「なあ」
「何すかイコさん」
「ヤ-----」
「や?」
「ふう。危ない。俺は今マリオちゃんからある言葉が鬱陶しいからと、禁止令が出されていたんやった」
「ああ。ヤバいですね。それは」
「せやろヤバいやろ!?」
「秒で禁止令破ってるやん。何やってんすか本当」
「この前俺が香取隊の隊室の前を通り過ぎた時の事を話してん。マリオちゃんに」
「はぁ」
「この前のランク戦-----俺は香取隊の三浦君を狙って旋空を放ったんやけど、三浦君や無くてグラスホッパーで移動してきた香取ちゃんが斬られてたやん。もうあの子からしてみればすんごい不幸や」
「でしたねぇ」
「その後、偶然香取隊の部屋の前を通り過ぎてたら、泣きながら俺の悪口を叫んでいる声が聞こえたねん。もぎゃあ、って悲鳴みたいな声も聞こえた」
「うわぁ」
「ほら。大学生が女子高生泣かしたとかバレたら一発お縄やんか。せっかく大学までいかしてもうてんのに。俺は焦って部屋に戻ってマリオちゃんに泣きついたんや。やばい。俺女の子泣かしてもうた。このままじゃ逮捕されるヤバいヤバいって」
「で?」
「落ち着けアホ、って頭シバかれて。そのまま正座させられてマリオちゃんに説教されて。その時に俺は多分二万回くらいヤバいって言葉を繰り返してもうて」
「嘘つけ」
「そのままヤバい禁止令が出てもうたんや。ヤバない?」
「うん。もう早速破ってる辺り全くヤバくない話でしたやん。――で、イコさん。俺をここに連れてきての何でなん?」
「ん?」
「いや、何戸惑ってる感じ出しているんですか。何で、俺を、呼んだんですか」
「暇やから」
「寂しがりやか!」
ボーダー本部、ブース内。
生駒達人と水上敏志は何となしにそこにいた。
生駒は暇だったのだろう。
暇故に、個人戦したくここに来たのだろうが、残念ながらめぼしい友達がいなかった為こうして水上を捕まえてその場で佇んでいた。
「太刀川さんがこのタイミングでいないとは-----」
「いてたまるか」
「何でや」
「もうあの人のレポート手伝うのいやや」
「ああ。そうか。そろそろレポート提出の時期やな。うん」
「イコさん余裕そうっすね。もう終わったんすか」
「あ、この前俺の家の周辺で変質者でた話したっけ」
「してないすけどしなくていいっす。で、イコさん。マリオちゃんに散々言われたやん。レポートどないしてん?」
「――お」
「間を開けて話題逸らししようとすんな」
「あそこ、この前ド派手に活躍したのび犬くんやん」
「ん?」
ブースの入口、そこには玉狛第二の隊服を着たメガネの少年がいた。
「で、駆け寄ってきてんのは――おお、黒江ちゃんか。相変わらずヤバいくらいかわいいな」
「イコさん。それ、さっきの香取の件よりはるかに犯罪くさい台詞っすからね」
「で何してんねん――おお。個人戦するみたいやな。ブースに向かって行っとる」
「前、あの新人君が七三で勝ってるみたいやから、黒江にとってはリベンジでしょうね」
「よっしゃ」
「何すか?」
「一緒に行くで」
「何処に?」
「あのブースに」
「何の為に?」
「そりゃあ一つしかないやろ」
「はぁ?」
「観戦させてもらうんや。生で」
※
「という訳で。よろしく。黒江ちゃん。のび犬君」
「------」
「よろしくお願いします。――あとのび犬じゃなくてのび太です」
「なんやて。自分、太刀川さんの訓練を終えてL〇NE交換したら、自己紹介でのび犬って書きよったやん。のびいぬ、なのか、のびけん、なのか必死に考えとったんに。ただの誤字かい」
「のび太です------」
「何で自分の名前間違えてるのよ------」
「何でだろ----。間違いなく僕はのび太って打ち込んだはずなんだけど-----」
「そんな訳ないでしょ-----」
「やっばいわぁ。マジやっばいわぁ。イコさんレベルがもう一人増えたらツッコミが追いつかん。マジやっばいわぁ」
のび太と生駒は何やら色々とずれた会話を繰り返し、黒江と水上は同時に頭を抱えていた。
色々と混沌とした状況の中――取り敢えず水上が仕切り直す。
「はいはい。――取り敢えず二人ともすまん。本当にすまん。ウチの隊長の突然の思い付きで個人戦邪魔してしまって。いや、マジですまん。でも、どうしても見たいって」
「そう。どうしても見たかったんや」
「もう俺等二人はただの石ころや思うて。絶対に邪魔だてせぇへんから、存分に戦ってくれや」
「おう。俺もあいつも石ころや」
「イコさんに言われると死ぬほどムカつくの何でですかね。まあ、でも邪魔したついでや。審判は俺がやるから。――それじゃあ、位置について。はじめ!」
そうして。
何とも言えない空気の中――のび太と黒江の二度目の一騎打ちが始まった。
