ドラえもん のび太の境界防衛記   作:丸米

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影浦雅人②

「玉狛第二初勝利おめでとう。今回は大勝だったが、次からはここまで上手く試合運びは出来ないだろう。気を引き締めていけ」

ランク戦を終えると、木崎レイジが料理を揃え迎え入れ、すぐさま食事が始まった。

 

「どうだ。のび太?初めてのランク戦は?」

「――うーん」

鳥丸にそう問われ、のび太は料理を自由に取りながら、一つ首を傾げる。

今回のランク戦は、そこまで連携という連携を行わなかった。

今回、狙撃手がいなかったためにのび太が一番射程のイニシアティブを握っていたため、かなり自由に行動できる部分があった。

次回。自身よりも長い射程を持つ相手が現れたら、こうも上手く行かなかっただろう。

 

「上手く行きすぎた、って感覚です」

故に。

のび太はそう答えた。

今回は、少々玉狛第二にとって有利な条件が揃いすぎていた。エースとしての実力は遊真が抜きんでており、射程ものび太が一番長かった。ここまで有利な条件を揃っていた為に作りだせた勝利ともいえる。

 

「だろうな。――次からは、何処かでお前らが負けている要素が出来てくる」

「負けている要素-----」

「そう。狙撃手が現れれば射程では負けるだろう。もしかすると、遊真を上回るエースだって現れるかもしれない。この場合、勝っている部分を活かして戦う方法を取らざるを得なくなるだろう」

成程、とのび太は頷く。

それはチーム戦だろうと個人戦だろうと同じ。

勝っている部分を抽出し、そこを活かす為に戦術を作らなければならない。

 

「――アンタら次もちゃんと頑張りなさいよ!千佳が帰ってくるまで負けるなんて許さないんだから!」

ふんす、と鼻息を鳴らしながらも何処か誇らしげに、小南がそう言う。

 

「----中位で気を付けなければいけない隊って、どこなんですか」

「中位になると全部気を付けなければならないだろうが----単純にぶつかりたくないのは影浦隊だろうな。あの隊は実質A級だ」

木崎は野菜をあからさまに取り分けていないのび太の皿に強制的にニラともやしを入れながら、そう呟く。

影浦隊は、のび太も話を聞いていた。

乱暴者の隊長のトラブルによりB級に落とされ、その後再度A級に挑戦する為に隊を解散・再結成。実質A級、という木崎の評は何も間違ってはいない。

「トラブルでB級に落とされて、遠征に行くために一度隊を解散して最下位に落とされただけですもんね。――それに」

「それに?」

鳥丸の言葉に、遊真が反応する。

「今回の影浦隊は、本気だ。本気で点を取りに来ている」

「――元々は全力じゃなかったんですか」

「全力だったとは思う。でも良くも悪くも点数の多寡とかランクに対して執着をしていなかった。だから、各々がかなり自由に動いて、その中で全力を出しているという感じ。特に隊長の影浦先輩は、基本的に強い攻撃手と戦いたがる傾向があった」

「今は、違うの?」

「ああ。昼の部の観戦をした印象なんだが――」

 

 

「9ポイントか。――まああと一回か二回で上位には入れるか」

「だねー」

影浦の発言に、北添がうんうんと頷く。

その陰で、ユズルは実に神妙な表情で影浦を見ていた。

 

「――その、カゲさん」

「あん?何だユズル」

「いや、何というか----」

「-----ケッ。お前が気にするこっちゃねーよ。俺が、自分でこうするって決めたんだからよ」

ユズルが言葉にする前に、影浦はその真意を察する。

――申し訳ない、という感情が刺さっていたのだろう。その事すら、ユズルには申し訳なかった。

 

初戦前。

影浦自身が、隊としての方針を決めろと北添に投げ、その結果として――"ポイントを取る事”をまずもって最優先に行動する事を、方針として定めた。

 

その結果。

隊の基本的な動きとして――影浦が狙撃手を狩り、その後ユズルの狙撃と北添・剛田の面制圧によって敵を分断し追い込みをかけるという一連の方針が定まったのだ。

 

影浦の副作用である感情受信体質。

その機能を最大限に活かせる場面は、対狙撃手との駆け引きの中にある。

 

今まで影浦が狙撃によって落とされた回数は数えるほどしかない。感情受信体質により、狙撃した瞬間の相手の感情を読み取り、事前に察知する事が出来るからだ。

狙撃手にとって、間違いなく影浦は天敵である。

寄られれば勝つ手段はないが、攻撃は事前に感知される。そして一度攻撃しようものなら、すぐさまに狩られる。

影浦は、トップクラスの攻撃手であると同時に、狙撃手にとっての理不尽なまでの天敵であるのだ。

 

故に。

影浦隊は、隊長である影浦を”狙撃手を無効化する手段”として運用する方針を打ち出した。

 

影浦は序盤に狙撃手の居所を偵察し、発見次第即座に狩り出す。

狙撃手を狩り終えた後にユズルを狙撃地点に着かせ、北添・剛田の面攻撃で敵に追い込みをかけ、分断され浮いた敵を影浦が狩っていく。

この作戦は狙撃手を運用する部隊にとって大きな負担になる。影浦が索敵をかけている環境下でおちおち狙撃は出来ない。――序盤にユズル以外の狙撃手の動きを鈍化させる効果も存在するのだ。

