stay.zero
その都市は、周囲を山と海に囲まれた自然豊かな日本の地方都市である。冬は比較的温暖でありながら、一年を通して降雪量が多いという特殊な気候をしている。名前の由来は、その特徴的な気候から、廃藩置県以前に『
中央の未遠川を境界線に西側が市の半分を占める古くからの町並を残す『深山町』と、中央の未遠川を境界線に東側が近代的に発展した『新都』の二つの町と街で構成されている。
ある日の満月の夜、深山町の住宅街の一画にある特に広大な面積を持つ純和風建築の屋敷の縁側に、その屋敷の住人が二人座っていた。
「アイリとイリヤがこの家を出て、もう一週間か⋯⋯」
黒いぼさぼさの髪に黒い瞳を持ち、灰色の浴衣姿をした男性=衛宮切嗣が、溜息を吐きながらそう呟く。
「ホント、アハトじいちゃんもひどいことするよなー。リストラされたのは父さんのせいじゃ無いのに」
浴衣姿の男性の隣に座っていた赤毛の少年=衛宮士郎が、切嗣の言葉に答える。
「だが、自分の娘と孫を無職の旦那と一緒にさせてはおけないという父親の気持ち⋯⋯悔しいが僕にも分かる」
切嗣はそう言うと顔を上げ、夜空に浮かぶ満月に目を向ける。
「今日で10回目だっけ? 面接落ちたのは。あんまり無理はするなよな」
「⋯⋯大河ちゃんから聞いたんだが、次の小学校の授業参観で『両親の仕事について』のスピーチをするんだろう?」
切嗣の言葉を聞き、わざとらしく目を逸らす士郎。
「藤ねえ〜⋯⋯」
「大丈夫だよ士郎。父さん、次の授業参観までに必ず、仕事を見つけるから」
切嗣は静かに目を閉じると、力強くそう言った。
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翌日の早朝。
切嗣は黒いスーツに限りなく黒に近い灰色のコート姿で、新都にある吹幸市職業斡旋所を訪れていた。
「⋯⋯またですか」
切嗣の対応をする吹幸市職業斡旋所の職員が、苦虫を噛み潰したような表情をしながら呟いた。
「えぇ、またです」
それに対し切嗣は、毅然とした態度で言葉を返した。
「えー確か今まで面接を受けてきた場所が⋯⋯コペンハーゲン、ヴェルデ、ファンシーショップ、鍾馗、わくわくざぶーん等々⋯⋯。ここまで連続不採用は当斡旋所でも初めてですよ。ホントついてないですねー。やはり資格が何も無いというのが問題なんですかねー」
職員は切嗣の履歴書を見ながら話す。
「そこをなんとかお願いします! このままじゃ、息子が授業参観で『自分の父親はリストラされて今は無職です』なんて事を同級生やその両親や先生の前で発表する羽目になるんです! 息子にそんな恥はかかせられません! どんな仕事でもしますから!」
そう言うと切嗣は、職員に深々と頭を下げた。
「そう言われましても⋯⋯あっそうだ! 丁度昨日、新しく求人採用を始めた所があります」
「! 本当ですか!? ⋯⋯それで、そこは一体⋯⋯」
「吹幸市自然博物館ですね。もしかしたら、あなたはついてるかもしれないですよ」
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その日の昼頃、吹幸市職業斡旋所の紹介状を手に、深山町の西側郊外に広がる森の中にある吹幸市自然博物館を訪れた切嗣。
切嗣は館内へ入ると、入り口の直ぐ目の前にある3mを超す巨大な狼王ロボの剥製のレプリカに目を奪われながらも、受付のカウンターに向かいそこにいた一人の女性に声をかけた。
「すみません、衛宮切嗣です。仕事の面接で、レフ・ライノールさんと約束があるのですが」
「ライノール氏ならオフィスにいる筈です。私が案内しましょう」
黒いサラサラの髪を短く刈り込んだその女性は、そう言いながらカウンターの席を立った。
「久宇舞弥です。此処ではお客様のガイドをしています」
