タイトル通り!

※家は燃えません

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【警告】
 当SSには、『異世界迷宮の最深部を目指そう』九章中盤くらいまでのネタバレが含まれます。
 未読・未到達の方はご注意ください。








転生陽滝ちゃんの最深部を目指そう/1.プロローグ

 ある日の夜。いつも通り、一人で部屋にいたときのことだった。

 何気なく(・・・・)テレビをつけて、僕は愕然とする。

 

 ――陽滝が、交通事故に遭った。

 

 頭が真っ白に――ならなかった。

 むしろ、僕が感じたのは疑問(・・)だった。

 

 本当に? だって、あの陽滝だぞ? あんなに強い筈の父さんも母さんも軽く超えた、あの底知れない妹だぞ?

 そもそも、僕は何度も見ている。いいや、むしろ見せつけられてきた。だから知ってる。他に誰も知らなくても、僕だけは知ってる。

 ――あの妹には、『魔法』のような力がある。むしろ、交通事故なんて常識的なもので傷つく方がおかしいくらいだ。

 

 つまりこれは、あくまで表に見せているものだ。

 その前提の上で、僕はその裏を考えていく。そうすることを、望まれていると思った。ぱっと思いつくだけでも、候補は幾通りもある。そこから出発して、一つ一つの可能性を吟味して、時に切り捨て、時に追加していく――

 

 ――その作業を始めて、何分か経った頃。

 突然、紫色の扉が僕の部屋の真ん中に出現した。扉は一人でに開いて、中から一人の女の子が出てくる。

 

「――はぁ。兄さん、見てないならテレビは切りましょう。電気がもったいないですし、集中の邪魔じゃないですか?」

 

 僕の妹、相川陽滝だった。

 その言葉と共に、リモコンに触ってもいないのにテレビの電源が切れる。さっきまで流れていたニュースが嘘のように、彼女はピンピンしていた。

 

 ――ああ、やっぱり。

 

「……何のためにこんなことをしたんだ?」

 

 陽滝の行動に、「どうやって」なんて考えるだけ無駄だ。だけど、最低限の基本ルールは残ってる。「なぜ」を考えることには、意味がある。

 だから僕にとって、一番の疑問はそこだった。

 結局、候補は絞り切れていない。そもそもその中に正解があるのかどうかもわからない。

 

「簡単です、いまの立場を捨てる為ですよ。そろそろ邪魔になってきましたから」

 

 あっさりと、『答え』は返ってきた。

 ……相変わらず、僕に対してだけ対応が違う。妙に正直で、律儀だ。こいつとの『血の繋がり』なんて信じていない僕には、その理由がまるでわからない。

 ただ、ずっと抱いているその疑問以上に、いまの『答え』は僕にとって受け入れられないものだった。

 

「あんなに、勝ち取ったのに? 『一番』になったのにか?」

「ええ。それ以上に、大切なことがありますから」

 

 こちらも相変わらず。こいつが、まともな意味と価値の中で生きていないことがよくわかる台詞だ。浮世離れしていると言えば聞こえはいいが、直接関わる人からすれば最悪の蹂躙者でしかない。

 だから僕は、妹のことが嫌いだった。僕にかけてくる言葉、伝えてくるもの、差し伸べてくる手、全てが気持ち悪くて仕方がない。

 

「……何なんだよ、その大切なことっていうのは」

「そう、本題はそれです。――兄さん、『魔法』に興味はありませんか? 何なら、教えてあげますけど」

 

 ――その一言で、全てのピースがカチリと音を立てて嵌った気がした。

 

 このためだけに、こいつは幾つもの仕込みや準備をしてきた。いまわかるだけでも――小さい子供の一人部屋に何故か置かれたテレビ。時に偶然を装い、時に露骨に、度々見せつけられた魔法の数々。いつの間にかプレイしていた剣と魔法のファンタジーのゲーム。表舞台から退場する為の今日の事件。そして、ずっと薄っすらと感じていた思考誘導や精神干渉。

 僕が気づけてないものまで含めれば、その数はさらに膨らむだろう。

 

「……全部、このためだったのか」

 

