけでなく、魔物とも会った。………殺伐とした関係であることが大変多かったが、友誼を結んだ奴も居なかったわけではない。何やかんやでかなり充実した生活を送っていた。………送れていたんだがな。
「………。」
ああ、そう気を遣わなくていい。親交を絶ったのは、たいした理由じゃない。大切な人を亡くしたとか、裏切られたとか、そんな大層な出来事が起きた訳じゃあない。
「………なら、どうしてなんだ。」
リムルも知的好奇心には勝てなかったらしい。気まずそうに数巡迷った後、そう聞いてきた。
「弱かったからさ。」
「………。隠れるのも下手だったしな。」
「手厳しいな。………事実だから、仕方ないんだけれども。」
「………で、弱いってのは力か。それとも心か。」
「どちらもだ。」
ツマミの肉はもうすでに最後の一口のみとなった。
それを咀嚼し呑み込んでから、再び口を開く。
「長い時を生きているとな、自分がいかに矮小な存在か、よくわかってくるんだ。強い奴はすぐ強くなるが、弱い奴はいつまで経っても弱いままだ。積み上げてきた年月も、才能の前には敗ける。」
「長生きなのか。」
「ツッコむとこ、そこか?並みの魔物よりかは長生き、とだけ。」
「なあ、長く生きてるなら、知略を磨いて財力を蓄えるとか他のやり方はできなかったのか。」
「そりゃあ、考えたさ。けどこの世界じゃ、たった一つのミスで全て無に帰す。結局、武力が全て、だからな。しかも、個人の力だけでな。」
「そうとも限らないだろう。」
リムルは少し怒っているようだった。
「一人だけだと、何もできない。たとえ、強者だろうと、知恵を振り絞ってたくさんのヒトが力を合わせれば倒せるだろ。」
「一理ある。が、本当に強い奴相手だと、知恵者は重用されても、強者は倒せないんだよな、コレが。」
一息吐く。心を鎮め、あくまで冷静に語る。
「ーーその一例が、姉だ。」
「姉?」
「諸事情あって名前は伏せるが、ものすごく強くてさ。策略とか財力とかそんなの全部御構い無し。むしろ上等、ってな感じなワケよ。」
「へぇ、すごいんだな。セリムのお姉さん。」
「すごいとも。………昔は、オレも姉に及ばないまでも遊んでも支障が無いくらいだったんだけど。姉が強くなりすぎたのか、オレが弱くなっていったのか、じゃれ合いすらキツくなってきてな。」
「仲はいいんだな。」
「親はオレたちが小さい頃に死んでしまったからかな。姉弟仲は良いんだよ。………歳を重ねるごとに強くなっていく姉さんをみて、自らの弱さを痛感して惨めになったのさ。」
「そうか………。」
沈黙。微妙な空気が流れる。
「………ところで、ヒト混みが苦手だそうけれど、この集落の様子はどうだね、セリム君?」
リムルが態とらしく朗らかに茶化すように、話を振る。この妙な空気を晴らすためかと思われる。オレも気まずいのは嫌なので、その話題に乗ることにした。
「集落としては及第点。だが、まあ………家の作りがお粗末だな。」
「だよねぇ………。」
はぁ、とリムルは深い溜息を吐いた。本人としても、この出来に満足していないのだろう。あからさまに落ち込んでいる。
「家造りのノウハウが無いからなぁ。やっぱり、技術者を招くべきだよなぁ。セリム君、当てとかないですかね。」
「無い。このあたりのツテはさっぱりなんだ。」
「そっかぁああぁぁ。」
リムルは頷きつつも、溜息を吐く。随分と頭を悩ませているので力になりたいが、無いものは無いので仕方がない。
「もしかすると、ゴブリンたちなら知っているかもな。」
「………ホント?」
「オレは生存競争とかと無縁の地で過ごしていたから情報が入ってこなかったが、ゴブリンたちはそうでもないからな。情報がいやでも入ってくる。手に入れるざるを得ないはずだよ。」
「………ちょっとその理論分かりそうで分からないけど、取り敢えず聞いてみることにするよ。ありがとう。」
「………結局、お前の配下の者達に聞かなきゃいけないってのも、オレからの情報の収穫は全く無かった証のようなもんだがな。」
「素直に礼は受け取っておけよ。」
「捻くれ者なんで。」
そのあと他愛もない雑談で夜はさらに更け、そして朝を迎えたのだった。
*
朝方、リムルが見送ってくれるとのことで、リムルたちの住む集落の外れの方に来ている。
「たいして寝てないのに帰って平気なのか?」
「平気、平気。体は丈夫だから。」
呆れた目でこちらを見てくる。
「ジュラの森から出て行くって話だし、積もる準備だってあるはずだろうに。」
「今から帰って支度しても問題ない。」
「タフだねぇ………。」
遠い目で空を見つめているが、何かあったのだろうか。
「とはいえ、お前だって支障は出ないだろ?」
「………俺はそもそもそういう身体なんで。」
「さいですか。」
なら、何も文句はないはずだというのに、心配性め。
「そろそろ行くわ。荷物整理が待ってる。」
「………また、会えるといいな。」
「死ななければ、会えるだろ。ゴタゴタが落ち着いたら会いに行くし。」
「楽しみに待つとするよ。」
別れの挨拶を交わす。しばらくは、サヨナラだ。
その前に、一つ言わなければならないことがある。
「なあ、リムル。」
「………ん、何だ。」
「魔王には、気をつけろよ。」
「………魔王?」
リムルが頭の上に?マークを出している。
そもそも魔王という概念が分かっていないな、こりゃ。
「とっても強い奴ら、とでも思っとけ。」
「………複数いるのか。」
「総称だからな。………ジュラの森は、資源も労力も豊富だ。ヴェルドラが居ない今、狙っている奴らもいることだろう。」
ヴェルドラ、のあたりでビクッとしていたが、あとは深刻な表情でオレの話に耳を傾けていた。危機感を抱かせることには成功したようだ。
「………お前がこの森から出るのも、それ関連か?」
「………まあ、な。」
姉が来そうだから逃げます、とは口が裂けても言えない。
「頭には入れておくよ。ありがとう、警告してくれて。」
「世話になったからな。」
改めて集落を見渡す。家作りの作業中であるが、そこには笑顔があった。リムルは良き頭領として君臨しているようだった。
「この集落の風景、オレは好きだよ。」
「俺もだ。」
だからこそ、魔王の支配下に入らざるを得なくなるであろう未来が口惜しい。一夜だけではあったが、止まりたいと思えるほどに。
しかし、オレがいては壊してしまうことだろう。主に姉のせいで。
「それじゃ、さようなら。………集落の発展、頑張れよ。達者でな。」
「セリムもな。」
魔物を率いる特異なスライム、リムル=テンペスト。一夜だけの関わりであったが、その存在は確とオレの脳裏に刻まれたのであった。こうしてリムルとオレの行く先は違えたが、しかし再会するのはそう案外遠くないのかもしれない。
半年ほど忙しくなりますのでしばらく更新を控えます。ご了承ください。