艦娘の夏   作:瑞穂国

10 / 10
夏コミ本のネタバレというか、世界観の補助になりそうなお話です。

読まなくても正直本編に影響はありませんが…世界観の謎解きがしたい方は、是非!色々仕掛けております。


Ω、はじめに

生命とは、いつしか終わりを迎えるものだ。

 

生まれたものはいずれ必ず死ぬ。どれだけ高度に医学が発達しようと、細胞の中に仕組まれた死へのカウントダウンは変えられない。生命にはすべからく、避けられない終焉の時というものが用意されている。

生命の終わり方には、大別して二つの種類がある。「事故」と「寿命」。早い話、細胞分裂が限界を迎えるか、その限界よりも前に外的要因で死を迎えるかの二つだ。

 

それは何も、「個」としての生命に限った話ではない。「全」としての種族にもまた、絶滅という形で終わりが訪れる。外的要因、内的要因、絶滅の要因は多種多様なれど、種族という全体もいずれ滅びを迎えることに変わりはない。

 

近年、生命における「寿命」に該当するものが、各種族にもあるのではと言われている。それはあるいは、「進化」の行き止まり、「発展性」の喪失とでも表現するべきかもしれない。生命としての発展性を失った時、種族は絶滅へと向かっていく。

 

恐竜がいい例だろう。一般に恐竜が絶滅した原因は、小惑星の衝突による環境の激変と言われているが、必ずしもそうとは言い切れない。小惑星の衝突以前から、恐竜という種族の絶対数は減少傾向にあったことがわかっている。小惑星の衝突は恐竜を絶滅させる「とどめ」にはなったかもしれないが、直接の原因ではないとする学説もある。そして、この絶対数の減少こそが、生命の発展性の喪失、進化の行き詰まり、種族としての老衰を意味している。恐竜の場合、その「寿命」は一億五千万年だったというわけだ。

 

発展性を失った時、生命(個と全を問わず)が死を迎えるというのなら、逆にこの発展性こそが、生命の本質とも言える。明日の我が身が、今日よりも良いものであろうとする努力こそが、生命の正体だ。

 

この発展性という点において、人類は最も生命らしい種族と言えただろう。日進月歩の言葉通り、人類はあらゆる生命にも増して、発展への欲求が強かった。昨日よりも今日、今日よりも明日、明日よりも明後日。産業革命後の百年に限っても、その発展は実に信じがたい速度であった。

 

だからこそ、人類は発展を止めることができなかった。発展性を否定してしまえば、自らの存在を、生命としての意味を否定することになると、本能的に理解しているからだ。故に生き急ぎ、渇望する。更なる発展を、と。

 

では、果たしてその発展は、永遠と言えるだろうか。もしも、発展性がのびしろのようなものであったら、人類は自らの存在意義に固執するあまり、結果としてその寿命を急速に消費していたことになるのではないか。

片鱗は見え始めている。急すぎるハード(あるいは文明、技術とも)の発展に、明らかにソフト(あるいは思想、倫理とも)が追い付いていない。人類は息切れを始めている。

 

のびしろを使い果たした時、発展性を失った時、人類という種族は緩やかに絶滅へ向かう。技術は失われ、希望は失われ、今日と同じ明日がやって来る。効率と発展を履き違え、失敗と決別したその日、人類の絶滅は決定的なものとなる。

 

それでもなお、しがみつくというのなら、当然の帰結として、人類を滅ぼす者が現れる。地球という生命の星が―――星という生命が、さらなる発展のために、古い細胞を切り離す。哺乳類が恐竜に成り代わったように。その中でホモ・サピエンスが台頭したように。

 

戦おうと、抗おうと、彼らが去ったその時が、人類終焉の日だ。


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