 ――わかっている。

 なのに、止められない。

 なぜか、止めたいとも思わなかった。

 

 水の流れに流されるように、僕はその『答え』へと向かっていく。

 

「おまえが昔から使ってるのは、その『魔法』ってやつなんだな?」

「ええ。私は生まれつき、魔法の才能と知識を持っていました。いまのところ、この世界で唯一の魔法使いですね。……まぁ、流石に異世界まで探せば他にもいますけど」

 

 「こんな感じです」と言いながら、陽滝は周囲に炎を踊らせる。

 正直、見飽きた光景だったが……その言葉には、初めて知る情報が含まれていた。

 

「その才能ってやつがない僕が魔法を習ったとして、どのくらいのことができるんだ?」

「そもそも兄さんは、普通の人間としてはかなり才能のある方なんですが、そうですね……私が見たところ、兄さんには『魔力操作』の才能があります。魔力を固めて糸にして、遠くの物を引っ張るとかなら、数年もあればできると思いますよ、多分」

 

 ずっとぼんやりとしていた『陽滝だけの力』が、具体的な情報と共にようやく像を結んでいく。

 確かめるべきことは、これで最低限確かめきった。

 目指すべき方向性まで教えてもらった所で、僕は最後の『答え』を返す。

 

「……そうか。だったら――教えろ、陽滝。おまえの思惑に乗ってやるよ」

「――ふふっ」

 

 それを聞いて、陽滝は笑う。

 本当に楽しそうに、世界唯一の魔法使いという『化け物』が笑う。

 

「――では、早速始めましょう。まずは一番基礎で、一番大事で、一番困難な一歩目。『魔力を感じる』ことからです――」

 

 ――その一言が、始まり(終わり)だった。

 僕――『相川渦波』の物語の、始まり(終わり)

 父さんの背を追って芸能界へと進む『道』は途絶え、妹の背を追って異世界へと進む『道』へと切り替わる。

 

 その分岐点が、この日――

 この日、このときだった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「なあ陽滝、そういえば気になってたんだけど」

 

 すっかり日課となった『魔法の鍛錬』。

 それを始めてから、半年程経っていた。

 

 既に僕は、基礎中の基礎――『魔力』を感じることに成功している。

 そして、陽滝の指導の下、適正のあった『魔力操作』の鍛錬に進んで――あっという間に、僕は第一目標だった『魔力物質化』の糸の操作を修得した。

 それを成し遂げたのは、あるのかないのかわからない僕の才能よりも、陽滝の教え方の上手さと反則ぶりが圧倒的に大きいと思う。

 陽滝は僕に手本を見せることと、僕がそれを真似るのを手助けすることを同時に行っていた。恐ろしい程の速さで僕の心身に『魔力操作』のスキルが馴染んでいく光景は、まるで『運命』でも操られているかのような理不尽に満ちていた。

 

 そもそも、いまも僕に繋がれている一本の『紫の糸』――《ディメンション・ライン》とかいう魔法からして狂っている。

 陽滝と比べれば魔法使いとして木っ端でしかない僕には解析できないが、これは陽滝曰く「『魂』に直接『繋がり』を作る」魔法らしい。

 当然のように、鍛錬の間中、僕の考えは陽滝に筒抜けだ。

 

「ええ、それが気になるのはわかりますよ。私もそうでしたから。前に友達のノイちゃんと一緒に調べたんですが、結論から言うといませんでした。この世界に存在してきた魔術だの呪術だのは、いまの世界の常識的な理解で概ね正しいです。付随して『魔力』や『世界』、『理』が動くことはありましたが、それらがきちんと自覚的に振るわれていたことはありませんでした。

 ――当然、いま兄さんが覚えようとしている、『様々な現象への魔力変換』なんて一度も使われていません」

 

 いま僕は、「世間のオカルトと、陽滝の魔法の関係」「いま魔法使いが僕たちだけなのはわかるが、過去にいたことはなかったのか」といった疑問を思い浮かべ、質問しようとしたのだが――先手を打って、『答え』を返された。

 その『答え』に対してもまた、「ノイちゃん とは」という疑問が湧くが――

 

