「――ランバネイン殿も仕留められましたか」
ヴィザはミラからの報告を受け、そう呟く。
「しかし、ランバネイン殿のおかげで優秀な射ち手が集まってくれたのはいい事です」
正面から。
側面から。
斬撃が入ってくる。
それはす、と入ってくるそよ風のような斬撃。
自然な所作から放たれるそれらは、見えない。
斬撃そのものが速いのではない。斬撃が放たれるまでの所作の部分が、極限に無駄が削がれすぎて、斬撃の発生源が見えない。
いや、斬撃そのものも速いはずなのだ。だがその速さは鋭敏化された神経組織によって、反応が追い付いている故にそう見えているというだけで。
それよりも、タイミングが取れない。
老人が斬りかかる予備動作が全く見えない。踏み込みも腰の回旋も手首のスナップに至るまで――斬撃を構成する要素から極限に無駄を省いている。
その分、防御が一拍遅れる。
遅れた分、太刀川のトリオン体に傷口が増えていく。
「どうやら、貴方と攻防の速さの面で競い合おうとするのは厳しいようですな。ならば別の切り口でやっていくほかない」
どれだけ攻撃のスピードが速かろうが、今の太刀川はそれに対応できる反射神経を持っている。
故に、重し付きとはいえ“星の杖”の高速回転する刃をすり抜けて来れたのだから。
よって。
ヴィザは――神経が攻撃を捉えるまでのスピードを遅らせる方針を取った。
予備動作のない斬撃。
神経組織すらも反応できぬ、異様なタイミングから放たれる斬撃。
「------解らん。何だこれは」
太刀川は笑みを浮かべながらも、そう呟いた。
現在、星の杖は狙撃手の対応のために使われており、太刀川との攻防には一切使用されていない。
更に、目に映る範囲で――黒トリガーを持つ迅の姿もある。
周囲を取り囲む狙撃手。そして効果の解らない黒トリガーを持つ迅。ヴィザはこの二つにしっかりと意識を割きながら、太刀川との剣戟をこなしている。
ことこの剣戟に関して、ヴィザは旋空もシールドも持っていない。単純な手数ならば太刀川が上回っている。神経機能拡張の影響により、トリオン体そのものの性能も上回っている。
なのに。太刀川の攻撃は通らずヴィザの攻撃は通っていく。
斬撃が走る。
防御せんとその斬道に刀身を挟むが、まるですり抜けるように胴へ斬撃が通る。
二対の旋空を放つ。
最小限の足運びでそれを避けつつ、自然な体裁きで太刀川に返し刀を打ち込む。
――旋空は、起動時間によって斬撃範囲が異なる。ヴィザは一連の攻防の中でその特性に気づき、起動時間を読み切った上で回避を行っている。
通常の太刀筋を超える斬撃である旋空ですら、その効果範囲を読み切り対応する。リーチの差すら、積み上げてきた経験によって埋められていく。
太刀川は、ボーダーに入って以降――それこそつぎ込めるだけの時間を、戦いに費やしてきた。
幾千幾万という戦いを積み重ね、時間を忘れ、遂には自身の単位事情までも棚に追いやって、自身が強くなることに全てをかけてきた。
それでも。
届かない。
老人が放つ攻撃を読めない。
「------仕方ないか」
太刀川はポツリと呟いた。
「こりゃあ、――文字通り、命を張ってやるしかない」
太刀川は、台詞に見合わぬ――恐ろしく楽し気な笑みを浮かべていた。
楽しい。
楽しくて楽しくて仕方がない。
この戦いは、負けは死だ。緊急脱出機能はないのだから。
そして、眼前には自身を大きく上回る剣の使い手。自身よりも――そして、間違いなく師よりも遥かに超えた実力の老剣士。
死の予感が、よぎる。
されど――その予感で恐怖を感じるよりも前に、奮え立つ。
身を竦ませるのではない。
何処までも、背筋に走るスリルに身が奮え立つ。全神経が集中する。笑みが零れる。この戦いが――楽しくて楽しくて仕方がないと脳味噌が叫んでいる。
これだ。
これだ。
自分は、こうだ。こういう生き物だ。
戦いそのものが、脳味噌を刺激する。
戦いとスリルの前では、死の恐怖なんざ握り潰せる。
太刀川慶という男は、そういう在り方の人間であった。
※
「-----太刀川さん、厳しそうだね」
ヴィザと太刀川の戦いは、外側から見る分においては歯がゆい思いで見守るほかない。
本当は援護してやりたい。
だが――弾丸は星の杖の壁に阻まれ弾かれる。
どうにか、とは思う。
どうにか戦況を変えられる一発を撃ち込めれば、と。
「------雨取さん、離脱しないの?」
絵馬ユズルは、隣にいる雨取千佳に尋ねる。
「しない」
千佳は、はっきりとした声でそう言った。
「------私は逃げたくない」
「逃げじゃない」
ユズルはヴィザと太刀川の戦況を見つめながら、隣にいる千佳に言う。
「志願して、ここに来たんでしょ?B級に上がってもいないのに。それに------黒トリガーを釣りだすための餌にするだなんて」
ユズルは表情を変えずとも――内心、非常に憤っていた。
