番外個体の獣は少女と旅す   作:星の空

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第8話 攻略と謎の部屋

奈落の底に落ち、ハジメと再会してからはや2週間。鈴達は150層まで攻略していた。

それまでに何があったのかと言うと、ある意味では苦痛の連続であった。

真っ暗闇でバジリスクが待っていたり、その次には摂氏3000度になるタールで出来た動きづらかったり、気配の掴めない鮫が襲撃してきたり、迷宮全体が薄い毒霧で覆われた階層では、毒の痰たんを吐き出す二メートルのカエルや、麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾に襲われた。

密林の階層では身体が分裂するムカデとトレントみたいな魔物に襲われた。ムカデ自体はGの如くで面倒くさかったが、トレントみたいな魔物はピンチなると頭部をわっさわっさと振り赤い果物を投げつけて来た。

1つ取って食えば、外見林檎の西瓜であった。少しこの階層に残ってトレントみたいな魔物を襲撃して林檎西瓜を大量取得したのは忘れまい。

ちなみにトレントみたいな魔物にはまた取りに来ると言って生かしたまま去った。

そんなこんなあって150層まで来たのだが、不気味なものが1つだけあったのだ。

脇道の突き当りにある空けた場所には高さ3メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

既に次層への階段を見つけており、準備満タンの一行はその扉の前にいた。

 

「これ、開けた方がいいか?」

「どうだろ?攻略するんなら開けた方がいいけど…………」

「こういうのって大体はヤバい奴が封印されてるからねぇ。」

「行き当たりばったりだが、開けるか。」

 

代表してハジメが扉を開きに行く。扉に触れて何かを調べた後、錬成を発動させた。それと同時に二対一つ目巨人の彫刻が動き出したのだ。

嵌っていた場所からのそりと出てきて雄叫びをあげる。ハジメがドンナーという銃で脳天をぶちぬこうとしたが、既に詩音と武蔵がそれぞれの首を撥ねていたため、あっさりと終わった。

呆気なさを気にしつつもハジメは以前ハジメの腕をもいだ魔物から得た風爪という固有魔法で巨人2人の魔石をくり抜いて、扉にある窪みに嵌め込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸しり魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。

そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

 

意外と派手な演出と懐かしい明るさに一同は驚嘆してハジメがそっと覗くように扉を開いた。

ヘラクレス以外の3人も同じように覗き込んだ。

中は真っ暗闇だが、一暗闇に慣れているため見通せた。中は聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。

そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

その立方体に薄らと光るものが生えていることに気づき、近くで確認しようと扉を大きく開け固定しようとする。

扉はヘラクレスが持っててくれるため武蔵が外の警戒をして、鈴と詩音はハジメに続いて中に入った。

3人が入ったと同時にそれは動いた。

 

「……だれ?」

 

かすれた、弱々しい女の子の声だ。ビクッ、としてハジメは慌てて部屋の中央を凝視する。すると先程の〝生えている何か〟がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

 

「人……なのか?」

 

〝生えていた何か〟は人だった。

上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

ハジメがチラリと鈴と詩音を見て、その意図に気づいた2人は合図を待つ。

1度深呼吸をした後に声を合わせて告げた。

 

「「「すみません。間違えました。」」」

 

そう言って外に出てから扉のそっ閉じをヘラクレスに頼むが、少し時間がかかったせいで中の人物に止められてしまった。

本来ならば無視をしていいだろうが、ここに居るのは人間2人と英雄3人だ。

人間2人は無視することが出来るだろうが英雄3人はそうはいかないだろう。

それが分かっているのか、ハジメは溜息をついて鈴はアチャー、と手のひらを額に当てていた。

 

「何故に待てと申す?」

 

ヘラクレスは言語機能を失い、武蔵は未だ外。ハジメは無関心を貫いて鈴は魔術師として立っていた。

なので代表して詩音が問いかけた。

 

「……………………助けて…………欲しい…………の…………」

「何故だ?この様な地で封印されている貴殿のことだ。封印を解かれた果てには我々に襲いかかるのであろう。この地から脱出する術もここにはなく封印されているそれしかない。故に…………」

 

