艦娘の夏   作:瑞穂国

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サンプル二つ目です。アイオワさんのお話


6、アイオワ

真夏の太陽が降り注ぐ常夏の島、ハワイ諸島はオアフ島。まさに夏真っ盛り、蒼い海と青い空に囲まれたこの島は、休暇を過ごすにはピッタリ。浮き立つ心を抑えろというのが無理な話だ。

そこかしこに観光客が行き交う中を、太陽を気にしながら歩く。

 

・・・そんな光景は、もう昔のものだ。

誰もいないメインストリート。人気のない店舗、ホテル、ビーチ。これが、ハワイの現状だ。

深海棲艦の侵攻を受けて、ハワイ諸島の放棄を合衆国政府が決めたのが、一年と六か月前。全島民が本土に避難して、残っている人間はほとんどいない。

全人口、わずかに二人。それが、合衆国五十個目の州、ハワイ州の現状だった。

 

そんな、ハワイ州に残された最後の二人の内の一人が、私、アイオワだ。もう一人は私の艦長。

合衆国海軍の命で取り残された私たちの任務は、オアフ基地の機能を最低限維持し続けること。反攻作戦後にここを取り返した海軍が、できるだけ早くその機能を復旧できるようにすること。

・・・なんて、もっともらしい理由が付けられているけど。理由はもっと単純で、合衆国がハワイを手放したわけではないことを内外に示すためだと、私も艦長も知っている。

合衆国はハワイを見捨てない。必ず取り戻す。そのための、体のいい「英雄」に私と艦長は選ばれたわけだ。

私たちに白羽の矢が立った理由は、それこそ語るほどのことでもない。ハワイ放棄作戦の際、丁度〔アイオワ〕の推進器がトラブルを抱えていて、航行不能状態だったからだ。

 

かくして、傷を負った英雄となった私たちは、二人で過ごす二度目の夏を満喫していた。

 

 

 

 

 

 

市街での所用を済ませ、真珠湾へと戻った私は、古びた守衛所を備えたフォード島への橋を渡る。しばらく歩けば、戦艦が横づける埠頭に辿り着いた。一年前には太平洋艦隊の戦艦たちが集っていた場所も、今は〔アイオワ〕が横づけるのみ。艦首方向の先には、一隻、沈没した戦艦〔コロラド〕の残骸が残っている。

それらを特に気にすることもなく、私はいつも通りにタラップを登っていった。三番砲塔横の甲板に辿り着く。

 

「お、戻った戻った」

 

そう言って声をかけてきたのは、当然艦長だった。ただし、私が彼女を艦長と認めるのに、わずかばかりの時間を要したのも事実だ。なぜなら、彼女は普段の軍服とは程遠い格好だったからだ。

一瞬下着ではと見間違うほどに布地の少ない水着。装飾なんてない素っ気ないデザインが、逆に艦長のプロポーションを引き立てる。揺れる二房の胸は、超弩級と言って差し支えない。

 

残念ながら、海軍に水着を支給する伝統はない。となると、これは艦長の私物ということになる。だけどこんな水着、彼女はもっていただろうか。

 

「ただいま、キャプテン。どうしたのその水着」

「近くのホテルにあったのを、拝借してきた」

 

窃盗である。まあ島民のいないこのハワイで、それを咎める者はいないが。これまでも、生活必需品の類を拝借したことはあった。一応リストを作ってあるので、あとで会計に突きつけてやるつもりだ。

 

「どう?似合う?」

 

そんなことを言いながら、艦長が腰をクイッと曲げた妙なポーズを披露する。セクシーなつもりだろうか。

 

「そうね・・・」

 

自分の目が半目になっているのを自覚しつつも、私は艦長の体を上から下まで見る。

 

「何というか、はち切れそうよね」

 

水着をぱんぱんに張っている胸を指でつつく。予想通りと言うべきか、ムニュッとした感触が返って来た。大した弾力だ。

 

「アイオワも人のこと言えないけどね」

 

笑って言いながら、艦長は私の胸に指を当てた。彼女の言う通り、制服が弾けそうという意味で、私も相当のサイズだ。

 

