巴虎太郎は、のび太がB級に上がる前までボーダー唯一の小学生正隊員だった男である。
彼が持つ戦いに関するセンスの高さ、潜在能力はボーダーでもトップクラスであろう。現在彼はB級中位の柿崎隊隊員の一人として、存分にその力を発揮している。
そんな彼は、拳銃と弧月の両方を駆使し戦う銃手である。
横手から弾丸を撃つと、弾丸は弧を描きのび太へと向かって行く。
射出された瞬間、対象に向かい自動追尾するトリオン弾である「ハウンド」。
それを、虎太郎は三発ほど放った。
のび太の側面から襲い掛かるそれをシールドで防がれると同時、虎太郎は瞬時に弧月を振りかぶりながら近づいてくる。
――早い。
戦法は非常に単純。ハウンドで相手の側面にシールドを張らせ、正面から弧月で特攻を行い、斬り伏せにかかる。
単純であるが――高い機動力と銃手、攻撃手、双方の能力を持たねばそもそも出来ない戦法でもある。
だが。
――それでも、遊真君よりも、早くはない。
距離を詰められるその前に。
のび太の銃口は既に虎太郎の頭部に向けられていた。
銃声と共に、虎太郎の頭部が弾き飛ばされる。
こうして――のび太と虎太郎の一回目の勝負は、のび太の勝利となった。
※
「-------」
して。
結果――のび太の全勝で二人は勝負を終えた。
そもそも、のび太と虎太郎は非常に相性が悪かった。虎太郎は銃と弧月の双方を使い分ける関係で、攻めに転じる際どうしてもシールドを張れない為か防御面に隙ができる。更に、銃弾は威力重視の為か射程を幾らか犠牲にしており、その分でものび太に分があった。
攻撃の出が速く、その上で射程においても差があるのび太相手では、そもそも虎太郎の攻撃範囲にのび太を呼び込むまでも一苦労しなければならない。
とはいえ、久々に味わう全敗は虎太郎を気落ちさせるには充分であった。それでも年下ののび太にしっかり一礼をし、虎太郎はブースを出る。
「-----こんにちわ、巴先輩」
「あ、黒江ちゃん------」
気落ちする虎太郎の前に現れたのは――A級6位、加古隊隊員である黒江双葉であった。
紫を基調とした隊服に身を包み、鋭い目つきをした彼女は、現在最年少のA級隊員である。
「------あのメガネの子、誰ですか?」
「ついこの前B級に上がった小学生の子だよ」
「強かったですか?」
「-----手も足も出なかったよ」
「そうですか」
そう短く答えると、黒江はずんずんと先程虎太郎がいたブースへと向かって行く。
「こちらA級6位加古隊所属、黒江双葉。十本勝負をしたいです。入室許可をお願いします」
そう―ー有無を言わさぬ口調でブース内ののび太に声をかけ、入室する。
「-----」
虎太郎は-----よくわからない冷や汗をかきながら、その一連の姿を眺めていた。
「取り敢えず------観戦しよう」
何であれ。あの早撃ちの子と、双葉との戦いは面白い勝負になりそうだ。
※
「よろしくお願いします」
ブース内。
眼前には、閉じられた羽のような特徴的な髪型をした少女がいた。
――A級。
それはのび太にとって雲の上に等しい言葉であった。
B級に上がるだけでもあれだけ苦労したというのに、そこから更に一握りの人間だけが行ける頂。
いずれ、のび太も目指さなければならない場所でもある。
――僕の腕でどれだけ通用するか。しっかり戦わないと。
のび太はそう覚悟を決めると、同じくよろしくお願いしますと言葉にする。
野比のび太対黒江双葉の戦いが、ここに切って落とされた。
※
一戦目。
のび太はバイパーで相手の動きを牽制しつつ、距離を離していく。
まずは判断する。
相手がどのタイプの攻撃手であるかを。
今までのび太が戦ってきた攻撃手は二人。村上鋼と空閑遊真。
彼等二人は同じくらいに強かったが、だが戦闘スタイルは真逆に近いスタイルであった。
あらゆる攻撃を弾き返す防御力を前提に距離を詰める村上と、立ち回りの妙と高い機動力を駆使し距離を詰める遊真。
それぞれと戦う中で、のび太は別々の戦法を取らざるを得なかった。
だから、ここでどちらかを判断する。
防御で詰めていくのか、機動で詰めていくのか。
双葉は、バックステップによりバイパーの軌道から身を逸らし、最低限のバイパーだけをシールドで防ぐ。
すかさずのび太はアステロイドを手に取り、双葉へ向ける。
向かい来るアステロイドを、タン、タン、とステップを踏むような足先の動きで弾道から身を逸らし、のび太との距離を詰めていく。
その動きに反応し、のび太もまた引き気味にバイパーを放ちながら、黒江に牽制を入れていく。
――この人は間違いなく遊真君と同じで機動力で攻めていくタイプの攻撃手だ。
のび太はそう判断した。
身のこなし自体の軽さもそうであるし――弾丸に対してまずは回避を行い、その上で避けられないものだけをシールドで防ぐ、という行動は遊真も見せていた行動であった。
ならば。
やるべきことは同じ。
足を止める。
バイパーの多角攻撃とアステロイドの直進攻撃で側面と正面を潰し、こちらとの距離を詰めさせない。のび太にとって有利な距離感を保っていく。これを繰り返し、相手を削り、隙を見つけ、仕留める。
そうして、バイパーで左手側に弾丸を放っている時であった。
