二二世紀において、その全ては過去のものだった。
ボーダーの存在も、異世界人による侵略も。
過去に終わったはずの、お話だった。
ボーダーは幾度となく繰り返されたネイバーフッドの侵略に晒されながら――後にロボット工学の祖と謳われる鬼怒田本吉の手によってゲートは閉じられ、侵略は終焉を迎えた。
それが二二世紀における歴史であり、日本で教えられていたはずの事であった。
されど。
――終焉と思っていたことは、何も終わってはいなかったのだ。
突如として現れたゲート。
侵略を始める化け物ども。
それは――例えあらゆる技術が発達した二二世紀の兵器でさえも、通用しなかった。
トリオン。
その未知のエネルギーを持つ集団に対し、この世界に存在する技術はあまりにも無力だった。
ドラえもんは、自分の父の姿をしっている。
それは――とあるシェルターの中での出来事であった。
――ワシの爺さんは、この先の事をずっと考えていた。
自分を作った――まるで狸のような顔をした男は、こう教えてくれた。
――トリオン兵器がこの世に残されたままいたらどうなるだろうか。それが例えば、ここ玄界の戦争に使用されたらどうなるのか。それこそ――下手をすれば、人類が滅亡する可能性すらも考慮していたのだ。
だから捨てた。
未知なるエネルギーの秘密を。その全てを。
その果てに――トリオンというエネルギーを捨て、既存のエネルギーに転化させ鬼怒田はロボット研究を進め、世界の歴史に名を刻むロボット工学者となったのだという。
――もし。城戸正宗が生きていれば、また違っていたのかもしれない。そうも言っていた。その人はボーダーの設立メンバーで、組織のリーダーだった。だが、暗殺されてしまった。
彼には「真の目的」があった。
その目的を誰も知ることなく、彼は死んだ。
――残されたボーダーのメンバーたちは、ゲートを閉じ、ネイバーの出入りを禁ずる以外の方法を思いつけなかった。だからそうした。その結果、この時代まで平和は訪れた。攫われた何百という人々を見捨てて、な。
されど。
そうして時代が進んでしまい――。
――ドラえもん。お前にタイムマシンを託す。俺の爺さんから子孫で引き継ぎ一世紀半。完成したこのマシンを使って。この世界を救う方法を見つけ出してくれ。
――爺さんは言っていた。ボーダーが犯したミスは三つ。一つ。城戸正宗を死なせてしまった事。二つ。雨取千佳をネイバーに連れ去られたこと。三つ。未来視を持つ男、迅悠一を死なせた事。これさえなければ、未来は変わったかもしれないと。この三つのミスを、お前が取り返すんだ。
そう父は言うと、ドラえもんをタイムマシンに押し込んだ。
――ここも、長くは保つまい。早くいけ。操作方法は教えたとおりだ。
そう言うと、彼は機械のスイッチを押し、異次元空間を創出し、タイムマシンを起動させた。
――頼んだぞ。-----愛しい、我が子よ。
※
「-------」
「-------あの」
「いいか。野比」
「はい」
野比のび太。
小学五年生の少年は、何故か正座をさせられていた。
「いいか。お前はまだ先がある。説教垂れるのも、お前には希望溢れる未来があるからだ」
「うん。ありがとうポン吉おじさん」
「誰がポン吉じゃ!!」
「ぐぇぇ」
ボーダー本部、開発室。
ドラえもんに付いていき、相対した男の名を――鬼怒田本吉という。
恰幅がいい割に愛想の悪いこの親父は、恐らく死なれたらボーダーが成り立たなくなる者の一人であろう。
そんな男を前に、のび太は何が今起こっているのかを理解できていない表情のままその男を見ていた。
「お前の担任から送られてきたわ今回のテストの成績が!何じゃこりゃあ!」
「そんなに声を荒げなくても----」
「0ってなんだ0って!何も解けないなんてわざとじゃなければよっぽど難しいだろうが!」
「だって僕の頭の中に何も浮かんでこなかったもん----」
「だったらその空っぽの頭の中に詰められるだけ詰めんかこの大バカ者が!」
ぎりぎりと頭を掴まれる。トリオン体ゆえに痛くはないが、圧迫感は確かに感じられる。
