ドラえもん のび太の境界防衛記   作:丸米

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玉狛支部④

「おおー。試合が白熱してきましたね―。2対2ですよ」

「-----ちょっと遊真!あんなメガネに後れを取るなんてどういう事よ!」

「----いい銃手だな、あのメガネの隊員は。距離の取り方が絶妙だ」

「空閑----何をやっているんだ」

「遊真君----」

「ゆうまー!まけるなー!玉狛支部がまけることはゆるされないのだぞー!」

「-----」

いつの間にやら。

ブースの前には、玉狛支部一同+ドラえもんがモニターの前にいた。

陽太郎と小南は叫び、レイジは分析を行い、修と千佳は戸惑い、烏丸は無言のままモニターを眺めていた。

そして。

ドラえもんもまた、

「------」

静かに、画面を見つめていた。

―ーこの勝負、伊達や酔狂じゃない。

あの阿呆ののび太が、戦わざるを得ないほどの理由があの戦いにあることを、確信できた。

「------」

―ー普段、怠けているのび太にあれだけ文句を言ってきたのだ。

自発的に何かをしようとするのび太にまで口を出すのは可哀想だろう。

だから、黙って勝負を見守ることにした。

 

 

のび太と遊真の戦いは、ラウンド5までもつれ込んでいた。

ラウンド2、3と連勝した遊真は、されどラウンド4にてのび太の曲芸撃ちにより僅差の敗北を喫した。

 

続く、ラウンド5.

 

転送位置は、六階建ての高い建物を挟み向かい合う形。

迂回して街路を辿るか、建物の上を通って来るか。

異なる街路に転送されたが、距離としてはそれほど遠くない。スパイダーを張る余裕はあまりない。

 

「-------」

 

それでも、のび太はいつもなら中途半端になろうともスパイダーを街路に張り、距離を取りながら戦う方法を選んだであろう。

のび太は、臆病だから。

 

――だが。理解している。

もうそのやり方は通用しない。

周囲の街路は広く、それだけスパイダーの効果範囲は狭まっていく。開けた場所で急ごしらえで作ったスパイダーの巣は、機動力のある遊真にとってむしろ有利に働かせる事にもなりえる。

 

ならばどうする。

考えろ。

必死に考えろ。

即座に、これから遊真がどう動くかを。

 

機動力を活かし上を通るか。

射線の通りにくい迂回路を通るか。

 

――きっと迂回路を渡る。遊真君なら、きっとそうする。

のび太も、これまでの四回の戦いで遊真の戦い方を理解してきた。

彼は博打を打つことはあれど、決して悪手は選ばない。周りをしっかり見えているし、のび太の戦い方にすぐに対応している。

建物の上を通ってのび太の下へ向かう。それは上方からの急襲という、一瞬で勝負を決着できる手札を切れると同時に―ー射線を遮るものが何もない空間に身を投げ出すリスクがある。

遊真は、リスクを取ることに恐れを抱いている様子はない。だが、必要のないリスクを取るような愚か者では勿論ない。だから、彼は迂回路を通る。勝負を急がない。

 

――遊真君は僕の臆病さを理解している。それを前提に戦略を組み立てている。

その前提を崩す。

その先にしか、勝利はない。

憶病故に作り出された戦い方。

だからこそ。

ここで―ー勇気を、振り絞れ!

 

「おぉ」

空閑遊真は、感嘆の声を上げた。

迂回路を回りのび太と相対しようとした彼の目に映ったのは――。

 

建物の上に向かい、上方から遊真に銃口を向けるのび太の姿であった。

「------成程。ちょっと読み違えたよ、のび太」

仮に。

遊真が建物の上を通っていれば、その瞬間に勝負はついていた。機動力に勝る遊真がすぐさま上を取り、射角が取れないのび太の死角から首を刈って終い―ーそういうリスクもあった。

 

遊真が、のび太の戦い方や性格を読み取っていたように、のび太もここにきて遊真を理解してきたのだ。

ここで、遊真は迂回してくると。そういう戦い方をすると。

 

「――面白いじゃん」

遊真もまた受けて立つことにした。

のび太に向かい向かい―ー建物へ向かって行った。

 

 

アステロイドを撃つ。

真っすぐな軌道に身をよじるその間に、時間差でバイパーを放つ。

上方から、直線と曲線を駆使し、迫りくるアサシンを削っていく。

 

全方位から迫りくるバイパーをシールドで防ぎつつ、必殺のアステロイドは確実に避けていく。

じわり。

じわり。

迫ってくる。

 

――やっぱり、空中戦で倒せる相手じゃない。

 

