祥鳳さんのお話。
このお話を含めて、残りは短編三つですが。この三つは、この作品の中でも特にお気に入りのお話です。
常夏の島にこの表現もおかしいのですが―――真夏にふさわしい陽光が、頭上から燦々と降り注いでいます。透き通るような空気と、抜けるように青い空、海。常夏の名に違わぬ、晴れやかな島です。
米海軍所有のオアフ島・真珠湾基地。三番埠頭に身を休めていた私、祥鳳は、一週間を過ごしたこの島に対し、改めてそんな感想を思い浮かべていました。
「祥鳳、出港用意はどう?」
艦橋中央に立つ私に対し、軍服姿の女性が尋ねます。肩には少佐を示す徽章。
「出港部署配置、完了してます。いつでも出せます、提督」
私の返答に、彼女―――提督は、満足げに頷きました。
提督というのは、何隻かの軍艦が集まった艦隊を率いる指揮官に与えられる役職です。隣の彼女は、〔祥鳳〕の艦長と〔祥鳳〕隷下の機動部隊を指揮する提督を兼任しています。どうお呼びするか迷った末、私は「提督」とお呼びすることにしていました。
「それじゃあ、帰ろうか。出港、舫離せ」
その号令で、艦首尾の舫が離されます。艦橋から見える前甲板上では、二人の乗員が岸壁から離れた舫を巻き取っているところでした。
そもそも、日本海軍所属の私が米海軍の基地に身を置いていた理由は、一週間前まで遡ります。
ハワイ解放作戦。日米合同で行われたこの作戦は、五年近くにわたって深海棲艦に占拠されていたハワイ諸島、及び同地の真珠湾米軍基地の解放を目的としていました。元は米軍単独での実施予定だったそうですが、ダイヤモンドヘッドに「陸上型」の深海棲艦が確認されたことで、作戦発動を前倒しした、という経緯があります。実施時期を早めたことによる戦力の穴を埋めるために、日本海軍も作戦に参加することになったのだとか。
そんなハワイ解放作戦で、〔祥鳳〕には艦隊直掩と同時に、また別の任務が与えられていました。それは、陸上型の調査隊を、オアフ島へ送り届けること。この調査隊の派遣が、作戦への協力に対する米国との取引の結果でした。
そうした経緯があって、私は作戦終了後に真珠湾へ入港し、一週間ほど米軍基地に間借りをしていたのです。
この一週間、〔祥鳳〕が身を休めていた岸壁が、次第に遠ざかっていきます。タグボートに引かれた艦体は徐々に埠頭から離れ、私は常夏の島に別れを告げました。
周辺警戒も兼ねて、真珠湾港内を見回します。五年間、深海棲艦に占拠されていた割には、真珠湾の港湾施設はとてもきれいで、破壊の痕跡は全く見当たりません。かと言って、深海棲艦が使っていた訳でもない、というのですから。そういったところが、深海棲艦の不可思議なところと言えます。
・・・いえ、もちろん、完全に無傷という訳ではありません。
湾中央に浮かぶ島を航過しようとしたとき、私の目にあるものが止まります。穏やかな真珠湾にあってただ一つ、戦闘の激しさを色濃く残すものです。
黒い煤で覆われ、焼けただれた状態で擱座する一隻の戦艦。艦首、艦体中央、艦尾の三つに分断されたその骸は、真珠湾の只中に、寂れた威容を残して佇んでいます。
米海軍の戦艦〔アイオワ〕です。五年間、この真珠湾を守ってきた、英雄とでも言うべき戦艦でした。ハワイ解放作戦に際し、その艦体は無数の砲爆雷撃にさらされ、奮戦虚しく真珠湾に没していました。
大破着底し、ずたずたに引き裂かれた〔アイオワ〕に、すでに主の姿はありません。いまだ原型を残す艦橋のふちから、今にも金髪美女が手を振りそうですけれど。そんなことは、決して起こりませんでした。
私の横に立つ提督が、軽く会釈をしたのがわかりました。いいえ、彼女は両の手を合わせ、合掌しているのです。失われた艦と、その艦娘、艦長に。
私もそれに倣います。胸の前に手を合わせ、わずかに頭を垂れます。閉じた瞼の裏で願うのは、安らかな眠りのみ。米国の宗教観は日本と違うのでしょうが、死者の魂の安寧を祈る点は、万国共通なのだと思います。
十数秒間の祈りを終え、私が顔を上げると、隣に立つ提督が、寂しげな微笑みを浮かべていました。
