艦娘の夏   作:瑞穂国

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曙ちゃんのお話です。短め。


2、曙

 使い古されたサイパン基地第四埠頭は、目と鼻の先にまで迫っていた。

 

 着岸作業に入った時点で、あたしにはやることがなくなっている。自分の艦をタグボートに委ね、舫が取られるのを待つばかり。すぐ隣に見える水上機母艦〔瑞穂〕と軽巡洋艦〔神通〕を、あたしはただボーっと眺めていた。

 

 ダメだダメだ、これじゃいけない。左右に強く頭を振る。既に切れかけの集中力を無理矢理引き戻せば、隣の艦長があたしの名前を呼んだ。

 

「曙」

 

 あたしを見下ろす位置からの声。いやまあ、単純にあたしの背が低くて、彼の背が高いだけなんだけど。何だか頭から声が降ってくるのは、気に食わない。

 

「なに?」

「着岸したら、俺はそのまま報告に行く。曙はどうする?」

 

 陸の庁舎に泊まるか、このまま艦内に泊まるか。艦長はつまり、そういうことを訊いている。庁舎に泊まるなら、一応申請と書類が必要だ。

 

「いい。そのまま艦に泊まる」

 

 もちろん、陸の庁舎の方が宿泊設備はいいわけだけど。あたし的には、なんとなく、収まりが悪いのだ。それよりは、住み慣れた艦内の方が、落ち着いて寝ることができる。

 

「そうか、わかった」

 

 あたしの返答に、艦長が頷いた。丁度その時、舷側が岸壁と接触し、三本目、四本目の舫が出される。後はムアリングウィンチで、適切な長さまで巻き上げてやるだけだ。

 同時に、タラップの準備も進めている。固定位置から釣り上げてあるし、あとは舷外へと振り出すのみだ。ある程度まで降ろせば、岸壁側の作業員が手すりの固定までやってくれる。

 細々した作業を粛々と進め、十分ほどで着岸作業が終わった。それを確認した艦長が、制帽を被り直し、踵を返す。

 

「それじゃあ、行ってくる。留守は任せた」

 

 生真面目な声に「任されたわ」と答えて、艦長を送り出した。そのまま彼は、艦橋後方のラッタルへと向かっていく。

 あたしは大きく息を吐いた。ともあれ、これで仕事は一通り終わりだ。今日のところはのんびり過ごして、風呂に浸かりながら疲れを癒すとしよう。

 

「・・・あ、そうだ」

 

 そこであたしは、一つ大事なことを忘れていることに気づいた。確かに泊まるのは艦内だけど、風呂と食事は陸で済ませたい。二週間の作戦中、海水シャワーと簡易食ばかりだった。久しぶりに思いっきり羽を伸ばして、おいしいものを腹一杯に食べたい。風呂と食堂には世話になると、届け出ておかなければ。

 

 慌てて駆け出し、艦長の後を追う。彼は丁度、ラッタルを下り終わったところだった。

 

「ねえ、クソ艦長!」

 

 呼び止めたあたしに、艦長は振り向いて言った。

 

「風呂と食事は陸で申請しておく」

 

 出かかった言葉を飲み込む。殊勝に頷くことしかできず、それが何だか悔しい。

 

「よろしく」

 

 あたしの返事を確認して、艦長はタラップを下りて行く。その背中に、せめてもの反抗で「クソ艦長」と言っておいた。

 

 

 

 艦内に一人取り残されたあたしは、時間を持て余していた。気付けば釣竿を持ち出し、舷側から釣り糸を垂らす。大したものは釣れないが、暇潰しくらいにはなるだろう。

 変に力めば、魚は寄ってこない。釣り糸を垂らし、ただぼんやりと海面を見つめる。獲物が掛かれば引き上げ、針を外してリリース。また釣り糸を垂らし、プラプラと足を揺らす。その繰り返しだ。

 

 全く非生産的なあたしを余所に、時間だけが過ぎていく。夏も終わりに近い。蝉の声もまばらで、潮の音に負けてしまっていた。ただあたしだけが、大人しく残暑の風に吹かれている。

 

 どれくらい時間が経っただろう。いつの間に戻って来たのか、艦長が横に立っていた。その手にはあたしのより大きめの釣竿。

 

「ん」

 

 顎だけで指し示したあたしの隣に、艦長が黙って腰かける。

 作戦中はともかく、元々口数が少ない男だ。何考えてるのかは全くわからない。ただ何かと、あたしとは感性が合う。だから居心地がいいし、だから苛立ちもする。それは多分、向こうも同じだろう。

 

 無言の時間。時折ポツポツと会話があっても、すぐ二人とも黙ってしまう。それでも一向に構わない。

 風呂も食事もいいけど、こうして大人しくしてる時が、作戦の完遂を一番肌で感じられるかもしれない。

 

 やがて陽が傾いてきた。どちらからともなく立ち上がったあたしたちは、別段示し合わせたわけでもなく、揃って風呂へと向かいだす。食事もなんとなく一緒になった。

 

 結局、代わり映えのしない光景。あたしたちの日常。まあそれでも、いいのかもしれない。そんな風に思う自分がいたりして。

 月明りと電灯の照らす夜を〔曙〕へと戻っていく。明日は何をして暇を潰すか。とりあえず次の作戦が始まるまで、こんな生活が続きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、あたしたちが作戦に参加することは、二度となかった。

 

 理由は単純で、三十年に亘った深海棲艦との戦争が、終わったからだった。まあ、まだ「組織的な」戦闘が終了しただけで、これからも度々、戦闘はあるのかもしれないけど。

 

 元々、あたしたちが押していた。特にここ二年間は、明らかに深海棲艦の活動が下火になっていたし。こんな日がいつか来るかもとは思っていたけど、まさかこれほど早いなんて。

 

 人間側の勝利宣言に沸いている市民たち。だけどその歓声は、ここ〔曙〕までは届いて来ない。いつも通りの静かな艦内で、あたしは今日も釣り糸を垂れている。

 

「曙はどうする」

 

 こちらも、さも当たり前のように隣に立っていた艦長が、あたしに尋ねる。それがいつもと違う問いかけだと、さすがにあたしも気づいていた。

 

 さてと。これから果たして、どうしたものだろうか。

 

「別に何も。決めてないわよ。なるようになるんじゃない」

 

 引くのが一瞬早かったのか、かかりかけていた魚に逃げられる。軽い溜め息が漏れた。

 今はこれが、あたしの精一杯だ。

 

「・・・どうだ。しばらく、俺と一緒にいないか」

 

 予想だにしない言葉が、衝撃となってあたしに襲いかかって来た。あたふたと慌てて、釣竿を落としそうになる。

 頬が熱い。このクソ艦長、ほんとに意味わかって言ってるのか。

 

「行く当てがないのなら、しばらくの生活を保障できる。それに、俺は曙といる方が、楽しい」

 

 ごまかすように、艦長が早口でまくし立てる。無口な彼には珍しい様子だ。

 疑うことなんてない。迷う必要もない。だって多分、最初から答えは決まっている。

 

「・・・ま、それもいいかもね」

 

 それにあたしも、やっぱりこいつと一緒が、楽しいから。さすがにそれは、恥ずかしくて言えなかった。

 

「このロリコン」

 

 代わりと言ってはなんだけど。艦長の方を流し見ながら、あたしはそう言っておく。

 

 

 

 以来、あたしたちの会話に、新しい話題が加わった。




サイパン基地はちょくちょく登場するかと。
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