「――無事ですかな、当主殿」
「ああ。問題はない。------だが、予想以上の脅威だな。アレは」
全方位から襲い来るトリオンの暴力。
身に纏った卵の冠によるトリオン生命体の全てを使い、どうにか無力化したものの――その出力は黒トリガー並であると言わざるを得ない。
先程交戦したビルは千佳のハウンドによって屋上ごと上階が粉々に砕かれ、ハイレインはそこから弾き出された。
地面に降り立ったハイレインは、消耗したトリオン生命体を再生成しつつ、言葉を続ける。
「とはいえ、問題ない。むしろあれだけの力があるが故に容易に逃げられぬであろう。――ミラ。お前のトリオンはどうだ?まだやれるか?」
「------大窓を開くにはもうかなり厳しいですね」
「そうか。-----仕方ない。ここまで来れば搦手はなしだ。周囲の狙撃手を無力化した後に、金の雛鳥を捕らえる。――だが、その前に」
「――対象“ハイレイン”を発見。このまま排除します」
四人と一体が、眼前に現れる。
三輪秀次、米屋陽介、黒江双葉、野比のび太、そしてドラえもん。
「黒江は陽介と連携して前線でハイレインを挟め。俺と野比で奴に弾を撃ち込む。――そこのトリオンロボット。お前も働くというならばしっかりと働け」
「ふん。言われるまでもない。――それじゃあ、行くよ」
それぞれが、自らの得物を構える。
「行きます」
のび太は、銃を構える。
「――む」
その弾丸は、丁度浮かぶ生命体共の間を縫うように曲がり、ハイレインの肩口に着弾する。
着弾と同時、三輪と米屋が動き出す。
三輪は“鉛玉”オプションの付いた拳銃を手にハイレインに向け弾丸を撃ちこみ、米屋と黒江は旋空を用いて攻勢をかける。
「-----成程」
卵の冠の防壁を通過する黒い弾丸。離れた場所から斬撃を伸ばすことのできる近接武器。
触れた瞬間にトリオンキューブ化する卵の冠の性能を鑑み、トリオン透過機能を持つ武器と近づかずに迎撃できる手段で戦う事を選択したのだろう。
だが。
この程度では、卵の冠を防げはしない。
まずは、前衛の二人を潰す。
鳥型と魚型のトリオン生命体を、ハイレインは差し向ける。
「おっし、このタイミングだ。――黒江、行くぞ」
「はい」
その瞬間、黒江は韋駄天を発動し、米屋は背後へと飛びのく。
この時点で、二人を追う卵の冠のトリオン弾は二手に分かれる。
米屋の得物である槍型の弧月の穂先にシールドが展開されると同時、細分化したシールドが周囲を取り囲む。
韋駄天によってハイレインから遠ざかる黒江の頭上には、タケコプターを身に着けた、――懐中電灯を持つドラえもんがいる。
「ビッグライト」
ドラえもんは――スケーリングライトの原型となった懐中電灯を黒江の周囲にかざし、壁を出現させる。
地面から這い出たそれらはハイレインの生命体型の弾丸を打ち消す。
それでも打ち消せなかった弾丸は、自らの身を挟み込むことで消し去る。
ドラえもんは、ロボットだ。トリオンで作成されている訳ではない為、卵の冠の弾丸を食らおうと何も影響はない。
二手に分かれ卵の冠の生命体がシールドと壁にぶつかり消えていく。
その瞬間、のび太と三輪も拳銃を構えハイレインを挟み込む。
のび太はバイパーを。三輪は鉛玉を。
のび太は自らの射撃技術を用いて、三輪はトリオンを透過する鉛玉の特性を用いて。ハイレインに弾丸を届かせていく。
「野比!後ろだ――
三輪の指示が飛ぶ中、のび太は変わらずバイパーを撃つ。
しかし、ハイレインに向かっていた弾丸のうち一つが、弾道を変え自身の背後へ向かわせる。
そこには――
「く-----!」
"窓”の出現と共に、ミラが出現していた。
出現場所に吸い込まれるように向かい来る弾丸が、ミラの腹部に叩き込まれる。
――やっぱりだ。
のび太は、確信する。
――無駄じゃ、なかった。
