ドラえもん のび太の境界防衛記   作:丸米

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三雲修①

三雲修はまるで食い入るように二部隊の動きを頭に叩き込んでいた。

那須隊、及び柿崎隊。

――どう、遊真とのび太を動かすべきか。

 

空閑は押しも押されぬエースであり、のび太は距離を択ばず戦える非常に稀有な銃手だ。

故に基本的にツーマンセルで動かしたいところだが、――合流させたら厄介なのは相手とて同じ。

 

中位の記録を見る限り、確かに下位とは次元が違う練度を持っている。個々の能力は遊真ものび太も負けてはいない。

しかし、ネックになるのは自分だ。

自分は、あの二人が出来ることが何一つできない。近づかれても、距離があっても、今の修には何かできる手段がない。

 

このままならば。

あの二人のうちどちらかが落ちれば、それで一気に手詰まりになる。

 

――どうするべきか。

 

ここを考えるのが、隊長としての修の役割だ。

これは、やるべきことだ。

故に、やるしかない。

 

記録を食い入るように見ている中。

インターフォンが、鳴る。

 

――野比君が個人戦から帰ってきたのかな。

 

修は立ち上がると、玄関へと向かう。

「おかえりなさい、野比君。個人戦お疲れ――」

 

ドアを開けると。

そこにはメガネのリーゼントが顔を上げ腕を組み睨みを利かせそこに立っていた。

 

「――アンタは、玉狛第二の-----」

「あ、はい。三雲修と言います。先程はウチの隊員と勘違いして、すみませんでした」

すぐさま先程の出迎えの挨拶に詫びを入れると、弓場はかぶりをふる。

 

「いや。突然押し掛けたのはこっちの方だからよォ。すまねぇな。――名乗り遅れた。俺はB級弓場隊、隊長弓場拓磨だ。野比には連絡を入れていたが、まだ帰ってきてねぇみたいだなァ」

「あ、はい。先程個人戦が終わったと連絡が入っていたので、そろそろ帰って来るとは思うのですが----そちらは?」

修は、弓場の背後でビシ、と姿勢を正す日焼けした――恐らく、少女、に視線を向ける。

 

「こいつはウチの隊員の帯島だ。――すまねぇ隊長サン。アンタの所の隊員の空閑を、ちょい貸してくれねぇか」

「空閑を、ですか。------あ、すみません。立ち話というのも体裁が悪いですし、中にお入りください」

弓場と帯島は一つ頷くと、邪魔すると一言呟くと玉狛支部に足を踏み入れる。

 

「メガネ君どうした。お客さん?――って、弓場ちゃんじゃん」

部屋の奥から、迅悠一が顔を出す。

「よォ、迅。久しぶりじゃねぇかァ。元気にしてたかァ」

「どったの?うちのメガネ君二号に会いに来た?」

「ま、それもある。けどそれよりも今回は別件だ」

「別件と。ほほう」

 

「――おお、何か見たことのない人がここに来ていますな」

「来ておるなー」

 

更に奥から――白髪の少年と、謎の生物に乗っかる子供が現れる。

「むぅ。きさま、なにものだ。ここでは見たことのない顔だ」

子供――陽太郎は、若干眼前の男にビビりながら、声をかける。

弓場はその様を見て、腰を下ろし、目線を合わせ、言葉をかける。恐らくは子供と目線を合わせて怖がらせないための所作であろう。が、カニ座りでメンチを切られているように見え、陽太郎のビビりは増すばかりなのだが。

「おう。すまねぇな。今日はここに用があってきただけだ。そんな長居はするつもりはねぇ。――そして、お前が空閑か」

「如何にも。俺が空閑遊真です。何か用?」

「-----」

「-----」

一つ、間が開く。

 

すぅ、と息を一つ弓場が吸い込むと、

 

「帯島ァ!」

「ハイ」

「要件を言えェ!」

「ハイ!」

 

帯島もその掛け声に合わせ、すぅ、と息を吸う。

そして、

 

「自分は、弓場隊帯島ユカリっす!」

 

叫ぶ。

 

「この前の空閑先輩の戦いに、シビれました!」

 

叫ぶ。

 

「――どうか、自分に稽古をつけて頂けないでしょうか!」

 

叫び-----終える。

 

反応は様々だった。

迅はとくに何も反応を返さずぼりぼりとぽんち揚げを食らい、修は絶句し、陽太郎は若干頬を膨らませ、

 

「――あ、弓場さん久しぶり」

 

そして。

のび太が空気を読まず、ガチャリとドアを開け、そんな事を呟いていた。

 

 

「しっかし、弓場ちゃんも変わらないわねー」

「ンな事言っているお前の方はどうなんだ、小南ィ。まだ簡単に嘘に騙されてあわてふためいてんのかァ?」

「そんなことしてないわよ!」

「はいはい、こなみも騒がない騒がな~い。――あ、弓場さんどうぞ。お茶で~す」

「ああ。すまねェな。気を遣わせちまって」

そうして。

現在――玉狛支部リビング内のソファに、弓場拓磨が座っている。

「そっかそっか。確か弓場さん大規模侵攻の前にのび太君の面倒見てたもんね~。さっすが、眼鏡仲間の連帯力ってのは強いものがありますな~」

「ああ。その縁でこっちに来させてもらった。ウチの帯島が空閑の戦いにシビれちまったらしくてなァ。あっさり承諾してくれて感謝するぜ」

「いえいえ。感謝するなら空閑君にお願いしますよ~」

「まァ、そうだな。――で、野比ィ。お前も中々の動きだったぜ」

「ありがとうございます」

ずず、と茶を啜りながら弓場は一つ息を吐くと、隣に座るのび太と話をし始めた。

 

