ブースから、遅れて生駒と水上が出てくる。
生駒は実に満足げに一つ伸びをし、出迎えてくれたのび太と黒江を見る。
「今日はありがとう。のび太君に、黒江ちゃん。ホンマ楽しかったわ」
「本当に、スマン-----」
満足げな笑みを浮かべる生駒と綺麗に直角に頭を下げる水上が対比的にそこにいた。
「――確かに、暇つぶしに私達の個人戦が使われたのは何か納得がいかないですね」
「ヴぇ?」
「何変な鳴き声あげてんすか――そうよなぁ。ほんまそうよなぁ」
元々黒江は、自身の手の内を晒すことをよしとしない人間であった。
のび太との戦いの経験で自身の成長を促すことができたため、その考えが次第に弱まっていっているのは実感している。だが、流石にブースで間近で見られてハイサヨナラは納得できない。
その考えは、水上には理解できるものなのだろう。黒江の言葉に、うんうんと頷く。
「――イコさん」
「何や水上様」
「何やねんいきなり様付けして」
「俺を----殺さないでいてくれて、ありがとう-----」
「ホンマにアステロイドぶつけたろか?――ほら。アンタ、そもそもここに何しに来てん?」
「個人戦やりに来たんや!」
「やったら丁度いい。――黒江ちゃん。この隊長貸したるから、好きなように使いや」
水上はぽん、と生駒の肩を叩くと黒江にそう提案した。
黒江は一つ頷く。
「じゃあ」
「うん?」
黒江は水上と、のび太も指差す。
「2対2で一本やりましょう。――私は、野比君と組みますので」
「げぇ。マジか。――まあ、でも俺も見ちゃったからなぁ。了解や」
「野比君と組んだ黒江ちゃんと勝負。了解」
「何戦闘でもないのに反芻してんねん。――それじゃあ、お互い市街地設定で、転送場所はマップの端からスタート。これでええかな」
「了解です」
黒江は一つそう言葉を返すと、のび太を引き連れブースに入っていく。
「――じゃあさっさとブースに戻りまっせ、イコさん」
「-----」
「何黙ってんねん」
「あ、スマン。かつて木虎ちゃんに同じ感じで言葉を反芻したら、条件反射的に黙れって言われてたから、思わず黒江ちゃん相手にも黙ってたんや」
「あ、成程。合ってますよイコさん。黒江ちゃんは心の中で本気でもう黙れって思っているはずやから」
「なあ水上。ぶっちゃけ俺、中学生女子から嫌われとる?」
「鬱陶しがられているのは間違いないかと。――ほら泣くな。さっさとブースはいるで」
※
「――黒江さん」
「なに?」
「いや----。本当は、個人戦見られたくなかった?」
先程、生駒と水上をブース内で観戦させたのは、のび太が安易に許可を出してしまったからだ。
本当は、黒江は嫌だったんじゃないかと。
その辺りが気になり、のび太は黒江に尋ねる。
「別に。――気にしてはないわよ。それに、いい機会だと思ったのよ。アンタ、今度那須隊と戦うんでしょう?」
「え。-----うん」
「じゃあ、射手と攻撃手の連携を一度見ておくのも悪くはないでしょ。まあ、那須隊とあの二人は全然タイプは違うけど。何もやらないよりマシでしょ」
おお、とのび太は頷いた。
不器用ながらも、黒江はのび太を気遣ってくれていたのか。
「――前の侵攻の時と同じ。野比君は私の韋駄天を使う通り道と、隙を作りだして。」
「解った」
「この辺りの入り組んだ路地にスパイダーを張っていって。韋駄天が使いにくい地形は予めこっちで潰しておくわよ」
了解、と呟きのび太は周辺の路地をスパイダーで埋めていく。
――韋駄天は、入り組んだ細い路地では非常に使いづらいトリガーだ。
直線行動を行うというトリガーの性質上、入り組んだ路地では使用に大きく制限がかかる。
