鈴鳴第一は、早い段階から小学校付近のポイントでラービットを狩っていた。
ラービットのモッド型が現れたと報告を受けてから、本部の指示により角つき人型近界民の出現地点へと向かう事を命ぜられ――現在分断されたヒュースを討たんと小学校の中へ入り込んだ。
準備は、済んでいる。
――人型近界民及び新型トリオン兵の対策を念入りに行った恩恵を一番受けた男は、恐らく村上鋼であろう。
彼もまた、副作用を持つ。
強化睡眠記憶。
彼は睡眠時の学習機能が異常なほどに高い。
体験した事象を、一度眠る事で脳味噌に経験として刻み付ける。
故に。
既に彼は――ヒュース含め、侵攻時に発生する敵対勢力の対応をしっかりと頭に刻んだうえでこの場に立っている。
今ここにいる彼は、完成された状態だ。
「-----」
無言のまま、彼はヒュースに向かって行く。
光を遮られた真っ暗闇の中。
黒く染められた刃を用いて。
「-------く!」
唐突に真っ暗闇に放り出されたヒュースは、村上の攻撃に対応が遅れる。
蝶の盾の欠片を集合させ初撃を何とか避けながら、生成したブレードによる刺突を行使する。
それら全てを掻い潜り、村上の連撃が襲い掛かる。
欠片を弾く。攻撃を防ぐ。そうして出来た間隙に、正確無比な旋空を叩き込む。
暗闇という環境を利用した村上の連撃により、ヒュースの肩口から袈裟まで薄く攻撃が通る。
ヒュースは何とか暗視の設定に自らを切り替え終えると、対象を確認する。
欠片を集合させ、飛ばす。
村上はそれらをレイガストによって防ぎ、一歩後ろへと引く動きをヒュースに見せる。
――逃がすものか。
ヒュースはレイガストに付いた蝶の盾の欠片から磁力を発生させ、自身の方向へと引き戻すように力を加えていく。
村上はその瞬間、スラスターを発動させる。
「ぐ------!」
引く動作はフェイント。磁力による引力を逆利用し、スラスターを起動しレイガストをヒュースに叩き付けると、今度こそその場を離れた。
「――やはり、情報が玄界に知られていたか。それも、ここ最近の話じゃない------!」
この侵攻全体を見て、そして一連の相手の動きを見て、ヒュースはそう確信した。
内通者か、密通者が祖国にいたのだろう。
ヒュースは愚かではない。自身のトリガーをエネドラのように過信しない。
情報が知られ、今相手の型に嵌められた。ここまでの状況を用意しているのならば、相手もそれなりにこのトリガーの対策を講じられていると考えるべきであろう。
ならば、まず自身が考えるべきは――この場から一刻も早く離れる事だろう。
「蝶の盾!」
欠片を集め、車輪状に拵え、外壁へと飛ばす。
肥大化した外壁は脆くもガラガラと崩れ、暗闇に光が灯す。
スケーリングライトはあくまでトリオンの通っていない物質を肥大化させるだけのものだ。トリガーの攻撃を耐えうるほどの強度を生み出す事は出来ない。
ヒュースは空いた穴倉からその場を離れようとして、
「-------ッ!」
漏れ出た光で目が眩む中――予期せぬトリオン弾が自身の身体を貫いた。
――外に狙撃手も配置されているのか!