ヘラクレスに目で閉じるように伝え、ヘラクレスはそっ閉じを行う。

すげなく断られた女の子だが、もう泣きそうな表情で必死に声を張り上げる。

 

「ちがう!ケホッ……私、悪くない!……待って! 私……」

 

地面に擦れるせいで少し時間がかかった。そのせいで閉じることは出来なくなった。

何故なら、

 

「裏切られただけ!」

 

その一言で、この場にいる皆は察してしまったのだ。ハジメはクラスメイト達に裏切られたことを内心にまだ燻らせており、鈴は桃源郷のコロンブスを思い出した。

武蔵はどうだか知らないが、ヘラクレスと詩音にはよくあったことだ。

あと少しの隙間を見続け、ヘラクレスが扉を開く。

詩音とヘラクレス、鈴は裏切りについては既に片をつけているため、未だ根に持っているハジメに任せた。

 

ハジメは頭をカリカリと掻きながら、女の子に歩み寄る。もちろん油断はしない。

 

「裏切られたと言ったな?だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

 

ハジメが戻って来たことに半ば呆然としている女の子。

ジッと、豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼でハジメを見つめる。何も答えない女の子にハジメがイラつき「おい。聞いてるのか? 話さないなら帰るぞ」と言って踵きびすを返しそうになる。それに、ハッと我を取り戻し、女の子は慌てて封印された理由を語り始めた。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。

その波乱万丈な出来事にやはり話は重かったと鈴は嘆く。詩音は吸血鬼という所に反応をしていたが今はいいだろう。

 

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないってなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

最後の一言に皆は納得をした。魔力操作はこの世界では禁忌に該当するものらしいが、絶大な力を誇るのは確かだろう。しかも、この女の子のように魔法適性があれば反則的な力を発揮できる。

何せ、周りがチンタラと詠唱やら魔法陣やら準備している間にバカスカ魔法を撃てるのだから、正直勝負にならない。

しかも、不死身。おそらく絶対的なものではないとだろうが、それでも勇者すら凌駕するチートである。

ハジメと少女の視線が交差して数秒後にハジメは立方体に触れて錬成を始めた。

ハジメが全力で魔力を放出しながら立方体を錬成し続ける。

直後、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

ハジメは魔力を放出し続けたせいか荒い息を整えながら座り込んでいた。

少しの抵抗も出来ずに服を着せられた少女は神水を飲もうとしたハジメの手を握った。

ハジメがそちらに目をやると少女がじっ、と見つめていた。

顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

 

「……ありがとう」

 

ハジメがどう感じたかは分からないが再開後からあった眉間の皺が無くなり、目付きは悪いままだが少しだけ穏やかな顔となった。

鈴と武蔵は以前調べていた歴史書に吸血鬼は数百年前に滅んだと記されていたため、それ以前から封印され続けていたであろうこの少女はたった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。

しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて。よく発狂しなかったものである。もしかすると先ほど言っていた自動再生的な力のせいかもしれない。だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。狂うことすら許されなかったということなのだから。

少女がハジメに名前を問い、ハジメは素直に答えて少女はこう呟いた。「……名前、付けて」と。

つまり少女はハジメに名付け親になれというのだ。

恐らく過去の己と決別するために言い出したことなのだろう。

女の子は期待するような目でハジメを見ている。ハジメはカリカリと頬を掻くと、少し考える素振りを見せて、仕方ないというように彼女の新しい名前を告げた。

 

「〝ユエ〟なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

一通り終わったのを見て取れた鈴は服を用意して詩音を伴って近づいていく。ユエはハジメを取られまいとしがみつくが、それが可愛く見えるので暖かい目を送りながら声をかけた。

 

「いやぁ、ハジメ君も隅に置けないねぇ。ハジメ君は将来子煩悩になるかもねぇ。」

「うっせ。あぁ、此奴は谷口鈴でこっちは………………なんだっけ?」

「アテナだ。詩音でも構わん。」

 

自己紹介を軽く済ませたら、鈴はユエに持っていた服を着せると抱えて移動する。ハジメも立ち上がって鈴に続くが、詩音はその場に立ち尽くした。というよりユエが封印されていた場所の足元を見ていた。

 

「紋章……同じ紋章を近づけると開くタイプか。…………ほいっ。」

 

