ぐぇ、という声が漏れ出る。
それは――新型トリオン兵(試作)の巨腕から放たれた打撃によるものであった。
頭部についた眼球のような部分が弱点であろうと放たれたのび太のバイパー弾を腕部の装甲で弾き、瞬時にのび太の間合いを詰め打撃を行使した。
堅い。そして速い。
耐久性も速度も、今までのどのトリオン兵よりも強力だ。
「野比ィ!早く立ち上がれ!そいつに捕まれば終わりだ!」
弓場はそう叫ぶと、新型のトリオン兵に寄り、アステロイドを放つ。
一発を弱点の眼球に放ち、腕で防がせる。
同時に放たれた二発目を、長く垂れ下がった耳に。
耳が吹き飛ぶと同時、のび太はその隙を見て立ち上がり、グラスホッパーを利用しその場を脱出する。
「ここからだぜェ、野比ィ。――息を合わせろォ!」
「はい!」
のび太はアステロイドとバイパーを構え、引鉄を引く。
上下左右に全身に散らばるバイパー弾と、眼球に真っすぐに放たれたアステロイド。
新型トリオン兵は頭部を下げて眼球を隠すと同時に、頭部を庇うように腕を掲げる。
頭部。両腕。双方を防御に使用したことを確認すると、のび太はグラスホッパーを用いてトリオン兵の側面へ横切る。
横切りながら、アステロイドを放つ。
その動きに合わせ弓場はトリオン兵の背後を取り、ほぼほぼ同時にアステロイドを放つ。
両腕が封じられがら空きになった脇と背後に、のび太と弓場の高威力のアステロイドが放たれる。
ほぼほぼ一点へ集弾されたアステロイドはトリオン兵の装甲を引っぺがし、装甲内部へのダメージを与え始める。
トリオン兵はそれを判断したのか、頭部を抱えていた体勢を整え、体軸をくるりと回しながら両腕を振り、背後と脇を守りながらのび太と弓場に迎撃する。
頭部が解放された瞬間に、のび太はバイパーを解除しグラスホッパーを再度セット。二枚発動し、一枚を自分に、一枚を弓場の前に置く。
それを用いてのび太は頭部の上に飛び上がり、弓場は正面へと移動する。
「――撃てェ、野比ィ!」
「はい!」
頭頂部からのび太が。
正面から弓場が。
上下から息を合わせた同時射撃が、再度行使される。
頭頂部と腹部に直接叩き付けられるアステロイド。
トリオン兵はまずは正面の弓場を迎撃せんと、左腕を振り上げ叩き付ける。
それをステップを踏むように避けると同時、飛び上がったのび太が地面へ着地をする。
サブをグラスホッパーからバイパーに切り替え、のび太は更に背後からの射撃を行う。
アステロイドを撃ち込むと同時――弓場へ行使された左腕の打撃の隙を縫うような弾道を引いて、バイパーを放つ。
バイパーは、眼球へと向かって行く。
それを頭部を下げ防ごうとするが――。
「完璧だぜェ野比ィ」
頭部を下げた瞬間――弓場が足元まで更に距離を詰めていた。
「あばよ」
弓場のアステロイドが真上に打ち上げられ、トリオン兵の眼球を撃ち抜く。
「――よし」
崩れ落ちるトリオン兵を背後に弓場はのび太に近づき、拳を合わせた。
「こんなもんだな。三時間ちょっとの訓練でここまでできるなら上出来も上出来だ。――明日の二宮隊との戦いも楽しみになってきたじゃねぇか」
※
「――なァ、野比ィ」
「はい」
訓練が終わり、トリオン兵のデータも消えたブース内。
弓場はのび太にねぎらいの言葉を投げると同時、言葉をかける。
「お前、どうしてボーダーに入った?」
「え------」
「単なる俺の興味だ。答えたくなければ答えなくていい」
のび太は、割とびっくりした。
弓場は――何というか、のび太の射撃技術に興味はあっても、のび太のパーソナルそのものにはそんなに興味を持っていないと思っていた。
だって。-----まあ明らかにこう、性格もノリも正反対な人間であるし。
だからこそ以外というか。弓場のような人間がのび太に興味を持ってくれた----という事実が、少しだけ嬉しかった。
