アステロイドが肉薄する中、村上鋼は落ち着いてレイガストを構える。
眼前にいる、メガネの少年を見据えながら。
村上は、機を待っている。
少年が――攻め気を出す瞬間を。
村上鋼と眼前の少年は、市街地の仮想空間の中十本勝負の三本目を執り行っていた。
ここまで村上、少年共に一本ずつ取っている。
一本目は、村上の猛攻を防ぎきれずに少年が敗北。
二本目は、緻密に張り巡らしたスパイダー地帯に村上を誘い込んだ少年の作戦により、村上が敗北。
その上での、三本目。
村上は、少年と相対した住宅街の中、射撃を行う少年からつかず離れずの距離を保ち――ジリジリと詰めていく。
少年は、逃げが抜群にうまい。
一本目こそ対応に遅れ村上に敗れたものの、二本目はカメレオンとスパイダーを器用に使いこなしむしろ村上を誘い込んだ。
こちらが攻め気を見せれば、少年は逃げを選択する。そうなれば、撃破が難しくなる。
少年は――とかく射撃技術が抜きんでている。
狙いを定める、という予備動作が全く見られない。銃を構えた瞬間には、もう急所に弾丸が放たれている。逃げる彼を不用意に追えば、その隙に容赦なく弾丸を撃ち込まれる。
二本目も、村上がスラスターによる高速移動中に一寸違わぬ正確さで足を削り取るという常軌を逸した射撃技術を披露し、村上を追い込んでいた。
不用意な攻めをすれば、一瞬にして削られる。防御に集中しているからこそ、今少年の弾丸を防げているのだと。
そう理解できているからこそ、村上は慎重に距離を詰める。
逃げに転じる前に、仕留める。
正確に撃ちだされるアステロイドをレイガストで防ぎながら、村上は思考する。
スラスターを起動するタイミング。
少年が焦れる瞬間を。
されど。
――落ち着いている。
少年は、村上の意図に気づいているのか――全く焦る様子はない。
変わらぬ集中力を保ちながら、アステロイドを放っている。
――だが、この膠着状態が続けば間違いなくジリ貧なのはお前の方だぞ。
レイガストを盾に近づく村上と、アステロイドを打ち続けている少年。トリオンの消費が激しいのはどちらか一目瞭然であろう。
この状態が続くならば、いずれ少年は状況を変えんと動く必要がある。
少年も冷や汗をかきながら、――銃を、降ろした。
ここだ、と村上は判断した。
スラスターを起動し、少年へ向かう。
このまま距離を詰め、旋空弧月により少年を切り裂く。今回足は削れていない。逃げる隙は与えない。
少年は、銃を下ろし――新たに、トリガーを発動させる。
「なに」
二本目まで見せなかった――グラスホッパーを。
少年はグラスホッパーを踏み、村上との距離を一気に離し、塀を乗り越え一軒家の中に窓をぶち抜き入っていった。
――狙いはわかった。
恐らくあの家の中でスパイダーを張り巡らしているのだろう。
そうはさせまじと村上もまたすぐさまスラスターの高速移動により家の中に入る。スパイダーを張る前に、叩き潰す。
敷地に入り込んだ瞬間――複数の軌道を描き、家の中からバイパーが襲い掛かる。
チ、と舌打ちをしながら村上はレイガストによりそれを防ぐ。
その瞬間。
「な」
家の中から、何かが横切った。
銃声と、共に。
――戦闘体活動限界。緊急脱出。
いつの間にかぽっかりと開いた頭部と胸部を他人事のように見つめ――村上の身体は、崩れ落ちた。
少年――野比のび太は一つ息を吐いた。
※
その後――村上とのび太の勝負は7:3で村上の勝利となった。
前半で三本をとったものの五本目からのインターバルを経て村上は完全にのび太の動きに対応するようになった。
射撃を掻い潜り、正確無比な旋空の連撃を浴びせられるようになり、のび太は五本連続の敗北を喫することになった。
「------くそぅ。やっぱり僕はダメなんじゃないか-------」
結果。
のび太はいじけていた。
「何だよ-----何であんなに簡単に対応するんだよぉ-----」
ぶつぶつと文句を言いながら、のび太はブースの隅っこに体育座りしながら、指先をいじいじと地面に回し続けていた。
「――何をいじけてんだい、のび太」
声が聞こえてくる。
実に。実に。小憎らしい声音で。
声の方向を、のび太もまた小憎らしい表情で振り返る。
そこには――何やら不思議な青いロボットがそこにいた。
丸っこい顔。丸っこい胴体。丸っこい腕に丸っこい脚。ついでに掌も完全な球体。
