ジャイアンのお話。ちょっとしっとり。
ただただ、痛く。
ただただ、苦しい。
その痛みや苦しみは自分が自分に与えているものだ。
「うぐ-----うぅおおおおおおお------」
喉奥は、絶え間ない絶叫の果てにからからに枯れ果て、力ない音声として出力される。
右足に力を入れる。
痛みが走る。
右足に、まるで釘を踏んだかのような痛みが全身に向け走る。
その痛みは足だけではなく、足と繋がる脊髄にまで走る。
「------うらぁ!!」
気合を入れても、立ち上がれない。
どうやら、立ち上がるにしたってコツが必要らしい。肉も骨も神経もぐちゃぐちゃになったこの右足では、まともに立つ事にだって技術が必要なのだ。
その技術は、幾度となく繰り返される苦痛の中でしか手に入れられない。
鼻息を鳴らす。
力が入りすぎて、鼻水が噴き出る。痛みに食いしばる歯の隙間から、涎が零れる。
「――お兄ちゃん!もう少し、もう少しで――」
おう。
解っているぜ。
もう少しで、ゴールだ。
手すりに縋りついてよぅ。足元にへばりついてよぅ。それでも、それでも。
――俺様は、歩けているんだ。
壊れた足を無理やりギブスに嵌め込んで。
ひぃひぃ痛みに叫びながら。
それでも。
それでもよぅ。
こうやってよぅ。
応援してくれる奴は、いてくれるんだ。
それだけでも、もうけもんだ。
そうじゃねぇか。
だからよ。もう少し。もう少しだけ、力をくれよ。
あと数歩だ。数歩なんだよ。あとたったこれっぽっちだ。これっぽっちで、妹が喜んでくれる。
二本の足が一本になるだけで、何でこんなに立つのが苦しいんだよ。
痛い。
苦しい。
痛みや苦しみで、息が上がる。視界が黒くなる。身体全体がキリキリ悲鳴を上げる。
根性ねぇな。
もう少しでゴールだぜ。
もう少しで。
畜生。
何でだよ。
何で、あと少しがこんなに遠いんだよ。
こんなちっぽけな力すら。
無くなっちまったのか。
立てよ。
立ってくれよ。
立たなきゃよぅ。俺はまだここに留まるばかりじゃねぇか。
進むんだよ。
前に。
前に進まなきゃ、いけねぇんだ。
一日でも早く、歩けるようになって――えーと。
何をしようか。
野球してぇなぁ。監督も悪くねぇけど、やっぱり俺はマウンドに立たなくちゃいけねぇ。こんなポンコツの足早く治さねぇと、どうにもならねぇ。
家の手伝いもしてやらなきゃなぁ。雑貨屋、潰れちまったし。
だってよぅ。
かっこわりいじゃねぇか。
こんな、俺様の姿なんて。
もっと、俺様は俺様として振舞わなきゃよぅ。
心配そうな顔なんざさせんじゃねぇ。
いっつもうんざりした顔でこっち見やがる連中が、今やこっちを心配してきやがる。
がっはっはっは。
心配なんざ俺には無用だぜテメェ等。
今に見てろ。
今に俺は立ち上がれるようになって、驚かせてやるよ。そんで、もう一度俺様のリサイタルにご招待だ。草野球だっておてのもんじゃい。まだまだ。まだまだ俺のこの先には未来が、未来が、
おい。
な---なん、で。
地面が近づいてきてんだ。
腰が砕けちまった。
膝も、曲がっちまって。
あ
※
剛田武の、右足は動かない。
関節は砕けて砕けたまま固まって。神経にはびっしり砕けた骨が突き刺さって。
侵攻後、病院に運ばれたジャイアンの右足はそんな状態だった。
日々繰り返されるリハビリの日々。
ジャイアンは一つたりとも弱音を吐くことなく、繰り返している。
まずは一人でベッドから立ち上がれるように。
