木虎藍は無駄が嫌いだ。
無駄、といっても――それは遠回りという意味ではない。
常に最短の道を目指す人間も、木虎の目からすれば正解をすぐさま手に入れたがる怠惰な人間にしか見えない。
だからこそ。
木虎はのび太を内心、心から賞賛をしていた。
攻撃手の適正がないことに気づき、別の道を志し、そして実ったその姿を。
木虎も同じであったから。
銃手として入隊した当初。自身のトリオン量の少なさという壁を前にして試行錯誤を繰り返した結果――スコーピオンと拳銃を利用した今のスタイルに落ち着いたのだから。
村上にのび太の現状を伝えられ、すぐさまログを確認した。
村上に十本中三本。そして弓場に二十本中八本。B級上がりたての隊員であるにもかかわらず、彼は見違えるほどの成果を上げていた。
そして、眼前の戦いでは――遂にA級隊員である黒江双葉に勝ち越した。
それも、正面からのぶつかり合いではなく――彼女が持つトリガーの脆さを冷静に分析し、利用しての勝利。
戦いにおける冷静さや、立ち回りも驚くほどの成長を遂げている。
木虎は無駄が嫌いだ。
だが――正しい努力をしようともがいている人間は嫌いではない。
だから。
木虎はブースに入っていった。
※
「――久しぶりね、野比君」
「-------」
巴虎太郎、黒江双葉と連戦を乗り越え、さあ一息つくかとブースを出ようとした瞬間。
その女がいた。
C級隊員時。その気迫だけでのび太を敗北させた、女傑。
その名も、木虎藍。
「要点だけかいつまんで言うわね。――私と戦いたい?戦いたくない?どっち?」
いやもう戦いたくないです。
そうのび太の内心は叫んでいる。叫んでいるのだが。
されど。
「------戦います」
「そう」
そう、答えていた。
普段ならば。きっと好んで自分のトラウマと向き合いたくなどなかった。
でも。
今は、――新しくできた友達との約束があるから。
「-------」
木虎もまた。
のび太と直面して、解ったことが一つ。
――目が、違う。
今彼は――ある意味で切羽詰まっている。何か、背負っているものがある。がむしゃらに何かを掴もうとする、意思がある。
「私は貴方の武器を知っているから、このままだとフェアじゃないわね。――私はC級の時と違って、スコーピオンと銃の両方を使っているわ。それを念頭に入れて戦う事ね」
――なら。年上として胸を貸してあげるわ。
木虎の対人欲求。
年下相手には――慕われていたいのだ。基本的に。
だから、どうしても手を貸してあげたかった。
必死に、戦おうとしているのならば、尚更。
そうして。
勝負が、始まった。
※
市街地の中、互いが互いの場所を確認しあい動き出す。
木虎はかつて、ガンナーであった。その記憶がのび太の中でも存在している。
その上で、彼女は近接武器も自身の手札に追加したという。
のび太は、思考する。
――どういう戦い方をするのだろう。
まずはそれを見る。
のび太は、街路をスパイダーで埋めながら、距離を取る。
――どうあれ、撃ち合いの距離を取りながら戦わなくちゃ。
純粋な銃手であるのび太と万能手である木虎。まだ木虎の能力は解らないが、それでも純粋な撃ち合いで負けるとなると勝ち筋が見えない。だからこそ、木虎の射撃能力をまず確認する必要がある。
「――さっきの戦いを見て、その上で貴方に純粋な撃ち合いができると自惚れてはいないわ」
張り巡らされたスパイダーを確認し――木虎は真っすぐにその地帯の中を進んでいく。
「でも――私にスパイダーは通用しない」
木虎は、拳銃を向ける。
その拳銃は――通常のものよりも、フレーム下に何か別の機構がついた代物であった。
その機構から、彼女は――スパイダーを出す。
「え」
何それ、と思わずのび太は口に出す。
吐き出されたスパイダーは、のび太のスパイダーに絡みつき、取り巻かれる。
取り巻かれたスパイダーが、しゅるしゅると木虎の拳銃に巻き返していく動きを利用し、木虎は飛ぶ。
空いた片腕に、風車のように持ち手を中心に回転させたスコーピオンを取り出し―ーくるり、と身体を回しながらスパイダー陣を切り取っていく。
「------」
――聞いた事がある。A級は自分の武装を改造する事ができるって。
木虎は、それを使っている。
スパイダーを切り取っていく木虎の動きを視認し、のび太は一瞬動揺しながらも落ち着いてバイパーを放つ。
