「-----何?あのメガネの子、うちの遊真と戦うの?」
「そうらしい」
どら焼きに係る争いは、結局のところ小南の一人負けの結果として終了した――その後。
玉狛支部のブースに二人の少年がそれぞれ入っていったのを、ドラえもんと小南は目撃していた。
野比のび太。
空閑遊真。
その二人が。
「それじゃあ、ルールを決めるね。勝負は五本勝負。三本先取した方が勝ち。1対1だと索敵するだけでも時間がかかるから、お互いバッグワームの使用は禁止。ブースの設定は、住宅街にしておくね~。これでいい、二人とも?」
「うん。それでいいよしおりちゃん。――のびたも、それでいい?」
「うん」
玉狛支部所属オペレーター、宇佐美栞の声に二人は頷く。
その返事にうんうんと頷きながら、宇佐美はさらに説明を重ねていく。
「それじゃあ、基本的にランク戦に近い設定で行うね。二人はブースに入った瞬間に、ランダムに何処かに転送される。転送先は、お互い最低でも五十メートルは離れるように設定しておくから」
「OK」
「それじゃあ――第一ラウンド、スタート~」
宇佐美の適度に力が抜けた声と共に、両者はブースに転送されていった。
「ちょっとちょっと。何があったの?」
「あ、こなみ。どら焼きの恨みは晴らせた?」
「あたし優しいからもう許したのよ。――ところで、何があったの」
「んー。なんか、二人とも凄く意気投合しちゃって、一緒にバトルをしようって流れになったらしいよー」
遊真君に友達が出来て嬉しいよー、とのほほんと装着したメガネを光らせ宇佐美がのたまう中――ドラえもんは顎先に手を置いていた。
「-----待って栞ちゃん。それはおかしい」
「おろ?」
「のび太が、まあ遊真君と仲良くなるのはまあ理解できる。アレは人付き合いは人並み以上にできるからね。でもねーー意気投合したから戦おう、なんて流れがあののび太にあるはずがない」
「どして?」
「あの怠け者ののび太がわざわざ、新しくできた友達とバトルをしようとするわけがない」
ドラえもんは、断言した。
つまり、あののび太は――世界の定理が覆されるほどにありえない姿なのだと。
「ふーん。-----ところであのメガネ、強いの?」
小南はブースを見物しながら、ドラえもんに尋ねる。
「銃手としての才能だけはずば抜けている。それは間違いない。あと悪知恵はよく働く」
「ふーん。-----ま、でも」
ふふん、と小南は笑い、
「------うちの遊真は、絶対にもっと強いけどね」
※
転送先は、ブース南東方向の住宅の中であった。
「遊真君は-----」
レーダーを見る。
遊真はどうやら丁度真逆の位置に転送されたようだ。
相手もこちらを認識したのだろう。真っすぐにのび太の転送位置へと向かって行っている。
「-------」
ここの一本は、確実に取らなければならない。
のび太はそう思考していた。
だから――のび太は、そのまま待つ。
――恐らく、遊真君はこのまま来る。
五本勝負の一本目。のび太ははまだB級に上がりたてのペーペーだ。――格上の遊真が、この時点で消極的になるのは考えられない。
だから、一本目は勝たなければならない。
何故ならこの一本目は、のび太にとって有利な条件が完全に揃っているから。
相手はこちらの手の内を知らない。
そして、相手を”迎え入れる”形で対応ができる。
この条件が揃ってさえいれば――。
のび太は、呟く。
「スパイダー」
※
「――捕捉したよ、のびた」
遊真は、と笑うと。――レーダーの反応を見る。
動きは、ない。
「罠でも張っているのかな?」
まだ遊真は、のび太のトリガー構成は知らない。
だからこそ、住宅に引き籠るのび太の意図を図りかねている。
室内での戦いに向いているトリガーであるのか、それともメテオラ辺りを仕込み罠を張っているか。
「------」
恐らく、後者だろうなと遊真は判断する。
先程話した感じだと、のび太は何処か臆病な面を持っている。その面がいい方向に働けば、人は慎重かつ周到になる。だからこそ、罠を張っているのだろうと遊真は考えていた。
「-----」
住宅の塀越しに、遊真は立ち尽くす。
中の動きは、感じられない。
あくまで、住宅の中に引き込んで戦うつもりなのだろう。
「情報が足りないな------」
遊真はスコーピオンをメインに使用する攻撃手だ。
スコーピオンは形状の変化や自由に身体から出し入れできる応用性を持つ代わり、同じ攻撃手用のトリガーである弧月に比べリーチと耐久性に劣る。