黒髪の女性はそう言うと、軽く会釈をした。
「へぇーそれはそれは。⋯⋯でも、結構暇そうですね?」
客の影も形もない館内を見渡しながら話す切嗣。
そこへ、
「おや、中々手厳しい事を言ってくれるね」
と、切嗣のの背後から、赤い紳士服を着た男性が声を掛けた。
「えっと、あなたは⋯⋯」
突然現れた紳士に困惑している切嗣にすかさず舞弥が説明をする。
「遠坂時臣さんです。吹幸市のセカンドオーナーでこの博物館の館長も務めています」
舞弥の言葉に少し顔を青ざめる切嗣。
「あー⋯⋯。これはとんだ失礼を」
「構わないよ。見ての通り、閑古鳥が鳴いているのは事実だからね。それに館長と言っても名ばかりで仕事らしい仕事はしていないのだよ。今日みたいに暇な時に博物館の様子を確認するくらいでね。だからこの博物館の事はレフ君に全て任せている。では舞弥君、私はそろそろお暇させて貰う。後は宜しく頼んだよ」
話が終わると時臣は、さっさと博物館から出て行ってしまった。
「では、オフィスへ案内します」
舞弥はそう言って博物館の奥へ向かおうとしたが、
「あぁ、ちょっと待って」
と言い、一体の蝋人形の前で立ち止まった。
「何か?」
「これって⋯⋯」
切嗣が目の前の蝋人形を指差す。
その蝋人形は、白銀の鎧に覆われた白馬に跨り、金髪の髪を後ろで結い上げ、蒼のドレスの上から白銀の甲冑を身に纏い、翠緑の瞳をした10代半ばの美しい少女の姿をしていた。
「あぁ、それはアーサー王ですね。彼女が乗っている馬はドゥン・スタリオン、右手に持っているのはエクスカリバーです」
「でも、アーサー王って男なんじゃ⋯⋯」
「恐らく、この蝋人形を製作した人の趣味でしょう。さぁ、行きますよ」
切嗣は舞弥の言葉に呆気にとられながら、舞弥の後をついて行くのだった。
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舞弥の案内により無事に博物館の奥にある警備室まで辿り着いた切嗣。役目を終えた舞弥は受付に戻って行った。
一人取り残された切嗣は、警備室のドアをノックした。すると、ドアの向こうから、
「どうぞ」
と穏やかな低い声がした為、切嗣はドアを開け部屋の中に入る。
「初めまして。衛宮切嗣です。レフ・ライノールさんですか?」
目の前の椅子に座っていた警備員の制服姿の男性に、切嗣が尋ねる。
「やぁ、待っていたよ。堅苦しいのは抜きにしよう、レフで良い。よろしく切嗣君」
そう言うとレフは切嗣と固い握手を交わした。
「さぁ、そこへ座って、早速話を進めよう」
そう言い、自らも椅子に腰を掛けるレフ。
「館内の客の少なさを見て分かると思うが、この博物館は財政難、火の車だ。ただでさえ今の子供は蝋人形や剥製など見向きもしないというのに、この博物館があるのは町の端だ。客足も遠のくというものさ。それでこの博物館でもリストラが始まった。要するにクビ切りだ。私達三人の警備員はクビ。新しく一人雇う事になった」
特に悲壮感も無く語るレフ。
「あー。それは、すみません」
反面、切嗣は恐縮したように顔を下げる。
「なに、君のせいじゃ無いさ。さて、紹介しておこう、私の同僚だ。アトラム! コルネリウス!」
部屋の隅に居た二人の男性を呼ぶレフ。
「んあぁ⋯⋯折角良い夢見てたのに⋯⋯」
警備服を着崩しソファで横になっていた金髪で中東風の美青年が、欠伸をしながら起き上がるとレフの元へやって来た。
「はっ! 随分と陰気臭い奴を連れてきたなレフ!」
もう一人、警備服を着た金色の長髪の西洋風の美青年が、声を上げながらレフの元へ来た。
「コルネリウス、彼が衛宮切嗣君だ。ここで働きたいらしい、『夜警』として」
レフの言葉に切嗣は大きく目を見開いた。
「え、ちょっと、斡旋所の人は博物館の仕事だって⋯⋯」
