ドラえもん のび太の境界防衛記   作:丸米

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ボーダーラインの方の大規模侵攻が思いつかんのでこっちを更新。


氷見亜季①

「.....」

「.....」

 誰か。

 誰か助けてください。

 本当に。

 助けて。

 

 状況をお伝えしたいと思う。

 二宮隊、隊室。

 ここに二人の隊員がいます。

 二宮隊攻撃手、辻新之助。

 そして。

 オペレーター、氷見亜季。

 

 今。

 氷見オペレーター(17)は仮眠用のベッドの上に顔を埋め、窒息した魚よろしく時々電流を流したかのようにぶるぶる震えだす以外の機能を放棄し、そこに存在していた。

 さて。

 氷見亜季は非常に優秀なオペレーターである。

 冷静沈着に的確な指示を出し、機器操作も非常に手早い。

 そう。

 本来ならば、ランク戦の実況なぞ彼女にとってそれほど労苦を伴う仕事ではないはずなのだが。

 

 しかし。彼女とて人間。苦手な事象やどうしても精神が安定しない状況・環境というものが何処かしらに存在している訳で。

 そんな状況が、ふとした偶然で転がり落ちて来たわけである。

 

 烏丸京介。

 彼が──レポートに追われる太刀川の代打で解説に出るという偶然がそこに生じてしまったが故に。

 

 彼女は元々人前で緊張しやすい体質のあがり症を持つ人物であった。

 ある日。元隊員の鳩原のアドバイスを基にそのあがり症を克服したわけであるが。

 そのアドバイスと言うのが「烏丸君相手に比べたら、他の人なんて何も緊張しないでしょ」というものであったものだから。

 ではそこで比較に出された烏丸が隣に座るハプニングが発生。

 それからというもの。

 本当に酷い有様だった。

 本当に。

 重ねて本当に。

 酷い有様だった。

 喋れない。喋っても舌がもつれる。もつれた状況をどうにかしようと更に焦る。あわあわ慌てて話題の提示が出来ない。

 最終的に。

 同じ席に座る木虎が烏丸に話題を振り、そしてそれに烏丸が答え、木虎がその答えに捕捉を加える──という一連の流れが出来上がり。何も仕事が出来ていない有様を観衆のもとに晒してしまったという訳である。

「....」

 言葉は少なくとも。

 氷見が考えていることは、辻にもわかる。

 これからどうなるのか。

 あの試合を見た人間から噂が広まるのだろう。

 あの醜態を面白おかしく話題の種にされ続けるのだろう。

 未来を悲観し、過去を振り返るたび羞恥に悶え、彼女は一切の思考を放棄するようにベッドに顔を埋めているのだ。

 

 辻新之助。

 女性恐怖症の彼にとって──氷見はようやく慣れた女性であるが。

 ここで適当に氷身をフォローできる言葉を言えるような経験は生憎積み重ねていない。

 ──お願いします。早く、早く来てくれ! 

 辻は願う。

 誰を待っているのか。

 犬飼だ。

 ここで、ここで氷見さんに声をかけられる人物は犬飼しかいない。頼む。早く来てくれ。早く、頼む──! 

 

 ドアが開く音がした。

 犬飼が来たか──そう思い、思わず振り返る辻新之助。

 そこには。

「.....」

「.....」

 二分の一のクジは外れた。

 現れたのは、二宮でした。

 

「氷見」

 変わらぬ口調で、二宮は声をかける。

 氷見は、ビクリ、と特段の電流が流されたかの如く、身体を跳ね上げる。

 

「──温い実況しやがって」

 

 ピシャリ。

 冷酷な言葉を一つ彼は言い放ち、そのまま部屋の奥に居座りジンジャーエールを飲み始めました。

 

「....」

「あの、氷見さん.....ほら、ランク戦記録は音声は残らないから」

 辻。

 あまりの哀れさに、思わずそう声をかける。

 そう。

 ランク戦の記録は映像のみが記録されており、音声は残らない。

 そのはずだ。

 

 その時だ。

 

 ──なんやて? 今日の氷見ちゃんの実況死ぬほど可愛かったって!? こんなん俺に音声記録聞けって言うてるようなもんやん! 海老名ちゃんはよ捕まえてはよ聞かなあかんやん! 

 ──さっき海老名ちゃんに聞いてみたんすけど、もう試合終了直後から大人気みたいで。海老名ちゃんもちょっとダビングするので待ってほしいって。

 ──なに!? そんな人気なんや! なら孫音声の孫音声でも構わへん! お前のイケメン力活かしたコミュ力で何とか手に入れてくれや隠岐! 