次に車椅子に座れるよう。
立つたびに痛む右足を叱咤しながら、ジャイアンは日々を過ごしていた。
「-------」
ふと、思った。
もしかすれば、あそこで――ちび共を庇って死んじまった方が、カッコよかったかな、と。
「-----まあ、カッコいいけどよ」
そんなカッコよさクソくらえ。
死んでカッコつけて何の意味がある。
カッコつけて、カッコつけた自分を見れない。そんなカッコよさ、ジャイアンにとっては何の意味もない。
それに。
そうなったときに、残された人間がどう思うか。
雑貨屋が潰れちまったって、それよりも家族全員が生き残れたことの方が何千万倍も嬉しかった。
命があれば、どうだっていい。
この右足がこんなのになってしまった事。それそのものには何ら後悔はない。
でも。
それでも。
自分が――今家族が大変な時に、更に負担になっているという自覚もしている。
一人で歩けやしねぇ。
車椅子にも乗れねぇ。
しょんべんだって一人で出来ねぇ。
全部、家族が手伝ってくれて出来ている。
そういう現実を目の当たりにして。
時々、そういう思考に陥る事があるのだ。
死ねば、負担にはならなったのかな、と。
「------そんな訳ねぇのにな」
ジャイ子が自分と同じ立場になってそんな事を言えば、きっと本気で怒るだろう。
解っている。
解ってはいる。
それでも。
――やっぱり、自分は家族の負担にはなりたくなかった。
――だからよ。
――感謝してるんだ。
ボーダー。
気に食わねぇ野郎もC級の時わんさかいたがよ。
でも。ボーダーは動き回れる代わりの身体と、何より――俺が家族に与える負担を、失くしてくれた。
俺のこの役立たずな身体が、一転して金稼ぎの道具になったんだからな。
俺様が重機関銃を最初に手にした理由を教えてやるよ。
一体でも多くあのトリオン兵どもをぶち倒してやりたかったからだ。
弾をバラまいて敵をたおせりゃ、それだけ多くの金が入る。そんで、気に食わねぇバケモンどもをぶち倒せる。
簡単な話じゃねぇか。
そうじゃねぇか。
あの時。
色白のねーちゃんをテレビで見た時。
何をすべきか、解った気がした。
――だからよ。
――俺はもう、迷わねぇぜ。
※
「――ジャイアン君は」
「ん?」
「今更だけど、――何でウチに来たのかな?」
ガラガラ。
車椅子の車輪の音と、コンクリが擦れる音が響き渡る夜空の下。
ジャイアンと北添が、歩いていた。
車椅子を押すでかい男と、その車椅子に座るでかい男。
何とも暑苦し気な絵面であるが、本日の夜空は実に涼し気な風と静寂を運んでくれていた。
静寂を縁取るように、さぁと風が凪ぐ音が聞こえてくる。
「んー。ゾエさん俺の師匠だし」
「だねぇ。こんなに体形が似ている弟子が出来てゾエさん嬉しいよ」
「影浦の兄貴、カッコいいし」
「マネしちゃダメだよ?」
「ヒカリのねーちゃんはうるせーけど、コタツ入れてくれるし」
「ヒカリちゃんの評価ポイントそこなんだ?」
「そんで、ユズルは何かほっとけねぇし」
「流石はお兄ちゃんだねぇ。-----年下だよね?」
「で-----見返したかったんだよ」
「見返したい?」
――おい。やめとけ。あのガンナー、ボーダーの厄介者のチームメイトだぜ。
――C級見るたびに襲い掛かるイカレ野郎がいるチームだ。お前も目を付けられるぞ。
「ゾエさんに教わってた時にさ。んなアホの陰口で影浦の兄貴の事を知ったんだよ。で、さ」
――へぇ。誰がイカレ野郎だって?
