「-----終わったかぁ?」
「終わったよ、太刀川さん」
「結局お前、最後に風刃飛ばす以外だったら俺とあの爺さんの戦いを見物しているだけだったなぁ」
「仕方ない。一度でも風刃の性能を披露したら、あの爺さんはすぐ対応しちゃうだろうし。ここで未来をみながら戦わなきゃいけなかったし」
「------で」
太刀川は背後を振り返る。
そこには、風間隊に捕縛されている――ヴィザがいた。
ヴィザは終始穏やかな表情を崩さず、素直に捕縛されている。
ミラは周囲をがっちり囲まれているヴィザの回収を諦め、ここに置いていったのだ。
「あの爺さんどうするの?」
「そりゃあ本部に連行するよ。あれだけの腕前があって、国宝だって使っていたんだ。人質としての価値も計り知れないだろう」
「-----場合によっては、近界に返すのか?あんな危険人物を」
「うん。だろうね」
「そりゃあ――」
太刀川は、ニッと笑む。
そして
「また戦える機会があるかもしれない訳だ。――滅茶苦茶楽しみだ」
そう、呟いていた。
「で、さ」
「うん」
「ぶっちゃけ。――俺が死ぬ可能性ってどのくらいだったの?」
「------死ぬ可能性が三十パーセント。重傷で病院に担ぎ込まれるのが五十パーセント。そのまま無事なのは二十パーセントくらい」
「おお。七割位は生き残れたのか俺」
「ヴィザ自身が太刀川さんを殺す気はなかったみたい。――もうちょっとあのミラが余裕をもっていれば、大きな瓦礫を上空から太刀川さんに落として病院に運び込まれるみたいな可能性はあった」
その可能性は、迅は常に想定していた。
故に、迅は太刀川の傍で常に目を光らせ、太刀川が死ぬ要因を潰す必要があった。
「まあ、いいや。俺はこうして生き残れたわけだし。――しかし、早く訓練してぇ」
「ちょっとは休みなよ。大金星上げたんだから」
「あの爺さんとの戦いと、あのトリガーのおかげかね。今、どうすればもっと腕が上がるかが理解できてんの。――鉄は-----何だっけ?冷める前に折れ、だっけ?」
「熱いうちに打てね」
「おお。そうだった。――さあて、休んでいる暇はねぇ」
「そうだね。――そろそろ試験だもんね太刀川さん」
「さあ特訓するぞ」
「俺は太刀川さんがいくら留年したってかまわないけどさ。大学行ってないし。多分忍田さんが黙ってはいないと思うよ」
「俺の功績に免じてきっと許してくれるさ」
「許すわけないでしょ」
こうして。
太刀川慶としての一世一代の挑戦が、ここに幕を閉じた。
――比類なきボーダーのトップに君臨するランカーは、更なる成長の切っ掛けを手に入れ、大規模侵攻を終えた。
この後、彼は更なる訓練に明け暮れることになり、遂に全試験のサボタージュを行う事となる。それが切っ掛けで何処かの虎の尾を踏むことになるのだが――それはまた、別のお話。
※
その後の顛末。
野比のび太。
一級戦功を取得しました。
「----は、八十万!?」
うひゃあ、と叫びながらのび太はその金額の内容を見ていた。
「やった!やったよ!頑張ってよかった-----!」
野比のび太。
新型トリオン兵ラービット四体を那須隊・二宮隊と合同で撃破し、人型近界民の撃破に大きくその力を寄与した事を称え、以下の戦功を与える。
「うひひ。これで、新しいゲームも買えるし、ラジコンだって買えるぞ。夢はいっぱいだ!」
今まで一万円札すらろくに握ったことがない男だ。それが、八十枚。
スキップしながら賞状を手に、のび太は本部に行く。
彼は太刀川隊との防衛任務を終え、ほくほく顔で任務の報告へと向かう。
「おお、野比君。一級戦功おめでとう」
「ありがとう忍田さん!――それで、八十万円はいつ貰えるの?」
「ん?今月の給料と一緒に振り込むつもりだ」
「え?振り込み?」
「ああ。君のご両親の口座にだ」
のび太。
夢破れる。
※
「そりゃあ当たり前だぜのび太君。小学生に八十万円握らせるわけがねぇだろ」
笑いながら、同じく任務の報告に来ていた出水がそう言った。
「まあ、母ちゃんに交渉するこったな。――まあ、頑張ったんだし、新型のゲーム位買ってくれるだろ」
「そんなことする訳がない」
きっと将来の為だとか言って口座に眠らせるだけだろう。
ママは解っていない、とのび太は思う。