「お前は解っているのか!あと一年後にはお前は英語も勉強せねばならんのだぞ。日本語でけつまづいてどうする」
「そんな事言わないでよ。もしかしたら日本語よりも英語の方が得意かもしれないじゃないか。僕だって英語は少しは知っているんだよ」
「ほぅ。何を知っているというんだ」
「ダンガー」
「は?」
「だから、ダンガー。ほら、ゲートが開いたときにモニターにたくさん写るじゃないか。あれ、ダンガーっていうんでしょ?変な髭のおじさんに教えてもらったんだ」
「----意味は?」
「知らない」
もう一発、重い拳骨を頂きました。
※
「皆してひどいや。散々僕の事をバカにして」
その後。
ドラえもんを開発室に届けた後、のび太はやることもなく周りをうろうろしていた。
ぶつぶつと、何事かを呟いている。
「何してんの?」
そうしていると、声をかけられた。
振り向くとそこには、耳にかかるほどの長髪と実にやる気のなさげな目と表情が特徴的な男がいた。
「あ!菊地原さん!ポン吉おじさんたら酷いんだ!」
菊地原、と呼ばれた男は全く印象通りのやる気のない様相で、ジュースにストローをつけながらのび太を見る。
「何がさ」
「テストで0点取ったらバカにして、しかも怒った!酷い!」
「だったら僕も酷い奴になるんだけど-----」
ことさらに表情は変えずに、されど実に冷たい声音で彼はそう言った。
「酷い!」
「テストで0点取ったらバカにされるなんて太刀川さんだってそうなんだし。君がバカにされない道理なんてないじゃん」
「太刀川さんって誰?」
「ほらもうここでもバカを晒してるじゃん」
「きー!」
ポコポコと身体をたたくのび太を無視し、ちゅうちゅうと菊地原はジュースを飲みながら、言葉を続ける。
「それにしても大金星だったね。君、村上先輩から三本取ったんでしょ?」
「へ?」
「ほら。あの弧月使いの、武士っぽい人」
「あ、うん」
「あの人、ウチの攻撃手で四番目に強い人だから」
「え!」
心の底から驚いた表情を浮かべるのび太を、更に冷たい視線を浴びせる。
「君は自分のポイントも見ていないの?」
「ポイント?はい」
「-----5100か。元々何ポイントだったんだっけ?」
「知らない」
「------」
視線の冷たさが、そろそろ氷点下を超えそうになっている。
されどのび太。持ち前の空っぽの脳味噌によって、その冷たさを感じることはない。
「まあいいや。――でも、結構あのバトルは話題になっているから、いろいろ声がかかるかもしれないね。頑張ってね」
「頑張る?」
「うん」
それだけを言うと、菊地原はスタスタとその場を去っていった。
そういえば、自分はどこをうろついていたのだろう?
そう思い彼は周りをきょろきょろと見渡す。
そこは、個人戦ブースの入り口付近であった。
「あ。こんな所に来ちゃった」
ダメだダメだとのび太は呟き、踵を返す。
「今日は防衛任務もないんだ。ドラえもんを開発室に届けたんだから、僕の仕事は終わり。このまま家に帰ってぐっすり眠るんだ」
スタスタと、歩き去っていく。
「よぅ」
声が聞こえた。
明るく、飄々とした声。
「おぅ。イカした試合してたじゃねぇか。ちょっと面貸せ」
ドスの効いた、重苦しい声。
振り返る。
二人、そこにいた。
一人。カチューシャを付けたへらへらした男。
二人。メガネをかけた、リーゼントの男。
のび太、絶句。
「いや~。凄かったね。新人で村上先輩に一本取るだけでも凄いってのに。三本取るなんてねぇ」
「お前の早撃ち-----直接見る価値があると判断したぜ、野比ィ。いい機会だ。付いてこい」
真っ当な圧力をかけるメガネの男の目力に身体を硬直させた瞬間に、カチューシャの男がのび太の肩を掴む。
「順番どうします、弓場さん」
「まずは俺からやらせろ。二十本位はさせてもらう」
「げ。結構欲張りっすね。分かりましたよ。二十本ずつやりますかね、お互い」
「-------」
のび太、悟る。
ここは、地獄であると。
帯島ちゃんかわいい。
木虎に「尊敬してます」やってみて欲しい。