 

 そんな声が。

 廊下から聞こえてきて、そして遠ざかっていった。

 

「....」

「....」

 

 かける言葉も見つからない。

 そんな一幕。

 

「.....辻君」

「.....はい」

「死にたくなったから、防衛任務までちょっと一人になるね」

「はい。あの、死なないで下さいね」

 眼前の壁は高い。

 頑張れ氷見亜季。

 

 

 ところ変わって、玉狛支部

「成程ね.....」

 遊真はうんうんと頷く。

 眼前には、野比のび太。

 彼の提案に、いいんじゃない、と言った。

 

「オサムがスパイダーを張る役をするから、のびたはその分──スパイダーを外して別の装備をしたいって事だね」

「うん」

「ちなみにそう考えたのはどうして?」

「多分。これからスパイダーを使った戦術は研究されていくと思う。それと。今のチーム編成だと僕が落ちる訳にはいかない」

 

 だな、と遊真は言う。

 

「僕と遊真君。両方で点を取らなくちゃいけないと思う。次のラウンドから来る雨取さん、って人も、連携もまだ出来ていないと思うから」

「だな」

「だから。僕はもう一つ武器を追加しようと思う」

「武器か.....何にするかはもう決めているのか?」

「この中から選ぼうと思っているんだ」

 

 のび太が選んだ武器は、この通り。

 

 突撃銃

 拳銃

 

「拳銃もう一丁持つのか?」

「今持ってるやつが、射程と威力に振ってるから。今度は威力が大きくて速さもある奴にしようかな、って」

「おおー」

 

 今まで。

 のび太の早撃ちは弾速の遅さゆえにシールドで防がれる事が非常に多かった。

 遠近で共に弾速の遅い拳銃を使っていたが故に。

 

「今回、熊谷さんと那須さんに囲まれた時に、反撃が出来なかった。──弾丸の遅さがもうバレているから、対策がされているんだ」

 

 二人で組み、那須がシールドを張りながら熊谷が斬りかかる。

 この連携が来た時に。

 バイパーもアステロイドも両方ともシールドで防がれ、ジリ貧の戦いを強いられることとなった。

 

「どれだけ銃を構えるまでの速さがあっても、弾丸そのものの速さが遅ければシールドの展開が間に合っちゃう」

「成程ね」

「だから。遊真君とのコンビネーションを考えた時、どっちかを追求した方がいいと思うんだ」

 

 どっちか、というのは。

 中距離での弾幕支援。

 もしくは共に近距離で連携が出来るようになった方がいいのか。

 

「中距離か、近距離か.....ね」

「うん」

 

 ふむん、と遊真は呟き、

 

「じゃあ──折角だし、練習してみればいい」

「練習?」

「習うより慣れろ──だっけ。今日は突撃銃使っているとりまる先輩もレイジさんもいないし、本部に行ってみようか」

 

 

「お、早撃ちメガネ君に、空閑じゃねーか。どーした?」

「あ。ランク戦ぶりだね。野比君に、空閑君」

「お。この前は随分とやってくれたじゃねーか」

 

 という訳で。

 本部個人戦ブースに向かうと、そこには米屋、照屋、柿崎の三人がそこにいた。

 

「お。かきざき先輩にてるや先輩。この前のランク戦ぶりですな」

「おーおー。見てたぜ空閑。お前この二人両方ともぶっ倒してんじゃん」

「そういやそうだったなこいつ。この、この」

「いえいえ。乱戦で丁度いい感じだったので」

 空閑は、米屋と柿崎にもみくちゃにされながら、楽しげに笑っていた。

 そして、その後ろで照屋がニコニコと笑い、それを見届けている形だ。

 

「三人ともどうしたの?」

 のび太が尋ねる。

 

「えっと。隊長と私が新しいトリガーを導入したから。その連携の練習を米屋先輩に付き合ってもらってたの」

 のび太の問いに、照屋はそう答えた。

 

「ほうほう。新トリガー」

「お。言っちゃうの。照屋」

「ふふ。確かにここじゃ言わない方がいいですね」

「だねぇ。──で、お二人はここに何しに来たのかね?」

「ん? ああ、のびたの新トリガーの練習に来たんだ」

 ほぅ、と米屋は言う。

 

「なになに? 何を追加するの?」

「拳銃もう一丁追加するか、突撃銃使おうかな、って」

「へぇ。突撃銃か。──じゃあちょっと待ってな」

 