懐に入っての近接戦であるならば非常に優位に立てるトリガーである。本来であるならば、狭い空間での戦いであるならば無類の強さを誇るトリガーだ。
――だからこそ。
銃手であるのび太が、わざわざ自身の優位点であるリーチの長さを捨ててまで張っている罠が気にかかる。
「ま、五本勝負だし。――ここは、一本上げてでも情報を引き出すべきだろうね」
遊真は、そう言うと塀を超える。
――さあ、勝負だ。
※
遊真が塀を超え一軒家の中に入ると――そこには、幾つもの幾何学模様を象った糸があった。
その糸は色を変え、構図を変え――狭い空間の中、様々な形となってそこに存在していた。
星の形、タワーの形、はたまた見たこともない四足歩行の動物の形。一目見て何かを象っているのだろうな、とわかる形で、黒色の糸が張り巡らされている
「――これも、ボーダーのトリガーなのかな?」
リビングフロアに張り巡らされたその糸は、壁と天井の間をびっしりと埋め込まれている。壁の先には二階へ通じる階段と、隣部屋に繋がる通路が存在する。
銃声が、聞こえた。
「――!」
その銃声は、糸を通り抜けた通路の曲がり角から聞こえてきた。
音が鳴ると瞬間――トリオン弾が”曲がりながら”向かってくる。
それは――糸の間を丁寧に通り抜け、遊真がいる空間へと向かって行く。
遊真はバックステップと共にその弾丸を避け、そのまま家から出ようとして――辞めた。
この場において退くためには、背後の塀を飛び越えねばならない。レーダーで確認できるのび太は、リビングの通路側の壁にくっ付いて弾丸を放っている。恐らく――家から出ようとすればのび太は真正面から弾丸で遊真を削りに行くだろう。
だから、遊真は――敢えて真正面に向かう。
サブのシールドを発動し、糸を縫うように向かってくるバイパーを防ぎながら、糸を切りながら前進する。
バイパーの軌道は読める。この状況下において、バイパーはどうしても糸の間を通すような軌道となる。糸がある場所は弾が通らないので、自然と軌道は限定される。
されど。
「――お」
されど。
前進すればするほど、想定する弾の軌道と実際の軌道にズレが生じていく。
糸を通る弾丸を見てシールドを張れど、微妙に軌道が異なっていく。シールドの中心に当たっていた弾丸が、次第に外側へと的が広がっていく。
――成程。
遊真はその正体を看破した。
――錯覚か。
糸で象られた様々な形。その形は、一見同一の平面に存在するように見える。だが、実際には奥行きを利用して作られている。
遊真の視界から近い糸。遠い糸。普通ならばその三次元的な距離感は難なく把握できるものだが――見事に二次元的な「形」として作られているがゆえに、距離感が隠され、その分だけ視界に錯覚が引き起こされる。
一本一本の糸ではなく、それによって象られた「形」にどうしても意識が行く。意識する分だけ、糸との距離感が掴めなくなる。
だから――糸を通し向かってくるバイパーにさえも、距離を測り損ねる。
そして、遊真は気付く。
――足元に、見えにくい糸もあるのか。
足先に存在していた違和感。それは――空間に溶け込むように存在する、透明に近い“糸”。
遊真はスコーピオンを爪先から出現させ、それを切る。
――あ、まずいな。
完全に、足が止まってしまった。
襲い掛かるバイパーが、足を止めてしまった遊真に広範囲から襲い掛かる。
それらに対処しようとシールドの範囲を広げた瞬間――のび太は、初めて遊真の眼前に現れた。
避けよう、と遊真が意識をする――その寸前。
糸の間を通すような弾丸が、二発。
一発は、広がった分だけ強度が落ちたシールドを貫き遊真の腹を貫き――二発目が、トリオン供給体に寸分違わず貫く。
「――戦闘体、活動限界。緊急脱出」
ベイルアウト、の宣告と共に――遊真は、ブースから消えた。
1ラウンド目は、のび太の勝利であった。
※
「なるほど」
遊真は一つ頷いた。
「強いな」
そもそもの射撃技術の高さもさることながら――あの糸による錯視とバイパーとのコンビネーションが凄まじい。遊真と接敵するまでの短時間にあれだけの糸による「形」を作れる事自体も、とんでもない才能であろう。
「さあて、戦い方はわかった。――次はこうはいかないぞ、のびた」
遊真は、実に楽しそうに――再度ブースに入っていった。
ラウンド2が、始まる。
実はヨルムンガンドとドラえもん、どちらをクロスオーバーするかで悩んでいました。いずれワートリ世界のヨナ君も書けたらいいなぁ