だからというわけではないですが、今回はいつもの2倍くらい長い戦闘回です。
バサッと大きな羽音と共に、その鳥は開け放たれた窓から侵入してきた。この鳥の名は『
鶴のような美しい容貌をしたそいつは、俺を見るなりさぞ楽しそうに「カカカカ」と不快な音を鳴らす。
こいつが来るってことは……、と嫌な予感が過ぎり、顔が引き攣るのがわかる。
「馴鹿五巳! 初任務! 初任務!」
やっぱりー!
〇
神奈川、鎌倉――。
その町では毎夜毎夜、魚を捕りに出た漁師が姿を
漁夫はすっかり怖がっちまって昼しか仕事ができねえ、というのが
さすがは古くは幕府が置かれた場所ともあり、昼間の町は人通りも多く、かなり賑わっていた。江之電なる路面電車も走っており、見たこともない光景にはしゃいでしまったのはご愛嬌。
兎角して日が暮れる。夜、場所は打って変わって舟を漕いで相模湾の沖へ。
早くも俺は、生命の振動を感じていた。
――だがしかし、困ったことに正確な位置が分からないのだ。
ここは海、当然下はすべてが水で出来ている。生命の波紋が広がり過ぎて、正確な位置が捉えにくい。
そして何より、俺が立っているのが舟の上だという事。波で揺れるこの舟の上、とても海坊主の場所を特定することなどできそうにない。
つまり俺はヤツが近くにいることしか分からず、どこから襲ってくるのか見当もつかないわけだ。
夜の海は静かで、聞こえるのは
そいつは海の中から、突然姿を現す。一直線に、がむしゃらに迫ってくるその姿に、俺は内心ホッとしていた。
わざわざ海に潜んで人を襲うというので、いっときはどんな狡猾な鬼かと心配していたが、俺に向かって単純に突っ込んでくるこの動き。意外と頭がないんじゃあないか? と。
だがそれは、俺の早とちりであったと知る。
なんとその鬼は、俺に攻撃を仕掛けるわけではなく、スライダー気味に降下して海の中へと戻っていったのだ。一瞬、呆気に取られる。
(なんだ? 姿を見せておいて、一体何がしたかったんだ?)
頭の中が疑問符で埋め尽くされる中、答えはすぐに分かった。
「な、何ィーッ!」
船底を突き破り、鬼の腕が生えてきたのだ。予想だにしない下からの攻撃に、俺はすべてを理解した。
この鬼が最初に姿を見せたのは、私はこうやって攻撃するんです、と俺に思わせるため。本命は周囲を警戒している俺の不意をつく、この下からの奇襲だったのだ。
拙いと思った時には既に遅い。刀を抜いていない今、この不意打ちを防ぐ手立てはない。
「うぉぉおおおーーーッ!」
瞬間、鬼の鋭い鉤爪が振り抜かれる。咄嗟に後ろに跳ぶも、間に合うはずもなく足に焼けるような痛みが走った。
痛みが、この鬼に対する恐怖が、徐々に呼吸を乱していく。
拙い、本当に拙い。足の傷は幸い致命傷ではないらしいが、波紋の呼吸が維持できなくなればどの道俺はコイツに喰われる。
「『勇気』とは『怖さ』を知ること。『恐怖』を我が物とすること……ッ!」
そうだ、その通りだ。恐怖なんかに呑まれるな、俺……!
自身を鼓舞し、冷静を取り繕う。こォオオオ、という呼吸から生まれる音が静かな海に響いた。
この鬼はまさに縦横無尽。どこから攻撃が飛んでくるか察知することはできない。ならばと俺は山吹色の剣を抜き放ち、中段に構えた。
さあ来い、海坊主ッ!
「うっしゃああアアーーッ!」
大きな水飛沫と共に、そいつは攻撃を仕掛けてきた。場所はやはり後方。俺の隙をつく気だろうと予想が出来ていた分、先程よりも数段速く反応できた。
〝波紋の呼吸 日ノ型、山吹色の波紋疾走〟
刀に込めるは太陽の波紋。日輪刀が眩い光を纏い、振り向き際、遠心力を利用した右薙を喰らわせる――ッ!
「な――ッ!」
刹那、その鬼の狡猾さを思い出す。果たして賢い鬼は攻撃の瞬間、大きな雄叫びを上げ、大きな水しぶきを立てるだろうか?
そう、つまりコイツはわざと、自分の位置を知らせた。
その鬼は突然、口に含んでいた何かを吹き出した。俺がそいつを視界に入れた瞬間、タイミングはばっちしだったと言える。
血気術――鬼がもつ不死性や怪力とは別に、各個に発現するいわゆる『異能力』があると、師匠が教えてくれた。その能力は多種多様、気をつけてかかれ、と。
咄嗟に防ごうとしてしまった。その透明な液体を、鬼の血気術と思い込んで技を止めてしまった。
それこそが鬼の狙いと気づかずに、まんまと策にはまってしまった。
夜空に鮮血が舞う。遅れて痛みがやってきて、それが自分の血だと気づいた。先程よりも深く、胸を切り裂かれている。
「ケケケ……! ただの海水に気を取られやがったぜ、コイツ!」
舟に乗り上げたその鬼は、倒れ込んだ俺を嘲笑う。
頬に冷や汗が伝った。間違いない、コイツ……闘い慣れている。
固よりこのだだっ広い大海原に置いて、ポツリと浮かぶ舟は鬼にとって格好の的であった。その点、海を闘いの場とするこの鬼の『やり方』は、狡猾さの表れと言えよう。
となれば……。
舟から降りるしかないッ!