詩音はたった一工程で鍵無しで開いた。中には謎のアーティファクトがあり、頭に疑問符を浮かべながらも手に取り移動する。

彼が一工程で開けることが出来たのは神霊としての権限と依り代の力である。

正直に言うと狡をして開けたのだ。

ユエの封印されていた部屋から出ると同時に部屋の天井から突然魔物の気配がした。

 

「「「ッ!!!!」」」

「?」

 

3人は気配を察知して距離をとり、ユエは鈴にしがみついて突然の行動に疑問符を浮かべていた。

が、直ぐに分かった。天井から体長が5メートルあり、4本の長い腕と鋏、8本の足と2本の尻尾を持ったサソリが現れたのだ。

天井から地面に落ちた音で武蔵は戻って来て、ハジメはユエの口に神水の入った容器を口に突っ込んだ。

 

「うむっ!?」

 

ユエは異物を口に突っ込まれて涙目になっているが、衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。

それを見届けた鈴は縮地で後退してヘラクレスのもとに着いた。ヘラクレスも参戦するために荷物を置いて扉を引きちぎり、それを武器として持ったまま前に出る。

 

結果から言おう。結果は圧勝の一言。

 

サソリの魔物が尻尾の針から毒液を噴射したのを全員で躱した。その次に音速3.9キロメートルの弾丸をハジメはサソリの魔物の頭部に放った。しかし、一切効いてなかった。

それを証明するようにサソリモドキのもう一本の尻尾の針がハジメに照準を合わせた。そして、尻尾の先端が一瞬肥大化したかと思うと凄まじい速度で針が撃ち出された。避けようとするハジメだが、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。

サソリ魔物とハジメの間に詩音が入って防御する。その隙にヘラクレスが吶喊し、手に持つ扉を叩きつけた。

だが、扉が砕けてしまい下がらざるを得なくなった。

ヘラクレスが下がるのと同時にハジメはサソリ魔物の足元に〝焼夷手榴弾〟を投げ付けた。

これには摂氏3000度のあのタールが入っており、破裂と共にサソリ魔物に引火。少しして鎮火し、サソリ魔物は怒り狂いって突進した。四本の大バサミがいきなり伸長し大砲のように風を唸らせながら迫り来るのを武蔵が二刀流で捌ききる。

異様な程の頑丈さを見せるサソリ魔物の甲殻に秘密があると見たハジメは空中を跳躍してサソリ魔物の背中に飛び乗る。

何をする気かを感じ取った英霊3騎はサソリ魔物に嫌がらせを始めた。

ヒュドラの毒以外はほぼ効かないヘラクレスが2つある尻尾を剛腕で締め上げ、武蔵は8本の足の節目にある筋肉を切ってサソリ魔物の腹と地面をくっつける。4本の鋏は詩音が盾を使うことでヘイトを集めていた。

サソリもそっちに気が向いているため上にハジメが乗っていることを知らない。ハジメはサソリ魔物の頭に手を置いて一言。

 

「終わりだ。〝錬成〟」

 

いきなりの攻撃にサソリ魔物は暴れる。しかし、尻尾はヘラクレスに固定され、4本の鋏は詩音と武蔵に妨害されてハジメを攻撃出来ず、身体をゆさぶろうにも足が全て動かないせいでそれもできず、サソリ魔物は頭部の甲殻を剥がされてハジメのドンナーの一撃で晒された頭を撃ち抜かれて死んだ。

 

「ふぅ、まさか甲殻が鉱石だったとはなぁ。」

「あのどデカい扉が壊された時点でただの甲殻では無いのは分かってはいたが鉱石ときたか。」

「お疲れ様ぁ!」

 

ハジメは錬成で切り取った甲殻を手で踊らせ、これが甲殻ではなく魔力親和の高い鉱石であったことを伝える。近くに来ていた詩音が大盾の素材に使われたミスリルみたいだと呟きながら近づいてくる。

そこにユエを抱えた状態の鈴が近づいてきた。

ヘラクレスと武蔵は出入口で荷物を集めている。

 

「今日は此処を拠点にしてユエちゃんの話を聞こうではないか!」

 

鈴の提案により、ここで1泊してから先に進むこととなった。


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