艦娘の夏   作:瑞穂国

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自宅待機支援?というのが流行っているらしいので、待機支援。

今回のお話、とてもお気に入りのお話です。


5、瑞穂

 部屋の扉をノックすると、中からすぐに返事がありました。

 滑りのいい引き戸を開き、瑞穂は中を覗きます。そこには、何やら荷物をまとめる、男性の姿が。

 

「いらっしゃい、瑞穂」

 

 部屋の中で待つ彼は、そう瑞穂を呼んで微笑みます。明るい色合いの髪と、すらりとした立ち姿がトレードマークの男性です。

 

「艦長、いらしてたのですね」

「はは、やめてくれ、その呼び方は。もう退役した身だ。僕も、君もね」

 

 瑞穂の呼びかけに、彼は微苦笑しながらかぶりを振ります。言われてみれば、全くもってその通り、なのですが・・・。やはり、染みついた習慣というのはそうそう治せるものでもなく。また他に適切な呼び方も見つからず。瑞穂は結局、彼のことを「艦長」と呼び続けています。

 彼が瑞穂の艦長でなくなってから、もう十年近く経っているのに。可笑しなものですね。

 彼はやんわりと否定しても、拒絶することはありませんでした。

 

「提督の―――お母様の荷物を、取りにいらしたのですか」

「うん、そうなんだ。いつまでもこのまま、っていうわけにもいかないし。瑞穂にまかせっきりも申し訳ないしね」

 

 部屋全体を、そして窓際のベッドを見遣って、艦長は寂しげな表情を浮かべます。

 

 艦長のお母様も、彼と同じく海軍に勤務する軍人でした。深海棲艦との戦争には初期から関わっていて、多くの艦で艦長を務めてきた方です。戦争後期にはいわゆる艦隊指揮官の提督や、各地の鎮守府や基地の司令を歴任していた、海軍随一の女傑と呼ばれるほどの人物でもあります。

 瑞穂が初めて彼女にお会いしたのは、ここサイパンでのこと。丁度彼女がサイパン基地司令に任命された頃でした。以来、終戦を迎えて、つい先日まで、行く当てのない瑞穂の面倒を、ずっと見てくださっていたのです。

 

 そんな提督が亡くなったのは、一か月前のことでした。

 この部屋は、提督が最後の時間を過ごした場所で、亡くなった場所でもあります。息を引き取った提督の顔は、とても穏やかなものであったと、記憶しています。

 

 ささやかな葬儀を執り行い、提督の遺言通り散骨をして、ようやく数日前に落ち着いたところでした。

 葬儀後、一旦トラック諸島に戻った艦長は、今日、提督の遺品を引き取りにいらしたのです。これで本当に、全部おしまい、なのですね。

 

「瑞穂は、何か残しておいて欲しいもの、ないかな」

 

 箪笥の洋服を段ボールに移し替えていた艦長が、そんなことを訊いてきました。

 

「母さん、自分の遺品については何も言ってなかったからね。でも、君が何かを気に入って、手元に残してくれるなら、きっと喜ぶと思うんだ」

 

 そういうもの、なのでしょうか。近しい方を亡くすという経験がない身ですから、あまり想像がつきません。

 

 手を止めてしまっていることに気づき、片付けを再開しながら、瑞穂は部屋を見渡します。

 あまり多くのものを持とうとする方ではありませんでした。部屋も質素そのもので、あれだけ輝かしい戦績を残していたはずなのに、勲章の一つも飾られていません。あるのは、いつぞや瑞穂が気に入って買ってきた花瓶と、小さな置物が二、三個だけです。それ以外は、ほとんど生活必需品でしたから。

 考えながら瑞穂は一つのものに目を止めます。お茶碗やお皿、湯飲み。ここに提督を訪ねるようになってから、彼女が瑞穂用にと置いてくれた食器です。提督とご飯を食べるときは、いつもその食器を使っていました。

 

「ではあの、食器類をいただいても・・・?」

「?お茶碗とか、かな。もちろん、いいよ」

 

 艦長は笑って、快諾してくれました。

 

 

 

 部屋の片づけは、一日あれば十分終わりました。本当に、物少なく、生活されていた方なのですね。整理した遺品は、段ボール四つ分で事足りてしまいました。

 

「悪いんだけど、瑞穂。この段ボール、〔大和〕まで運ぶの、手伝ってくれないかな」

 

〔大和〕は、終戦時に艦長が艦長を務めていた(ややこしいですね、この言い方)戦艦です。艦娘の大和さんは、艦長と一緒にいることを選び、今はトラック諸島で暮らしています。