「ノイちゃんは私の友達です。『理を盗むもの』ノイ・エル・リーベルール――とある『名前のない異世界』で『世界の主』っていう仕事をしている、すっごい魔法使いですよ。次元属性の魔法が得意で、『過去視』『未来視』なんかも使えます」

「……はぁ。おまえの魔法が凄いのはよくわかったから、少しは僕にも喋らせろ……」

 

 幾らか魔法を覚え始めた分、陽滝の凄まじさはよりはっきりとわかるようになってきた。

 いま僕は、魔法で火を起こしたり、水を出したりすることに挑戦している。

 しかしそんな僕を横目に、陽滝は電気の魔法で病院の計測機械を軽く騙し、扉の魔法で異世界を飛び回っている。

 

 ずっと前から、陽滝と勝負することを諦めていなければ――いや、諦めさせられて(・・・・・・・)いなければ、心が折れていただろう。天と地という言葉すら生ぬるい程の『違い』が、僕と陽滝の間にはあった。

 

「……あっ、ごめんなさい。少し調子に乗ってましたね……」

「いや、それは別にいいけど……なあ、この『糸』、心を読むのだけ抑えることってできないのか?」

「……なるほど、それは確かに重要ですね。少し考えてみましょうか……『繋がり』の仕組み上、吸い上げてしまうのは抑えられない。なら、弁を作る? 止めるか、隠すか――あ、できました。《ブラックシフト》を混ぜるのがいい感じですね、属性も同じですし」

 

 いまもまた、陽滝はあっさりと魔法を次の段階に昇華させた。

 生まれ持ったものだけでなく、成長の速度すら違うのがよくわかる光景だ。

 

「なあ、その《ブラックシフト》っていうのはどういう魔法なんだ? 次元属性なのか?」

 

 僕の質問に片手間で答えつつ、陽滝はずっと話と並行して進めていた作業の結果をまとめていく。

 

「ええ、次元魔法の一つです。さっき話したノイちゃんの得意魔法でもありますね。名前の通り、視覚的にも魔法的にも『黒塗り』する魔法です。今回はこれを、ある種の『認識阻害』のように使いました。

 ……うーん。やっぱり、『血』に手ずから『術式』を書き込むなら『血の糸』のような手段が要りますね……。……兄さん、明日まで待ってもらえますか? ちょっと異世界から、『血術』の本を持ってきますから」

 

 陽滝のような規格外でもなければ、普通の人間が自力で魔法を覚えるのは非常に難しいらしい。生まれ持った適正のないものであれば、その傾向にはさらに拍車がかかると彼女は言っていた。

 僕は『魔力操作』の適正はあるが、『属性魔法』の適正は基本的に(・・・・)ないらしい。実際、『魔力物質化』のときは取り掛かった初日から取っ掛かりを見つけられたのに、今回の『属性魔法』は一週間経っても全く目処が立っていない。

 

 そこで今日陽滝が提案したのが、『術式』を僕に魔法で覚えさせる方法だった。知識通りなら、人体の中でも魔力と関係の深い『血』に刻むことで可能――と言っていたのだが、そもそもその手法自体がこの場ですぐにできるものではなかったようだ。

 

 ……と、そこまで理解して、また僕の中に一つ疑問が増える。

 今日は特に、知らない言葉が出てくる回数が多い。僕は軽く混乱しかけていた。

 

「『血術』……? 血を操る魔法なのか? 異世界ってことは、ノイって人の? でも、その人が得意なのは次元魔法って……」

「あー……、これは、兄さんに『異世界』の詳しい話をしてこなかった私のミスですね……。この世界と違って、異世界には数こそ少ないですが複数の魔法使いがいるんです。『血術』はヘルミナ・ネイシャさんっていう人が研究している魔法ですね。『誰でも使える魔法』がコンセプトです」

「『誰でも使える魔法』、か……。それは、いいな。すごくいいな」

 

 そのヘルミナ・ネイシャさんという人の思想に、僕は強く心を打たれた。

 困難と才能の差を、ずっと感じ続けているからこそ、響いた。

 