「私が揉んだから育ったのかな・・・?」

 

などとのたまいながら、どさくさに紛れて胸を揉もうとしてくる艦長。それを手で押し留め、私は色欲魔から距離を取った。

 

「それ、迷信よ」

「確かめるためにはデータが必要じゃない?」

「人類が数千年をかけて証明したでしょ」

 

揉むだけで胸が育つなら、世の女性たちは苦労していない。

 

不満げなエロ艦長の視線を無視して、私は持っていた袋を彼女に押し付ける。週一回の定期便―――本土から空輸で届いた支援物資の生鮮食品類だ。

 

「ほら。ふざけてる暇があったら、冷蔵庫に入れるの手伝ってよ」

「はーい」

 

まったくもって、返事だけは一人前の艦長なのだ。

 

 

 

軍艦の夕食は結構早い。五時には食べ始める。別に私たち二人だから、律儀に守る必要もないのだけれど、体に染みついた習慣として、結局この時間を守って生活していた。

夕食の準備をするのは私。その背後で、艦長はごそごそと何事かを始める。

 

「二〇■■年七月■■日。快晴。絶好の海水浴日和!」

 

日課としてつけている音声記録に、艦長が声を吹き込んでいる。公式なものではないし、何を吹き込もうと自由なのだが、もう少しまともな内容はないのだろうか。開口一番で海水浴の報告を始める軍人とかどうなんだ。

 

「アイオワ、ほらおいで!アイオワも何か言いなよ!」

 

夕食の準備をしている私を、艦長はお構いなしに呼んでくる。溜め息が漏れるのは許してほしい。感情表現豊かな艦娘で売っているのだ、私は。

 

「もう、料理中だって言ってるでしょ、キャプテン」

「じゃあ、せっかくだから、今晩のメニューの解説を」

「そんなんでいいの?」

 

思わず苦笑してしまう。この艦長が、全く軍人らしくないのは、今に始まったことじゃない。

音声記録に夕食のメニューを残してどうするのか。後でお偉いさんに聞かせて、胃袋を攻撃するのだろうか。

 

「今日はアイオワ特製のステーキよ」

「ステーキ!えっ、てことはこれから甲板で焼くの?」

「もちろん。一六インチ砲の火力を見せてあげるわ」

「わーお、こんがり焼けそうね。さすがアイオワ特製」

 

そんな、本当にどうでもいい軽口だ。こんなやり取りばかりが、この音声記録には収められている。一年以上の間撮り溜めてきた、私たちの日常だ。

 

数分の録音が終わると、下準備をした肉を持って、甲板に上がる。一六インチ砲は冗談だけど、しっかり熱した鉄板の上で焼いてこそ、本物の肉だ。艦内は火気厳禁だから、甲板で火を起こしてやるしかない。

分厚く切った肉の焼けていく音。飛び散る肉汁。ついでに付け合わせのピーマンやらポテトやらも焼いていく。それを見ている艦長が、よだれを垂らして喰らいついてくるのを片手で押し止め、肉を裏返す。

私の好みはミディアムレア。艦長はウェルダン。焼き加減を見極めて肉を切り分け、皿に盛る。一年もやってれば、かなり板についたものになっていると、我ながら思う。

 

艦長が、折り畳みの机と椅子を、甲板に準備し始めた。ここで食べる気満々だ。

丁度、サンセットがきれいな時間帯でもある。この景色を見ながらというのも、悪くないかもしれない。

 

焼きあがったステーキに、艦長がかぶりつく。夕陽にきらきらと瞳を輝かせ、それはそれはおいしそうに、彼女は笑うのだ。

そんな表情はずるい。反則だ。そう思うくらいには、私は艦長のことが好きである。

 

 

 

 

 

 

ガソリンを補充したジープのエンジンをかけ、私は艦長がやって来るのを待っていた。

今日は二人で外回りだ。島内の視察、という名目だけど、人っ子一人いないこの島に視察する場所もない。だから半分以上は、二人揃っての息抜きだ。

 

