ドラえもん のび太の境界防衛記   作:丸米

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考えるな。感じるんだ。


弓場拓磨④

嚥下されていく物質が喉を通り胃へと下る。

 

その瞬間に、全身を駆け巡る。

 

駆け巡る。

駆け巡る。駆け巡る。

駆け巡る。駆け巡る。駆け巡る。

 

灼熱が。極寒が。上半身を焼き尽くし下半身を底冷えさせる混沌の権化が。

胃液が氾濫する。血液が悲鳴を上げる。泥土を積み上げ、蚯蚓を埋め込み、蛞蝓を塗り固めたような、じめっとしたイメージが想起されたその瞬間、それら全てが全身からぞわり、ぞわり、と身体を埋めて這いまわっていく。

 

横隔膜に始まり、各内臓器官及び筋繊維の一本に至るまで、まるで出来の悪い体鳴楽器のように震えだす。震え出した全身は骨を響かせ、痙攣という形となって全身を蝕んでいく。

 

痺れる。

気持ち悪い。

痛い。

怖い。

焼ける。

溶ける。

寒い。

苦しい。

震える。

 

脳内に氾濫する感覚質の暴力が感情を震わせ、血沸かせ、汗と涙を押し出していく。交感神経の狂いによって起きたパニックの断続的発生により鼓動の音すら明瞭に聞こえてくる。底冷えする氷枕は足元に積み上げられ、腐葉土の如き生暖かさが内臓に氾濫し塩に溶けた蛸の粘液のような()()()を発生させ、灼熱の如き痺れが脳内に電気信号として叩き込んでいく。

 

ねちゃり。

ぐちゃり。

 

かみ砕く。

嚥下する。

 

ぷちゅ。

ぐちゅ。

 

感じる。

ナニカをかみ砕く音が。

そこに付随する感覚質が。

 

狂わせていく。

狂わせていく。

 

酸いも甘いも。

痺れた舌の先。そこに何かを感じ取る余裕なんてない。舌先三寸の感覚を超え、現在はその果てにある闇の底に足を踏み入れた。

仮想空間の中。頭の先にあるリングの果て。一つ目のモンスターが頭上を駆け巡り空へと向かう。

暴走する意識に縫い付けられていく感情と感覚質。

正気と狂気の飽くなきタップダンスの果て、見つけ出せる意味を探る。

 

血が。

意識が。

幕を閉じていく。暗黒色の感覚質が意識の大海を駆け巡って、叡智とか哲学とか、そういうイデーの集合体を超えた、その先へ――。

 

 

 

 

声が、聞こえた。

 

 

 

 

「あら――。残念。()()()()()()()()()()()()()

 

失敗。

失敗。

 

俺は、失敗。

 

「本当にごめんなさいね。せっかくのご馳走を――。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

今度?

今度、とは。

 

見える。意識を走る列車の車窓から。

繋がれた円環状のレールの上。もくもく煙を上げてぐるぐる列車は回っていく。

 

は。

はは。

 

今度。

今度とは次だ。

終わりなき次が紡ぐ暗黒が、また始まるというのか-------。

 

「か-------」

輪廻の回転の中、再構築された精神から引っぺがされた魂が死に絶えるその瞬間。

垣間見たその笑顔を――言葉にして、呟いた。

「かあ------ちゃん-------」

 

見た。

そして、

 

 

「こちら二宮。外岡を捕捉。排除する」

「犬飼、了解」

「辻、了解」

 

のび太を狙っていた二宮が、援護に来た外岡に狙いを変えたことにより、戦況に変化が起きる。

 

これにより弓場隊は、二宮隊が持っていない「狙撃手」の駒を失う事となる。

今まで、二宮隊の動きは狙撃を警戒し移動・戦闘に大きく制限を受けていた。特に、外岡は単独行動によって一人をマンマークしながら援護を可能とする狙撃手だ。逃走・隠蔽が非常に上手く、動きが読みにくい。その為、二宮隊は隊の動きを大きく制限せざるを得ず、二宮も常に防御に思考を割かざるをえなかった。

 

外岡という、この戦いにおいて一番遠くから攻撃を可能とするカードを失ったことにより――戦況が大きく二宮隊に傾く。

 

「帯島ァ!こっちだ!」

「はい!」

 

弓場は二宮が外岡に狙いを変えたタイミングで、帯島と共に市街にある施設の中に入る。

建物に入った瞬間に、両者ともバッグワームを起動。姿をくらます。

 

「氷見さん。中のデータお願い」

「はいはい」

 

犬飼は即座に氷見から、施設内のデータを貰い、確認する。

恐らくは博物館か何かであろうか。中央にぽっかりと空いた空間があり、その周辺を螺旋状の通路が上階に続いていく形をしている。

 

「あー。これは先に入った方が有利な建物だね。入口が少ないし、入ってくるとすぐに位置が捕捉されるわ通路で待ち伏せされるわ。こりゃ面倒だね」

 

犬飼がそうぼやくと同時、

 

「とはいえ、隠れてくれるのならばこちらとしては好都合では?」

「うん」

二人が二宮に出された指示は、弓場・帯島の足止め。

建物の中で籠城してくれるのならば好都合も好都合。後は外岡を狩った二宮を待ち、連携して叩き潰せばいいだけだから。

周囲を見渡しても、建物周辺は広い駐車場と広場が多く、全体的に開けている。建物の外に出ればすぐにオペレーターが捕捉してくれるはずだ。

このまま犬飼と辻は、建物の外に張り付き弓場・帯島が出てくるか、二宮が到着するのを待っておけばいい。

 

が。

 