 

だが。

この方針を取ると言う事は、影浦のランク戦への楽しみを奪い、そして何より――影浦の副作用を、隊として積極的に運用していく、という事にも他ならない。

隊の全員が、影浦が副作用にどれだけ苦しみながら生きているかを知っている。

だから。その副作用を前提とした作戦を組み込むことそのものに抵抗感があったのだ。

 

その方針は、影浦と最も古い付き合いである北添が打ち出したもの。

北添が、影浦に了承を取ることなくそんな方針を出したとは思えない。

――つまり、影浦は。

 

「――久々に、やりてー事が見つかったんだろうが。だったら、手段なんざ選ぶ余裕なんてねー。今期だけの話だ。重くとらえる必要なんかねーよ」

 

――ユズルの為に、自分が忌み嫌う副作用の力すら積極的に頼る事を決意したのだ。

 

その決意の重さを、感じられないユズルではない。

知っている。

あの影浦が、下位相手でもしっかりと記録を見ていることを。

特に狙撃手に関しては、B級全ての隊員の動きをしっかりと頭に叩き込んでいると言う事を。

 

本気なのだ。

自分の我儘で――影浦は自身を律し、我慢する事を選んだのだ。自分がやりたくもない事をして、嫌いで嫌いで仕方のない副作用すらも利用し尽くして上に上がる事を。

それが、申し訳ない。

 

「――おい、ユズルっ」

いつまでも表情が変わらないユズルに、後ろからジャイアンが腕を首にかける。

呼び捨てでいい、といった日からこの調子だ。――成程、これは影浦隊にくるべくして来た人材なのだろうな、とユズルは思ったものであった。

 

「シケた面する必要なんかねーよ!――上に上がるんだろ?だったらさっさと一位になっちまえばいい。そうすりゃ、影浦の兄貴がこんなことする必要もねぇんだよ」

「剛田君------」

「そんで――今度また、隊の誰かが何かをやりたくなったら、本気でその手伝いをすればいいだけだ!」

ジャイアンは、そう言うとユズルの両肩を掴んでガタガタと揺らしていく。やめてほしい。

そのセリフに乗せられるように、他の隊員の声も乗っかっていく。

「そうそう、ユズル。別にね。カゲもやりたくない訳じゃないんだよ。――むしろ初めて頼ってもらって内心滅茶苦茶喜んでいるよ。心の中で嬉し泣きしているよ多分」

「うるせぇ」

「そうだぜユズル。私はむしろお前に感謝しているんだ。このやる気のない馬鹿が久しぶりに本気の目をしているんだからな。珍しすぎて変な笑いが出てしまった。よしよし。この調子でどんどん私に頼ってこい」

「だー!テメェ等好き放題いいやがって!いい加減シメんぞ!」

ぎゃいぎゃいと叫びながら、隊員が影浦を弄っていく。

この一連の流れですら、ユズルの心理的負担を少しでも減らすためのものだと、理解できる。理解できて、しまう。

きっと――この隊に入らなければ、解らない事なのだったのだろうなと。

 

我儘を言う自分。

それを受け入れてくれる人の温かさ。

 

そういう居場所が、ここにあるのだと。

 

 

そうして。

ランク戦第二ラウンドの組み合わせが、公表される。

 

昼の部:漆間隊 影浦隊 荒船隊 諏訪隊 

夜の部:玉狛第二 那須隊 柿崎隊

 

「――僕たちの相手が決まった。那須隊と柿崎隊だ」

「ふむん」

「那須さんか-----」

のび太は、大規模侵攻の記憶を辿る。

――あの時、一緒に新型トリオン兵を倒していた人が、今度は敵として戦う事になるのか。

ランク戦というものの不思議さを感じた。

「那須隊は、前衛、中衛、後衛がバランスよく配置されている隊で、柿崎隊はチーム全員が前衛も中衛もやれる編成の隊。どちらも方向性は違うけど、合流させたら厄介であることは共通していると思う」

「のびた。確かあの侵攻の時、那須隊の人と組んでいたよね?」

「うん」

「強かった?」

「強かった。熊谷さんっていう人が敵の足を止めて、那須さんが仕留めるっていう連携が凄かった」

「成程ね。攻撃手が足止めしての、バイパーか----」

ふんふむと頷きながら、遊真はそう呟く。

 

「取り敢えず、皆の意見を出来るだけまとめたいから、記録のチェックを頼む」

「了解、隊長」

「わかりました」

「次のラウンドまでには千佳が戻ってこれると思う。――それまでは、この三人で出来るだけポイントを取っていこう」

 

作戦会議を終え、のび太は早速記録を見ようと宇佐美の下へ向かおうとするが――。

 

「ん?」

携帯に、通知が一つ。

 

――黒江です。個人戦を行いませんか?

実に簡潔な文章が、メールで送られていた。

 

「うーん」

のび太は一つ考え、――那須の機動力を思い出し、一度機動力の高い人と戦っておいた方がいいだろう、と了承の返事を送った。


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