「-----どうすっかな」
荒船哲次は――非常に頭を抱えていた。
次回ランク戦。
荒船隊は影浦隊・諏訪隊・漆間隊の四つ巴戦を行う事となる。
今回は荒船隊にマップ選択権があるが――こと、ここに来て天敵中の天敵がランク戦に現れることとなった。
影浦隊。
荒船隊は、構成するメンバー全員が狙撃手という実に珍しいチーム編成をしている。
ここまで極端な編成だと、当然対戦する相手による有利不利は大きく分かれるのだが――影浦隊はその中でも最悪に近い編成の隊だと言える。
隊長の影浦は狙撃が効かない。
その上で、ユズルというこちらに反撃を加えることが出来る優秀な狙撃手が一人いる。
これだけでも荒船隊の強みが殺される。
――だというのに。
「――本気なんだな、影浦隊は」
穂刈がぼそりと、記録を見ながら呟く。
「こりゃあダルい。影浦先輩が狙撃手の索敵するとか、もうこっちは一発も撃てないじゃないですか」
「さらに、影浦隊には絵馬君もいるわ。――初動が遅れれば、有利なポイントすら取られるわ」
半崎も、愚痴るようにそう感想を漏らし、加賀美もそれに続く。
そうなのだ。
今期、影浦隊は一度チームを解散し、再編成した上でランク戦に臨んでいる。
今までの実績全てを消し、再度の最下位スタート。
明言はされていないが――恐らく影浦隊は再びA級に戻ろうとしているのだろう。
ランク戦初戦。
影浦隊は実に容赦のない戦いを行っていた。
序盤、影浦がユズルの援護・索敵を受けながら各々の狙撃ポイントを巡回し、狙撃手の釣りだしを行う。一通り狩りだしが終わったところで北添とジャイアンが組んでの掃討射撃をし、各チームを分断する。分断し、浮いた駒を影浦が狩る。
荒船はこのランク戦の映像を見ただけで頭を抱える事になった。
影浦隊の戦術は二段階ある。
一つ。ユズル・影浦が組んでの狙撃手の炙り出しと殲滅。
二つ。長距離射撃の芽を摘んだところで、重機関銃持ち二人による火力を活かしての掃討・分断。
そして――荒船隊はそのチーム編成によって、第一段階で壊滅的な被害を受けることが避けられない。
「影浦隊を無視して、他の隊を徹底して狙いますか?」
「下手にそれをやっても、多分影浦隊につけ狙われるだろうな。あいつらは、とにかく上位に行きたいだろうから」
そして更に厄介なことに。
影浦隊は今一点でも多くの点を必要としているチーム状況だと言う事だ。
つまり。他の隊同士が潰しあう状況すら嫌がるであろうと言う事。
荒船隊からしてみれば、例えば諏訪隊などは序盤で位置を把握出来れば一気に有利に戦える隊である。諏訪・堤は近距離型の散弾銃持ちで、笹森は攻撃手。射程で荒船隊と戦える駒がいない。
それはきっと影浦隊も把握している。
だからこそ、一番目障りでもあるのだ。
自分が取らなければならないポイントが食われるかもしれない。
「――とはいえ、基本線はその方針で行くしかない。影浦隊を無視しつつ、他の隊からポイントを稼いでいく。影浦を怖がって狙撃を躊躇っていても、今度は絵馬に有利な狙撃地点を取られてポイントを稼がれる」
ううむ、と荒船は悩む。
どうしたものか。
「――いっそ諦めないか。自分が有利を取る事を」
「ん?」
穂刈がぼそりと呟いた言葉に、荒船が反応する。
「隊で有利を取る事より――制限をかけていくんだ。影浦隊の動きに」
「ふむん----」
その後。
穂刈は自論を隊全員と共有し、幾らか議論を重ねた。
「――解った。その方針で行こう」
と。
ある程度の戦術の方針が決まった。
※
「――次は、那須隊と玉狛第二になった」
「玉狛第二----野比君がいるところか」
巴は苦い表情を浮かべ、柿崎国治の言葉を聞いていた。
「浮かない表情だな、虎太郎」
「以前、野比君とは個人戦で全敗してますからね」
ふむん、と柿崎は頷いた。
「――実際に戦ってみて、どうだった」
「何というか------弾速が落ちた代わりに、射程が上がった弓場さんって感じです。早撃ちで近距離戦も戦えて、距離が離れてもバシバシ当ててくる。木虎先輩相手に、五分まで持っていってました」
「そりゃあ強い。その上で、この空閑か-----」
木虎と引き分けられる銃手と、緑川に勝ち越せるだけの実力を持つ攻撃手。
「まともに当たりたくない相手だな」
「ですね」
個々の能力に関しては、このランク戦で抜きんでている二枚だろう。
まともに鉢合わせて勝てるとは思えない。
「とはいえ、基本は変わらない。まずは合流最優先。今回はこっちにマップ選択権もある事だしな」
「工場地帯ですよね。――今回は那須隊がいる分、撃ち合いになるとかなり損耗しそうですね」
工場地帯は、巨大な工場プラントが立ち並ぶマップとなっている。