「そろそろ、ね」
黒江が身構えた瞬間、
「――来るわよ。東南方向よ」
黒江はそう言った瞬間、のび太はグラスホッパーを二枚用意し、一枚を黒江に踏ませる。
そのまま――逆方向に、高速移動し離れる。
その足元に。
「――何度見ても頭おかしいや」
地割れのように斬り裂かれるコンクリ面。
延ばされた斬撃が遥か彼方から。
「避けられたわ」
「まあこの一撃で仕留められる程甘くはないでしょ。取り敢えず牽制入れて両方の足止めさせとくんで、野比くんよろしくー」
「水上、足止め。俺、野比君、仕留める。了解」
「ロボットみたいな言葉の区切り方しなくていいっすから」
黒江と逆方向に分かれたのび太は、水上に向けアステロイド弾を放つ。
それを水上は生駒のシールドに防がせ、自らはアステロイドとハウンドをそれぞれ両手に乗せ、アステロイドを黒江に、ハウンドをのび太に放つ。
その瞬間に、生駒が動き出す。
黒江は再度韋駄天による回避行動を取りアステロイドの弾道から逃れ、のび太はシールドで防ぐ。
互いの行動を見やり、足を止めた方――のび太との、距離を詰める。
黒江は再度韋駄天にて距離を詰めようとするが、水上が細かく割ったアステロイドを散弾のように飛ばし、最短距離を潰す。
一つ舌打ちしながら、黒江は韋駄天からシールドにトリガーを切り替え、水上を仕留めんと距離を詰めていく。
――凄い。
ここでのび太は両者の連携の練度を思い知った。
生駒の長距離旋空によりのび太と黒江の両者を分断し、更に水上がそれぞれに攻撃を仕掛けることで、更に距離を開かせる。
のび太へはシールドの選択を取らせやすい曲線状の弾道を持つハウンドを放ち、黒江には韋駄天による回避を選択させやすい直線状の弾道を持つアステロイドを放つ。
開いた距離分だけ、のび太は――水上の援護を受ける生駒と一人で戦わされることになる。
水上は現在、のび太と黒江の両者を射程に収めている。黒江は攻撃手で距離が開かれた分だけ駒として浮いてしまい、のび太は生駒というエースの対処をしなければならない。二人の足を止めさせ、生駒という駒を最大限に活かす動きがしっかりと出来ている。
韋駄天で開かれた距離を、水上がアステロイドで韋駄天の通り道を消していき、残るリソースをのび太へと放っていく。
生駒の斬撃が、のび太に迫る。
迫る旋空と斬撃に腹部を斬り裂かれつつ、バイパーを複数撃ち放つ。
放つ弾道を二手に分かれさせ、それぞれ生駒と水上へと。
そして、片手に持つアステロイドを生駒へ向け、撃つ。
「速っ」
生駒はバイパーをシールドで防ぎ、アステロイドはタイミングを合わせ避ける。
水上がバイパーをシールドで防ぐ瞬間、即座にグラスホッパーにトリガーを切り替える。
「逃がさへんで」
生駒は恐らく水上の方へのび太が移動するものと踏んでいたのだろう。グラスホッパーの足場が形成された瞬間、水上との直線上に自らの身を割り込ませ、弧月を構える。
のび太はその動きを確認しつつ――その逆を突く。
グラスホッパーに左手に置き、生駒と水上から離れる。
「なぬ」
逆を突かれた生駒は即座にのび太を追おうとするが――高速移動中に放たれたアステロイドがしっかりと足を削りに来ており、回避動作を取った分だけ初動が遅れる。
距離を取り、更にグラスホッパーを使い建造物の上へ。
そこから――水上へ向けて集中して弾丸を放っていく。
「あ、くそ」
水上はその場から離れつつ、シールドを張りながらアステロイドを防ぐ。
が。
その分だけ、黒江に韋駄天を使う隙を作ってしまう。
ここで、立場が逆転する。
