A 菊地原の事を地獄耳だから怖いと噂するC級隊員に「陰口を言わなきゃいいだけじゃん」とのび太が言っていたのを、本人が地獄耳で聞いていたから。
――はん。バカバカしい。未来から来たロボット?タイムマシン?寝言なら寝て言え。ワシの子息がお前のようなヘンテコロボットを作ったとでもいうのか。最近のトリオン兵は、バカげた空想までできるようになったというのか。
違う。
違うんだ。
そんなことを言わないでくれ。
僕の。僕の父とそっくりな顔で、僕を拒絶しないでくれ。
だから叫ぶ。
何故僕はあえてボーダーに捕まったのか。リスクはあった。問答無用でスクラップにされて、打ち棄てられる可能性もあった。
でも。それでも。リスクを冒してでも、この場所を訪れなければならなかった。
城戸を。迅を。死なせるわけにはいかない。死なせてしまう訳にはいかない。そういった理由ももちろんある。
でも。それ以上に。
僕は会いたかったんだ。
父の父の、そのまた父。
偉大な工学者として歴史に名を遺した、誇り高いと自慢げに父が話していた――僕のようなロボットの、始祖ともいえるその人の姿を。
――ほぉう。トリオン兵風情がよく知っているな。城戸正宗に迅悠一。確かにボーダー内におけるキーパーソンの一人だ。-----ちっ。奴等、そこまでこちらの情報を知っていたか。特に迅の情報が洩れているのは重大事項だな。未来視がばれている可能性がある。く----。まさか、”脱走者”共がネイバーに情報を流しているのかもしれんな。
「鬼怒田本吉。僕をスクラップにしてもいい。何をやってもいい。僕のこの身体が二二世紀の最悪の未来を回避するために有用だというならば、幾らだって利用しても構わない。望むならば、自ら電源をシャットダウンして、人工知能を閉ざしたってかまわない。――けど。けど。きっと、会えば分かってくれるはずなんだ。迅悠一に会わせてくれ」
何故、父はロボットである僕に涙を流す機能を付けたのだろう。
解らなかった。
ずっと分からなかった。何故僕に感情を付けたのか。感情の付け合わせのように、涙を流すという機能を付けたのか。不要な機能のはずだ。意味のないはずだ。
でも。
ここにきて、分かったかもしれない。
僕は必死になって叫んでいる。
これは、機能であって機能でない。
僕という存在が全力で振り絞った感情によって、声となり涙となり、目の前の人間に訴えかけているんだ。
僕は機械だ。ロボットだ。脳味噌から爪先に至るまで完全にデザインされて生まれてきた無機生命体だ。
それでも。
――僕は間違いなく、人間という存在から生まれてきたものなんだ。
愛を知り、感情を生み、涙を流す――そういう存在なんだって。
だから伝わる。
僕というロボットであっても。
生身の剥き出しの声と涙が存在するから、――伝わった。
――泣いて、いるのか。
僕の声が、僕の心の叫びを音声として透過させ押し寄せる波のように相手に伝えていく。
無機質な機能としてのノイズじゃなく――僕という存在によって生まれた意識から発露した心ごと、肉声として。
※
野比:××〇〇××〇〇××××〇〇〇〇××××
弓場:〇〇××〇〇××〇〇〇〇××××〇〇〇〇
「おおー」
8対12。
B級上位のエース兼隊長との初対戦としては、この上なく素晴らしい戦績と言えるだろう。
「勝率四割なら全然勝ち越しもあり得るな。――つか、マジで弓場さんと互角で撃ち合ってんじゃん」
弓場拓磨は、ともかく実にシンプルかつ強力な技術を持っている。
それは、「高威力の弾丸を最速で相手に叩き付ける」という、実にシンプルな能力。
弓場は、拳銃弾に込めるトリオンを威力と弾速に絞る事で――およそ近接での射撃戦において無類の強さを誇る隊員である。
誰よりも早く、必殺の弾丸を撃ち込む。
故に、弓場の攻略法を見出すならば――中・遠距離での戦いの土俵に誘い込むか、奇襲を仕掛け構える前に仕留めるか。とにかく「近距離での撃ち合いに持ち込まない」という大原則を守り戦う必要がある。
されど。
のび太は――「早撃ち」において弓場と互角以上の戦いをしていた。
