そして、またもや修正です。三話でのび太が嵐山を回顧する件で「嵐山は入隊試験の時に会っているはずだろう」というご指摘をいただきまして、その分を修正する形となりました。本当にすみません。こんな阿呆な作者ですが、何卒お許しを-----。
「のび太君。これから俺達は“未来の分岐点”に直面することになる」
「未来の、分岐点-----」
「そう。よりいい未来にするために、やらなければいけない事がある」
迅は、のび太の目をしっかりと見ながら、言葉を続ける。
「今月の初めごろにさ、やけにイレギュラー門が発生していた時期があったじゃない?昨日も久しぶりにあったみたいだけど」
「うん-----」
丁度、B級に上がりたての頃位だったか。
かなりの頻度で市街地へ門が発生して、ボーダーがてんやわんやしていた時があったはずだ。
「あれで、中学校にまでトリオン兵が来ていた時があってね。あわや死傷者が出るか、って所まで来ていたんだけど――」
迅はそこで、一つ言葉を区切り、続ける。
「その時、勇気あるC級隊員がトリガーを使ってトリオン兵を撃退したんだ」
「------あの、それって」
ボーダーの規則。
ろくに内容も分からなかったから読んではいないけど、教官の人が口酸っぱく言っていたルール。
「そう。C級隊員はボーダーの外でトリガーの使用を禁ずる。そのルールに抵触した子がいる。自分の学校の生徒を守るために、その子はルールを破ったんだ」
「-----」
のび太は――心から、凄いと思った。
B級に上がったからこそわかる。
C級に渡されるトリガーなんて、威力も耐久性も段違いに低い。ベイルアウトもついていない。オプションも一つとして存在しない。もう一度C級のトリガーを渡されて、トリオン兵と対峙しろと言われたら、のび太は勝てる自信なんて全くなかった。
「その人は------どうなったんですか」
「上の人たちは真っ先に除隊にしようと言ってたんだけどね。どうにかこうにか説得して除隊はしなくて済んだ。その後も色々あってね。――そもそも、その子はC級のトリガーでトリオン兵をたおせるだけの技量はなかった。手伝った人がいたんだ」
「手伝った人-----って?」
「近界民」
「え?」
「うん。その子は――近界民の友達がいて、その友達にトリオン兵を倒してもらったってわけ」
※
「――結論から言うとね。俺等はこの近界民の子をこちらに引き入れようと思っている」
え、とのび太は思わず言う。
近界民を、近界民から防衛するための組織であるボーダーが、引き入れるのか。
「その子は今ボーダーに入隊する予定にはなっている。でも、あくまで予定だ。この先の未来の展開次第では――その近界民の子は、この世界から去ることになる」
そうなの、とのび太は鬼怒田に尋ねる。
むっつりと、鬼怒田は頷いた。
「――正直、不安で仕方がないがな。だがこちらも一度は入隊を了承したからな。文句は言わんよ。しかも、――こんなものを、ドラえもんから見せられていたからな」
鬼怒田は、スーツのポッケから一つ何かを取り出した。
それは、一枚の写真だった。
そこには――。
「鬼怒田さん?」
鬼怒田さんと、メガネの少年。そして、小柄な白髪の少年がそこに写っていた。
「この白髪の子供が、近界民の子だ。空閑遊真。――ボーダーを設立した際のメンバーの一人で、後に近界にわたった空閑有吾。その一人息子だ」
「この写真は-----」
「無論。こんな写真、撮った覚えなどない。二二世紀に残っていたものだったのだろう。――その、裏を見てみろ」
そう言うと、鬼怒田は写真をひっくり返す。
そこには、整った字体でこう書かれていた。
――無力な自分を、決して忘れない。
「このメガネの子供はな。――この先に再度訪れる近界民による大規模侵攻で、女友達を失う事となる」
「------」
「空閑遊真はそのメガネと女の子を慮って、再度近界へ向かいその女の子を取り戻さんと、ボーダーに入隊することなく近界へと向かった。その後、消息不明となったらしい。恐らく、道半ばで死んだのだろう」
「そんな------」
――ここが、一つの分岐点なんだ、とドラえもんは呟く。
「いいかい、のび太。――まず第一に、この結末を変えることから始めるんだ」
「結末を、変える------」
「そう。――このメガネの少年の女友達を救う。それによって空閑遊真を近界に戻ることを阻止する。これが第一の未来の分岐点だ」
ここまで色々大変だったんだよ、と迅は言う。
「この子、強力な黒トリガーまで持っていたからね。本部でも処遇をどうするかで真っ二つに割れちゃって。ちょっとした小競り合いまで起きてたんだ。まあ、そんな事は今はいいか。それよりも――」
