ある日のこと。
迅悠一はドラえもんにこんな事を尋ねたことがある。
――君が、この時点に訪れた理由はなんだ、と。
ドラえもんは、未来からの来訪者である。
過去に遡り未来を変えるためにこの時代にやってきたという。
ならば。
何故この時代なのだろう。
もっと前に彼が来ていれば。
もっと、救える人間がいたのではないか。
「――この時じゃないといけないと、僕が判断したからだ」
ドラえもんは語る。
語る。
「城戸正宗が作り出したこの大規模組織が存在しなければ、悲劇の未然防止なんて夢のまた夢だ」
解っている。
旧ボーダーでの失敗があって、今の城戸があり。
その城戸があって、今の組織がある。
その因果関係があって、今のボーダーがある事くらい。
「それ以上でも、以下でもない」
だろうね。
そう、だろうね。
当然だ。
そもそもドラえもんがもたらす知識や技術が活かされるにも、しかるべき技術や人員、それらを束ねる強固な組織あってのものだ。それが存在している時代に訪れなければ、何も意味がない。きっと自分が同じ立場でもそうしていただろう。
ドラえもんは正しい。
――そうだよ。
都合のいい夢を見てんじゃない。
あの時。
仲間を失ったあの瞬間の記憶が。
無くなってくれるんじゃないのか、なんて。
正しくない道を歩み、正しいと信じる道を邁進する。
正しいかどうかの指針は、自らが見える未来というレールの上。
レールは揺らめき、一寸先の闇の中の光を手繰り寄せトロッコを走らせる。
見える光に浮かぶ未来の最善を選んでいく。
同じことだ。
最善の為に斬り捨てたレール。
そのレールを幾度も、幾度も、幾度も、迅悠一は見ていた。
同じだ。
それと全く同じことだ。
ドラえもんが斬り捨てたレール上のトロッコ。
その中に。
――最上をはじめとした旧ボーダーの人間がいた。
それだけの話だ。
「-------」
「責めても、いい」
「責められるわけないじゃん」
「そうかな」
「そうだよ」
当たり前だ。
同じことを、自分だってやっているんだから。
「――それをしてしまった以上、俺等はずーーっとトロッコの乗客でいなければいけない」
「解っている」
「斬り捨てる人間を覚えていなくちゃいけない」
「覚悟の上だ」
「なあ、ドラえもん」
「何だい、迅?」
「ロボットでも、――こういう合理的な判断ってやつの葛藤って、あるものなの?」
「--------」
ドラえもんは、押し黙った。
押し黙って、静かに口を開いた。
「――なんで、だろうね」
呟く。
「――こんなの、余計なのになぁ。本来なら、葛藤なんて無いはずなのになぁ」
「----そっか」
「----」
この時の会話は、特に鮮明に覚えている。
機械としての選択。
人間としての感情。
その双方を選び取ったロボットは――同じ苦しみを抱えることとなった。
「鬼怒田さん?ドラえもんはどう?」
「後は神経系の接続回路さえどうにかできれば-----。そこだけが、ボーダーの技術で代替できん」
「そっか----」
だから。
逃がしはしない。
君には――最後まで、この未来の行く末を見てもらわねばならないのだから。
※
のび太は、スパイダーをあらかた張り終えると、東に外れた地点にある螺旋状のスロープが付いた円柱状のコンテナに昇る。
スロープの入口、そして周囲を取り囲む建築物で射線が通る場所を徹底してスパイダーを張り巡らせ、迎撃態勢を整える。
「――隊長、準備が出来ました」
「解った、野比君。――早速始めてくれ」
「了解しました!」
そして。
スロープの上から、――のび太は拳銃を構えた。
視線の遥か先に存在する、柿崎隊へ向け。
合流地点から、那須隊と玉狛第二との交戦地区に向け動き出していた柿崎隊は、その射撃で足を止め、射線から逃れる。
「――予想通りですね。日浦さんが倒されたことで、野比君が疑似的な狙撃手として動き始めました」
現在、狙撃手のいないこの場において、のび太は誰よりも長い射程を持つ隊員となる。
「同時に、空閑も姿を消したな」
空閑遊真は、レーダー上から姿を消した。
日浦を倒したのちに那須隊に囲まれていたのび太を援護しに戻り、合流し、また散開した。
「真登華。この辺りのマップ情報を転送してくれ」
「はい」
オペレーターに指示を出し、周囲のマップ情報を確認。のび太の位置からの射角を踏まえ、背の高い建造物に沿うルートを構築する。
大型コンテナが周囲に存在し、狭い路地と広い通りが幾つも集まっている周辺区域。そこには、多くの建物が密集しており高所からの射線が通りにくい。柿崎は即座にルートを構築すると、
「それじゃあ、行くぞ」
構築されたルートを走り出した、――その瞬間。
「隊長!」
照屋が柿崎の身体に割り込むと、シールドを張る。
そこには、低威力のアステロイドを撃ち込む三雲修の姿があった。
恐らくは射程に大きくトリオンを振り分けているのだろう。弾は遅く、威力もない。遮蔽物に隠れつつ、修はコンテナの上からちびちびと弾丸を放っていく。
「――今、三雲がそこにいるってことは」
現在、この周囲に、いるはず。
玉狛第二のエースが。
背後から、ひゅ、という音。
「――こ、の!」
背後から突如として訪れた空閑の襲撃に、巴は即座に反応する。
シールドを展開すると同時、バッグワームを纏った空閑の一撃を弧月で受ける。
空閑はそのまま一撃を与えるとすぐに周囲のコンテナを辿り柿崎隊の前から消える。
