全然できない実技とあんまり分からない筆記授業が終わり、昼休みになる。
その直前で周知のメールが届くがチャリジャック事件のことだった。朝のアレだな。適当に読み流す。
「それにしても何でお前はそんなに布教が好きなんだ?」
「布教じゃないよ。信仰勧誘」
購買で買ったパンを口に含みつつ、隣の席からの言葉に答えを返した。
布教は宗教を広めること。教えをバラまくことだ。俺のしていることはそれとは違う。何も教えないし教えられない。
「『私を信じて』とか『私って実は神なんだ』とか、初見で言われてもギャグにしか思えねーけどな」
学校中の殆どの生徒のところへ回って声を掛けたり、手書きのポスターを作ったり。
一年の一、二学期の頃は色々やってきたが、やはりそんな簡単には信仰者は集まってくれない。
三学期は忙しくて何もできなかった。どちらにせよ、信仰勧誘をその時にやっていたとしても今の状況は変わっていなかっただろう。
ままならない。
溜め息を吐き、パンを食べ切った。もうお腹一杯だ。パン一個しか食べてないけれど。
「武藤ー……」
「ん?」
「どーすれば信仰集まるかなー……」
机に上半身を寄り掛かせつつ問い掛ける。
二年になったと言ってもメンバーは去年と同じだ。去年はかなり目立つことをしていたし、あれで信仰が集まらないならどうすればいいのか分からない。
注目を集めるだけでは駄目だということがよく分かった。
なら、何をすればいいんだろう。
「神様パワー的なものを見せびらかせればいいんじゃないか? そうすれば数人くらいは釣れると思うが」
「信仰パワーが足りなくてできねー」
人に見せびらかせるくらい強大な力なんて今の俺は持っていない。何せ信仰が殆ど無いのだから。
信仰を得るためには力が必要。力を得るためには信仰が必要。
なんて酷い悪循環だ。ふざけんな。どうすればいいんだよ。
人を騙せばいいのだろうか。信仰が集まれば嘘も本当になってくれる。だが、バレた時のリスクが大き過ぎる。
それに、人を騙すと言っても何をどうすればいいんだ。偽物の力を見せつけたとしても武偵ならそれにすぐ気付いてしまうはず。
本当にままならない。
「……はあ」
今年は去年みたいに馬鹿正直に勧誘するのではなく、頭脳を使おうかと考えていた。
だが全然駄目だ。前世のことは色褪せずハッキリと覚えているのに、何故かこちらの世界に来てから思考能力やその他諸々が落ちている。
お子様ボディのせいなのか、それとも神力が足りていないのか。考えが及ばない。
「ねぇ」
「ん……あー」
聞き覚えのある声がし、顔を上げた。
アリアさんが立っている。
こちらを覗き込むように腰を下げて呼びかけてきていた。
「朝の事件の時の援護、助かったわ。ありがとう」
「別にいいよ」
適当な挨拶。おそらくこれ以外に本題があるのだろう。耳を澄まし、言葉を待つ。
「キンジって知ってる? あいつのこと教えてほしいんだけど」
「知らねーっす」
「あ、俺知ってますよ」
武藤が気の良い返事を返した。元々そちらに期待していたのだろう。こいつはキンジを知っている風な雰囲気を出していたから。
俺は除外され、黙って二人の会話を聞いていた。
どんな武偵なのかということや実績。色々なこと。
キンジというあの男子生徒はどうやら探偵科(インケスタ)のEランクらしい。
Eランク。Eランクだ。武偵校最低ランクの雑魚のEランクだ。俺と同じ。
しかし違和感があった。
あの時……あの体育倉庫で見た彼の実力はその程度のものではなかった。
セグウェイに搭載されたサブマシンガンの放つ弾を避け、尚且つ銃口へその数だけの弾を放ってサブマシンガンを壊す。
あんな芸当をやるならばSランクほどの力が無ければ無理だろう。悪くともAランクの実力が必要なはず。
運が良かった、だけでは片付けられない。あの時のキンジは全てに対して冷静に対処していた。
「入学時はあいつも強襲科(アサルト)のSランクで凄かったのだがな」
気になることを耳にする。
実力を隠しているということだろうか。ありえるが、けれどどうしてそんな無駄なこと……。
ランクが高ければ学期を乗り切るのに有利になる。周りに信頼されるようにもなるし、金も稼ぎやすくなる。
アリアが情報収集を終了した後に武藤へキンジの今のランクを問い掛けた。
Eランクみたいだ。
やはりおかしい。
もし目立ちたくないにしてもEランクというのは逆効果。普通程度の実力であるCランクくらいにしておけばいいはずだ。Eランクだと弱過ぎて逆に目立つのだから。
SとE。急激過ぎる暴落。
違和感があった。
今の俺の頭脳では推理とかそういうことが全然できないが、その違和感や先程の話からキンジが何かを周囲に隠しているということが分かってしまう。
まさか、俺のように神力を?
