俺様は、俺様だ。
何があろうと。
歌が超上手くて、腕っぷしも強くて、漢気があって、――誰にだって負けない、カッコいい男だ。
たとえ――もう満足に動かせない身体になっちまっても、だ。
あの大規模侵攻で、何もかも変わっちまった。
店は潰れちまった。
街も、とんでもねぇ被害を受けちまった。
俺の左足も、もう使い物にならなくなっちまった。
でも。
それでもよ。
失ったものもあれば、まだ失ってねぇものもある。
俺はまだ、大事なものは失ってねぇ。
父ちゃん。
母ちゃん。
生きてくれていた。
病院で目覚めて、初めて視界に映った二人の姿を見た時年甲斐もなく三人で泣き喚いていたっけな。
バカ息子がバカをやって、死にかけて。父ちゃんだって死ぬほど心配してたってのに。
それでもよ。
それでも――父ちゃんは言ってくれた。
俺のその足は、勲章だって。
襲撃の余波で崩れそうになっていた、隣の家。
そこには二つ下のガキンチョ二人。
もう俺は訳わかんないまま突っ込んで、吹き飛ばして、ぶっ倒れて、そのまま瓦礫に足をやられちまった。
父ちゃんも母ちゃんも、絶対にその足を治してやるって息巻いてた。店だって潰れたってのに。出稼ぎでも何でもして、お金をためて、治してやるって。
――でもよ。
見ちまった。
その時俺はベッドからテレビを見ててよ。
すんげえ美人で色白な女の人がさ。すんげぇ元気に飛び跳ねてるのよ。
話を聞くとさ。その人は元々すんげぇ病弱な人なんだってさ。
トリオン体、っつーの?
それを使えば、どんなに弱い体でも――滅茶苦茶強い体で動き回れるって話じゃねぇか。
これだ、って思ったよ。俺は。
これだったらさ。――左足が潰れた俺でも、何かやれるんじゃねえか、って。
このまま。父ちゃんと母ちゃんに一生俺の面倒見させて。街に侵攻しやがった気に食わねぇ異界人共をぶちのめす事も出来なくて。ずっと、この動かねぇ左足をぶら下げて生きていく。
そんな人生、まっぴらごめんだ。
全部取り戻す。そんで、全部守り切る。
俺様の街をぶっ壊した連中をぶちのめし、俺様が大活躍してこの街を守り切り、ボーダーから金を貰ってもう一回雑貨屋を建て直してよ――そんでもって、その褒美に俺の左足をボーダーの連中に治させる。
何だ。
簡単な話じゃねぇか。
全部全部――俺の腕っぷしでまた取り戻せばいい。
聞けば、のび太だってボーダーに行ったって話じゃねぇか。
なけなしの勇気を振り絞ってよ。
笑えるぜ。それを考えれば――こんな所でなにもせずにいる俺なんか、何をしているんだって話じゃねぇか。
「――B級昇格、おめでとう。剛田君」
だからだよ。
だから。
――ここまで、やってきたんだぜ。
お前の後塵を拝するなんざ夢にも思わなかったぜ。だが、俺はお前よりも早い期間でここまでこれた。
「――ここからだぜ。待ってろよな」
――剛田武。B級昇格決定。
※
迫る。
迫る。
めまぐるしく動き、迫る。
野比のび太と木虎藍との二本目は――壮絶な撃ち合いの様相を見せていた。
転送場所が、互いの距離が非常に近い場所で、なおかつ入り組み、幅の狭い路地であった。
のび太は即座にバイパーで木虎を迎撃し、木虎は地形を利用しつつその弾雨を避けるように路地を跳ねまわり、のび太に反撃を加えていく。
入り組んだ路地の中、それを構成する建造物の間を巻き取り型のスパイダーで縦横無尽に動き回る木虎と、それを迎撃するのび太の構図がそこに見られた。
機動力が高く、更にスパイダーを利用することでより立体的な動作を可能とする木虎は、のび太がいる位置の円周上に駆け回りながら、弾丸を撃ち込んでいく。
機動力に劣るのび太は、自分の身体を動かすよりも――その動きに合わせて、弾丸を動かす方向で対応する事に決めた。
木虎の銃弾は、スパイダーによる軌道と表裏一体。
ならば、そのスパイダーに弾丸を沿わせる。
スパイダーが木虎の身体を動かす都度、スパイダーの軌道に沿わせてバイパーを放つ。
――ここまで戦って分かった。木虎さんはそもそもそんなにトリオンがないんだ。