「そんなに珍しい理由じゃないです。------自分が住んでいた街が壊されて、そのまま何もしないままじゃ嫌だったんです」
「------大規模侵攻で被害にあったのか。家族は無事だったのか?」
「はい。------その時、ちょうど県外に出る用事があって」
「------そりゃあ本当に運がいい」
「はい。------でも、皆が皆、運がよかったわけじゃなかったんです」
のび太は、伝えた。
大規模侵攻の後。自分の周囲の人々がどういう風に人生が狂わされてしまったのか。
弓場はジッとのび太を見つめたまま、拙いのび太の話を聞いていた。
「------無力、か」
「はい」
「------成程な」
一つ頷くと、弓場はそう呟いた。
「野比ィ。一つ教えておいてやる」
「はい」
「ここじゃあ、色んなものを背負った奴がいる。あの侵攻で肉親を失った奴もここじゃあ珍しくない」
「------はい」
「そういう奴等は、無力な自分のままじゃ背負いきれないからボーダーに来ている。無力な自分を変えて、無力なままの自分を許せなくてよォ。背負ったもんを背負いきれる力を得たくてな」
「-------」
「文字通り、そういう奴等の思いが支えでボーダーは成り立っている。------で、俺が言いたいのはな」
ガシガシと頭を掻きながら、弓場は言葉を続ける。
「お前が背負っているものも、ボーダーの連中はちゃんと理解してくれるってことだ。そういう背負っているものでボーダーは成り立っているからな。無論俺も、俺の隊もな。だから、何でも一人で、って思う必要はないんだぜ、野比ィ。ボーダーがお前の力を必要としているように、お前もボーダーの力を必要としていいんだ」
ぽん、と肩に弓場の手が置かれる。
「――明日。二宮隊をぶっ飛ばすぞ。そんで、隊の全員で上手い飯でも一緒に食おうや。期待してるぜ、野比ィ」
「――はい!」
弓場はそう言うと、それじゃあ訓練は終わりだと告げ、ブースから出ていく。
やっぱりだ。
――なんだかんだ言っても、弓場さんは優しいんだ。
それが解って、少しだけ嬉しかった。
※
「――さて。皆集まったかな」
本部作戦会議室内。
以前、A・B級隊の隊長が集められた部屋の中。
忍田本部長を中心に、幾人かの隊員が集められていた。
A級1位太刀川隊 隊長太刀川慶、出水公平
A級2位冬島隊 隊長冬島慎次、当真勇
A級3位風間隊 戦闘員総員
A級 玉狛第一 戦闘員総員
A級 迅悠一
B級1位二宮隊 二宮匡貴
B級2位影浦隊 影浦雅人
B級7位東隊 東春秋
全員が集められた作戦室内。忍田は彼等を全員を前に、言葉を続ける。
「今日集まってもらった皆にはある役割がある」
「------黒トリガーの撃破。そして
「その通りだ」
忍田は――東の言葉に頷く。
「今回、我々は近界民の襲撃を予め準備できる。相手は話を聞く限りでも相当に厄介な相手であるが、対策を事前に打つことが出来れば――相手の黒トリガーを回収できるかもしれない」
「相手も迂闊だよなぁ。こんな重要な情報を載せたトリオン兵をこっちに寄こすなんてなぁ」
現在。大規模侵攻の”予定”が判明したのは相手の戦術トリオン兵を解析したことによるものと説明がなされている。侵攻前にスパイ活動をしていたトリオン兵を捕らえ、そこから情報を引き出した、と。
実際にはドラえもんによってもたらされたものであるのだが。
「今回判明している黒トリガーは四つ。星の杖、泥の王、窓の影、卵の冠。この四つの黒トリガーの使い手がこちらに襲来する。このうち――最低でも“星の杖”を手に入れる」
「------何故ですか?ボーダーの中で適応者が見つかったのですか?」
「いや。現物がない限り適応するかは解らない。それよりも――この黒トリガーが、襲い掛かってくる近界国家にとっての“国宝”であることが重要なのだ」
「------どういうことですか」