 米屋がそう言うと、別のブースへと走っていく。

 暫し時間が経つと、戻ってきた。

「どうしたのよねやん」

「いやー。今こそ先輩の力添えが必要かと思いまして」

「ほうほう。──あ、侵攻以来だね。こんにちわ野比君」

 

 そこには。

「あ、久しぶりです。犬飼先輩」

 

 丁度ブースをうろついていた、犬飼澄晴がそこに現れた。

 

「ランク戦見てたよ~。相変わらず大活躍じゃないか~。このこの~」

「わぁ。見てくれてたんですね」

「そりゃあねぇ。君たちのチームここ最近で本部でもかなり話題になっていたからね。まさか君が玉狛に行くとはね~」

 

 ニコニコと笑みながら、ばしばしと犬飼がのび太の肩を叩く。

 

「という訳で。突撃銃もちの先輩三人がここに集まりました。ぱちぱち~」

「おお。野比君も突撃銃使うの?」

「拳銃もう一つ追加するかどうか悩んでいて.....」

「ふぅん。じゃあ一先ず、一回使ってみようか。さ、ブース入ってみようか。──よねやんはどうする?」

 犬飼がそう米屋に聞くと。

 米屋は笑いながら、空閑を見やる。

「空閑」

「お。いっちょやっちゃう?」

 空閑もその視線に、自らの拳を合わせることで応える。

「はいはい。君たちは元気にバトルするのね。──二人とも付き合ってもらって大丈夫?」

「俺は大丈夫だぞ」

「私も同じく」

「よしよし。それじゃあ行こうか」

 

 

「じゃあ取り敢えず。突撃銃にもタイプがあるから幾つか紹介しとくね」

 犬飼はそう切り出すと、説明を加える。

 

「まず。ザキ先輩と照屋ちゃんが使っているこの突撃銃ね。多分、一番使われているタイプ」

「そこそこ重く、連射性も威力もある程度担保されているのが、これだ。いわばバランスタイプ」

 で、と犬飼は続ける。

「俺が使っているこれ.....短機関銃っぽい見た目してるでしょ? これは軽いし取り回しがききやすいんだけど、反面威力がそこまでない。動き回って味方のサポートするのに便利なタイプだね。で、ここにはいないけど、ゾエ辺りが使ってる重機関銃もある。こっちは威力も連射性も凄まじいけど、その分取り回しがあんまり効かないしトリオンがどんどん削られていく。大きく分ければ、突撃銃のタイプはこの三つと言う事になるね」

 

 成程、とのび太は呟く。

 重、中、軽、という感じなのだな──とのび太は一人頷く。

 

「さて。まあ色々説明するより実際に使ってみる方がいいだろうね。──という訳で、一回やってみようか」

 

 

「いや。降参。野比君マジでヤバいね。銃だったら何でも使えるんじゃないの?」

 

 ひえーと犬飼がそう呟くと、

「いやいや。訓練して一時間足らずで移動標的全部にぶち当てやがった」

「凄い....」

 照屋、柿崎もまたそう感嘆の溜息をもらす。

 

 訓練して一時間余り。

 この短期間で──移動する標的全てに正確に弾丸を当てるという離れ業をのび太は行っていた。

 

「──決めた」

「お」

「僕、犬飼さんと同じこの軽い奴にする」

 

 ほうほう、と犬飼は呟く。

 

「野比君の強みは照準合わせるまでの異常な速さだもんね。そこを生かすには、やっぱり取り回しが軽いものの方がいい。うん。俺としてもそっちの方がおススメかな」

「そうだな。そっちの方が機動力もある程度ある野比にはあってる」

「ありがとう、犬飼先輩、柿崎先輩、照屋先輩」

「いいよいいよ。──よし」

 

 犬飼はうんうんと頷くと、

 

「じゃあ俺は用事あるから、ここで失礼しちゃうけど。──ザキ先輩、照屋ちゃんとの連携の訓練してたんだよね?」

「ん? ああ、そうだな」

「どうせだったら、今丁度いい感じに恩を売れた子がいる訳だし。練習してみたら? それじゃあね~」

 

 そう言い残し、ブースから退出していった。

 

「.....えっと」

 

 のび太はその言葉に首を傾げるが、

 

「どうします? 隊長」

「.....同じB級だが」

 

 一つ悩み、だがぶんぶんと柿崎は首を横に振る。

 

「いや。今の俺達にとってはライバルに情報が行き渡るかどうかより、一つでも連携の練度を高めることの方が重要だ」

「.....ですね」

 その言葉を待っていましたとばかりに、うんうんと照屋は頷く。

 

「野比。──これから少し手伝ってもらってもいいか?」

 そう柿崎は問いかけ──そして、笑った。


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