「――二人とも、気を付けて!西側から野比くんが撃ってきている!」

「え?」

その瞬間。

 

「――っ」

「おっと!」

辻は犬飼の前に身体を割り込ませ、シールドを張る。

――突き刺さる、アステロイドの弾丸。

 

「おいおいどこから-----」

「西南およそ百メートル先にある三階建ての建物!マーカーを付けとくからすぐ確認して!」

「百メートル------」

 

辻は信じられない、といった様相の表情を浮かべる。

周囲は開けているとはいえ、それでも百メートルの距離は銃手にとっては非常に遠い距離感だ。それもハンドガン型のアステロイド弾で――寸分違わず、犬飼の脳天へと弾丸を到来させていたのか。

 

「ここからじゃ迎撃は不可能だね。ちょっとビックリ。噂には聞いていたけど、あの子、マジで射撃に関しては化け物なんだね」

「弾速はさすがにあんまりない。だから防ぐのは難しくない。------だけど」

張り付いている建物の中には、弓場がいる。

一方的に弾丸が浴びせられるこの状況下で、弓場に襲い掛かられたらひとたまりもない。現在建物の中に身を潜めている弓場は、どのタイミングでもこちらに襲い掛かる事が出来る。

のび太の援護を背後に帯島と連携した弓場を撃退することの難しさと、建物に潜む弓場を警戒しながら建物に入る難しさを天秤にかけ、

 

「しょうがないか。入ろう辻ちゃん」

「仕方ないですね------」

 

二人は意見の一致により、建物に入る事を選択する。

辻は張り付いた壁を弧月で斬り裂き、入り口を作る。

 

二人は周囲を警戒しつつ、建物の中に入り――じわじわと、通路を上っていく。

 

その瞬間、銃声が聞こえた。

「!」

身構え、互いの背を預けあう体勢を取る二人。

 

そこに。

 

「――旋空弧月!」

 

螺旋通路の上側から――通路を斬り裂き、上空から奇襲をかける帯島ユカリの姿が見えた。

辻、迎撃せんと弧月を振るが。

 

「-----っ」

 

――辻は一瞬躊躇を覚えてしまい、シールドで応対する。されど、旋空の威力を殺しきる事は出来ず、右腕を切り落とされる。

犬飼は瞬時にアステロイド突撃銃を帯島に向け、撃つ。

前進に弾雨が襲い掛かる中、それでも帯島はアステロイドを発動させ、辻の足下を削る。

 

――帯島、緊急脱出。

上空からの急襲により、辻は右腕を失い足が削れた。

その代わりに帯島を撃退したものの。

 

「-----が---!」

上空からの急襲の後、今度は通路の足元から弾丸が襲い掛かる。

高威力の弾丸が足元の床面を砕き、アステロイド弾を辻の肉体に叩き込む。

 

――辻、緊急脱出。

そのアナウンスが響く中、犬飼は通路を駆けながら下階にいる弓場にハウンド突撃銃で応対する。

 

この建物は、上階に行けばガラス張りになる。上階から射角を保ちハウンドを撒きながら、時間を稼ぎ、のび太がこの建物で弓場と合流するタイミングで建物を脱出する心持ちであった。

 

犬飼はのび太とも弓場とも、タイマッチすることは二宮に許可されていない。辻が落とされた今、弓場とのび太との合流を嫌うよりも、二宮と孤立させないことを優先すべきであると即座に思考を切り替える。弓場とのび太の連携は未知数であるが、最悪自身が盾になってでも連携を分断させ二宮に二人を撃退させればいい。とにかく、のび太・弓場VS二宮単独の図式を作ってはいけない。その図式が出来てしまえば、弓場隊にも勝ち筋が見えてしまう。

 

ガラス張りの窓がある上階まで螺旋通路を辿り、着く。

その瞬間。

 

「――あ、マジかー」

狙いすましたように――外から襲い掛かるバイパー弾が、横殴りの雨のように雪崩れ込んでいく。

全身を穿たれた犬飼は、それでも通路から身を投げ出し何とかその場を脱出する。

 

が。

 

「-------」

「お疲れ様でーす。弓場さん-------」

地面に叩き付けられ、尻もちをつくその眼前に。

細められた目が恐ろしい、弓場の銃口があった。

 

銃声が、一発鳴り響いた。

 

 

――野比ィ!気張れ!正面に俺がいても構わず撃て!視界だけじゃなく、オペレーターが転送するデータからも相手の位置を把握して弾丸を置けるようにならなきゃ、直線での援護が間に合わねぇぞ!

 

弓場を前衛に、自身が後方の援護を前にする連携の訓練中。

そう弓場は言っていた。

弓場の身体で相手の位置を把握できない時――オペレーターが送る位置情報から、位置を読み解け、と。

 

その応用だった。

――弓場さん!あそこのガラス窓の所まで誘導してください!

 

自らの意思でそう隊長である弓場に指示を出し、弓場はそれに応えてくれた。

実戦の場で、初めて――連携によって敵を落とした瞬間だった。

 

「------」

「よくやった、野比ィ」

 

弓場はニッと笑うと、のび太の頭をぽん、と叩く。

 

「色々あったけどよぉ-------これで二宮サンと俺たち二人の戦いができるってもんだぜ」

「はい」

「――ここまで来たんだ。さっさとやっちまおう」

 

その瞬間に、響き渡った。

 

――外岡、緊急脱出。

 

「――外岡の粘りと帯島の犠牲を無駄にできねぇ。野比ィ、気合入れていくぞ」

 

のび太と弓場は走り出す。

――本日対峙する、魔王に向かって。


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