放たれるアステロイドの威力は、恐らくのび太のそれに比べ半分もない。のび太が威力重視の設定にしているから、というのもあるが――大本には、元来のトリオン量が不足しているからであろう。
だから、木虎はシールドを砕く方向ではなく、シールドの隙を通す戦い方を一貫している。
高速軌道とスパイダーを利用し、多角的に弾丸を撃ち込む。シールドの展開に間に合わぬほどのスピードをもってこちらを削り倒そうという魂胆だろう。
だが。
こと撃ち合い、という土俵に立ったならば――のび太も負けない。
円周に回りながら撃つのならば、その軌道にバイパーを乗せておけばいい。スパイダーという目印も丁度存在する。それほど難しい事ではない。
撃つ。防ぐ。撃つ。防ぐ。
目まぐるしく攻防は動き回る。常に動き回る木虎。常に弾丸を動かすのび太。戦いは壮絶な弾丸による削りあいの様相を見せていた。
互いの手足が、胴が、致命傷を何とか掻い潜りながらも負傷していき削れていく。
この状況。
苦しいのは、木虎の方だ。
――削りあいに持っていかれたら、当然トリオンに劣る私は大きく不利になる。
弾丸の放射。削れて行く身体から漏れ出すトリオン。それらは、確実に木虎のタイムリミットを削っていく。
――どこかで、勝負に出なければならない。
状況を変えなければならない。
その為に、勝負をかける。
そのタイミングを、探る。
――あれ。
違和感が、木虎の身体に伝わる。
スパイダーに沿って木虎に向かって行っていたバイパーが、ここにきて別の軌道も見せ始めた。
それは、木虎ではなく――木虎が弾丸を放つ、道筋に沿って。
「く-----」
恐らく、ここまでの戦いでのび太もまた木虎が弾丸を放つタイミングを計っていたのだろう。
木虎がトリオンの消費に焦り、勝負をかけようと“探り”を入れている事を見抜いたのだろう。勝負を仕掛けられる前に、ここにきてのび太自身も先んじて戦法の変化を取り入れてきた。
弾丸を放とうとした道筋から自身に向かい来るバイパーを視認し、引鉄を引くタイミングが遅れる。
その間を利用し、のび太はトリガーを入れ替える。サブのバイパーを解除しグラスホッパーをセット。グラスホッパーを発動し――木虎の上を、取る。
構えられる、アステロイドの銃口。
「------」
木虎は苦虫をかみつぶした表情を浮かべ、そのまま額を撃ち抜かれた。
第二ラウンドは、のび太の勝利と終わる。
※
勝負は、完全に拮抗していた。
第九ラウンド終了時。のび太は四本。木虎は五本。最終ラウンドで――引き分けか、木虎の勝利かが決まる。
「--------」
ここまでの戦い。
木虎は――まさしくのび太にとって生きた教材であった。
戦うごとに、さまざまなバリエーションを木虎はこちらに提示してきた。
木虎は、防御では村上を下回る。機動力や瞬時の攻撃のキレでは遊真に劣る。瞬発力では黒江に劣る。
だが、それでも彼女は強い。彼女は突出した何かで戦うのではなく、その場その場で相手より上回れる要素をピックアップしながら、最善の方策を迷いなく取る。
拳銃。スコーピオン。シールド。スパイダー。最低限の攻防の道具だけで、彼女は常に最善を選択する。トリオン不足によって攻撃手段が限られる中、彼女は戦法のバリエーションを増やすことで勝ち切る戦い方を選択したのだろう。その分――様々な状況で対応できるその動きは、並々ならぬ努力の成果として存在しているのだろう。
相手に劣る部分での勝負を避け、常に自身がイニシアティブを取れる戦法に相手を巻き込む。
――今まで戦ってきた誰とも重ならない、彼女独自の戦い方。その厄介さを、のび太は如実に感じていた。
だからこそ。
負けたくない。
今――その戦い方が、今のび太に染み込み始めている。
あの時。
その存在だけで泡を吹いた彼女に。
示したい。
あの頃とは違う。
今こうして――確かに向かい合っていけていると。
せめて。せめてタイマン勝負の土俵位は、同じ場所に入れるのだと。
そう、証明したかった。
――第十ラウンドが、始まろうとしていた。