時系列的には二番目のお話になります。
第二世代の奴らと違って、あたしの心臓―――コアは深海棲艦のものからできていた。
産まれてきた時のことはよく覚えていない。気付けば〔摩耶〕の艦橋にいて、この体と意識を持っていた。ただ、それだけだ。自分はここにあっても、それがどんなものなのかに興味はない。あたしの出生も含めて、だ。
この身が深海棲艦を沈めようと、何も感じるものはない。かつての同胞を殺めることに罪悪感を抱く第一世代の艦娘もいるらしい。逆に、敵のコアを持つ艦娘を、危険視する人間もいるらしい。
あたしに言わせれば、そんなことはどうでもいい。たまたまあたしは、深海棲艦と同じコアを持っているだけ。ただ、それだけの事実だ。そこに意味なんてない。呉量産工廠で建造された、〔高雄〕シリーズ二十三番艦。人類初のコア装備艦。それ以上でも、それ以下でもない。
だから、と言うつもりもないが。多分元々、あたしは命ってものに興味が薄い。自分が生きていようが死んでいようが、どうでもいいんだ。他人が生きていようが死んでいようが、どうでもいい。あらゆる命に関心がなかった。
だからこうして、今まさに海へ溶けようとしているっていうのに、別に違和感も、恐怖も、忌避もない。艦体を失い、あたし自身も深い傷を負ったのに、「ああそうか、こんなもんか」と、そんな受け入れ方をするばかりだ。
あたしにとって、生きているなんてことはそんなものだ。
・・・ただ。目の前でこちらを見つめる、こいつのことだけは。あたしについてきた、この艦長だけは。
なんでここに、いるんだよ。
薄くなる意識の中、あたしにとって唯一、思い出らしい記憶を手繰る。
◇
軍艦の人格(この表現もおかしなものだが)として造られたあたしは、同じ第一世代の艦娘たちの中でも、特に人間を避けていた方だと、自覚はしている。
そもそもの話。〔摩耶〕に人間を乗せる必要なんてない。この艦はあたし一人でだって十分動かせる。深海棲艦にできることが、同じコアを持つあたしにできないなんて道理はない。奴らは人間を乗せなくたって、戦っているじゃないか。
まあ別に、人間が嫌いなわけではない。別に嫌いではないが、彼らと関わることはひどく億劫に思えた。だから必要以上に関わらない。艦の運航に関わる最低限の会話しかしないし、停泊中は陸に上がらず艦内で過ごす。それがあたしと、艦長以下乗組員三十人の距離感だ。
それでいいのだと思っていた。周りの艦娘たちのように、まるで人間のように振舞うことはできなかったから。
そんなあたしに、積極的に関わってくる人間もいなかった。
ただし、例外が現れる。あたしが艦娘になって四年目に、新しく着任した艦長だった。
聞けば、中尉なりたての新人だとか。それも女性。あたしのところに来る前は、他の軽巡で航海長をしていたらしい。
珍しいとは思った。とは言っても、それ以上の興味が湧くこともない。今まで通り、特に関わることなく、過ごせばいいだけだと思っていた。
だが、向こうは違ったらしい。
着任した次の日から、艦長による付きまといが始まった。
「摩耶」
「摩耶っ」
「まーやー!」
「摩耶ちゃーんっ!」
停泊中は、それこそ毎日のように、朝一番であたしの部屋を訪れる。いくらこっちが無視しても、決してやめたりはしない。
作戦中だってそうだ。戦闘に関係ないこと―――食事のこと、季節のこと、趣味のこと、本当にどうでもいい、他愛のない話を、延々と振ってくる。
七夕、とかいう行事の時には、特にしつこく話しかけてきた。「摩耶の願い事は何?」、と。
何なんだ、この艦長は。
あたしが自室の扉を開いたのは、もう夏が随分経過してからだった。
なんで開けてしまったのかは・・・今もって正直わからない。憶えているのは、扉を開いた先に、少し驚いた様子の艦長がいたことだ。
けど、それも一瞬のことで、彼女は輝く笑みを浮かべながら右手に提げていたものを掲げた。
「スイカ、食べない?」