 

「ええ、もちろん。ああ、でも、少し待ってください。大和さんへの差し入れ、持ってきますから」

「いつもすまないね、ありがとう」

 

 艦長が台車に段ボールを移し替えている間に、瑞穂はすぐそこの自室まで駆けて、差し入れを取ってきます。大和さんは、ここサイパンで手に入るバナナと、私の作るバナナチップスを大層気に入っていました。ですから、艦長がサイパンを訪れる際には、いつもお土産として持たせているのです。

 

 小さな段ボールに詰めたバナナと、缶に入れたバナナチップスを持って、艦長のところへ戻ります。二台の台車に段ボールを乗せた艦長が瑞穂を待っていました。

 

 台車の一つを瑞穂が引き受け、二人で港湾施設の方へと歩きだします。向かうのは、〔大和〕の内火艇が横づけている、浮桟橋です。

 最盛期は埠頭や錨地に多くの船が停泊していましたけど。今、サイパンの埠頭に横付けているのは、〔瑞穂〕だけです。沖に錨を下ろしているのも、〔大和〕一隻のみ。

 ・・・いいえ。そもそもこの島は、もう。

 

「瑞穂、お盆って知ってる?」

 

 隣を歩く艦長が、唐突にそんなことを訊いてきました。瑞穂は首を横に振ります。

 

「お盆っていうのは、死んだ人の魂が、あの世からこの世に帰ってくる日のことでね。八月の真ん中位を指すんだけど」

「そんな日があるのですね」

 

 もうすぐ七月も終わりですから、あと二週間ほどでお盆ということになります。

 

「ふふ。でしたら提督は、あの世に行ってから一か月ちょっとで、こっちに戻ってきてしまうのですね。慌ただしい方です」

「あの母さんのことだから、喜んで戻ってきそうだけどね。それも何日か早く」

「そうかもしれません」

 

 そんな他愛もない会話がありました。

 埠頭へとたどり着くまで、艦長がお盆の話をいくらかしてくれます。迎え火というものを焚くこと。胡瓜と茄子で精霊馬というものを作ること。今年は新盆というものになるので、白い提灯を飾ること。

 八月になったら、瑞穂もそのあたりを用意しておかないといけませんね。

 

 浮桟橋につくと、段ボールを内火艇に移し替えます。たった四個ですから、一分もせずに作業は終わりました。

 艦長が内火艇のエンジンを始動します。

 

「瑞穂。本当に、一緒に来る気はないんだね」

 

 確認するように、艦長が問いかけます。すでに話し合ったことです。瑞穂の意思は変わりません。

 

「はい。瑞穂はここに残ります。瑞穂は、ここがいいんです」

 

 一番長い時間を過ごした場所です。一番思い出のある場所です。提督がここを選んだように、瑞穂もここを最後の場所に選びたい。ただそれだけなのです。

 

「それに、提督がお盆より早く、来てしまうかもしれませんから」

 

 瑞穂の言葉に頷いた艦長は、それ以上を問いませんでした。代わりに笑顔を浮かべて言います。

 

「お盆の頃に、また来るよ」

 

 内火艇は浮桟橋を離れ、沖の〔大和〕へと向かいます。やがて錨を引き上げた〔大和〕が、ゆっくりと港外を目指して動きだしました。

 勇壮なその姿を見送り、瑞穂は踵を返します。瑞穂一人の世界へと。

 

 

 

 

 

 

 夏の日差しが照りつける中、愛用の麦藁帽を被った瑞穂は、朝から畑仕事に精を出していました。

 元サイパン基地の敷地内で畑に向いていそうな土地を探し、土を耕して、種を蒔いたのです。提督が亡くなられたのをきっかけに始めた趣味ですが、近頃はすっかり板についてきたと、自分でも思います。

 雑草をむしり、水の具合や葉の様子を観察していた瑞穂は、額を伝う汗に気づいて、顔を上げます。首から提げたタオルで、水滴を拭いました。

 

 どれもいい育ち具合です。特に、茄子と胡瓜はそろそろ収穫の時期ですね。西瓜も一つ大きなのが育っています。

 表面に張りがあり、陽光に当てられて光る野菜たちを見つめます。もちろん、瑞穂が食べるわけですけれど。

 そろそろ、精霊馬の準備も、しないといけませんね。

 そう考えた瑞穂は、特に育ちのよかった茄子と胡瓜を一本ずつ、ハサミで刈り取りました。

 

 

 

―――時を止めた島に、今年もお盆がやってきます。




少しずつ少しずつ、世界観の概要がつまびらかになってきますね。
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