非常に高いトリオンを持つというだけで、こんな所に餌代わりに連れ出した上層部を。
千佳は、役目を果たした。
黒トリガーを釣りだし、鉛弾ハウンドを撃ち込み、太刀川を援護した。ここで終わりで良かったはずだ。そのまま予定通り緊急脱出して、本部に戻ればよかった。
それでも、彼女は拒否した。
「------あの人。私が緊急脱出したら本部に攻め込むって、言ってた」
「そんなの脅しだよ」
「脅しじゃ、ない。------脅しだったら、迅さんがあんな顔をしない」
「------」
「私は嫌だ。――私のせいで、誰かが連れ去られたり死んだりするのは、私が連れ去られるよりずっと嫌だ」
「-----絵馬君、でよかったですか?」
「うん----雨取さん」
「絵馬君は------片腕が動かせない状態で、狙撃できる?」
「------できない事はないと、思うけど。どうしてそれを?」
現在、ユズルはビルの上のフェンスからヴィザを見下げる形で狙撃地点にいる。フェンスを片腕代わりに支えとして置き、撃つことは可能だろう。
だが、どうしてそんな事を。
「――私のトリオンを使ったら、あのトリガーを突破できないかな-----って」
つまりは、こういう事。
狙撃を完全に封じ込めているあの黒トリガーの刃。回転する刃を自在に動かし、現在あの老人は周囲から受ける狙撃を完全に無効化している。
雨取千佳が、ユズルに臨時接続を行い、ライトニングにて狙撃を行う。
ライトニングは、トリオンが多ければ多いほど、射速が上がる狙撃銃トリガーだ。
もしそれを千佳のトリオンで撃つことが出来るならば――成程、あのトリガーを超えられるかもしれない。
あの老人は、戦慣れしている。狙撃のスピードもしっかりと頭に入れているだろう。そこで――トリオンを増した超高速の弾丸を叩き込めば、一発だけならば当てられるかもしれない。
「------」
千佳の提案に、ユズルは頷いた。
「わかった」
「あ-----でも、あの状況だと----」
太刀川とヴィザが激しい攻防を繰り広げている中、ただでさえ片腕が使えない状態で当てられるだろうか。
多分、そう言いたいんだろう。
「大丈夫」
ユズルは、珍しく力強く言い切った。
「乱戦時の狙撃には慣れているから-----絶対に当てて見せる」
ユズルは、左手を千佳に差し出した。
「――ありがとう。お願い、します」
まるで祈るように千佳はユズルの手を握る。
その手は、震えていた。
「------」
左手からの振動をしっかりとユズルは受け止め、照準を合わせる。
大丈夫。この程度。もっとひどく震える足場で、片手が吹き飛ばされた状態で狙撃をしたことだってある。片腕。震え。この程度で狙撃を外すなんて狙撃手の名折れだ。
――だって。
こんな女の子が、何とか状況を打開しようと自分を頼ってきたんだ。
別に漢気だとか、そこに意気を感じるようなキャラクターじゃないけど。
それでも、この女の子だけは色んな意味で特別なんだ。
外さない。
絶対に。
※
「ここが、最後だ」
ドラえもん、修、木虎、生駒は――最後のマーカー設置地点に到着する。
「――この先で、ヴィザと太刀川慶が戦っている。出来る限り、多くの戦力をここに集める」
「今ユビキタスで送り込める戦力はどれだけあるの?」
「------三輪隊と何人かの狙撃手が“ユビキタス”経由でこの地点に来れる。それと、のび太、黒江双葉、加古望、そして風間隊がこちらに向かってきている」
ランバネイン撃破の報告を受け、集まった隊員は二手に分かれる。新型を駆逐する為に留まる隊と、ヴィザの下へ向かう隊の二つ。
「今-----狙撃兵が孤立している。遊真君一人でカバーしているけど、あと一人黒トリガーが残されていることを考えると、攻撃手と前線で戦える銃手が欲しい」
現在。
ヒュース・ランバネインの二人組に対抗する為に、射手・銃手を数多く集めてしまった。
二人の性能を考えると、中距離での撃ち合いが出来る駒を多く配置せねばならなかった為、こうなってしまうのは仕方がない。とはいえ、二宮・出水はユビキタスを複数回使った上でランバネイン戦において相当に消耗しており、残りトリオン量を鑑みても流石に動かせない。トリオンに富む銃手、射手も多く犠牲が出た。
今、太刀川を援護するために多くの狙撃手が集まっている。
だが、それを護衛する隊員が圧倒的に足りない。
「――ここからがギリギリの攻防になる。多分、これが狙いだったんだ」
狙撃手が孤立し、中距離で戦える隊員を一点に集める。
この状況下は――。
“窓”が開かれる。
「――よし」
開かれた暗い空間から、一人の男が出現する。
「まずは――狙撃兵を片付ける」
ハイレイン。
――卵の冠を持つ、侵攻軍の総隊長が。
ここが、最後の攻防だ。
そうドラえもんは確信する。
負けはしない――絶対に。
そう思いながら――周囲を飛び回る生物の群れを睨みつけた。
多分、次か、次の次くらいで大規模侵攻編終わり。