のび太と弓場が訓練をしている、その一方。
剛田武もまた、合同訓練の為B級部隊に派遣されていた。
「いいか、ジャイアン君」
「うっす!」
「いつ、いかなる時でも俺達ボーダー隊員は、冷静に、かつ覚悟を決めていなければならない」
「あったぼうよ!」
「いかなる死地に赴こうとも------泣くことは、許されない」
「俺はガキ大将だぜ!泣くなんてことはしねーよ!!訓練だろうと何だろうと、何だって乗り切ってやるぜ!」
「----そうか。君は、強いな。ジャイアン君」
彼が派遣されたのは、B級中位諏訪隊の一室であった。
ソファに本棚が脇に設置されている隊室の中央に、麻雀卓がでん、と鎮座されているその部屋は――かなり散らかっていた。
そんな事を気にも留めることなく、隊室の脇でマンガを読んでいた少年に、金髪の男が近づいていく。
「おい。日佐人。堤の様子がおかしいぞ。どーなってんだ」
「-----触れないでおきましょう、諏訪さん」
「あん?どうしてだ。------つーかおサノはどうした。おサノは」
「“万が一”の為に逃げる、って言ってました」
「あん?何じゃそりゃあ」
「------」
「------あ」
その瞬間、諏訪は何かに気づいたようだった。
「おい。まさかあの馬鹿。
「------多分。堤先輩の意思じゃない。でも、連れてこいといわれたんだと思います」
「いやいやいやいや!あの女、ついに小学生まで殺しにかかってんのか!」
諏訪が叫ぶ中――堤大地の細められた瞼が、歪む。
「――いや!ダメだダメだ!」
「ど-----どうしたんだよ!堤先輩!」
「俺は正気じゃなかった----!あんな、あんな所に------新入りの子を連れて行くなんて、バカげている!絶対にやっちゃいけない!」
堤大地は頭を抱え、眼前にいるジャイアンの両肩をがしりと掴む。
「ごめん。ジャイアン君。――やっぱり君を連れて行けない」
「何でだよ!俺じゃ力不足だっていうのかよ!」
「力があるとか、そういう問題じゃないんだよ。――これは一人で受けなきゃいけない地獄なんだ」
悲壮な決意。
無惨な現実。
地獄の業火。
「――行ってくる」
堤はそれら全てを閉じられた瞼の裏側に押し込み、震える膝を叱咤して隊室から出ようとする。
ジャイアンは、思った。
――なんて。なんて悲しい背中なのだと。
それは、かつて。自身の雑貨屋が半壊した様をただ見上げていた、父の背中を思い起こすほどに――寂しく、哀愁を感じさせるものであった。
「待てよ!俺は地獄なんかじゃ怯みやしねぇ!このジャイアン、仲間を見捨てて地獄へ送るなんてマネはしねぇぞ!――皆も、そうだろ!」
「え?」
「は?」
部屋の隅でひそひそと話していた――そばかすの少年と金髪の男は、思わず投げかけられた言葉にそんな反応を返した。
「何だか解らねぇけど------仲間が今、とんでもねぇ場所に行こうとしているんだろ?だったら、一緒に付いていかなきゃそいつは男じゃねぇ!」
「ジャイアン------」
「-------」
「-------」
さて。
困った。
――どう収集をつければいいんだ。
などと。
思っていたが。
収束は、一瞬。
「――こんにちわ」
ソレは現れた。
ヒ、と短く小さな悲鳴が堤の喉奥から漏れ出る。
「全く、堤君ったら遅いじゃない。この前双葉が世話になった新入りの子が合同訓練するっていうから、挨拶がてらご馳走を振舞おうと思っていたのに。あんまり遅いんでこっちから出向いちゃったわ」
ソレは、腰までかかる鮮やかな金髪と、上品かつ野性的な雰囲気を醸しだした女だった。
口元のほくろを純粋な笑みと共に歪ませ、後ろ髪を搔き上げて。
「冷めちゃう前に、いらっしゃいな」
「加古ちゃん-----この子は、この前双葉と個人戦した子じゃないんだ-----」
「あら?そうなの?――こんにちわ。私の名前は加古望。A級隊の隊長をしているわ。貴方は?」
「俺の名前は剛田武!三門市のガキ大将、人呼んでジャイアンだ!」
「あらそう。ジャイアン君。――身体が大きいわね。いっぱい食べそう」
「加古ちゃん!」
「一緒においで。ご馳走を振舞ってあげるから。勿論、堤君もね」
ふふ、と微笑む。
その笑みは、何処までも子供らしい好奇心とか、純真さとか――そういう無垢な代物を彼女自身の雰囲気で包んだような。美しさの中に可愛らしさを少しだけブレンドさせたような、そんな笑みだった。
その笑みの意味を、堤大地は知っている。
「さあ」
堤大地は、知っている。
「私と一緒に」