「ええ、とても立派な目標です。とはいえ、ノイちゃんの方と比べると、まだまだ未熟な技術なのは否めませんが……兄さん、いまから『異世界』講義を受ける余力はありますか?」

「ああ、大丈夫だ。……元々、今日は陽滝がやってばっかりで、僕自身は大したことしてないしな」

 

 嘘だ。

 本当は、《ディメンション・ライン》で『繋がり』とやらを作られるのはかなりの負担がかかる。体はそこまででもないが、心にはかなり疲労が溜まっていた。

 

 ――ただ、それ以上に僕は好奇心に駆られていた。

 今日一日で一気に膨れ上がった、『異世界』の話。

 あの(・・)陽滝が『友達』と呼ぶ大魔法使いのノイという人に、『誰でも使える魔法』を研究するヘルミナさんという人。

 そんな人達に繋がる話なら、ぜひとも聞いてみたいと、そう思ったのだ――

 

「――それじゃあ、まずは世界観から説明しますね。とても簡単に言うと、兄さんに勧めた(・・・)ゲームみたいな、『剣と魔法の世界』です」

「へぇ……」

 

 ――『剣と魔法の世界』。

 

 その一言だけで、僕の中に一瞬でぼんやりとしたイメージが構築される。

 同時に、薄っすらと感じていた疑問も氷解する。調べた限り、ファンタジーの世界観は『現実世界に異能を混ぜ込む』ローファンタジーと、『完全に違う世界を舞台にする』ハイファンタジーに大別される。やらされた(・・・・・)ゲームが、これまでの僕の状況(シチュエーション)と違い、どれも後者に属していたのはこういう訳だったのだろう。……本当に、陽滝はいつも先を見据えている。

 

「こちらと比べて『魔力』が圧倒的に豊富な世界で、一時は『魔法』も広まっていたと聞きます。様々な動物の特徴が混ざった人々――いわゆる『獣人』の人たちもいますね。……そしてゲームの定番――『世界の危機』が起こっています」

「せ、『世界の危機』……? 大丈夫なのか……?」

「実際、大丈夫じゃありません。それを説明する為にも――兄さん、復習です。『魔力』とは何ですか?」

「あらゆる存在を形作る『源』、だろ?」

 

 端的にまとめれば、その一言だった筈だ。

 あらゆる存在というのは、文字通りあらゆる存在。人や動植物といった生物、気体・液体・固体の物質、燃焼や気流などの現象、電気や重力といった力、喜怒哀楽を始めとする精神から、伝承や概念に至るまで、はっきりしたものも曖昧なものも含めて全て。

 

 あともう一つ、教えられた特徴と言えば――

 

「ええ、合ってます。――それともう一つ。地表付近の空気よりも軽い、というのは覚えていますか?」

「ああ、ちゃんと覚えてる」

「おお、やっぱり兄さんは記憶力がいいですね」

「……僕の数少ない自慢だからな。でも、どうせおまえの方がいいんだろ?」

「まぁ、そうだとは思いますが……兄さん、あんまり自分を卑下するのはよくないですよ?

 ……と、話が逸れかけました。さっき、『異世界には魔力が多い』って言いましたよね? これは実は、いいことばかりではありません」

 

 そう言いながら、陽滝は無詠唱で精神魔法を発動させ、僕に幻覚で説明してくる。

 相変わらず、滅茶苦茶な感性だ。

 

 ――見せられたのは、空を覆う、黒々とした『魔法の闇』。

 

「これ、……全部『魔力』、なのか……?」

 

 その様は、いままで僕が『魔力』に抱いてきたイメージとかけ離れ、あまりに禍々しかった。

 

「――ええ。これが、いまの『異世界』の空です。正常な循環を外れた大量の『魔力』……あちらの言葉で言う『魔の毒』が暗雲となり、陽の光を遮っています。さらに……」

 

 陽滝の言葉に合わせて、幻覚が変化する。

 

 空に溜まった水蒸気が雲となって雨を降らせるように、大地に降り注ぐ『魔力』――いや、『魔の毒』。

 その下にいるのは、異世界の『人』たち。

 