大人になってからの八十万円の価値と、子供にとっての八十万円の価値は大違いなのに。今眠らせておいてどうするんだ。
「んー-----じゃあ、そうだ。俺達の隊室に来るか?」
「え?」
「うちのオペレーターの柚宇さんがゲーム大好きでさ。よかったら、ウチに来ない?」
「え、いいの?」
「おう。丁度隊長も今特訓室に引き籠っているし。一緒に来いよ」
「うん!」
こうして彼は、太刀川隊の隊室へ向かう事となった。
「――出水さん!このちんちくりんの子供は誰ですか!」
で。
隊室を開くとそこには――何やら奇妙な髪型をした男が一人、何事かを喚いていた。
「この格式あるA級1位部隊の室内に、何故こんな部外者を呼んでいるのですか!」
「うるせぇ。お前と同じ銃手の子だよ」
「――ねえ、出水さん。この変な髪型の人は誰?」
「へ、変だと!?」
「ああ。この変な髪型のパッとしねぇ男は唯我っていうんだ。一言でいえば、ウチのお荷物」
「お荷物!?」
「太刀川隊の人なの?------どこにも見かけなかったけど」
「うん。だってお荷物だもん」
「違う!違うぞ君!僕は秘密兵器として本部に待機していただけだ!出撃するまでもなかったようだがあばばばばばばばばばば」
台詞の途中、唯我は出水に背後を取られ、ヘッドロックを掛けられる。
「うるせぇ。単にお荷物だから出撃したくなかっただけだろうがこのアンポンタン」
「ひどい!」
「いいから早くそこのけ馬鹿。――おーい、柚宇さーん」
出水が隊室に向けそう声をかけると――部屋の奥でヘッドホンをしながらゲームにいそしんでいた女性が、振り返る。
「ん?何かね公平君や。――おー、噂のメガネガンナー君じゃないか。いらっしゃい~」
「この子が一緒にゲームしたいらしくてさ。ちょっと携帯機借りてもいい?」
「うん。い~よ~」
にこやかに女性が許可を出すと、いそいそと出水は携帯型ゲーム機を取り出す。
「はい。のび太君のはこれな。それじゃあ、一緒にやろうか」
「うん!」
「ちょ、僕だけ仲間外れですか」
「あ?何だ仲間に入れてもらいてぇのか?百年早い。仲間に入れてもらいたければジュース買ってこい」
「あ、僕コーラ飲みたい」
「ええい!くそぅ!解りましたよ!その代わり、絶対に僕も仲間に入れて下さいよ!」
こうして。
のび太は太刀川隊の面々と、ゲームをする事となった。
「でさ。のび太君」
「うん?」
現在、出水・唯我と共にゲームに勤しむ中。
出水が声をかける。
「何処の部隊に入るかとか、決まった?」
尋ねる内容は、何処の部隊に入るのかどうか。
とはいえ、そう言われてものび太は困る。
「ううん。だって、何処からも誘いが来ないもん」
「あー。そういや、最近B級に昇格したばかりだっけな。多少声を掛けずらい所もあるかもなー。ほら、弓場隊とかはどうだ?弓場さんかなり良くしてくれてたみたいじゃん?」
「弓場さんは-----元々は四人部隊で、今は一時的に人が抜けているだけでしょ。最初、入れてほしいって言おうと思ったけど----」
「-----まあ、そうだな。ま、あんまり心配はしてないさ。メガネ君レベルだったら、ランク戦始まる前に絶対に声がかかると思うからさ」
「そうかな?」
「この馬鹿でさえA級1位にいるんだぜ?銃手のマスターランク行った君が欲しくない所なんてないって」
「出水さん!一々僕を引き合いに出さなくていいですから!――それはそうとのび太君だったかな」
「うん。唯我さん」
「ゆ、唯我さん----。そうだな。おいしいケーキ屋が近くにあるんだ。後で一緒に食べに行かないか?」
「いいの!?」
「おう!この唯我、小学生相手にけちけちしたりなどしない!」
「小学生相手に財力で点数稼ぎをするな」
とはいえ。
どうしようかはのび太自身迷っているところもある。
ドラえもんとの約束であり、自身が決意していることはA級に上がり、遠征部隊に選ばれる事だ。
その為には――まずは部隊に入らなければならない。
何処に入ろうか。
これから――色々本格的に考えないといけないなぁ、と思った。
その後。
ジャイアンがB級2位部隊、影浦隊に入った事を聞かされた。
※
「------ドラえもんは、どうなってる?」
迅悠一は本部開発室内の鬼怒田に尋ねる。