タグボートからのロープが離され、〔祥鳳〕は真珠湾の出口となる水道へ差し掛かります。
「出港部署開け。通常航海へ」
提督の号令を受けて、〔祥鳳〕は通常航海の体制に移行します。前後部甲板で舫を取る作業をしていた私と提督以外の乗員が、艦内へと戻ります。
航空機の搭乗員を除けば、〔祥鳳〕の乗員は提督と私を含めた六人だけです。艦の運航はこの六人で完結しています。こう見えても、第三世代艦娘ですから、私。大抵のことは一人でできるんです。えへん。
水道を抜け、他艦と陣形を組み、既定の針路に乗ったところで提督が制帽を取り、それを合図に私たちは緊張を解きます。あとは自動航法で、針路を保ってくれますから。
「行こうか、祥鳳。『お客さん』の様子を見てこないと」
提督がそう言って、ニカッと笑います。その言葉で、私は改めて、提督が言った「お客さん」に想いを馳せました。
元々乗せていた乗員と航空隊員、それに調査隊員以外に、真珠湾基地で新たに乗せた二人。おそらく、長らく孤立していたハワイの、唯一の生き残りです。
軽やかな足取りで階下へと下っていく艦長の背中を、取り急ぎ私も追いかけました。
◇
提督が引っ張り出してきた機械に、私含め三人分のクエスチョンマークが、〔祥鳳〕の食堂に生じていました。
何と言うのでしょう。箱型の上部に、レバーが横についていて、下部は何かを入れるのか空間になっています。何に使う機械なのか、皆目見当もつきません。
「これは・・・なんですか?」
私の内心を代弁するように、黒髪の小柄な少女が提督に尋ねます。
少女ともう一人、彼女の隣に立つ栗色の髪をした少年は、提督がオアフ島で保護した兄妹です。彼ら自身が提督への同行を望んだので、こうして〔祥鳳〕に引き取っています。日系移民の末裔ということで、ある程度は日本語での意思疎通が可能でした。
「氷かき・・・かき氷機だよ」
「かき氷機?」
三人分の問いかけが、一つに重なります。
「まあまあ、見てて」
ニコニコと笑いながら、提督は冷凍庫から大きな氷を取り出しました。一辺が十センチくらいある、見たことがないほどの大きさです。キラキラと透き通った輝きを放つ氷塊を、提督は慣れた手つきで、かき氷機にセットしました。それから、下の空間に、透明なガラスの容器を置きます。
「行くよ」
そう言って、提督はレバーを回し始めました。すると、先程セットした氷がゆっくりと回転しだしました。その回転に合わせ、シャリシャリと小気味のいい音がリズミカルに響きます。
「わあああっ」
食いつくようにかき氷機を見つめていた妹さんが、感嘆の声を上げました。シャリシャリという音に合わせて、削れた氷の欠片が、綿雪のように降り注いでいました。風で揺れる落ち葉か何かのように、削れた氷が一枚二枚と、容器の中に降り積もっていきます。
妹さんも、お兄さんも、もちろん私も、その様子を食い入るように見つめていました。チラリと兄妹の顔を窺えば、氷に負けないくらい両の瞳を輝かせて、五センチに達した積雪の様子を見守っています。
提督はますます笑みを深めて、さらにレバーを回し続けました。
やがて、容器の上にこんもりと、雪山ができあがります。薄い氷の膜が折り重なったそれは、今にも崩れそうに儚く、夏という季節を考えれば、どこか浮世離れしたものにも思えました。熱でわずかに溶けた水滴が、雪の上を伝って蛍光灯の光を宿しています。
「味は何がいい?イチゴと梅と、宇治抹茶があるよ」
提督の言葉に、兄妹が顔を見合わせました。お兄さんの方が、妹さんに順番を譲ります。ふんふんと鼻息も荒く頷いた妹さんは、両の拳を力一杯握りしめて、同じくらい力強い声で答えました。
「イチゴ!」
「イチゴだねー」
了解、と答えた提督は、「イチゴ」というラベルの張られた瓶を傾け、中に入ったピンク色の液体(シロップでしょうか?)を、氷の上に回し掛けました。降り積もった雪山に、液体がゆっくりと染み込んでいきます。
「はい、どうぞ。イチゴのかき氷だよ」
シロップをたっぷりかけた氷―――かき氷を、提督が妹さんに差し出します。今か今かと待ちわびていた様子の妹さんは、それはそれは嬉しそうに、ガラスの容器を受け取っていました。