どちらも構えから射撃に至るまでの速さにおいて、負けてはいなかった。むしろ――米屋の目には、もしやすればのび太の方がほんの僅か早いのかもしれないとも思っていた。
とはいえ、このレベルの戦いになれば早撃ちのスキル勝負、というよりは――どちらが早く敵を認識するかという勝負になるであろう。
のび太は、基本的に相手に見つからぬように逃げ回り隙を突く戦法をとっている。この戦い方は相性のいい悪いがはっきり分かれるが、タイマンでの勝負に非常に強い弓場とは少々相性が悪かった。百戦錬磨の猛者である弓場とのび太では勝負勘でも差がつけられる。中々、逃げる隙を与えてくれない。一度猛攻が始まれば、シールドでも防げぬ高威力のアステロイドの弾雨が襲い掛かるのだから。
されど――そのうえで、のび太は弓場から8本を取った。
「お疲れ様です」
「------」
「-----どうしました?」
弓場は真面目に黙り込んだまま、ブースから出てきた。
「なァ、米屋」
「うす」
「俺もタイマンでは負けるときは負ける。それは理解できている。俺の得意分野以上に、相手の得意分野が上回る場面なんざ幾らでもあるからな。――だが、奴は想像以上だった。奴は8回も、俺の得意分野で俺を上回りやがった」
その言葉は、嘘のない声音で紡がれていた。
「――俺もまだまだ精進が足りねぇなァ。いい刺激を貰った。いつか釣り銭はキッチリ返してやる」
そう笑いながら、じゃあなと弓場は去っていった。
「おっし。こりゃあ俺も気合が入るってもんだ。さっさとブースに――あれ?」
そこにはもう、のび太の姿がなかった。
そして、米屋は思い出す。
あのーーログでも眼前の戦いでも見せた、のび太の異様なまでの逃げ足の速さを。
「-------」
きょろきょろと米屋は辺りを見渡し――はぁ~、と一つ息を吐いた。
※
「僕は寝たいんだ」
誰にも見つかることなく、のび太は速やかにブースより離れる。
「何が楽しくて人はポイントの奪い合いなんてするんだ。強い人が弱い人からポイントを奪う。なんて残酷な行為なんだ。こんなもの税金と同じじゃないか。僕は誰からも奪わせはしないぞ」
のび太は、ポイントを確認する。
「ほら、減ってる」
表示されているポイントは――先程菊地原と確認した時よりも、さらに増えている。
当然の話だ。自身よりもはるかに高ランカーである弓場に8本も勝利したのだから。当然それだけ得られるポイントは増えているはずなのだ。
のび太、つい先ほど確認した自分のポイントを忘れてしまう。
「うう。なんて厳しい世界なんだボーダーは。こんなんじゃ女の子にモテるなんて夢のまた夢じゃないか」
とぼとぼと、のび太は歩いていく。
――そういえば、かっこよかったなぁ。
以前見た何かの記者会見。
名前はもう覚えていないけど、凄いイケメンの男の人が言っていた。
――家族が無事なら、あとは思いっきり戦えますから。
そうさわやかな笑顔で応対していた人が。
あんな風に自分もなれたらいいなぁ、なんて思っていたけど。
入隊試験の時にはじめて目にしたけど、それ以来目にすることはなかった。その人はA級5位嵐山隊隊長で、広報部隊を兼任しているらしい。そりゃあ忙しいだろう。
また何処かで。今度は話しかけられるくらいの距離で。
会うことが出来たら、いいなぁ。
そんなことを思いながら、ボーダー本部を出る。
家に帰ろう。
そして、寝るんだ。
そもそも今日は建校記念日で休みなのに、僕はボーダーに行って働かされていたんだ。今日くらい寝てだらだらしても文句なんかないだろう。
そう――思っていたんだけど。
響き渡る警報が、伝える。
――門<ゲート>発生。
のび太はその音を聞くと、びくりと身体を震わせる。
刻まれた恐怖の記憶は、中々に体からは消えない。
恐ろしい化け物。それと対峙しなければならない恐怖。
でも。
「------行かなきゃ」
基本的に怠け者の野比のび太が持つ美徳ともいえる数少ない要素の一つに、こういったものがある。
人が困っている時に行動することだけは――彼は一切怠けることを忘れられる。
そういう美徳を持っている人間だ。
「トリガー、起動」
彼は震える声でそう言うと、トリオン体に換装し――門まで走っていく。
戦闘の時だけ映画版のび太です。