「ハッ、そうすると思ったぜッ!」
舟の上から逃げる俺に、鬼はそう言い切る。
おそらくだが、この鬼は既に水の呼吸の使い手に出会っていたのだろう。水の呼吸には水中でこそ本領を発揮する型がある、と真菰が言っていた。
しかしそんな闘い慣れした鬼でさえ、水面に立つ男は初めて出会った!
「お、お前、なんだそれは!」
刀を使って水面におこした波紋エネルギーと体内の波紋エネルギーは、あたかも磁石の同極どうしのように反発し合う。
俺はそれを利用し、水面の上に立っていた。
「海の上は却って見通しがいいぞ! 海坊主ッ!」
盲点であったが、水は透明。近づいてくる鬼は容易に視認が可能である。遮蔽物のない海は、俺にとって絶好の戦場であった。
「か、勝った気でいやがって〜ッ! これでも喰らえェいッ!」
予想の遥か上を行かれたのはこれで何度目だろうか。その鬼の機転の良さはもはや、敵ながらあっぱれであった。
そいつは信じられない事に、舟を持ち上げたのだ。
「ぶっつぶれよォォッ」
誰が舟が落ちてくるなど思うだろうか。それを避ける術はもはやただ一つ、海中を潜る事しか残されていなかった。
俺はせめてもと大きく息を吸い込んで波紋を解く。当然身体は海に沈み、景色が変わる。
直後、視界一面が泡に覆われた。
舟の攻撃でダメージを受けなかった事はでかい。しかし、それ以上に、海の中へ引き摺りこまれてしまった。
此処はまさにヤツの独壇場。
鉤爪を使った攻撃の瞬間、俺は見た。ヤツの指と指の間には水掻きがあったのだ。アレと鬼特有の怪力を駆使して、水中でも高速に移動することが出来るのだろう。
俺の瞳が海中を動く影を捉える。
流氷上のアザラシを狙う
ヤツは確実に俺を仕留める気だ。俺も、腹を括るしかない。
攻撃の瞬間、ヤツが最も俺に接近した時、体内に残された波紋を全て一気に放出するッ!
勝負は一瞬。来るか来るかと五感を研ぎ澄ます。
そしてついに、ゴボッと一層大きな泡と共に、矢の如き勢いで影が来る。
〝波紋の呼吸 水ノ型、青緑波紋疾走〟
体中の血液に残された酸素を燃やし、波紋のひとつひとつを練り上げる。刃を走る波紋エネルギーは淡く海色をしていた。
(たやすいぞッ! 波紋が水中を伝わるのは!!)
生まれ出た波紋は刀を一振りすると同時に水中を伝わる。このまま進めば鬼の身体は真っ二つになるだろう。
――だがしかしッ!
水の抵抗により、少なからず剣速は鈍る。その一瞬が、鬼に回避の隙を与えた。
「うおおおおおおッ!」
鬼はその秀でた危機察知能力を存分に使い、水中を伝わる『波紋』と同じ早さで一瞬早く水上へ泳ぎ逃れたのだ。
波紋疾走は少しかすっただけに終わった。
しかし、このまま逃がしはしない!
「逃がすかァァァーーッ!」
遅れて俺も水上へ飛び上がり、水面を蹴って跳躍する。その時足の傷に痛みが走り、顔を顰めた。
それが悪かった。足に上手く力が入らず、思ったより跳べていない。あと僅かなのに、鬼を間合いに捉えきれなかった。
「俺は生きる! 何がなんでも生きるッ!」
「届けェェーーッ!」
腹の奥から響くようなコォオオオという呼吸音が木霊する。日輪刀が太陽の光を纏った。
〝波紋の呼吸 日ノ型、山吹色の波紋疾走・伸〟
渾身の力で振り抜いた刀は、やはり僅かに鬼には届かない。しかし、その瞬間、俺の腕が手元でぐんと伸びた。
紙一重で触れた刃はそのまま鬼の頸を断ち切り、頭が
(こ、コイツ、関節を外しやがった……ッ!)
鬼の身体が水中へと落ち、水しぶきと波紋を作る。
夜の海に、ささやかな静寂が戻ってきた。
今回の独自設定
・生命探知、舟の上じゃ弱い
主人公をピンチに陥らせたかったんです……。
・青緑波紋疾走
手から水(略
・山吹色の波紋疾走・伸
伸びちゃった。痛みは波紋で和らげるため、刃に走る波紋力?は弱くなります。
大正コソコソ噂話
舟をぶっ壊された五巳はこの後歩いて帰ったよ! 足を怪我してるのにね……。
後書き
なんだか今回漁師を怖がらせちゃいましたが、作者は鎌倉大好きです。あの道の狭さが堪らなくベネ!
一旦鬼殺を挟んだところで、次回からは何かストーリーでも考えてみます。