兎と猫   作:ウダイオス

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1話目

 冒険者になって、早2週間が経った。

 

 今思い返せばこのオラリオに来てからここまであっという間だったなと、ベル・クラネルは早朝の空気に目を閉じながら思い返した。

 

 最初は散々だった。色んなファミリアに門前払いされ、酷い事もたくさん言われた。宿で一人泣いてしまったのは、我ながら情けない事だと今でも思う。

 

 だけど、一人の親切な神物がそんなベルを拾ってくれた。手を差し出して、家族になろうと言ってくれた。

 

 正直『女の子と出会いたい』なんて不純で不潔すぎる願いを携えてオラリオにやってきたベルには、勿体なさすぎる程の出会いだった。しかし、それでもベルはその手を取った。

 

 ベルは一張羅に袖を通し、カバンの中身をチェックし、そしてナイフを腰に差して具合を確かめ、ブーツをしっかりと履く。ここ一週間であっという間に形になった、冒険の準備。

 

 そしてふと視線を上げる。ベッドの上で眠っている見目麗しい少女―――否、その実態は少女ではない。ベルと言った只人や亜人は当然の事、精霊でさえもその領域に手を伸ばす事は敵わない、文字通り次元の違う『超越存在』。少女のような見た目をしているが、その実そこら辺の木や岩よりもうんと長生きな本物の神。

 

「んにゃ…ベルくぅん…」

 

 ヘスティア…すなわち神様は、それはもうぐっすりと眠っていた。

 

 ベッドに豊かな双丘が押し潰れる様を、ベルはかろうじて目をそらして回避した。

 

「…昨日もバイトだったし…疲れてるんだろうな」

 

 ベルは自分のふがいなさにちょっとだけ落ち込んだ。仕方がないとはいえ、ベル…駆け出し冒険者一人だけの稼ぎで二人分の生活費を稼ぐにはまだ実力が足りない。

 

 故に今、ヘスティアは神ではあるもののバイトを続けざるを得ない状況が続いている訳で。

 

「―――行ってきます。神様」

 

 小さくそう呟いて、ベルはそっと扉を開けて階段を上り、そして隠し扉を抜けて教会の外に出る。

 

「よし、今日も頑張るぞ!」

 

 ――――もしかしたら、女の子にも出会えるかもしれないし!

 

「…て、ん?」

 

 走り出そうとしたその時、ベルはふと足を止める。

 

 そんなベルの視線の先には―――人が一人倒れていた。

 

 黒髪にベルと同い年くらいの童顔。身長はベルよりもかすかに高いか。見慣れない黒を基調とした―――いうなれば、ベルのアドバイザーのエイナが仕事時に着ているような、制服にどこか似た雰囲気を持つ服。そして、その瞼は見るからに力なく塞がれ、顔を地面にくっつけて仰向けの状態で眠っているようだった。

 

「…」

「…って、えええええええ!?」

 

 その日、ベルは冒険を辞めざるを得なかったのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「という訳で、君はボクたちの家の近くに倒れていたそうなんだけど…」

「何がという訳なのかさっぱりなんですけど」

「それはこっちのセリフなんだけどなぁ」

 

 ヘスティアは困ったように眉をハの字に曲げて、ベッドの上で目を覚ました、目の前の少年の姿に視線を巡らせる。

 

 黒髪青目。まるで猫のような釣り目に、華奢な身体。色も雰囲気もベルとは正反対ではあったが、中性的、どこか特定の動物を彷彿とさせる雰囲気などなど、共通点はあるようだった。

 

 ベルが拾ってきた捨て猫ならぬ捨て少年の登場に、バイトを休むことになってしまったヘスティアはどうしたものかと首を傾げた。

 

 ひとまず、ヘスティアはもう一度念押しするように尋ねた。

 

「本当に何も覚えてないんだね?」

 

 少年の話は一貫して一つの事実が付きまとった。それは彼が『記憶喪失』であるという事だった。少年は昨日までの事を何一つ覚えておらず、どうしてあの場所に倒れていたのかさえも覚えていないと話すのだ。

 

「名前くらいは思い出せないかい?」

「名前ねえ…あ」

「おっ、思い出せそうなのかい?頑張れ、頑張って思い出すんだ!具体的には自分の名前とかどこに住んでいたのかとか!」

「…名前はトオヤ。それ以外は何も思い出せないです」

「うーん、そっか…」

 

 言葉を待ったヘスティアは、がっくしと肩を落とした。

 

 ヘスティアはベルが折角拾ってきたこの少年を、どうにかして助けてあげたいと考えていた。一番は故郷に帰してあげるか、保護者の下に帰してあげるかなのだが…しかしそれはどうにも難しい。服装から推測しようにもヘスティアをもってしても見たことのない服とデザイン。名前の漢字からして極東の出身かと思われるが、いかんせん記憶が戻らない事には詳しい地名も分からない。

 

 少し思考に時間を割いたヘスティアは、一つ頷くと口を開いた。

 

「…良し、分かった。それじゃあトオヤ君、君、ボクのファミリアに入るつもりはないかい?」

「ファミリア、ですか?」

「そう。家族になろうってことさ。記憶が戻るまでの間、ボクらと一緒にいるといいよ。…どう、かな?」

「それは…まあ、正直とても助かりますけど。良いんですか?ご迷惑じゃ」

「迷惑だなんてとんでもない!なんたって、ベル君が連れてきた子だし、今少し話をしただけでも悪い子じゃないっていうのは十分分かったし…それに、ぶっちゃけちゃうとボクのファミリアは零細ファミリアなんだ。今は新しいメンバーは大歓迎なのさ」

 

「…そ、それじゃあ、よろしくお願いします」

 

 少し逡巡したようだったが、少年は…トオヤは小さく頭を下げた。

 

 んふっ、と口がにやけそうになるのを、ヘスティアは我慢した。眷属第2号。それもベルと同年代の同性。これは、ファミリアを経営する主神としても、または恋に生きる一人の女としても、最適解と言えるほどの展開。

 

「神様―!朝ごはん買ってきましたー!」

「おかえりベル君!あ、早速ベル君に君の事を紹介しなきゃだね!さあ、立てるかい?」

「は、はい」

 

 その日、ヘスティアファミリアに一人、家族が増えた。

 

 

 

 

■■・トオヤ

Lv.1

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

《魔法》

【属性方陣】

・短詠唱魔法

・詠唱式【火よ】【水よ】【風よ】【土よ】

・追加詠唱式【集い放出せよ】【閃き飛翔せよ】【弾丸と化し打ち砕け】

《スキル》

【薬の手】

・あらゆる傷を癒し、病魔を退ける

・触れる事で他者にも効果を発揮する

 

 

「魔法もスキルも両方あるなんて…ず、ズルい…」

「落ち込むなよ、ベル君…」

「何か、ごめんな」

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