空中にいる木虎は完全に避けることはかなわず、幾らかの弾丸が足を穿つ。されど特に気にすることなく彼女は地面に着地し、のび太と向かい合う。
のび太は、次にアステロイドを放つ。
着地したその瞬間、生まれた一瞬の硬直時間を見逃さず放たれた弾丸は、――木虎の左腕を吹き飛ばした。
トリオン器官めがけて放った弾丸であるが――足を動かせずとも、上体を逸らして左腕の犠牲だけで済ませた木虎は、真っすぐにのび太に向かう。
――くそぅ、読まれていた。
着地直後を狙われることを承知で、彼女はのび太の眼前に来たのだろう。だからこそ、着地の瞬間、足を動かせぬ状態でも上体だけでも動かせる体勢で着地したのだ。
再度、アステロイドを放つ。
引鉄に手をかけるよりも前に、木虎は動く。
上体を屈ませ、のび太の視界から一瞬消える。
その動きに合わせ銃口を下げる、その瞬時の間。
その間だけ、引鉄を引く指の動きが遅れる。
されど。
「――!」
その一瞬は、木虎藍にとっては致命的な隙となる。
のび太のトリオン供給機関に――刃が突き刺さっていた。
それは―ー先程バイパーで穿ったはずの足から生え出た、スコーピオンの光だった。
「紙一重だったけど------でも、攻撃手の距離の中での攻防だったら、貴方の早撃ち相手でもいくらでもやりようがあるのよ野比君」
そんな言葉が、最後に聞こえてきた。
※
「-------うわぁ」
「-------」
その戦いを、息を飲んで二人は見ていた。
巴虎太郎。及び黒江双葉。
張り巡らされたスパイダー陣を切り裂く木虎の動き。そして変わらぬのび太の射撃技術の高さを見せられつけながらも――最後に、木虎はしっかりとのび太の懐まで距離を詰め切った。
「巴先輩」
「うん?」
「------どうして、最後野比君はあの人を撃てなかったのですか?」
最後の場面。
木虎は左腕を損傷し、その上でまだ射撃の有効射程内で、のび太は次弾を撃とうとしていた。
何故あの時――のび太は木虎に引き金を引くことが出来なかったのか。
わざわざ木虎の名前を出さずに「あの人」と呼ぶ当たりの黒江の感情に少々戸惑いながらも、虎太郎は自分なりに説明する。
「銃手は、基本的に狙いを定めて、撃つっていう二つのアクションが必要になるんだ」
「はい」
「だから、武器を振るだけで完結する攻撃手よりも基本的に攻撃の出は遅いんだけど、野比君はこの二つの間にほとんどタイムラグが存在しないから下手な攻撃手よりも早い攻撃が出来るんだ。だからあの距離感でも、本来野比君の方が有利なはずなんだけど。――木虎先輩は多分、立ち回りで野比君に狙いを定める動きに時間をかけさせるようにしているんだと思う」
「狙いを定める動きに、時間をかけさせる-----」
「うん。――最後の動きも、銃口を構えて引鉄を引こうとするする瞬間に、木虎先輩は身をかがめて野比君の視界から消える動きをしているでしょ?こうする事で、野比君は銃口と視点を下げて、もう一度狙いを定めなければいけない。ここで―ー野比君の強みである早撃ちに、少しだけ隙が出来るんだ」
「-------」
無言のまま考え始める黒江に、更に言葉を続ける。
「多分だけど、攻撃のスピードそのものは、野比君の方が上回っていると思う。でも――木虎先輩は、野比君が射撃を行うタイミングを読んでいた。だから、自分に着弾する事を前提に立ち回っていた」
空中でスパイダーを処理している時。空中から地面に戻り、着地するタイミング。木虎が接近したタイミング。
そのどのタイミングでも、木虎はのちの行動で十分にカバーできる場所に着弾させていた。
足を削られても、スコーピオンでカバーできる。接近できれば左腕一本は別に重要な部分ではない。最後の一発はしっかりと考え抜いた動きで、掻い潜っていった。のび太が放った三回の射撃に対して、木虎は計算尽くした立ち回りの下最小限の被害に抑え、最後にのび太を撃破した。――まさしく、立ち回りの勝利といえる。
ここまで説明して――黒江は一つ虎太郎に頭を下げ、礼を告げる。
――理解している。
――木虎藍が、今の自分よりも経験豊富で優秀な隊員であるなんて。
でも。
それでも。
自分に勝ち越したのび太には――是非とも木虎に勝ってもらいたいと、黒江は考えているのだ。
だから。
頑張れ、と心の中で一つだけ彼女はのび太にエールを送った。