知って、いる。
「――ご馳走を食べましょう?」
そう。
知って、いるんだ。
「ご馳走だって!?何だそりゃあ、そんな事言われちゃ行くしかねぇ!」
「ふふ。そんなに喜ばれちゃ、作り甲斐があるわね。じゃあいらっしゃい」
「おう!――で、ご馳走って何だ?」
それは地獄の第一歩。
一度で終わる地獄は、地獄にあらず。
「ああ、言ってなかったかしら」
地獄とは。
終わりのない終わりを、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し。
「炒飯よ」
堤大地。
本日、通算三度目の死を迎えることが決定された瞬間であった。
※
「------」
「------」
ところ変わって。
弓場隊隊室内では――隊全員を集めてのミーティングが行われた。
過去の二宮隊のログを見ながら。
そのログは、弓場隊のミーティングの為、というよりも新入りののび太に二宮隊をレクチャーする為であるのだが。
「-----昨シーズンの三戦。二宮サンがバトってるものをピックアップして見せたが。どうだ、野比?」
「-----A級って、この部隊よりも強い人が集まっているんですか----?」
「いや。二宮隊は規定違反を起こしたペナルティとしてBに落とされているだけで、A級でも実力は上の方だ。実質、A級との戦いと思えばいい」
規定違反でB級に落とされるって。
そんなの、B級隊にとって災害以外の何物でもないじゃないか。
「何がきついって、今回隊同士の戦いだからなぁ。他の部隊と二宮隊を食い合わせる、って方法が使えないんだよなぁ。正面からぶつかり合うほかない」
「------二宮先輩だけじゃなくて、辻先輩・犬飼先輩もマスタークラス。ここ二つを倒すのも、そうそう簡単にいかないんですよね」
弓場隊狙撃手、外岡一斗と万能手帯島ユカリはそれぞれそう感想を告げる。
「一番どうにもならない展開は、この三人が俺達よりも早く合流して、こっちを分断しにかかる場合だ。辻と犬飼が組んで各人の足を止めて、二宮サンがハウンドをバラまいて各個撃破。これが一番やられちゃきつい」
「だったら合流を優先するか?だとしても、合流に手間取っている間に、多分犬飼辺りがこっちの動きを把握して二宮サンと組んでぶつけてくるぞ。特に、その過程でトノの位置が把握されちゃもうウチ等はお終いだ。合流の為に動き回っている間に、トノが援護する必要性が出てくるかもしれねぇ。そうなったら、二宮サンが出張ってトノぶっ殺して終わりだ」
のび太は、考える。
どうするべきだろうか。
――正直、チームとしての総力は負けている。
二宮というボーダー全体を見渡しても実力が抜きんでた圧倒的なエース。脇で支えるサポーターの二人も、マスタークラス。この圧倒的なチームの厚みに、勝てる絵図はどうしようもなく限定されてしまう。
合流しようが、しまいが。総力戦で真正面から二宮隊とぶつかって勝てる道理がそもそもない。
「------」
もし、勝てる道筋があるならば。
二宮が戦況を把握する前に――辻・犬飼を速攻で落とす事。
「-----あの」
「何だ、野比ィ」
「僕は合流よりも――僕と弓場さんで、辻さんと犬飼さんを倒すことを優先した方が、いいと思います」
「ほぅ。――いいぞ野比。遠慮するこたねぇ。意見はばしばし言っていい。じゃあ、根拠を話してくれ」
「------二宮さん単独を落とすことを考えた時に、僕と弓場さんが組んで、それでいてしっかり連携が決められることが勝つために必要だ、って弓場さんは言っていたじゃないですか」
「言ったな」
「その条件を満たすためには------連携を分断してくる辻さんと犬飼さんは、何か行動を起こす前に落とす必要があると思うんです」
「簡単に言うが、ムズイぞ。あの二人は実力もそうだが、状況判断が鋭い。俺とお前で分かれて各個撃破する動きを見せたら、その狙いはすぐに看破されるぞ」
「-----弓場さん」
「何だ?」
「ちょっと、僕に考えがあるんです」
のび太は、皆に考えを伝える。
「------成程な」
弓場は一つ、頷く。
「確かに。これは俺とお前がいるからこそ成り立つ作戦だ。-----だが、俺はいいが、お前の役割は滅茶苦茶重いぞ、野比ィ。いいんだな?」
「はい」
その返事に、迷いはない。
その迷いのなさに――弓場は、一つ微笑んだ。
「よっし。方針は決まったな。――それじゃあ、明日しっかりキメるぞ!二宮隊をぶっ潰す!」
ッス!
短く、明瞭な声が隊室に響き渡った。