いや、それはありえない。それならわざわざ信仰が下がるような手抜きをしないはずだ。神力は力の源とでも言うべきもの。信仰度を下げたくないと思うのは当然の心理
そもそも神力を持ってるくせに強襲科、というのは無い。無さ過ぎる。普通は超能力捜査研究科だ。
なら別の要因が絡んでいることになるが……。
性格の変化も気になる。
最初に会った時はキザ野郎、という感じの認識だった。だが事件後の教室での出来事では逆に根暗みたいな雰囲気を醸し出していて。
何だかよくわからなくなってきた。
特定の条件でしか発動できない不思議な力みたいなものだとでも捉えておこう。俺の神力もそれに当てはまるし、そんな感じのもののはず。
超能力とは違う別の力の可能性が高いし、もしかしたら同郷の人かもしれない。
色々と想像ができるが接触しない限りは何も分からない。
近い内に話し掛けよう。
「……その前に五時間目の専門科目のために教室から移動しないと」
◆◇◆◇◆◇
相変わらず全然できなくて意味不明な授業が終わり、空き地に植木を植えるという依頼を受けてきた。
空き地――前世では俺の家があったはずの場所でその作業をしている。
「…………」
黙々と続けていた。今の俺はただの子供と変わらないくらいの筋力や体力しかないので大変だ。
少しだけ楽をしたい、という思考を基に、現状では殆ど役に立たない『能力』を使用する。
根が傷まないように綺麗に植え、土を整えた。他に三本くらい同じように植えたところで神力が空っぽになったことを自覚し、能力が切れる。
「……はぁ」
こんなことにしか能力を使えないことを苦く感じ、溜め息を漏らした。
洩矢諏訪子が保有する能力は、即ち『坤を創造する程度の能力』。
坤というのはつまり大地のことで、本来なら土を整えるくらい造作も無い……のだが、俺は神力が足りな過ぎるのでショボイことにしか使えない。
あと一本植えれば依頼は完了だ。
最後は素手で頑張ろうと気合を入れ、集中をした。
「……終わった」
既に夕方も終盤に差し掛かり始めた頃。失敗しそうになりながらも最後の一本を植え終わり、呟くことでそれを実感する。
背伸びをすると気持ち良さが体を駆け巡った。
脱力し、ショットガンを背負い直して歩き出す。
「……やめとこ」
自分の神社が近いので少し寄ろうかとも考えたが、もうすぐ暗くなりそうなのでさっさと武偵校近くへ帰ることにした。
最初に俺が目覚めたあの神社はどうやら俺のものらしく、あそこでお参りなんかをされると神力が増す。
神主も巫女もいないボロ神社。あそこが今の俺の実家となっている。
乾いた笑いを浮かべながら足を動かした。
武偵校で依頼完了の手続きを済ませ、女子寮へ向かう。
「ただいま……」
空には既に赤みはなかった。完全に夜と化した時間帯に部屋の扉を開ける。
「あ、おかえりなさい、諏訪子様」
中では同室の白雪が着替えを行っていた。
巫女服を畳んでいる。
彼女は俺を神だと信じてくれる唯一の人間で、星伽神社と呼ばれる神社の巫女さんだ。
本来なら俺のことを神と信じてくれるだけでも信仰は集まる。だが、彼女は別の神社に既に仕えているので大して神力を送ってもらえない。
「様はいらないよ。私の方がランクは下なんだし、至上最低ランクの神って言っても過言じゃないんだから」
「で、でも……」
言い淀む彼女が呼び方を変えてくれないことなんて本当はわかっている。何とか敬語は止めてもらったが、呼び方だけはどうしても変えるのは無理みたいだ。
流石に神を呼び捨てというのは巫女として駄目なことなのだろう。
どうしようもないこととわかっているからそれ以上は言わず、自分のベッドに腰を掛けた。
「今日は、諏訪子さ……様は何をしてきたんで……の?」
物凄い詰まっているのはきっと敬語を言いそうになっているからだ。
大きな噂になるのは困るので、敬語は無理矢理にでも止めさせてもらっている。
そちらの方が言いやすいのだとしても。
「植え木を埋めてきた」
土に関する依頼を受けることが多いのは周知の事実だ。
先に風呂に入ることに了承を受け、さっさとそれを済ませる。
ベッドに寝転がり、明日に対しての思考をする。
恐山での合宿、だったかな。
超能力捜査研究科での合宿授業だ。めんどうくさいが、行かなければならない。
「白雪、キンジって知ってる?」
「え、キンちゃん……?」
知っているらしく、自分が彼に対して呼んでいるであろう名を呟いていた。
「どんな人なのかとかわかるかな?」
訊くと、何だか急に雰囲気が一変したような印象を受ける。
穏やかな空気が不穏なものになったような。
首を傾げていると、白雪が「それって」と言い出した。
「それってどういう意味で訊いてるの……?」
「……? どういうって、何か面白そうな人だから話してみたいとか、そんな感じだよ」
答えると黒かった空気が霧散し、和やかなものへと戻る。
本当になんだったのだろう。
白雪が「え、と」と躓きつつも質問に答えてくれた。
「キンちゃんは優しい人だよ」
「……うん」
優しい、と言えば優しいとも納得できる。一応、体育倉庫では助けてもらった。
いや、巻き込まれたのを勝手に掻き回された感じだから認めたくないけど。
「それから格好良いの」
「……うん」
あんなキザな言動も他の女子達には格好良く見えるのかな。
少しは格好良いと認めながら話を聞き続ける。
「それにとっても強いんだよ」
「……うん」
確かに強かった。俺では絶対にできない芸当もやってみせた。
白雪が知っているのなら、きっとあの強さは幻や偶然ではないものだ。
期待が高まる。
それからも色々と聞き続けていた。途中で半分以上が惚気話だと気付いたが、時既に遅し。
白雪はキンジという男子生徒に惚れているのかな。
きっとそうだ。確信を持ち、「そろそろ風呂に入れば」と催促をする。
一人になったところで急に頭が痛くなり、ベッドに寝転がった。
何だか熱い。
おかしいな、と思いつつ気持ち悪さも感じている。
「う、ん……」
耐えきれず、意識は闇の中に落ちていった。
恐山に合宿のことを忘れていて二日くらい停滞してました。
結構無理矢理な展開になってしまうと思いますが、了承いただけると嬉しいです。