大きなプラントが乱立する地形の為、狙撃手の配置が難しいが、いざプラントの内部に入れば開けた場所が多く射撃戦はしやすい。マップ自体も非常に狭く、合流もしやすい。
全員が近中の距離をカバーできる柿崎隊にとって、一番やりやすいマップだ。
「野比の援護を受けた空閑が暴れまわれる状況を作ると非常に厄介で、那須隊も熊谷と那須の連携が決まりだすと一気にこちらの陣形も崩れる。基本線は、陣形を維持しつつ攻撃手に近づかせない立ち回りをする」
「了解です」
巴と照屋の返事を聞きながら、柿崎は一つ頷く。
「それじゃあ、一先ずログを確認しておかないとな。特に野比に関しては前回の戦いで疑似的な狙撃手としても動ける。野比はこちらに対して射程でイニシアティブを取れるから、この場合――」
柿崎隊は早めに方針を定め、個々の対策へと移っていった。
※
こうして。
ランク戦当日へと、日々が過ぎていった。
※
「ランク戦第二ラウンド、昼の部。実況は、私月見蓮が務めさせて頂きます。よろしくおねがいするわね。そして解説席には――」
「冬島隊、冬島慎次だ」
「東隊、東春秋です」
「以上。この三名で実況・解説を務めます」
月見が恭しく一礼をし、そう開始の挨拶を締める。
「いや。見に来ている皆すまないな。高嶺の花の隣にこんなおじさん二人の解説だ」
「俺は25ですよ、冬島さん」
「この席に座れる奴の中じゃあ俺に次いでおじさんだろうが。なあ、もうちょい華やかな若者を呼べなかったの?」
「あら。だって冬島さん女子高生が隣だと満足に喋れないじゃない。私が解説している時でもないと来てくれないでしょう?」
「そりゃすまんな---。別に気を使って呼ばなくたっていいのよ」
「まあ、こんな感じですがちゃんと解説はしますので、改めてよろしくお願いします」
「さて。――今回選ばれたマップは、河川敷A。さて、お二人は今回荒船隊がこのマップを選択したのは、どのような意図があると?」
ランク戦ラウンド2。
荒船隊は河川敷Aのマップを選択した。
河川敷は、河川に分かたれた二つのマップ帯に、大きな架け橋が存在するマップだ。
「まあ、影浦隊対策だろうな」
「ですね」
冬島と東は、互いに頷きあう。
「今回のランク戦、荒船隊にとってはまさに最悪の組み合わせです。正直、あの隊にとって、影浦隊は二宮隊以上の脅威です」
「だからこそ。影浦の位置は常に把握しとかなきゃいけない。そんで可能なら分断させときたい」
「荒船隊としては、影浦隊の初動が遅れれば遅れる程、有利になります。索敵をするためには影浦が二つのマップ帯を橋で行き来する必要があります。これは非常にリスキー。橋を渡るとなると、影浦の位置が丸わかりになります」
「影浦隊がヤバい、ってのは残る諏訪・漆間隊にとっても同じ事だ。当然、優先度が高い。序盤、人がまだたくさん残っているうちに位置を晒しちゃ、寄ってたかって影浦の周囲に人を集めちまう可能性もある」
「まあ、転送運が悪ければ同じマップ帯で影浦諸共全員同じところに鉢合わせというのも、あり得るといえばあり得ます。ここは賭けでしょう」
「ある程度賭けに出るのは今回は仕方ないだろうな。本当なら、市街地C辺りの狙撃手有利なマップで戦いたかったはずだ。だがその利を捨ててまで、荒船隊は影浦対策に乗り出したって訳だ」
「それだけ影浦隊を近づけさせたくない、という事です。その面から言えば妥当な選択だと思います」
「――成程。非常に解りやすい解説、ありがとうございます。さて、残り十秒ほどで転送が始まります。では――」
※
「河川敷Aか。――市街地C辺りだと踏んでいたが、アテが外れたな」
「多分、カゲの分断が目的だろうね。橋を行き来して索敵するというのも難しいだろうし」
「まあ、だったら役割分担すればいいだけだ。――ゾエ。しっかり働けよ」
「了解~」
「俺はどうすればいいんだ?」
「ジャイアン君は、今回はゾエさんとは別行動。今回は火力を集中させるより分散してのお仕事が多くなると思うから。転送された後は、ヒカリちゃんの指示に従ってね」
「ちゃんと従えよ~ジャイアン。全く、お前は私がいなきゃダメなんだからよ!」
「ヒカリねーちゃんはいつもそれだな!」
「――もう少しで転送が始まるよ」
影浦隊は特段焦ることなく、この条件を飲んだ。
予め部隊が分断されやすいマップが選択された時の次善案は考えられていたのだろう。
変わらぬリラックスした様相で、転送を待った。
※
「転送が終わりました」
落ち着いた月見の実況で、火蓋が斬られる。
「マップは河川敷A。そして――」
マップが、表示される。
そこは――。
「気候『雪』。時刻は『夜』」
降りしきる白雪が、夜空の光に浮かんで反射する。
「――ランク戦第二ラウンド、昼の部。スタートです」