「簡潔に言えば、今回の襲撃は近界国家の領主の一つが執り行っている。襲撃の為に持ち出した黒トリガーの中で、――この星の杖だけが、領主自身の所有物ではない。国宝として、国家そのものが所有している黒トリガーを拝借して持ってきている形だ」
「------成程。国家から持ち出してきたその国宝を奪えば、襲撃してきた勢力にとって一番の大打撃を与えられるという事ですか」
「その通りだ、風間。その上で、国宝の黒トリガーは近界に対しての交渉カードにも成りうる。――だからこそ、回収しなければならない」
「-----国宝、って言われるくらいだ。ただの黒トリガーじゃねぇんだろ?」
「-----影浦の言う通り。この国宝は性能も使い手も段違いに強力だ」
忍田はその後、各黒トリガーの性能を説明する。
星の杖――複数の円周上に高速で剣を走らせ、相手を切り裂く黒トリガー。
泥の王――使い手を固体・液体・気体に変化可能なトリオン物質を纏わせ、自在な攻防を可能とする黒トリガー。
窓の影―ー空間同士を繋ぎ使用者を自在に動かしながら、攻撃性能も持ち合わせている黒トリガー。
卵の冠――生物状のトリオン物質を無数に動かし、触れた人間をトリオンキューブに変換する黒トリガー。
「各々弱点はあるが、強力な黒トリガーであることは変わりはない。対策を事前に練っておかねば、すぐにやられてしまうだろう」
「-----我々が主導となって、この黒トリガーへ対処を行うのですね」
「ああ。――大変な任務になると思うが、皆であれば十分に可能であると考える。――新型のトリガーも、これに合わせ作成したことだしな」
「一つ質問してもいいですか?」
木崎レイジは、忍田に挙手をしながら忍田にそう言った。
「何だい、レイジ」
「-----相手の国宝を奪う事で、回収の為に本格的な侵略をされる可能性はないのですか?」
その質問に、皆が少しだけ静まった。
その可能性は、十分にある。
国宝を奪われる、となったら国そのものの威信が失墜する可能性があるのだ。そうなれば、今までの比ではない程の兵力をもって、戦争を仕掛けてくる可能性もあるのではないか?
その疑問は、当然のものだった。
「君の懸念はもっともだ。だが、今回相手となる近界国家は特殊な事情を抱えていてね。その可能性は低いと考えている」
「特殊な事情?」
「一つ。その近界国家は“トリオン”によって国家を維持させている事。二つ。現在その国家は領主間による派閥争いが激しい事。――そして、我々が住むこの世界は、トリオン回収のための餌場である事。この三つの事情を鑑みれば、本格的な占領・侵略のための戦争は起きる可能性は低いと想定できる」
「――ああ、成程。“国宝が奪われた”という事は、今回侵攻してくる領主以外にとってはその領主を叩き潰す好機でもあるのか」
東がそう言うと、忍田は一つ頷いた。
”国宝が奪われた。だから取り返す為に戦争を仕掛けよう”
よりも。
”国宝が奪われた。だからそんなヘマをした連中のおかげで領主を叩き潰す名目が出来たから戦争を仕掛けよう”
となる可能性の方が高い。
その上で、玄界は――遺憾であるが、連中にとってはいまだ安定してトリオンを回収できる餌場である。その餌場を荒らした事で玄界に黒トリガーが増え、更に攻めにくくなってしまえばそれはそれで彼等にとっては危機に直結する。
「そうなれば、連中は戦争を仕掛けてここを荒らすよりも、交渉によって国宝を取り戻す事が合理的だと判断する可能性もある。そうなれば――攫われた人々を取り戻すための交渉が可能になるかもしれない」
「成程-----」
「さて。ではこれより作戦会議を開始する。それでは、皆の役割分担をこれから伝える。よく聞いてくれ――」
会議は、続く。
着々と、対策が練られていく。
会議の中――迅は一言も発さず、皆の顔をそれぞれ見ていく。
「--------」
少しだけ、顔を顰め――、そして向き直った。