あの時。
空閑遊真に敗北し、強くなることを決意した日から。積み重ねてきた諸々。
弾丸を置きに行く技術と立ち回りを個人戦で学んだ。連携の仕方を弓場隊との合同訓練で学んだ。そして――今ここで戦っている黒トリガーの対応も、訓練をし続けてきた。
だから――今、間違いなくのび太はハイレインを相手に立ち回れている。
撃つ。
撃つ。
ここで負ければ、今までの日々は全くの無駄になる。だから、撃つ。
雨取千佳は攫わせない。それが、ここにのび太がいる意味だ。
だから、負けはしない。
「のび太。迅の指示だ。僕は太刀川慶の所に行く。――最後に」
ドラえもんは各隊員の前に、高低差をばらけさせた壁を幾つか出現させ、ハイレインの四方を高い壁に取り囲ませる。
「――必ず。必ずヴィザを太刀川慶が打ち倒す。だから――それまで、持ちこたえてくれ」
そう言い残し、ドラえもんは戦列から離れ、遥か上空へと飛んでいく。
「――わかったよ、ドラえもん」
のび太は息を吐き、眼前を見据える。
――せめて、時間を稼ぐ。
しかし。
ハイレインの四方に壁を作った意図は何なのだろう?
そうのび太が疑問に思った瞬間。
「ハウンド」
四方に囲まれた壁の中。
身を潜めていた千佳のハウンドが、叩き込まれていた。
※
足が、削れた瞬間。
太刀川は――師匠の技を、再現した。
息を吐く間もない、旋空の連撃。一太刀振るごとに発生するそれは、かまいたちの集合のようにヴィザの眼前に迫る。
ヴィザは。
削れた足を盾に、身を翻し、幾重にも重なる旋空の連撃を止めると同時に――瞬時の体勢の立て直しから、太刀川に一太刀浴びせる。
袈裟から、大きく太刀川の身体に斬り込まれる。
それでも太刀川は攻め手を止めない。旋空を纏わせた斬撃をヴィザに叩き込んでいく。
「――攻め気を出してきましたか。足が削れて、少しばかり強気になったのでしょうか」
連撃は、一太刀で止められる。
下から這い出るかの如き切り返しにより、太刀川の体勢が大きく崩れる。
気付けば。
手首が落とされ、右足が斬り飛ばされていた。
「――貴方は、強かった」
そして――守るもののなくなった太刀川の胸部に、太刀を浴びせる。
ビキビキと壊れ行く太刀川の表情は。
「いや。本当に強かったぜ爺さん。――けどな、このタイミングを待っていた」
変わらず、笑っていた。
その瞬間。
ぱ、とヴィザの周囲が照らされると同時に――壁がせりあがっていく。
上空のドラえもんが――太刀川が最後に一太刀を食らい、倒される瞬間にビッグライトを浴びせ、ヴィザの周囲に壁を作ったのだ。
「エネドラ殿に使った手ですな」
ヴィザは焦ることなく、星の杖のブレードを呼び戻し、壁を斬り裂く。
「――」
斬り裂いた壁の、狭間。
ガラガラと落ちていく欠片から――イタチが飛び出すように、幾重もの刃が襲い掛かる。
完全なる予想外である眼前の刃を片足にも関わらず、ヴィザは背後へのステップで避ける。
とん、と背後にぶつかる。
それは――斬り裂いてなお、光を浴びせられ続けた壁であった。
自身の胸部にもまた。
壁から飛び出した刃が、貫いていた。
「-----なんと」
ヴィザの視線の先には。
迅悠一の姿が、あった。
「ここまで------読まれていましたか。いやはや。こればかりは――」
完敗です、という言葉と共に。
ヴィザのトリオン体も、砕け散った。
※
その光景を見た瞬間に、ミラはすぐさまヴィザ及び星の杖の回収行動に入る。
しかし。
「――く!」
回収しに開いた窓に、狙いすましたような弾丸が撃ち込まれる。
この瞬間――実は周囲に展開している狙撃手全員が、それぞれ別方向に弾丸を撃ち込んでいる。
これは、事前に迅の未来予知によって、ミラが出現する可能性が高い場所にそれぞれ狙撃手をマークさせており、ミラが出現する直前に合図とともに撃ち込ませていたのだ。