「荒船って人が通りかかって、そんな風に言ってくれて。アホな事言ってるバカを追い払ってさ」
――ゾエはいいガンナーだぜ。どんどんばしばし吸収して、もっと強くなれよ。そうすりゃ、もうすぐB級だぜ。あんな連中、ゴボウ抜きしてやれ。
「で、実際に影浦の兄貴に会ってみて。――俺はやっぱり好きだったんだよな」
粗暴、乱暴。
まあ、これは正しい。
でも。
影浦は戦いの場でもなければ――自分の友達を傷つけるようなことは絶対にしなかった。
「解りやすいじゃん。影浦の兄貴。気に食わなきゃ気に食わねぇ、って言える人。俺は、それを我慢してうじうじ陰口言ってるやつの方が何百倍も嫌いだからよ」
まあ、だから。
「このチームでよ、俺様も大活躍して――上に行きたい、ってマジで思ったんだよ」
「-------」
北添は。
少しだけ面食らった表情しながら――微笑む。
「ねぇ、ジャイアン君」
「なんすか?」
「――カゲはさ。色々誤解されやすい奴ではあるんだ」
「だろうなぁ」
「でもさ。その分だけ、仲間のことは絶対に誤解しない奴でもあるんだ」
影浦は、感情を受信できる。
その分だけ彼は――人の真心も、疑いなく受け取れる。
「あんなキツイ副作用持ってても。それでもめちゃくちゃ不器用ながらもさ、仲間にやさしくあれてるのは――優しさも、普通の人の何十倍も感じ取っているからだと思うんだ」
だからさ、と北添は続ける。
「ジャイアン君のその気持ちも、ちゃんと伝わっているはず。だから、もっと頼っていいんだよ。カゲ含め、隊の皆にもね」
「-----おう」
「じゃあ、そうだ。ジャイアン君。何か、やりたいことでもある?」
「やりたい事かぁ。うーん、じゃあ――」
※
「それで、何で僕まで連れてくるんだよぅ」
「うるせぇ。人数合わせの為だ。さっさと入れ」
ブースを少々改良したその場所には、芝生が生え茂ったフィールドがあった。
それは河川敷マップの端にあった、公園であった。
ヘルメット。ボール。バット。
野球道具が持ち運ばれ。
そして、数多の人間がここに集まっていた。
「ひっさびさだねぇ野球なんて。――二宮さん、何処のポジションやりますか」
「俺は別段動きが速いわけじゃないが、防ぐのには慣れている。ファーストかキャッチャーをしよう」
「お、意外に乗り気。――辻ちゃーん。女子も含まれるからって、固まらないの」
二宮隊。
「俺達三人で外野を掌握するぞ」
「何で僕まで------」
「まあ、時々はこういうのもいいでしょう」
風間隊。
「俺達は-----く。狙撃手は野球ならどのポジションが花形だろうか?」
「ピッチャーだろう。狙撃手なら」
「三人も無理じゃんそんなの。ダルイ-------」
荒船隊。
「ふふ。トリオン体で野球なんて、わくわくしちゃうわ」
「ですね!私、ぴゅーんって飛び跳ねて守備してみたかったんです!」
「野球も時々は悪くないね。一度やってみてみたかったんだ」
那須隊。
「-----野球って、なんだ?オサム?」
「野球ってのは-----ああ、なんて説明すればいいんだ。ルールが結構難しい-----」
「------もう、いやだ」
「ふふ。でも、楽しそう」
玉狛第二。
そして、
「------いいかお前ら。やるからには絶対勝つからな」
「カゲ、やる気があるじゃない。ゾエさん嬉しいよ」
「------野球かぁ。やったことないなぁ」
影浦隊。
「――おお」
ジャイアンの願い。
それは。
もう一度、思い切り野球をしたいというものだった。
その願いを聞き届けた北添は、それとなく忍田本部長に根回しをし、許可を取った上で――ブースを草野球に使うという離れ業を実現した。
「おっし!」
これから。何年かぶりの草野球が始まる。
そう思うと、わくわくが止まらない。
「――ジャイアン君ね」
そうして、ガッツポーズをしている時。
声が、聞こえた。
柔らかな、声音だった。
「呼んでくれてありがとう。――お姉さん、頑張っちゃうから」
それは。
ボーダーに自身が入ろうと思った、切っ掛けの人。
それを目の前にすると、色々な感情が湧いてくる。
感謝の言葉を伝えたい。
貴方のおかげで、ここに来れたと、言ってしまいたい。
でも。
「------よろしくお願いするぜ、那須さん!」
それらを飲み込み。
今は、こう言葉にする方が正しいと、思った。
そう言うと、那須はにっこりと微笑み――右手を差し出す。
差し出された手をがっしりと掴んで、ジャイアンもまた、笑った。
何があるかなんて、全く解らない。
先も解らない。
失ったものも、取り戻そうとして取りこぼしてばかりのものも、たくさんある。
でも。
それでも。
何かがあると信じて歩いていく道すがら。得られるものもある。
そう――眼前に広がる光景を見ながら、思った。