番外個体の獣は少女と旅す   作:星の空

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第4話 迷宮前夜とトラップ

【オルクス大迷宮】

 

それは、全200階層(・・・・・・)からなる大迷宮。

七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

要するに魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

何故オルクス大迷宮についての説明をしているのかと言うと、今現在葛城先生と愛ちゃん先生を除いた生徒達だけが皆、入口にいるからだ。

名前だけしか知らなかったため、鈴は洞窟の入口を想像していたのだが、博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。

制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。

戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。 

入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。

その騒ぎの輪を潜り抜けて、迷宮の中に入るのであった。

迷宮内は外の喧騒が嘘のように静かである。その静かさに生徒達は無用の緊張をするが今は逆にその方が有難かったりする。

 

(ねぇセイバー、それとランサー(・・・・)。昨日の事なんだけど……)

(あぁ、あの檜山っていう虐め組の主犯格のこと?)

(何か心配することがあるか?)

(大有だよ。多分だけど、南雲君が殺されるかもしれない。)

 

鈴がハジメを心配する訳は昨日見てしまったからだ。

昨日、オルクス大迷宮の入口がある街ホルアドに着いて、ある宿で1日休む事となったのだ。

その時に、鈴の所属する組織(・・・・・・・・)がシャドウ・ボーダーで虚数海を超えてこの世界に来たのだ。

今はホルアド近郊の山にシャドウ・ボーダーを置いて鈴を待っているそうで、ランサーは一言ことわってから鈴の元に来た。

鈴はランサーから渡された腕輪を着けて久々に会った組織の者達と現状を軽く説明した。

その後、夜中にランサーとセイバーが軽く打ち合った帰りに香織がハジメの部屋に入るところと、それを見て憎悪を膨らませる檜山を見たのだ。

 

(セイバーは不測の事態に備えて、ランサーはトラップを要警戒。私はどうにかして皆とはぐれてからカルデア(・・・・)と合流する。)

((了解))

 

一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。

しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは7、8メートル。

物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいがたいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

メルドの指示により、鈴のいる班……勇者パーティが最初に相手取ることとなり、飛びかかってきたラットマンに備える。

「無知の知」を叩きつけられた勇者はあの後、時間の有する限りオルクス大迷宮にいる魔物だけでもと知識を詰め込んだ。無論それに付き添った他の3人も知識を詰め込んだため、ラットマンのあの容姿を見ても動じることは無かった。が、6人目の少女、恵里は調べてなかったため、ラットマンのあの姿を見て気持ち悪がっていた。

 

前衛に光輝と龍太郎と雫が出て、鈴が遊撃、香織と恵里は詠唱を開始した。

周りが絶技だと言う程速いらしい光輝の剣がラットマンを次々と倒していき、龍太郎は一撃一撃を重くして確実にラットマンを仕留めながら、雫は抜刀から流れるように剣術を扱い急所を突きながらラットマンを駆逐して行き、鈴は3人の手が届かない場所にいるラットマンを片っ端から片して行く。

そうする内に2人の詠唱が最後に入る。

 

「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ「〝螺炎〟」」」

 

2人が魔法を放つのに合わせて鈴も一工程で放つ。三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。

気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。

 

「あぁ、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

あまりの呆気なさにメルドは苦笑いになり、褒めつつも指摘をする。

指摘されたことに思わず後衛2人は頬を赤く染めていた。

鈴は元から魔石に興味が無かったため、そこまで恥ずかしがらなかった。

そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げて行った。そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

道中メルドに教えられたのだが、現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしい。しかしそれは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

段々弱くなって行っているのは気の所為なのだろうか?

そんな疑問を持ちつつも前に進んでいく。ハジメ以外はチートを有するからかどんどんと進んでいく。

もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。だが、トラップ対策として〝フェアスコープ〟というものがある。

これは迷宮内の魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。それに迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。

ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

従って、生徒達が素早く階層を下げられたのはひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルドからもトラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ!今日はこの二十階層で訓練して終了だ!気合入れろ!」

 

メルドに喝を入れられて、より一層士気を高める。

鈴自身も問題は無いし、後方から迫り来る魔物もランサー達が片してくれているため問題は今のところ一切起こっていない。

 

(………………南雲君は鋼錬の主人公ですかな?)