※
のび太の中で、黒江への対策は明確に出来ていた。
それは以前から変わらない。
――直線行動を、阻害する。
黒江が持つ、韋駄天というトリガー。
発動すれば、一瞬にして相手との距離を詰められるそれは、非常に厄介であると同時に大きな弱点も抱えている。
一度発動すれば、方向の転換が出来ないという弱点が。
故に。
――使ってきたか。
のび太は黒江が韋駄天を使うタイミングを見計らい、そのコース上に銃弾を撃つ。
しかし。
黒江はのび太へと直線に向かわず、左斜め側に移動していた。
「もう同じ手は食らわない-----!」
銃弾を撃つタイミング。
銃弾の軌道から、黒江は逃れる。
のび太は、すぐさま黒江の移動方向と逆に引きながら、アステロイドを放つ。
黒江は韋駄天からシールドに即座に切り替えそれを防ぎながら、弧月を構える。
その時、のび太の足元に旋空を走らせる。
のび太はたたらを踏みながら足元への斬撃を避けながら、変わらずアステロイドを放ち黒江へ向け弾丸を撃っていく。
黒江も、また。
のび太が銃弾を撃つタイミングというものを、見切る事が出来るようになってきた。
のび太の早撃ちは、構えられてから対処しようとすれば間に合わない。そういう意味では、対処法は韋駄天と同じ。撃つアクションではなく、撃つタイミングを見切り、対処する。
黒江は先程のタイミングで韋駄天を使用したが、ここでは使わない。
その動きでフェイントをかけ、足運びにより弾丸の軌道から身を逸らす。完全には避け切れず、肩辺りが削れるがそれは問題ない。
そのタイミング。
黒江の足運びにより微妙に目線と銃口がズレるその瞬間。
「――韋駄天」
ここで、黒江は韋駄天を使用する。
その軌道上に銃弾を置こうとするが――ズレた目線を修正するという行為がそこに介在したことにより、黒江の韋駄天の発動の方が早い。
眼前に、黒江の姿。
それを収めた瞬間、問答無用の一撃が脳天に叩き付けられた。
※
結果。
5:5の結果で終わった。
「――まだ、五分か」
「------」
のび太は、正直なところ――かなりギリギリの攻防だった。
黒江は韋駄天というカードを用いて常にのび太に三択を迫る戦いを挑んできた。
①韋駄天を使い、のび太との距離を詰める
という従来の使い方とは別に。
②韋駄天を弾道から回避する手段として用いる
③韋駄天を使うタイミングであえて使わず、時間差で韋駄天を使用する
という二択を、黒江は手段として追加したのだ。
韋駄天という諸刃を持っているからこそ、その脆さを利用すれば勝てる。故に、その脆い部分を狙うであろうという心理を想定し、黒江は対策を打ってきたのだ。
韋駄天を使って、直線に向かうか回避に用いるか、もしくは使うふりして使わないか。
こういう揺さぶりをかけるだけでも、撃つタイミングに迷いが出る。
のび太は故に、バイパーと組み合わせ②を選択させ続ける方法を取ったが、それで削りきれるか切れないかの勝負に持ち込み、何とか五本を取ったというのが実情だ。
次にまた対策をされれば、今度は負け越すだろう。その確信があった。
「でも黒江さん、凄い。あんな風に韋駄天を使えるなんて」
素直に、のび太は賞賛を浴びせる。
まさか、あんな風に韋駄天を使うとは。全く想定すらしなかった。
「------まあ、ね」
「あの-----どうしたの?」
その賞賛に、黒江は少しばかり反応に困っているように見えた。
「何でもない」
言えるわけがなかった。
――木虎さんは、のび太君が銃を撃つまでの動作に余計な負荷をかけることで銃撃の対策をしているんだ。
かつて巴虎太郎から教わった、木虎の技法。
それを見て着想を得たなどと。
黒江は、言えるわけがなかった。
「うっわえっぐ。何でこんな頭おかしい戦いできんねん。なぁイコさん。――あれ、イコさん。どうしたんですか。イコさーん」
「--------」
その時。
生駒の腹部に、一つ小さな穴があった。
のび太の流れ弾が、当たったのだろう。
それを見ながら、生駒はただ黙っていた。
「うわ撃たれとりますやん。あんな近くで見物しようとするからや。――で、何で黙っているんですか」
「-------」
腹部に手を添え、その手を眼前にかざす。
そして、ばたん、と倒れる。
「な-----」
「な?」
突然の奇行に首を傾げながら、水上は生駒の言葉を反芻する。
そして、
「何じゃあこりゃあ」
と呟いた。
「--------」
「--------」
「------何か言ってや」
「言っていいっすか。あの、イコさん。先輩すけど――アステロイド顔面にぶち当ててもいいっすかね?」
こうして。
のび太と黒江の個人戦が、終わった。