――ロボットは何のために生まれてきたか、と問われたなら。始まりは間違いなく人間に奉仕するためだろうな。
ロボットもまた、人間という生き物が発達させてきた技術という枝葉の一つだ。
人間は、効率化の為に技術を発達させてきた。
棒を尖らせると殺傷力が上がる。そうすると狩りがやり易くなる。だから槍が生まれた。
動物を狩るよりも自ら食料を育てた方が安定して食料が取れる。だから農業・畜産が生まれた。
技術は、人間に奉仕する。
ロボットもまた技術故に、人間に奉仕する為に生まれてきた。
――だが私はそう思いたくはない。私はロボットたちは自分の子どもだと思っている。
奉仕、ではない。
誰かにデザインされたプログラムで誰かの役に立つことを実行するだけの無機物ではない。
たとえそれが人工物だとしても――誰かを愛し、誰かの為に泣き、笑い、怒る。環境によって思考に変化が起き、性格すらもそこに生まれる。
――私はそれを与えたかった。
自らの意思。
そこに付随する諸々の感情。
――人間の技術によって生み出されたものたちが、人間の手によって幸せになる。そういう世界が実現したら、きっと――。
そんな未来が。
何処かに――。
※
「――こいつが、ヴィザか」
太刀川は、眼前に現れた老人を眺める。
至極自然体のまま、その老人はそこに立っていた。
「如何にも。私がヴィザです。――ふむん。私の名前が何故に玄界に知られているのでしょうな」
「さあな」
「さて。――そこのお嬢さん」
ヴィザは、遊真の背後で身構える千佳に、声をかける。
その落ち着いた声質にもかかわらず、千佳はビクリと身体を震わせる。
「我々の目的は貴方の身柄だ。だが、残念ながら貴方はいざとなればあの脱出機能が使えるようだ。――ここで一つ忠告しておきましょう。貴方が脱出をすれば、私はどんな手段を用いてでも、あの砦の中まで攻め込みましょう。その上で、
「チカ!耳を貸すな!」
「耳を貸さずとも大丈夫ですぞ。――あくまでこれは忠告。その上でどのような行動を取るか、それは自由ですからな」
ヴィザは、読んでいた。
雨取千佳という少女が抱える、性質を。
彼女は恐らくは戦場慣れしていない――というよりも、恐らくははじめてだろう。彼女をこちらを釣り出すための餌だ。そして餌になる事を――戦慣れしていない身の上で自ら承知できる肝と責任感がある。
そういう人間には、自分以外の他者の死を強く意識させるのが効く。
自分の行動一つで他者の生死が決まる――そういう状況に立たされた瞬間、この手の人間は必要以上に身構える。そして、自分を安全圏に置こうという意識が薄れていく。
無論、ヴィザのこれは脅しだ。本当にボーダーを壊滅状態に陥れようなどとは思っていない。
だが。これまでのヴィザの戦いによって――それを本当に実行できるだけの力があると相手は思っている事だろう。
単独で区画を撃滅できる能力があるのだ。ボーダー本部に攻め入り、大規模な被害を引き起こすことは可能だ。
この余程の事、というのは。ヴィザ自身が頭の中で設定しているわずかながらの可能性だ。
こうして頭の中で条件をそろえて行動をすることで――相手方にその可能性を否定できない状況を作る。
――その可能性がある故に。
「-------」
迅は、少し顔を顰める。
本当に。本当に僅かながらであるが――ヴィザが本部に攻め入り、職員を虐殺する未来が見えた。
僅かであるが実現する可能性があるのなら――捨て置けない言葉だ。
「成程ね」
太刀川はそう呟く。
「アメトリ。安心しろ。――要は、この爺さんをぶった斬ればボーダーに攻め込むような奴はいねぇってこった」
太刀川は二刀を構える。
「――ほぅ。それはそれは」
あれだけの大暴れを見せた後でも。
眼前の青年は、微塵とも自らの勝利を疑っていない。
「楽しみですな」
星の杖、とヴィザは呟く。
その瞬間に、火蓋は切って落とされた。
※
時は、少し前後する。
ヴィザが大暴れしていた地区より東に少しずれた場所で。
「-----た、助かった----?」
「な-----何が起きたの」
その頃。
三雲修と、木虎藍は――双方ともが別の場所へといつの間にか移動していた。
ヴィザの猛威を一身に受けた地区の中。修はひたすらにその場から離れ、木虎は狙撃手の佐鳥を逃がす為にその場に留まった。
されど、二人とも何故か、全く違う地区へと移送されている。
「------全く。本当にどうにもならない」
その傍ら。
そこには、丸っこい青い――ロボットがいた。
そのロボットはプロペラを頭に付け、その全身にマントを羽織り――袈裟に大きな傷痕を残していた。
「-----ドラえもん!」
その姿を、修は知っていた。
幾度か玉狛支部に出入りしていた、猫型ロボットだ。
「どうしたんだ!」
「-----ヴィザの出現地点を、迅が未来視で推測していたから来てみたらこの様だ。マントで隠れていても、斬撃に巻き込まれた」