「メイン回路が完全にいかれとる。------ドラえもんはトリガー技術ではなく、純粋なロボット工学の分野だからな。少しばかり畑違いじゃ」
「だろうね-----」
ドラえもんは大規模侵攻の後、機能を停止した。
人工知能自体は保護機能が発動したことにより、エネルギーを外部供給する事で生かすことが出来るが――エネルギーの生成と循環を司るメイン回路が壊されたことにより、現在機能が停止している。
「――だが。必ず復活はさせる。ここまで来たんだ。こいつにはボロボロになるまで馬車馬の如く働いてもらう」
「-----だね」
実際の所。
ドラえもんから見た”未来”を観測しなければ、未来の分岐がどうなっているのかが解らないのだ。ドラえもんからでしか、二二世紀の未来が見えないのだから――復活してもらわないと、困る。
「元々はワシが作った技術だろう。解析すれば、同じもの位作れるわい。――舐めるなよ」
「舐めてないよ」
鬼怒田から、実に不器用な愛情が感じられる。
――ドラえもんは、鬼怒田一族のロボット工学の果てにある技術結晶体だ。
知らず知らずのうちに----鬼怒田はドラえもんに対して我が子のような感情を、抱き始めたに至ったのかもしれない。
「まだ働いてもらわなきゃね。――ま、ちょっとくらい休んでもバチは当たらないよ」
※
絵馬ユズルが目覚めた時。
そこには――開発室の隣にあるベンチに座り眠る、千佳の姿があった。
「-----」
歯噛みを、一つ。
――自分があの時、キューブ化してしまったから、こんな事になってしまったのだ。
ベンチで眠る彼女をそっと横たわらせ、開発室の毛布をかける。
――理解した。
今自分が何をするべきか。
何をしなければいけないのか。
――きっと雨取さんは、何かしらで遠征に関わる事になる。
あの時に垣間見た、膨大なトリオン量。そして、近界に狙われ続けているという特異性。
どのような形であれ――彼女の持つ力を、ボーダーは無視はできない。
今の自分に何が出来るのか。
それを考えれば。
――雨取さんを、守らなきゃいけない。
今回、自分は守られた側だ。
開発室の人が言っていた。キューブ化した自分を抱えながら、今にも泣きそうな顔で開発室に来たのが----千佳だと言う事を。
「おかえりー!ユズル!何も痛い所はない?大丈夫?」
ユズルが隊室に戻ると真っ向一番に北添がユズルの肩に手を置き、心配げにそう言ってきた。
いつもの感じに、少しだけ安心感を覚える。
「大丈夫だよゾエさん」
「おう!――お前、女の子庇ったんだってな!よくやった!怖かったろ、ヒカリ姉さんが抱きしめてあげるからこっちこい!」
ゴロゴロとコタツの中で寛ぎながら、影浦隊オペレーター仁礼光はそうユズルに呼びかける。
「いいよ別に-----」
「そんな事言うなよー!ほらほら」
そうして結局何も言ってないのに彼女はコタツから出ると背後からヘッドロックのような形で、抱きしめた。
全然気持ちよくない。むしろ痛い。
「-----無事だったかァ」
その奥。
影浦がソファに座りながら、そうユズルに呟く。
「うん」
「そりゃあよかった。――ちょい、面構えが変わったじゃねえか」
「うん。――あのね、カゲさん」
「あん?」
「俺――遠征に、行きたい」
影浦隊の全員が、息を飲む。
――それもそのはず。
ここまで明確に、ユズルが自分の意思を示すことは珍しかったから。
「------そうか」
ならば。
隊から脱退する、と言う事であろうか。
今、影浦隊は隊務規定違反で降格している。B級二位以内に入ったところで、A級に上がれる保証はない。
影浦は少しだけ歯噛みする。
------自分の短慮の所為で、今可愛い弟分のやりたいことが阻害されてしまっている。
だが、その予想は、
「――俺は、影浦隊にいたまま遠征に行く」
「-----」
きっぱりと。
そう、宣言した。
「個人選抜でも、何でもいい。――俺は、影浦隊から出ていくつもりはないから」
「-----」
「だから。――その、これからも、よろしく」
こうして。
絵馬ユズルもまた、一つの決意をした。
この決意が、影浦隊全体のチーム方針がガラリと変わる事となる。
その一つが、――ジャイアンの加入と繋がる事になる。
中途半端ですみません。次のお話はジャイアン影浦隊加入までの流れの説明となるかと。