――この人が、B級上位の隊長。

修は若干彼自身が持つ威に怯みながらも、しっかりと目を見る。

 

「ま、でもこのまま何もせずに帰るってのも座りが悪い。帯島を鍛えてくれているみたいだしなぁ」

 

これはチャンスだ、と修は感じる。

折角B級上位の隊長がここにいるのだ。

 

「すみません、弓場先輩」

「どうした、隊長サン」

「弓場隊長から見た、那須隊と柿崎隊の特徴を教えてもらえませんか?」

 

 

「那須隊に、柿崎隊か」

弓場は湯飲みを置き、顎先に手をやる。

 

「――そうだな。まずはアンタの見解を聞こうか」

「そうですね-----」

修は、弓場に那須隊、柿崎隊両隊の特徴を話す。

那須隊は近中遠全てが揃った、バランス重視の部隊。その中で、エースと司令塔の両面を射手である那須隊長が務めている。

 

柿崎隊は全員が攻撃手と銃手の両方としての働きが出来ることが特徴の部隊であり、合流して陣形を組んでの連携に定評のある部隊だ。

 

「よく解っているじゃねーか。で、何に悩んでいるんだ隊長サン」

「いえ。――今回はどの隊も、合流してからの総合力が秀でている部隊です。なので-----」

その言葉を聞いた瞬間――弓場は何かを察したのだろう。

 

「すまねぇ。小南、宇佐美、迅。――ちょいと席を外してもらっても構わねェか?」

 

その言葉に一つ頷くと、真っ先に宇佐美が立ち上がり、小南の手を引っ張り、迅も何も言わずに立ち去っていく。

 

残されたのは、修と、のび太。

 

「さて。――アンタの悩みは、何となく解ったぜェ」

「------」

「単純に、アンタ自身が隊でどういう役割を果たさなきゃならんのが解んねぇんだろ」

「そう----です」

え、とのび太は思わず声に出す。

「そりゃそうだ。――動きを俺も見てみたが、よく考えられているとは思う。けど、ちと素人臭い」

「------はい」

「とはいえ、そこはしょうがない。B級上がりたての連中なんてそんなもんだ。――とはいえ、そこらのB級上がりの人間が野比と、空閑を抱えたんだ。当然、それに伴う責任は問われる」

「-----はい」

「聡い奴ならもう初戦の時点で、上位狙いだってことはバレている。――お前もじっくり成長して、って言っていられる状況じゃねぇ」

 

弓場は、厳しい。

怖いのではなく、厳しい。

それがのび太にとっての一貫しての弓場の評価であり、それは今となっても変わらない。

だが――その厳しさが、こういう形になって突きつけられると、確かに怖さを感じるのも、また確かな事実。

 

「------俺からのアドバイスは、隊長サン。アンタ自身が、戦場で何かを変えようとするな。変えようとするなら、戦場の外だ」

「戦場の、外-----」

「そう。アンタは今のところ、点を取る駒としては使えない。現場でアドリブを利かして自在に行動も出来ない。――なら、アンタが考えるべきは、ただ一つ。自分という駒をどれだけ磨り潰して、野比と空閑が点を取りやすい環境を作れるかだ」

「それは、つまり-----」

「アンタという弱い駒を使って、徹底してサポートする。点は取らない。例え死んでも、何か戦場で勝つための材料を残しておく。――それが、今のアンタが、今のアンタのまま、チームに寄与できる唯一の方法だ」

 

厳しい。

怖いくらいに、厳しい。

 

のび太は――そのセリフを受けた修の表情を見る。

 

「------」

修は。

――まるで、憑き物が落ちたように、目を大きく見開き、口を半開きにして小さく、「成程」と呟いていた。

 

今――のび太は、弓場の言葉を怖いと感じた。

だが。

修は、それを全く感じていないようだった。

 

弓場に提示された、事実。

自身は、チームの中でどうしようもない弱者であり、弱者は弱者として自身を磨り潰して他のメンバーをサポートしろ、という残酷なまでに厳しい弓場のアドバイス。

それを修は――至極当然の論理として自らの中に落とし込み、心から納得しているのだ。

 

――ああ、成程。弱い駒は弱い駒として、自分を磨り潰して他のメンバーを活かせばいいのだ。そうか、そうだったのか。

 

多分。

修は、心の底からそう思っている。

だから、アドバイスをくれた弓場に恐怖はおろか、厳しさすら微塵に思っていないだろう。

 

ただ、自身のやるべきことの一つと、その道筋を示してくれた弓場への純粋な感謝しか、ないのだ。

 

「ありがとうございました」

表情ががらりと変わっていた。

弓場はその顔を見て――大きく笑みを浮かべた。

 

「いい顔してんじゃねーか」

 

そう言って、一つ頷いた。

 

 

「ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」

帯島と遊真は、互いに礼をしていた。

 

「また支部に遊びにおいでよー、弓場ちゃん」

「お前も時々は顔を出せよ。太刀川サンが寂しがってるぜ」

「二日前に個人戦やったばかりなんだけど-----。というか、今太刀川さん死ぬほど強くなっているしなぁ」

弓場と迅は、玄関口で談笑していた。

 

そして、その奥。

修は、

「ねえ、野比君」

「どうしたの、隊長」

「ラウンド2が終わってからでもいい。――僕に、スパイダーの使い方を、教えてほしい」

 

そう、のび太に頼み込んでいた。


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