「『魔力』とは、『魔の毒』とは、あらゆる存在の『源』。何にでも成り得るものです。――それは、既に『形』を確定させていた存在にとっては、根本的な猛毒にも成り得ます」

 

 ――人々は、濃い『魔の毒』を取り込んでいく。

 そして、変化が現れる。

 深刻な体調不良を発症する人がいた。モンスターが混ざったかのような姿で生まれ落ちる子供がいた。

 暗闇、病、そして異種族。

 急激に現れた数々の苦難に、人々の心は乱れ、荒んでいく――

 

「このまま事態が進行していってしまえば、『異世界』は間違いなく滅びます。大地から人々が消え、理性なきモンスターだけが残り、やがてそれらも相争って消滅する。――これが、いまの『異世界』の窮状です」

 

 ――その惨状を、見せられた。

 

 ……ただ、いまの僕には、あまり関係のない話でもあった。

 僕にはもう、『世界』への興味はない。――あの日、捨てた。

 だから――

 

「……酷いな」

 

 感想は、たった一言で済まされる。

 我ながら薄情だとは思う。だが、僕はそういう人間なのだ。そういう風に考えるような性格をしているのだから、仕方ない。

 それにそもそも、この『世界の危機』は――

 

「……あっさりしてますね。まぁ、いいですけど。

 ――という訳で、『世界の主』のノイちゃんと、『血術の研究者』のヘルミナさん、そして『異邦人』の私。この三人が中心となって協力し合い、『世界の危機』を解決しようとしているんです」

 

 ――相川陽滝が、既に手を回している。

 つまりもう、解決は約束されたようなものだ。こいつなら、きっとどうとでもするだろう。それだけの『信用』を、僕はこいつに持っている。

 

 僕が心配する意味はないだろう。

 そんなことより、僕にとって重要なのは、いま明らかにされた人物関係だろうか。これまで出てきた二つの人名の立ち位置がよりはっきりとした。

 

「拠点は主に三箇所です。大陸南部に位置するファニアの『魔障研究院』、大陸中央に生えている『世界樹』、そして大陸北部の『孤児院』」

「距離は……ああそうか、次元魔法《コネクション》で解決できるのか。三箇所ってことは、中心になってる三人と対応してるのか? 研究者のヘルミナさんが『魔障研究院』、おまえは……多分『孤児院』だろうな。ノイっていう人は『世界樹』か?」

 

 ヘルミナさんは順当にわかる。

 陽滝で少し迷ったが……こいつは僕の知る限り、人類全体で『一番』の力を持った少女だ。それはつまり、『一番』心の余裕がある人間ということでもある。心の余裕は優しさを生むと言うが、それを証明するかのように、相川陽滝という少女はとても優しい。その特徴と関連付けて考えた。

 残ったノイという人は消去法だ。あと、『世界の主』と『世界樹』は言葉の響きからして相性がよさそうでもある。

 

「……よくわかりましたね。やっぱり、兄さんは頭がいいです」

「……どうせ、おまえよりは悪いけど、って付くんだろうが」

「もう、また兄さんは……。……はぁ」

 

 ……このため息も、そうだ。

 陽滝はその優しさで、僕の劣等感(コンプレックス)を案じている。

 ただ、その配慮自体が劣等感を助長していることにも、当然気づいているのだろう。

 だからいつも、陽滝はこの問題に深入りしようとしない。……その気になれば、僕の感情なんて魔法で簡単に消せてしまえるのだろうが、陽滝はそういった大振りな精神干渉を避ける傾向にある。

 

 と、いつも通りこいつの分析をしていると、少し考え込んでいた陽滝は僕に提案を投げかけてきた。

 

「そうですね――兄さん、明日、私と一緒に『異世界』に行ってみるのはどうですか?」

 

 少し考える。

 ……断る理由は、特にない。

 そして、『剣と魔法の異世界』に――興味がないと言えば、嘘になる。

 

「あちらの『孤児院』には、私が保護した何人かの子供たちがいます。兄さんとも、年はそう変わりません。きっと、『友達』になれると思いますよ?」

 