撃たれ、足踏みする間に、外壁はまた再生され光が消えていく。
そして。
「なに-----」
足元が。
横の壁が。
肥大化してくる。
まるでヒュース自身を圧し潰さんとしているように。
「――この程度!」
蝶の盾の迎撃により、当然の如く自らを圧し潰さんと肥大化していくそれらを斬り裂いていく。
――足を止めたままでは危険だ。
ヒュースはそう確信し、蝶の盾の機動力を存分に使用し移動していく。
肥大化していく外壁を斬り裂き、磁力のレールを敷きながら滑るように動いていく。
移動の最中、暗闇に浮かぶ蛍のような――トリオンの光を見た。
心中舌打ちしながら、ヒュースはレールの軌道を変える。
あれは、低速のトリオン弾だ。あの中に入っていったらたちまちハチの巣になる事請け負いだ。
「――ミラ様。敵の反応を掴めませんか」
彼は暗闇と肥大化する壁に紛れ身を潜める敵影を警戒し、ミラに通信を入れる。
だが――その返答は、期待に沿う内容ではなかった。
「――ごめんなさい、ヒュース。恐らく玄界側のかく乱用トリガーね。あまりに中のトリオン反応が多すぎて、どれが敵なのか判断がつかない」
ヒュースは、背筋が冷える思いがした。
玄界は――本気で自身を狩るつもりなのだ。
ヒュースは何とかこの場を離れる為思考を巡らす。何か、何か打つ手はあるか――。
「――はい。こっちのルートに来ましたよ。ちゃちゃっとやっちゃいましょう」
そんなやる気のない声と共に。
ヒュースの左右からハウンドが襲い掛かる。
――そこか。
その弾丸を防ぎながら、暗闇に潜む二人の姿を見る。
ゴーグルを首元に下げたもさもさ髪の男と、気の弱そうな顔で突撃銃を構える男の二人。
迫りくる弾丸を避けながら、欠片を収束させ二人を仕留めようとする。
――攻撃の為に収束させたその隙に、また弾丸を叩き込まれる。
その弾道の方向へ振り返る。
――背後から、威力のあるアステロイドで脚が削られる。
ヒュースはあくまでも冷静に周囲の敵影を確認しつつ、欠片を全身に収束させ防御を固めながら一人ずつ仕留めていく方針に転換する。
視線を敵に向ける。
すると、その視線を切るように、床面が肥大化する。
叩き切る。
そして、
眼前に。
「――グラスホッパー!」
斬り裂かれた床面から、現れたのは――先程ヒュースをここまで誘導したメガネの少年。
彼は片手にカプセルのような球体状のトリガーを左手に抱え、――右手で拳銃を構える。
攻撃に利用した欠片の再編が整わぬうちに――少年は弾丸をヒュースに叩き込む。
全身を穿たれながらも、ヒュースは眼前の少年を倒さんと欠片を集めていく。
「――韋駄天」
そして。
ヒュースは――背後からたった今球体状のトリガーを投げ捨てた少女に瞬時に間を詰められ、斬撃を浴びせられた。
「-------」
彼は心底悔し気に歯噛みし――トリオン体が崩れていく音を聞いていた。
※
事前に“ユビキタス”が設置されたマーカーの一つが、この廃小学校の裏庭であった。
ここは本部に近く、周囲が開け中に潜伏できるメリットが非常に大きな場所であったことから戦力を送り込むには非常に有用な場所であると判断されていたのだ。
本部で待機していた東と黒江、生駒隊(生駒抜き)がそれぞれ校内に侵入。先行していた村上が時間稼ぎをしている間に、東が校内に大量のかく乱装置であるダミービーコンを設置し、鈴鳴の太一と生駒隊の隠岐がスケーリングライトでヒュースの壁越し・床越しに地形を変形させていく。その後、移動経路に合わせ生駒隊水上が低速弾道のアステロイドを置いてヒュースを誘導させ、鈴鳴の来馬・東・隠岐と連携してヒュースの足を止めさせる。足を止めたヒュースを、ダミービーコンを抱え隠れていたのび太と黒江の連携で仕留めた。
犬飼の意図を汲んだ東が即興で作戦を立て、各自がそれを実行し――一連の流れが組み立てられ、無事ヒュースを撃破した。
「-----こいつ、どうします?」
水上が、生身の姿になったヒュースを見ながら、東に言う。
「-----俺が本部に連れて行こう。二回分のユビキタスの使用とダミービーコンの設置で、もうトリオンがすっからかんだ。このままこいつを連れて本部に行って、本部長の補佐に入る」
「了解っす。じゃあこのまま俺達であのデカブツジェット叩きの援護に向かいますわ」
「ああ。頼んだぞ」
「じゃ、太一。外壁を元に戻して」
「うっす」
太一が、外に向けまたスケーリングライトを浴びせる。
学校を覆っていた外壁は元のサイズに戻り、光がまた戻る。
「まぶし――あ」
「あ」
「え?」
太一は――外壁がなくなったことでいきなり現れた光に軽く目を背けた。
その、一瞬の間であった。
――外から撃ち込まれた雷の羽の弾丸が顔面にぶちあたり、緊急脱出した。
総員、近くにランバネインがいるのか、と警戒を強めるが――その後一発として弾丸が来ることはなかった。
レーダーを眺める。
ランバネインの位置は、随分と遠い。
つまり。
「--------」
「------まあ、うん。こんな事もあるさ」
「何処の漫才やねん」
流れ弾にぶち当たり――完全な運により太一は撃破されたのであった。
痛まし気に表情を沈ませるのは来馬と、精々村上くらい。他は-----何とも言えない空気を醸成し、空へと飛んでいく太一の姿を見届けていた。
「------太一の死を犠牲にするわけにもいかんだろう。速やかにあの人型近界民を排除する」
応、と答え――隊員は各々散っていく。
「何というか-----まあ、いいや」
のび太はこの一連の不思議な出来事に――太一、という名前だけは脳裏に深く刻んだ。