耳のない猫型ロボットが、そこにいた。
「いじけもするさ。なんだよあの理不尽」
「まあ君の頭だとアレは理不尽に見えるか。君は実に視野が狭いなぁ」
「何だよ!君まで僕の事バカにしやがって!」
「いいかいのび太。この世には君なんかよりも頭もよくて対応力もある人がごまんといるんだ。そういう人が相手だっただけだよ」
「--------」
悔し気に表情を歪めるのび太を見つめ、――突如、ハッと何かに気づいたようにロボットは表情を変える。
「あ。ごまんじゃきかないや。ひゃはははは」
「きー!!」
のび太はそのロボットを掴まんと腕を振り上げるが、されどひょい、と避けられる。
「でも二本目の戦い方は中々よかったじゃないか。バイパーで相手の足を止めさせて、トリガーを切り替えてグラスホッパーの高速移動中にアステロイドを当てる。アレは完全に相手も想定外だっただろう」
「うん。僕もとっさに思いついちゃった」
「銃を握るとほんとに別人みたいに頭が冴えるね。常日頃から拳銃を持っていればもうちっとまともになれるのかね」
「警察に捕まるだろ------」
「それもそうか。やっぱりのび太を真人間にするのは難しいみたいだね」
「きー!!」
ブースの中、ロボットと喧しく言い合う人間が一人。
その二人の名は――野比のび太、及びドラえもん。
ボーダーB級隊員と、ボーダー試作型トリオンロボット(仮)の両者であった。
※
野比のび太は、一年前にボーダーに入隊した小学生の男の子である。
平均よりも高いトリオン量に希望を見出されたものの、残念ながらそれ以外の要素全てがマイナス評価の塊であり、入隊させるかどうか散々上層部を悩ませたのだが、結局は入隊することとなり周りから散々に驚かれた過去を持つ。――とある実力派エリートの口添えによって入隊できたなどと、本人はつゆとも知らないわけだが。
それから彼はあらゆる訓練においてワーストの結果を残す羽目となる。仮想空間で自分が切り裂かれる瞬間に泡を吹いて倒れ、トリオン兵を目にしてまた泡を吹き倒れ、ついでに同期入隊のエリートである木虎の迫力にまた泡を吹いて倒れた。
もともと「かっこよさそう」という理由で、近接攻撃手トリガーである「弧月」を手に戦っていたが、攻撃も回避も鈍く更に恐ろしく度胸のない性格ゆえに敗北を積み重ねていた――のだが。
彼はガンナーへ転向することとなる。
とあるA級隊員に、偶然ガンナーの素晴らしさと二宮匡貴の素晴らしさを熱弁された事をきっかけにガンナーへ転身。話の半分どころかおよそ九割九分九厘理解できなかったが「ガンナーはかっこいいし、あわよくば女子からモテる」という発想の転換を基にした決意であった。
それから彼の躍進が始まる。
拳銃を手にした瞬間より、彼はまさしく天賦の才を発揮し始めた。完全なカモとして認識されていた中、彼はその全員を返り討ちにし、訓練の成績も飛躍的に上昇した。構えから引き金を引くまでの速さと正確さがあまりにも常軌を逸しており、シールドのないC級隊員はもはや武器を構える間もなく撃ち抜かれて終わり――という理不尽極まりない状況におかれていた。
B級に上がった後の彼は、バッグワーム、カメレオン、スパイダー、グラスホッパー、と逃走に有用なトリガーで固め、後はアステロイドとバイパーの拳銃を一丁ずつセット。相手に「近づけさせない」事を信条とした戦い方を続けていた。
だが、まだ隊には入っていない訳だが。
「いいかい、のび太。君はこれから絶対にA級に上がって、遠征に行ってもらわなければならないんだ。わかってる?」
「わ。わかっているよ」
「そのために――僕はタイムマシンを使ってまでここに来たんだから」
ドラえもんはそう言うと、のび太も答える。
「――うん。わかっている。未来でアフトクラトルって異世界の国が僕達の世界に進攻してきたんだよね」
「そう。――それを防ぐために、君が必要なんだ」
ドラえもんはブースの中、真剣な目でのび太を見据える。
「取り敢えずは、まあ――まずはA級だ。頑張るぞ」
うん、とのび太は頷くとそのままブースを後にした。
「まあ。――ここで誘いが来ない辺りものび太らしいや。がはは」
「いちいちうるさいなぁ!!」
一つ彼は、ロボットの頭をたたいた。
これは――使命を背負った一人の少年の物語である。