随分と大きな、丸い玉のようなものを、艦長はスイカと呼んだ。何だそれは、食べれるのか。あたしが訊くと、彼女が頷く。
「甘くておいしいんだ。夏の暑いときにはぴったりだよ」
そのまま、艦長は半ば強引にあたしの手を取る。スイカとやらを抱え、あたしを引っ張り、艦内をすたすたと進んでいった。
向かった先は、司厨部の厨房だった。中にいた司厨長が、こちらを見て目を真ん丸にしていた。
「司厨長、スイカを切ってもらえるか」
「え、ええ、もちろんですよ。ご実家からですか?」
「応。皆の分もあるから、夜にでも出してやってくれ」
奥の方から、「よしっ」という言葉が聞こえてきた。
「お安い御用です。『白雪姫』と食べるんですか?」
慣れた手つきでスイカを切り始める司厨長。艦長はなぜかあたしにウィンクしてから、
「まあ、そんなとこ」
普段より砕けた様子で答えていた。
切り分けたスイカを持って、艦長はまたどこぞへと歩きだす。急な階段を器用に上り、ハッチをくぐって出た先は、リノリウム張りの後甲板だった。
停泊中ということもあって、後甲板には白いカンバスがかけられている。夏の日差しを遮るには丁度よかった。随分と久しぶりに浴びる、真昼の太陽だった。
「さ、食べよう!」
そう言った艦長は、靴を脱ぎ捨て、涼しげな裸足を舷外へと放り出していた。あたしもそれに倣って、艦長の横に腰かける。
目の前に、先ほどのスイカが差し出された。
「はい、どーぞ」
三角形に切られたスイカは、それでも両手で持たなければいけないくらいには大きかった。鮮やかな赤色をしている果肉。黒くて小さい種。
どうしたらいいのかわからず、艦長の方を見る。彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、そして一気に、スイカにかぶりついた。
思わず、口が開いてしまう。艦長の一口は、信じられないくらい大きかった。三角形の頂点部分から半分ほどがごっそりと、彼女の口の中へ消えていた。
「ん~」
艦長は、それはそれはおいしそうに、スイカを咀嚼していた。
あたしもスイカに食いついてみる。
随分と水っぽい食べ物だ、そう思った。だけど二回、三回と噛むうちに、淑やかな甘さが広がって来た。
ああ、なるほど。これは確かに。
「うまい・・・」
あたしは呟いていた。ハッとして艦長を見る。彼女はニヨニヨと今まで見たことのない笑顔を浮かべていた。
「摩耶、種は?」
「は?食べたけど」
「食べちゃったかー」
待て、食べるものじゃないのか。艦長が平然と食べるから、そのまま食べるものだと思った。
「食べない人の方が多いんじゃない?私は気にしないけど」
気にしていたら、たくさん食べられないから、だそうだ。艦長の言うことにも一理あるような気がして、あたしは結局、種も一緒に食べることにした。
スイカを食べながら、艦長はまた、他愛のない話を始める。あたしもそれに、ポツポツと答える。なぜだかその時は、そんな気分だった。
「なあ、艦長。なんで、あたしに構うんだ」
気になっていたことを訊いてみる。艦長はさも当たり前のように答えた。
「艦内で女子って、私たち二人だけじゃない。せっかくだから仲良くしたくて」
ああ、そうか。そういうものなのか。納得したようなしてないような、妙な心持ちのまま、ただ思った。たまには艦長と話すのも、悪くない。
◇
・・・他愛のないことを、思い出してしまった。
閉じかけていた両目を開く。あたしに向けて、必死に手を伸ばすその人を見る。すでにほとんど力のないその目を見る。
わかってるだろ。
最後の力で、足を一かき。そのまま、彼女の体を押し上げる。もう何があっても、ここへは来ないように。間違ってもあたしなんかについて来ないように。
「生きろよ」
そう呟いたつもりのあたしの声は、果たして水中で、彼女まで届いただろうか。
在り方としては、摩耶様が一番深海棲艦に近かったのかも