 ……こいつ、僕のことをぼっちだと思ってやがる。

 まあ確かに、有名人の息子ということで、学校では深い人付き合いを避けたりもしているし、事実と言えば事実なのだが……。

 

 少しだけ苛ついたが、僕は『答え』を返していく。

 陽滝の『理想』をなぞるように――

 

「……ああ、構わない。正直、僕はその『異世界』に興味が湧いてる。魔法のスキルアップにも繋がりそうだしな」

「ふぅ、よかったです。では、いまの内に向こうに話を通しておかないといけませんね、ふふふっ」

「……あ、そうだ。多分、いつもの鍛錬の時間内には収まらないよな……。そうすると、僕の方にも一応予定があるんだけど――」

「ああ、確かにそれもありましたか……。――ええ、大丈夫です。私がなんとかしておきますよ、兄さん」

 

 そう言って、陽滝は指先から『紫の糸』をもう一本。

 見せつけるように伸ばして、笑った。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 ――翌日。

 その日は偶々日曜日で、元々入っていた幾つかの用事も何故か(・・・)様々な理由で立ち消えになった。

 陽滝の加護を受けて、僕は何の憂いもなく《コネクション》をくぐる。

 

「――みなさん、紹介します。彼が私の兄、相川渦波です。仲良くしてあげてくださいね?」

「ど、どうも……」

 

 そして、その先にあった『孤児院』で。

 

「初めましてお兄ちゃん! 私はティアラ・フーズヤーズ、ティアラって呼んでね!」

「うむ、初めましてなのじゃ! (わらわ)の名はティティー! どうじゃ、いい名前じゃろ!」

「……ね、姉様っ! それとティアラ様も! 珍しいお客さんにテンションが上がるのはわかりますが、もうちょっと自重してください! ……あ、自分はアイドと言います。よろしくお願いします、カナミ様」

「はははっ、相変わらずだな君たちは……。……ああ、私はローウェン・アレイスだ。もし魔物(モンスター)が出たら呼んで欲しい、これでも剣の腕には自信があるんだ」

「わ、私は――」

 

 僕は、終生の『親友』となる子供たちと出会うことになる。

 

「――はいっ、よろしくお願いするっす!」

「(……兄さん、その口調になるんですね)」

 

 




 続きません。……申し訳ない。
 以下、設定についてちょっと補足です。

【『使徒』『理を盗むもの』について】
 転生陽滝ちゃんがインターセプトしたので、(少なくともこの時点では)ノイは『使徒』を生み出しておらず、『理を盗むもの』は両世界合わせてもノイだけです。
 ノイの属性は九章中盤現在でも不明ですので、そこに触れずに済んでやったー!という気持ちです。

【名前が出ていない原作理勢について】
 まず、ラグネは生まれていません。ただ、渦波の属性が弄くられていないので、実質出てるとも言え……ません。つまり、この物語にラグネはいません……。
 『アルティ』は台詞が途中で途切れてる子です。申し訳程度のネタバレ配慮。
 ティーダはロミスと一緒に、ファニアで三人同盟に協力しています。『呪い』とかないので、仲良し幼馴染してると思います。
 セルドラは一応孤児院所属ですが、渦波が来た日の朝は偶々ちょっと旅行していていなかった感じの想定です。転生陽滝ちゃんは異世界在住、ノイとヘルミナはそれぞれ『最深部』と『魔障研究院』に籠りきりなので、ロミス・ティーダ・セルドラ辺りがメインの実働要員になってる……みたいな感じに思い描いています。
 ……『ファフナー』も理勢に入れてあげましょう。彼はこの作品だと(少なくともこの時点では)『終末の悪竜(ファフナー)』も『地獄の明かりたち(ヘルヴィルシャイン)』も名乗っていないので、現状だと名前を出しようがありませんでした……。『霊人』になることもなく、ヘルミナの弟子として今日も頑張っています。孤児院にも高頻度で顔を出していて、半孤児院勢って感じのイメージです。

【この後の展開】
 とりあえず、渦波がローウェンから刃の『魔力物質化』を教わるのは決定事項ですって転生陽滝ちゃんが言ってました。


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