(いや、この世界に鋼錬はなかったから違うだろう。)

(そっかぁ。ま、いいや。)

 

ハジメの某錬金術師の動きに鈴は戸惑ったが、結局気にすることなく前に進んだ。

小休止に入り、鈴は一人一人のメンタルを確認して行く。特に問題は無かったが、あるとすれば昨日からずっと引きずられている痴情のもつれであろう。

何かしらの進展があったのか、ハジメと香織がアイコンタクトで何かしていた。それを遠くから檜山が見つめており、未だに膨れ上がる憎悪をハジメに向けていた。

ウザったらしいため、憎悪を越える殺気を放ち半強制的に止めさせた。

一行は小休止を終えて二十階層を探索する。

今回の目標地点は21階層に続く階段の前までだそうで、そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

少ししたらメルドが立ち止まり、そうすると必然的に皆も立ち止まった。訝しそうな生徒達を尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ!周りをよ~く注意しておけ!」

 

メルドの忠告が飛ぶ。

その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。

以前問答したロックマウントであった。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」

 

メルドの声が響く。そして、今回は光輝達が相手をする。

飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返して光輝と雫が取り囲もうとするが鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

その代わりに鈴が先行して背後に陣取って首を掻っ捌く。

しかし、そこで別の個体……龍太郎が相手取るロックマウントが後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

そのせいで前衛3人が硬直し、後衛2人も硬直した。唯一動けるのは咆哮をした個体の後ろにいた鈴だけであり、鈴はすぐさまその個体を仕留めた。

そして一息着いたのだが、その隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ後衛2人に向かって投げつけた。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。

しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。

なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。

その姿は、さながらル○ンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。

しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

慌ててメルドがダイブ中のロックマウントを切り捨てる。

香織達は、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。

そして光輝がそれを「気持ち悪かった。」ではなく「死への恐怖」と捉えて1人でに怒り、それなりの火力を持つ天翔閃を放って丸ごとロックマウントを倒した。

しかし、それは危険だったため、メルドが拳骨をしてまで説教していた。

その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石とはこの世界では宝石の原石として扱われているそうで、特に何か効能があるわけではないがその涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気故に、加工して指輪やイヤリング、ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

しかし、鈴が感じたのは別のことであった。直感的に悟ったのだ。あれに触れてはならないと。

 

「でも、あぁ言うのって大抵転移系のトラップじゃない?」

「む、鈴の直感か。フェアスコープで調べろ。」

 

鈴の直感が働いているのをメルドは悟り、直ぐに調べるよう指示を出す。

 

「トラップだとしても、素敵………………」

 

香織が、メルドの簡単な説明と鈴の忠告を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、鈴と雫ともう一人だけは気がついていたが……

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。檜山はトラップの可能性が高いものに故意的に触れに行ったのだ。

 

「こらっ!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」

「団長!初の(・・)転移系トラップです!」

「「っ!?!?」」

 

フェアスコープで調べた結果が鈴の懸念した転移系トラップだったため、メルドは檜山を追いかけ、鈴は念話でセイバーとランサーを呼び戻していた。

メルドが檜山を取り押さえようとしたが、時既に遅く檜山はトラップに触れていた。それによりトラップが発動して見た事のある魔法陣が展開された。

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

メルドの言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

部屋の中に光が満ち、生徒達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

転移先は巨大な石造りの橋の上だった。ざっと100メートルはありそうな橋に天井も高く二20メートルは。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

橋の横幅は10メートルあり、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。転移に巻き込まれた者達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

それを確認したメルドが険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

しかし、迷宮のトラップはそれだけに留まらず、階段側の橋の入口に魔法陣が出現してそこから大量の魔物が出現した。

更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルドの呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか……


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