「-----貴方が、トリオン型ロボットね。会うのははじめてね」
「そうだね、木虎藍。――まあ、僕トリオンなんかないんだけどね。ロボットだし」
「――何をしていたの?」
「ユビキタスのマーカーを移動させていたのさ。――黒トリガーを自由に動かす“ミラ”に対抗するには、こちらも隊員の移動をスムーズにさせなきゃいけない」
「-----僕たちがここに移動できたのは?」
「僕はユビキタスのマーカー設置機であり、同時にもう一つのどこでもドアだ。――君たち二人を回収して、マーカーが置かれている場所まで移送した」
――ドラえもんは、一つ息を吐く。
「貴方ロボットでしょう?どうやってトリガーを使ったの?」
「外付けのトリオンエンジンと制御装置を使った。僕の身体の中にはトリオン器官はないけど、ユビキタスを応用して本部にあるトリオンエンジンからエネルギーを引っ張り上げているんだ」
「------なら、もう一度それを使って私を黒トリガーの交戦地帯に送って」
「あと十五分はできない。制御装置は一度使用するとクールダウンが必要なんだ。まだ出来て一週間の試作品だしね」
そう、と木虎は呟く。
「なら仕方がないわね。――一つ借りが出来たわ。貴方の任務は何?私が出来る事なら引き継ぐわよ?」
「僕の任務は指定された三つの場所にマーカーを置くことだ。――そして、マーカーを移動させて、設置させる機能は今のところ僕にしかない」
「でも----貴方、ボロボロじゃない」
「問題ないよ。――僕はロボットだ。ボロボロになっても、痛覚はシャットダウンできる。足も削れていない。この程度で任務を放棄できない」
さも当然、とばかりにドラえもんは言う。
その覚悟に、修と木虎は息を飲む。
といのも――機械であるはずのその目に、ありえざる力があったから。
「------なら、せめてマーカーの場所まで護衛するわ」
「僕も、付いていく」
「------ありがたい。これからの道には新型の新型がいる。こっちも護衛は本部に要請するつもりだった」
「新型の新型----ああ。相手の黒トリガーの要素を埋め込んだトリオン兵の事ね」
「そう。流石にA級隊員といえど、三雲君との連携だけじゃあ厳しいだろう。――という訳で、一人ここに護衛を追加させてもらう」
ドラえもんが本部に要請を出し、承認を受ける。
ユビキタスを通し、やってきた隊員は――。
「こんにちわ」
こんな緊迫した状態でも特に変わらない。
ゴーグルがふてぶてしい、生駒達人の姿があった。
「------」
木虎、沈黙。
「-----あ、はい。こんにちわ」
三雲。見知らぬ人間であるが取り敢えず挨拶は返す。
「------え?なにこの状況やばない?何か凄く俺がいたたまれない感じになってるんやけど?――おーいドラえもーん?何でこんなアウェーに俺を呼び出したん?あ、くそ。もう少しボケとかんと、こう、つかめへんかったんか。くそぅ。隠岐くらい顔がイケてたらもっとスムーズにお喋り出来てたやろうに」
「うるさい。一定以上の実力のある攻撃手が必要だったから呼んだんだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「本部に待機している時あんまりにも暇で-----作戦室のモニターが繋がってたから、それ見ながら海と城戸司令の傷がどこから発生したのかを色々は話してたんや。色々話していた結果、忍田さんか太刀川さんのチャンバラごっこによって斬り裂かれたものやって結論が出た瞬間にこっちに呼び出されたもんやから。俺も顔を切り裂かれるんちゃうんかってちょい内心びくついてたんや。そして違って安心したと思ったらこの空気やろ?泣きそうや」
「生駒先輩。真面目に仕事してください」
「はい」
木虎に言われた瞬間、瞬時に生駒は口を閉じた。
----素直というか。マイペースというか。
何だか、不思議な人だった。
「――これから南部・東部・北部のこのポイントにマーカーを置いていく」
「意図は?」
「南部は敵が発生していないから、安全に隊員を送り込めるスペースを確保するために。東部は今敵の精鋭二人組んでワープしてきたから、支援できるポイントを増加させるために行う。北部は、ヴィザを釣り出している場所だ。ここは、ヴィザを撃退したのちに、スムーズに太刀川慶を移送させる為にマーカーをつける」
「-----成程」
うんうんと木虎が頷く中――戦況をいまいち飲み込めていない修と、今日の夕飯を真面目に考えていた生駒は生返事を返すほかなかった。
「じゃあ、頼むよ。――僕は空から隠れながら行くから」
そう言うと同時。ドラえもんはマントを全身にくるむと同時、頭の上のプロペラを回転させる。
その瞬間ドラえもんは空を飛び――その姿を消した。
「――動きは君たちに合わせるから、道中の敵の排除をお願いする」
「了解」
「了解!」
「何やあれ何で空が飛べんねん。くそ、俺も空を自由に飛びたいんや。――あ、了解」
三者三様の返事を聞き、動き出した。