迅は、のび太の目をはっきりと見据え、言った。
「――これから、未来の分岐点に向かっていく。頼んだよ、のび太君」
※
「-------」
開発室から、また例の装置を使ってボーダー本部から河原の土手へ移動したドラえもんとのび太は、何となしにその場で話し始めた。
「何を考えているんだい?」
「いや。――何だか難しい話だったなぁ、と」
「それはまあ仕方ない。普通の頭でも十分に難しい話だったからね。のび太が解らなくても仕方ない」
「------ドラえもんは、未来の道具を持ってきたんだよね。それって、近界民に効かないの」
ドラえもんは、頷く。
「効かない。未来道具には、色々なものがある。あのどこでもドアをはじめとして、時間を止める道具や、人を思う通りに操れる道具なんかも。――けど、どの道具も他の物質兵器と同じだ。トリオン体に干渉できない」
「------そうなんだ」
「うん。それに――未来において僕らの世界が壊された理由の一つに、開発した技術の一部が近界に流れていて、それを利用したトリオン兵器が開発されたからでもあるんだ」
「------その時、門は閉じられていたんだよね?」
「うん。――でもそう思っていたのは僕等だけだったのかもしれない。だから僕がこの時代に持ってきたのも、ほんの一部だ。便利なものであればあるほど、あちら側に流れた時のリスクが大きくなるからね」
「-----」
成程なぁ、とのび太は呟く。
便利なものであればあるほど、近界民に流出した際のリスクが跳ね上がる。その技術力を以てこちら側に攻め込まれたら、それこそもう詰みだろう。
「のび太」
「うん?」
「君は、怠け者だ」
「うるさい」
「馬鹿で、のろまで、ダメな奴だ」
「なんだよ」
「------だからこそ。君がこの一時だけでいい。本気で何かを変えようと頑張ってくれたら、それだけで未来は本当に変わっていくんだ」
「------」
「やればできるだろう。まあ何かをやるにしろ並大抵のニンジンをぶら下げただけじゃ君は動かないけど。――でも」
ドラえもんは、そこで言葉を区切る。
何かが、つっかかったかのように。喉奥に引っかかった小骨を吐き出すように、ドラえもんは言葉を続ける。
「君は自分のためだったら怠けて楽ばかりするけど――誰かの為だったら本気になれる人間だから」
「------」
「あの、規則違反した隊員の話が出た時、君は真剣な目をしていただろう?何故だい?」
「-----だって」
だって。
理不尽だ、と思ってしまったから。
「規則は------人を守るためにあるんだと、僕は思うんだ」
「うん」
「人のものはとっちゃいけない。人を叩いちゃいけない。これは、悪い人がそうしないように作られたルールだ。何で、人を守るためにやっちゃったことで悪い人扱いされなくちゃいけないのか、僕にはわからないんだ」
「------のび太」
ドラえもんは――いつになく、真面目な声音でのび太に話しかける。
「のび太は多分これから――その理由を理解することはあると思う」
「うん」
「でもね。納得する必要はないんだ」
「-----納得?」
どういうことだろう?
理解はする。
でも納得はしなくていい。
その二つの間にある違いが、のび太にはまだわからない。
「要するに――君のその考えは、何も間違ってはいないってことさ。君のその考えは、立派な正義だ」
「正義-----」
「そう。正義。――けど件の隊員を規則違反としているこのルールも、また正義」
「------どういうこと?」
「何が正しいかは、人それぞれ。それぞれ自分が正しいと思うことを、正しいと言い張る権利は誰にもあるんだ。君にも、僕にも、ボーダーにも」
「------」
「だから。正義と正義がぶつかり合って、時に衝突すること。それもまた、仕方がないこと。――ぶつかり合うことは、悪くない。だから――君も堂々と、君の正しいと思っていることを正しいと言ってもいいんだ。無理に自分が正しくないと思わなくていい」
「------ちょっとだけ、分かった気がする」
自分の正しさとは別の正しさがあることを理解すること。
その相手の正しさを飲み込んで納得すること。
この二つは、確かに違うんだ。
「――二日後。君に行ってもらいたいところがあるんだ、のび太」
「何処に?」
「玉狛支部」
「玉狛支部って------?」
聞いたことはある。
ボーダーには本部以外に支部があって、そこに所属している隊員もいるって。実際に行ったことは一回もないけど。
なぜそこに行くのだろう?
「そりゃあ、実際に会ってもらうためだよ。――未来の分岐点となる、人物にさ」
「それって――」
「会いに行こう。――空閑遊真に」