のび太が、生駒と水上の二人に牽制を入れつつ、黒江を援護できる立ち位置に。
「――生駒さんと水上さん。どっちを優先して足止めすればいい?」
「生駒先輩。また生駒先輩が旋空を使ったら、距離を離されるから。旋空を使わせないで。後は私が水上先輩を仕留める」
宣言通り。
のび太がアステロイドを集中的に生駒にぶつけていく最中、水上との距離を黒江は詰めていく。
「――ああ。こりゃもう仕方ないかー」
これはもう逃走不可能と悟った水上は、即座にシールドとメテオラを入れ替える。
アステロイドの威力を絞り射程に振り分け、半分をのび太に撃ち、そして半分を黒江の上半身に放つ。
そうしてシールドで防がせながら――水上は残る片手でメテオラを発動し、黒江の足元へ放つ。
「----っ」
黒江は即座にその場を離れるが、爆撃にいくらか巻き込まれ左足が削れる。
シールドがなくなった事を察知したのび太のアステロイドに頭部を撃ち抜かれ、そのまま水上は緊急脱出した。
そうして。
生駒と、黒江が向かい合う。
「------」
「------」
一つ黒江は頷くと、生駒に弧月を構える。
アステロイドが、生駒へ放たれる。
それを身を屈ませ避けつつ――その体勢から、生駒は黒江に向け旋空を放つ動作。
黒江もその動きを察知しつつ、韋駄天を発動する。
伸びる斬撃。
疾駆する斬撃。
二つが交差するその瞬間――刃が到達したのは、
「------」
――黒江、緊急脱出。
アナウンスが響くと同時。
生駒はのび太の方向を見た。
とても、とても、凛々しく、引き締まった表情で。
カメラ目線、というのだろうか。
実に堂々とした佇まい。のび太ではなく、その奥にある何かを見据えているかの如く、力強い佇まいであった。
そのままの表情で、ただのび太を見た。
眉間を撃ち抜かれ、そのまま緊急脱出した。
※
「負けたな」
「負けましたねー。というか、割にシャレにならんくらい野比君強いっすね」
生駒と水上はお互い変わらぬ表情でうんうんと頷きながら、それぞれ感想を述べる。
「------」
黒江は。
勝ちを拾ったものの――やはり最後の生駒とのぶつかり合いに、悔しさが残るのだろう。
生駒はのび太の弾丸を避ける動作をしながら、それでも旋空を放った。
避ける動作と、旋空を放つ所作が完全に合致した、見事な居合斬りであった。
左足が削れていたとはいえ、あの条件で仕留めきれなかった自分の実力が恨めしい。
「にしても――」
水上が、生駒に呟く。
「――やっぱり。黒江ちゃん、ちゃんと周りが見えるようになってんね」
「え?」
「めっちゃ強くなってたわ。――韋駄天の使い方に幅が出てきた。多分その分だけ、仕留めんのに時間がかかって負けちまったっすね」
そう言いながら、生駒とブース出口へと歩いていく。
「------」
周りが、見える。
それだけだ。
それだけで――確かに、見える世界が違った。
「――精進、しなきゃ」
そう彼女も呟き。
じっかりとした満足感を得て、のび太に挨拶を告げてブースを去っていった。
※
「――ん?」
また次の個人戦相手を探そうかとしていたのび太のスマホに、着信が鳴り響く。
「弓場さん?」
そのまま着信ボタンを押す。
「――おゥ。野比ィ。久しぶりじゃねーか」
「久しぶりです、弓場さん。どうしたんですか?」
「まァ、まずは初戦勝利おめでとうって事だな。これからも気ィ引き締めて、ここまで上がってきやがれ」
「ありがとうございます」
「で。要件なんだが」
「はい」
「――これから、帯島連れて玉狛に行くからよ。空閑と一緒にそっちに行っててくれねェか?」
次話。弓場、玉狛に現る。