のび太は、サブのバイパーを解除すると同時に、身を投げ出して建物の中に入る。

当然、その動きを見て遊真もまた追撃をかける。同じように窓から建物の中に侵入すると、逃げるのび太の背中を追う。

コンクリに包まれた殺風景な建物の中、遊真はのび太の身体が向かう先を見る。

されど。

 

「-----消えた?」

レーダーに映っているはずののび太の姿は、視界から消えていた。

思わず遊真は、周囲を見渡す。

 

そして、レーダーは―ー瞬時にのび太が上階へと向かったことを示す。

「----解った」

そう遊真が呟いた瞬間、――銃声と共に、背後から迫りくる弾丸の気配。

外から、遊真へバイパーが襲い掛かる。

「-----カメレオン、か」

窓から横殴りの雨のように入ってくるバイパーを防ぎながら、遊真はそう呟いた。

建物の中に入り、遊真の視界から離れた瞬間に、バイパーを解除しカメレオンを起動。追撃する遊真の視界を透明化によって欺き、その足で上階へ向かい、カメレオンを解除。上階から外へ向かいバイパーを放ち、遊真を迎撃。一連の流れをまとめると、こんなものか。

 

------上手い使い方だ。

一度遊真の視界から逃れ、視界に入った瞬間にカメレオンを発動。視界から離れた所で発動させたからこそ、遊真は周囲を見渡す、という隙を作ってしまった。だから、こうして

 

「だけど、今度こそ追いつく」

レーダーを頼りに、遊真はのび太の追撃を続ける。

のび太は―ー建物五階奥にある、広いスペースの部屋に留まっている。

 

――スパイダーか。

その時間は与えない。

遊真は全速力で建物を駆け上がり、のび太がいる部屋を蹴り開ける。

 

「--------」

「やあのび太。――追い詰めたよ」

のび太は、部屋の奥にアステロイド拳銃を構え佇んでいた。

 

遊真は、周囲を見る。

見えにくい糸と黒い糸が半々。本数は少ない。しっかり位置もわかる。あまり手の込んだ糸を張る時間は流石になかったのだろう。この程度ならば、何の問題もなく攻撃に転じれる。

 

遊真が、足を踏み出す。

それと同時に―ーのび太の左手が、後ろ側へ。

 

「お」

四角形の足場が形成されると同時、のび太はそれに足をかける。

―ー補助トリガーである、グラスホッパーだ。

その瞬間―ー遊真の視界から逃れるような軌道で、のび太は勢いをつけて飛び上がった。

 

飛び上がり、向かう先は―ー張り巡らせたスパイダー。

右手でアステロイドを構え、同時に左手でスパイダーを握る。

 

ぐん、とその身をスパイダーによって押しとどめ―ー遊真に向かって銃弾を放ち、遊真の足を止める。

 

足が、止まった。

ここだ、とのび太は―ー勝負に出る。

 

スパイダーを握る左手を離し、もう一度―ーグラスホッパーを生成し、左手をおく。

 

今度は、完全に遊真の横を通り過ぎる軌道で。

そのすれ違いざまに―ーアステロイドを、放つ。

以前、村上鋼を仕留めた、のび太の技。

 

それは、

「――」

即座にスコーピオンを左手に生やし、遊真はその弾道にそれを置く。

左手が吹き飛ぶと同時に、遊真は身をよじり―ーアステロイドは、遊真の背後を過ぎ去っていく。

 

「---------」

グラスホッパーの勢いを殺しきれず、着地の瞬間に一瞬の隙が生まれた、のび太。

その隙を逃さず―ー遊真の右手のスコーピオンが、のび太の首を刈り飛ばした。

 

最終ラウンド。

勝者は―ー空閑遊真であった。

 

 

「勝者は―ー何でもお願いを言えるんだよね」

「-------うん」

 

悔しい。

本当に、悔しかった。

 

自分の全力が―ーあと一歩まで、届かなかった。

2対3。

僅差の敗北。されど―ーあと一回勝負をして勝てるかといえば、間違いなくノーであろう。

全てを出し切った上で、この結果だ。

飲み込むほか、なかった。

 

「じゃあ。のびた。――おれの友達を守ってやってくれ。それがおれのお願いだ」

「え」

空閑遊真はにこりと笑うと、――こう言った。

「おれよりも、のびたよりも、よわっちいのに―ーでも無茶するやつが一人いるんだ。だから、そいつがピンチで、俺が助けてやれない時。――代わりに、助けてやって欲しいんだ」

遊真はそう言うと―ーのび太の前に手を差し出す。

 

「改めて―ーおれの名前は、空閑遊真。よろしく」

「----野比のび太、です」

「それじゃあ―ーのびた。よろしく頼んだよ」


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