修のアステロイドで誰かが防護をする。
その瞬間に空閑がタイミングを合わせ一撃だけを与えに行く。
修の攻撃は容易に防げる。空閑は完全にヒット&アウェイの動き故に、恐らくダメージを与える気すらない。そのまま交戦すれば、弾幕を張られることが解っているから。修がアステロイドを撃ち、その対応に誰かがしている隙に一撃だけ与えて即座に離脱するという、一言で言えば嫌がらせの如き動きを徹底して行っている。
お互いダメージを与えられない状況。
だが、完全に玉狛が仕掛ける側で、柿崎隊が仕掛けられる側だ。
柿崎隊は緊張を一方的に与えられる側であり、有利不利で言えば圧倒的に不利だ。
――どうするか。
広い通りに出れば、のび太の射線が通る。
とはいえこのまま一方的に攻撃されるだけの状況を続ければ、何処かで綻びが出る。
「――隊長!」
別の通りに移動しようとすると、そこには見透かしたようにスパイダーが張られている。特に――修の現在地に繋がるような通りは、全てスパイダーで埋められている。
――くそ。移動する事すら、選択肢から外される。
「――さあて、これからは我慢比べだ」
アステロイドと共に攻撃を加える空閑は――表情を変えずに、そう呟いた。
※
注:氷見実況は非常に混乱状態に陥っております。観覧席もそろそろ異変に気付き出したりしておりますが、実況周辺の状況と共にその辺りの描写もカットしてお送りさせていただきます。重ねて、悪しからず。
「か、かか、柿崎隊!ひょのままきょうちゃく状態に陥りましいた!」
「射程のイニシアティブを握ったことで、玉狛第二の動きが一気に自由になりましたね。――狙撃手がいないマップですと、野比隊員の自由度の高さが非常に活かされます」
「三雲の動きがいいですね。見え見えの釣りですが、見え見え故に柿崎隊も下手に手を出せない」
現在柿崎隊と玉狛第二の構図は非常にシンプル。
修を倒そうと誰かが向かえば、そこにはスパイダーの山がある。
足を止めているうちに、空閑に各個撃破される。
空中から行こうにも、そうすればのび太の射線が通る。そうなればのび太の援護を受けた空閑に首が刎ね飛ばされる。
修は見え見えの釣りだ。
見え見え故に引っかかるわけにもいかない。
引っかかるわけにもいかないから、膠着状態のままでいるしかない。
「野比と三雲で柿崎隊を一点で封じ込め、空閑が適度に襲撃する。柿崎隊からすればじれったい事この上ないでしょう。ですが、ずっとこのままという訳にもいかない」
「ええ。――那須隊が、動き出しました」
マップには。
バッグワームを解いた那須が、真っすぐにのび太の方向に向かい――そして熊谷が戦線へと向かって行く。
※
「――のび太君。那須さんがそっちに向かっているよ。気を付けて」
「はい。――あの、那須さん一人ですか?」
「うん」
よし、とのび太は心の中で声を上げる。
那須一人なら――勝負になる。
自分をこのままの状況で放置するわけがない。
もし那須と熊谷が組んでこちらに来ているとしても、それはそれで構わなかった。足も削れた自分は落とされるだろうが、それでも那須隊と玉狛第二を完全に分離させることが出来る。そして片方でも落とせれば、一気に玉狛第二に戦況は有利に傾く。
メテオラが撒かれ、スパイダーが崩されていく。
「――ここから先は、1対1の勝負よ。野比君」
相手は、エース。
高い機動力と正確なトリオンコントロール能力を持つ、強力無比な強さを持つ射手。
のび太はバッグワームを解き、アステロイドとバイパーをセット。
「――もう、好きにはさせないから」
キューブを身に纏わせ――那須は走り出した。
※
そして。
柿崎隊と玉狛第二との戦いの中でも――変化が起きる。
「――那須隊が野比に襲撃をかけたみたいだ。今ならいける!」
柿崎隊はすぐさま路地を形成するコンテナ群に昇る動きをする。
が。
「あ---!」
照屋の足元に、斬撃が入る。
「文香------!」
コンテナを挟んだ、向かいの通り。
そこから現れた熊谷の旋空が、照屋の足元を襲う。
たたらを踏んで体勢を崩す、その一瞬。
空中より襲来した空閑遊真の斬撃が、照屋の胸元を串刺していた。
――照屋、緊急脱出。
ここから。
めまぐるしく状況が動いていく。
巴が熊谷に放つハウンドと合わせ、柿崎は遊真に突撃銃を放つ。
建物を沿うように放たれた弾丸をシールドで防ぐ熊谷。
そして弾丸の合間を抜いて遊真は柿崎へ更に斬撃を走らせる。
すれ違いざまの一撃で片腕が飛ぶ柿崎。
それを見ながら、巴は熊谷にハウンドで牽制を入れながら柿崎に襲い掛かる遊真に斬りかかる。
熊谷もまたハウンドをシールドで受けつつ、斬り込んでいく。
巴、柿崎、熊谷、遊真がその場で入り乱れる。
熊谷の旋空が巴に向かい。
巴の弧月が遊真に向かい。
柿崎の銃口は巴を襲う熊谷に向けられ。
そして、遊真は。
この乱戦の中――仕留めるべきは柿崎隊であると判断する。
柿崎の銃撃は熊谷に向けられ。
熊谷は巴を狙っている。
遊真は、斬り込んでくる巴の足元にグラスホッパーの陣を発動する。
踏み込みと同時に縦に置かれたそれは、巴を熊谷側に吹き飛ばす。
旋空がその身に届くより早く、熊谷の身体に巴の肉体がぶつかる。
熊谷に向けられた柿崎の銃弾は、空を切る。
そして。
「が-----!」
遊真の斬撃が、柿崎の胸部を貫いた。
中途半端ですが、ここまで。