「――韋駄天」
彼女はそれを横への動きで避け――今度は、シールドを展開しなかった。
自身の身体が削れることも厭わず、彼女はそれを発動した。
気付くと。
自らの身体が両断され――歪んだ視界から、双葉の姿を見ていた。
第一ラウンド。
黒江双葉の勝利で、ひとまず終わった。
※
二戦目、三戦目へと戦いは続く。
――この戦いは、ある意味で持久戦の様相となっていた。
のび太が放つ弾雨の中、”韋駄天”を放つ隙を見つけられるかどうか。または、”韋駄天”を出す間もなく弾丸で足を止めさせ封殺するか。
二戦目は、封殺できた。
だが、三戦目はまたしっかり韋駄天で仕留められた。
のび太が放つ弾丸の軌道を覚え、双葉も対応してきている。対応していることを自覚すると、今度はのび太自身がバイパーの軌道を変え更に対応する。このイタチごっこもまた、持久戦の様相をさらに加速させていた。
――強い。
高機動型の攻撃手でも、遊真とはまた違った強さだ。
遊真は機動力に加え立ち回りの上手さと高い判断力を駆使し距離を詰めていた。距離の詰め方は緩やかだったが、されど徐々に追い詰められていく恐怖はのび太の脳裏にしっかり刻まれている。
だが、この少女は――少しでも隙を見せた瞬間に、一瞬で距離を詰めるトリガーを持っている。
弾雨を掻い潜る、というよりも、弾雨が止んだ一瞬の間に一気に詰められる感じ。
「------」
四戦目。
また首を刎ね飛ばされた。
彼女は、バイパーの威力の低さを逆手に利用する方針に転換したようだ。
バイパーの軌道を頭に入れ、急所と足を削れない立ち位置であえて弾雨に身を晒し、その隙に韋駄天を利用する方法に変えてきた。
まさに肉切らせ骨断つ。瞬時に勝負をつけられる韋駄天というトリガーを持つがゆえに、ある程度のダメージを飲み込んで戦う方針へ転換した。
のび太が対応するスピードよりも、相手側の対応の方が早い。
このままでは、負ける。
「--------」
五戦目。
のび太もまた戦法を変える。
――あの、瞬時に距離を詰めるあの動きの有効範囲は解った。
だからその範囲外に行って、ちまちまと弾丸を放つ方針にしようかと思ったが、止める。その場合、トリオンの消費量的にのび太が明らかにジリ貧になり、結局相手に距離を詰めさせる結果となる事は明白であろうから。
あの動きは、最短距離を一気に詰めるトリガーなのだろう。
そして、その動きのデメリットを――のび太は気付いた。
最短で、最速で動く。
その直線的な動きの中で、他の動きをすることは不可能であるという、最大のデメリットが。
ならば。
――あのトリガーが発動した瞬間に、
のび太は、ゆっくりと見定める。
移動は、彼女がいる場所から自分へ向かう最短の距離を詰めるのだろう。
――ならば。
釣る。
バイパーを撃ちながら、引く動き。
あのトリガーかの有効範囲から、身を引こうとする動き。
――彼女は、多分この状況を内心よく思っていない。
持久戦という泥仕合をB級ののび太と繰り広げているという事実に。
プライドか、それとも単にせっかちなのか。決着を早めに、早めに、と急いでいる態度が見受けられる。これは遊真には全くない姿勢だった。遊真はどれだけ勝負が長引こうとも、最善手を取り続ける冷静さがあった。恐らく、彼女にとっては――最速で相手を叩きのめすことが最善手であり、それを選択し続けてきたのだろう。バイパーで身を削っても韋駄天を利用したのも、そういう性格だからであろう。
だから。
韋駄天の有効範囲から逃れようとすれば――釣られてくれるはず。
「――韋駄天」
彼女の動きが加速するその瞬間。
迷わずのび太は銃弾を放った。
「――あ」
韋駄天の軌道上に置かれた、のび太のアステロイド。
それが――自らの頭頂部を貫き、突進は、止まった。
※
結果として。
十本勝負は7:3でのび太の勝利となった。
韋駄天のデメリットを理解した後ののび太の対応は早かった。バイパーで牽制を入れつつ、狭い路地に入り韋駄天の動きを制限する。街路にスパイダーを張り巡らし、直線の動きを阻害する。韋駄天の動きを逆利用し、グラスホッパーで相手とすれ違いさせ、背後から弾丸を撃つ。
共通することは、「直線行動を阻害する事」。高速移動の中に弾丸を置く。スパイダーを置く。地形上不利な場所に追い込む。軌道とすれ違いにこちらも高速移動をする。
それさえしっかりと頭に入れて戦えば、韋駄天はかなりの諸刃の刃である事実に直面する。一瞬で相手との距離を詰められる、銃手として立ち向かう際に絶望するであろう機能を持っているものの、使用中は回避も防御も出来ない脆さも併せ持っている。
「------へぇ」
その様を、一人の女が見ていた。
「------村上先輩の言う通り。確かに、しっかり成長しているじゃない。見直したわ」
その女は腕を組み、足を組み、実に――実に偉そうにその戦いを見物していた。
「でも――だからこそ、一回戦ってみたいわね」
彼女は、立ち上がる。
「――次の相手は、この私よ。野比君」
かつて。
その迫力だけで負けてしまった――同期入隊の中学生。
その名も、木虎藍。
彼女は――ゆっくりとブースへと歩いて行った。