――ならば。
ミラは瞬時に――生身となった太刀川へと、矛先を向ける。
太刀川を負傷させ、その手助けに手間をかけさせているうちにヴィザの身柄を確保せんと。
「――させるか!」
太刀川の背後に現れたミラの窓の影の刃に、盾が挟み込まれる。
――マーカーの設置場所から、ドラえもんの指示を受けやってきた三雲修のレイガストであった。
ビキリ、と容易くヒビが入るレイガストの背後から弾丸が飛ぶ。
一緒に来た、木虎のアステロイドだ。
「――く」
そうこうしている間に、上空を飛んでいたドラえもんがヴィザから"星の杖”を回収していた。
――させない。絶対に星の杖は、相手に渡さない。
そうして、上空から降り立ったドラえもんの前に、またワープを行う。
「かかったな、ミラ」
ドラえもんはほくそ笑む。
「――僕がこれを持てば、こうしてくれると信じていたよ。だが僕は、ロボットなんだよ」
ドラえもんの腹部が貫かれる。
それと同時に、星の杖を回収する為に手を伸ばす。
その瞬間。
ドラえもんから生み出された“刃”が、ミラの手を斬り裂いていた。
「ぐ-----」
「ふ----ぐふふふふ。こ、これで」
体内のメイン機器が壊れきる前に、ドラえもんは搭載されたトリオンエンジンを用いて、ユビキタスを使用し、本部開発室まで飛ぶ。
――これで、星の杖は-----こちらの、ものだ。
ふふ、と内心笑いながら――ドラえもんは、意識を手放した。
※
「-------」
ハイレインは、一瞬思考が纏まらなかった。
ヴィザが、やられた。
そして――その回収も、失敗した。
ハイレインは、ヴィザの実力を知っている。その上で判断した。――奴が敗北する事は、あり得ないと。
次善策を常に用意している。だがその策の中に、ヴィザが敗北した場合は、存在しない。
ハウンドを撃ち込まれ、またもや瓦礫の山によって卵の冠の弾丸を失ったハイレインは、今置かれている状況を見る。
「『射』印」
玄界の黒トリガーがいつのまにか合流し、こちらの上を取り、弾丸を放っている。
-----ヴィザがやられたことを知り、狙撃兵の護衛をする必要がなくなりこちらにきたのだろう。
作戦は、――失敗だ。
ミラも大きく損傷し、撤退用のトリオン程度しか残っていない。もう退却しか道はなかった。
トリオンを持つ人間の回収には成功した。エネドラとヒュースの斬り捨ても。
その代償に――あまりにも大きすぎる、代償を払う事となった。
国宝の、喪失。
「--------」
ハイレインは瞠目しつつ、ミラに指示を飛ばす。
「撤退だ」
静かに。
そう、命令を下した。
※
「-----撤退、した」
のび太は、呆然としながらそう呟いた。
「終わった、の?」
「まだだ。まだトリオン兵が残っている」
立ち尽くすのび太の前に、三輪がそう声をかける。
「-----しかし、よくやった」
そう呟いて、ぷいと顔を背け、背中を向けた。
眼前には、様々な破砕の跡が残る風景が広がっている。
「----やるじゃない、野比君」
黒江は、ぶっきらぼうな表情のまま、のび太にそう声をかけ歩き去っていく。
そうか。
やったんだ。
雨取千佳は攫われなかった。
未来が分岐する一つの局面を――しのぎ切ったんだ。
かつて。
無力だった自分が、色んな人の助けを得て。
少しだけかもしれないけど------この未来を得るために、力になれたんだ。
かつて見た、街の景色と今の景色は似ている。
破壊しつくされ、荒々しく崩壊した景色。
でも。
かつてのような無力感は、ない。
――ママ。パパ。
――今、ほんのちょっとだけど。僕は自分で、何かを変えることが出来たよ。
一つの思い。そこから生み出される、ちっぽけな誇り。
それを胸に、のび太はまた前を向いた。
大規模侵攻、終わり。
長かったぁ。