「一気に食べると、頭がキーンとするから、気をつけてね」
テーブルに陣取って、早速雪山の切り崩しにかかり始めた妹さんに、提督が注意を促します。それを聞いていたのか、いないのか、スプーン一杯のかき氷を頬張った妹さんは、すでに額のあたりを押さえて悶えていました。
その様子を苦笑しながら眺める提督は、二つ目のかき氷に取り掛かっています。お兄さんが選んだ味は梅です。先ほどと同じように、提督は慣れた手つきで、さらさらと氷の山を作っていきます。できあがったそれに、今度は「梅」と書かれたシロップを一かけ。かき氷を受け取ったお兄さんも、妹さんの隣に腰掛けて、シロップの染みた綿雪をすくい始めました。数秒後には、妹さんと同じように、目をきつく瞑って頭を押さえています。
「祥鳳はどうする?」
三つ目の器を用意して、提督が私に尋ねました。
流れで行けば、宇治抹茶でしょうか?氷にお抹茶をかけるって、想像がつきませんね。どんな味がするのでしょう。
それに。味も気になりますけど、私は何より、かき氷機の方に興味があります。
「提督、私が削ってみても、いいですか?」
私が尋ねると、提督は強く頷いて笑いました。
「うん、いいよ。こっちおいで」
提督に手招きされるまま、私はかき氷機の隣に立ちます。そのまま、こわごわとハンドルを握りました。これを回せば、氷が削れるのですね?
「最初は一緒にやろうか」
そう言った提督が、私の後ろに立ちます。背後から伸ばされた手が、ハンドルを持つ私の手に重ねられました。それからゆっくりと、提督がハンドルを回し始めます。
「これくらいのスピードで回し続けてね」
「は、はい」
提督が手を放して、今度は私が一人でハンドルを回します。こうして回してみると、意外と重いですね。手にはしっかりとした感触が返ってきます。もちろん、氷を削る、跳ねるように爽快な感触も。
「上手だね、祥鳳」
「そうですか?」
「うん。すごくきれいに削れてるよ」
提督が指さす先、容器に積もっていく氷の様子を、私はかき氷機の隙間から確認しました。そこには、提督がやったのと同じように、薄く輝く薄氷が折り重なっています。
ハンドルを回すこと、およそ一分。一山分積み上げられた氷を取り出し、シロップの瓶を手にします。随分と濃い緑色をした液体を、全体にまんべんなく、一かけ。
できあがったかき氷を手に、改めて見つめます。氷の冷たさが、ガラスを通して手のひらに伝わってきました。見た目も温度も、夏にはぴったりの一品です。
「できたてを食べちゃいなよ。私の分は自分で削るから」
提督に言われるまま頷いて、私も自分で削ったかき氷を手に、兄妹の前に座ります。夢中で氷を食べている二人に倣って、私もスプーンで氷をすくい、ゆっくりと口に運びました。
口に含んだ瞬間、氷が熱で溶けていきます。薄く薄く、それこそ雪のように削ったからでしょうか。はらはらと儚く、舌の上で氷が水になっていきます。
その時、強烈な甘みがやってきました。舌の上を伝う甘さ、それから鼻に抜ける微かなお茶の香り。冷たさと相まって、思わず身を震わせてしまうようなおいしさ。
すごいです。これがかき氷。これは確かに、夢中になって食べてしまうのもわかります。削った氷にシロップをかけただけなのに、冷たくて、甘くて、やみつきになる。こんなに甘いのに、すぐに口から消えてしまうのが、不思議でたまりません。
二口目をすくい取り、すぐに口へと運びます。宇治抹茶の色に染まった氷が、私の口へ収まりました。
次の瞬間、頭に割れるような痛みが走りました。天を振り仰ぎ、額を押さえます。提督の言っていたことを、完全に失念していた私でした。
「だから注意したのに」
自分の分のかき氷に三種類のシロップをかけつつ、提督は笑っていました。
その後、〔祥鳳〕艦内でのかき氷機の需要が急上昇したのは、言うまでもありません。
今回のお話、色々情報盛りだくさんですね。
ちょっとしたところにちょっとした小ネタが。
ここ数日暖かいので、かき氷の出番も近いかも…?