ただ、まあ・・・ここ最近気になっていることがないわけでもない。だから今日の視察は、その辺りの疑問解消も含んでいたりする。

 

「ごめんごめん、お待たせ」

 

舷梯を駆けてきた艦長が、そのまま助手席に乗り込んでくる。制服ではなく、まさかの私服だ。もはや突っ込む気もない。

 

「それじゃあ、出すわよ」

 

クラッチを入れ、ジープを出す。

常夏の空気が、心地よい風となって吹き込んできた。サングラスをかけた艦長は、どこかかっこつけて髪を押さえている。それを横目で窺う私は、なんだか彼女をエスコートするボーイフレンドみたいな気分になってきた。

 

「それで、ひとまずどこへ向かうの?」

 

今日の行き先を尋ねる。艦長は少し悩んだ素振りの後、市街の一角を示した。

 

「これだけ探しても見つからなかったし、最初に立ち返ろう。窃盗の被害が一番多かったのは、あの辺りだし」

「アイ・マム」

 

目的地までジープを走らせる。電気の供給は止まっているから、信号なんて用はなさない。そもそも、私たち以外に走る車もない。道端に放置されている車両はちらほらあるから、それだけ気を付けて運転すればいい。

走り抜ける市街地は、相変わらずの静寂を保っている。人がいないから、ごみもない。本当に何もない。でも、そこには賑わいの香りがいまだに残っていて、私を妙な気分にさせた。

 

「少し、気味が悪いよね」

 

ぽつりと、艦長が呟く。

気味が悪い。それはそうかもしれない。艦長の指摘が、多分、私の感覚に一番近い。

まるで時間が流れるのを拒むように、この島は一年前から何も変わっていない。

 

やがて、目的地にジープがつく。道端に車を寄せて、止めてから、私たちはシャッター街の真ん中に降り立った。

人の気配はない。それはわかっているが、二人で辺りを見回す。見回すだけでは足りないから、とにかく歩いて、色々なお店を覗き込む。

何度見ても、何の変哲もないシャッター街だ。ゴーストタウンと言うには日が浅く、やはり本当に、人気がしなくなった、寂れただけの歓楽街に見える。

 

どうしてこんなところに、視察へ来たのかといえば。四か月くらい前から、窃盗の被害が出ているのだ。

・・・確かにまあ、似たようなことは私たちもやっているわけだけど。でも、私たちはこの辺りに足を踏み入れていない。それに、私たちが拝借するものは、軍からの定期便では補えないもの、具体的には食料品以外がほとんどなのに、この辺りでの窃盗被害は、その大半が食料品だ。

動物の仕業とは思えない。盗まれたのは缶詰や乾燥食品みたいな、保存がきいて、気密性の高いものだ。どう考えても人間の仕業に違いない。

私たち以外に、この島に残っている人がいるかもしれない。だとすれば保護する必要がある。

 

「アイオワ、こっち!」

 

艦長が声を上げた。彼女の指さす先には、わずかに開いた様子のあるシャッター。

二人で示し合わせて、ゆっくりとシャッターを押し上げる。差し込んだ光が露わにしたのは、床に敷かれた毛布や、転がっている空の缶詰。

そして・・・部屋の隅で、じっとこちらを窺う、四つの目。

艦長に目配せをする。頷いた彼女は、殊更ゆっくり、可能な限り音を立てず、部屋の中に踏み入る。

 

「お名前は?」

 

艦長の微笑みに、暗がりの中から、人影が現れる。

くせっけの強い、栗色の髪の男の子。ぼさぼさだが、艶やかな黒髪の女の子。どちらかといえば、アジア人っぽい顔立ちの二人だ。

 

男の子が、女の子を庇うようにしながら答える。それを聞き届け、頷いて、艦長はもう一度笑った。

 

「よかったら、お姉さんたちと一緒に、来ない?」

 

 

 

そんなことがあって、〔アイオワ〕の住人が二人増えたのだった。




オムニバスしつつ、一つの時間の流れを作ろうという、面倒なことに挑戦しております
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