「夜警は博物館で一番大事な仕事だよ根暗くん」
中東風の男性=アトラムが軽快に話す。
「いや、でも⋯⋯」
「なんだ? 仕事が欲しく無いのか?」
たじろぐ切嗣に西洋風の男性=コルネリウスが言葉を強くして詰め寄る。
「そりゃあ勿論仕事したいですy」
「警備員の世界へようこそ根暗くん」
そう言うとアトラムは困惑気味の切嗣と握手を交わす。
「切嗣君、二階で待っててくれ、今作業中の事務仕事が片付いたら中を案内しよう」
「はぁ⋯⋯じゃあ⋯⋯」
困惑した表情をしながら警備室を後にする切嗣。
レフとアトラム、そしてコルネリウスの三人は、そんな切嗣の背中をまじまじと見つめていた。
「なぁレフ、本当にあの男でいいのか?」
切嗣の後ろ姿に目を向けながらレフに尋ねるアトラム。
「あぁ、決まりだ」
レフはそう言うと、微かに笑みを浮かべた。
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「ここがジオラマコーナーだ。どれも精巧だろう?」
「えぇ、本当に。お、これは古代ローマ帝国かぁ。へー、ネロ・クラウディウスの時代の。で、コッチは⋯⋯戦時中の日本?」
「時代も地域もバラバラ、この博物館の創設者は本当に変わった趣味をしている。さぁ、次はこっちだ」
スタスタと歩いて行くレフと、それに着いて行く切嗣。
「左にあるのはフン族のアッティラと羊の群れ。等身大と言われているが、見た目は恐らく製作者の趣味だろう。⋯⋯そしてここがアフリカ哺乳類のホールだ」
そう言うとレフはホールの中へと入っていく。
「へぇー凄い⋯⋯? レフさん、アレは何です?」
切嗣が指差した方向にあったのは、狐と羊を足して二で割ったような外見の小動物の剥製らしき物であった。
「あぁ、それはプライミッツ・マーダーだ」
「プ、プラ?」
「私はフォウと呼んでいる。実に面白い奴だよ。そうだろう、フォウ?」
まるでその剥製のような物に話し掛ける様に喋るレフ。
「⋯⋯レフさん?」
「さぁ、次へ行こう」
レフはそう言うとまた、スタスタと博物館の奥へ進んで行く。
そしてレフが向かった先にあったのは、博物館内でも一際大きな部屋であった。
「そして、最後がここ、エジプト王・ラムセス2世の神殿だ」
懐中電灯を取り出し、明かりをつけるレフ。その明かりの先には巨大なスフィンクス像が顕在していた。
レフは、懐中電灯の明かりでその部屋の奥を照らす。そこには、ファラオの棺が置かれ、奥の壁には黄金の石版が飾ってあった。
「あの棺の中にあるのは、王のミイラだ。そして奥の壁にあるのが、王の最も貴重な遺品、ファラオの石版だ。24金で出来ている。値打ちものさ」
「へぇーそれは、見事ですね」
「あぁ、その通り、実に見事だ」
そう言うとレフは暫くの間、喰い入るような目付きでその石版を見ていた。
「あのー、レフさん?」
「さて、では明日の十七時に来てくれ。引き継ぎをする」
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その日の夕方。
切嗣は学校から帰ってきた息子の士郎と、士郎の夕飯を口実に切嗣目当てで遊びに来た近所の女子高生の藤村大河の二人に、自分が博物館で働く事が決まった事を伝えた。
「はぁー良かった! 切嗣さんの仕事が決まって。あぁ、安心した⋯って感じですよね〜。あ! せっかくだから今度博物館の特別ツアーして下さいよ!!」
陽気な口調で切嗣にそう話しかける大河。
「ハイハイ。お互い暇が出来た時にね?」
一人で興奮している大河を宥める様に切嗣は言った。
「でも父さん、警備員の仕事なんてできるのか?」
夕飯の用意をしていた士郎が、訝しげに切嗣にそう尋ねた。
「大丈夫。前任者の話じゃ、夜の博物館の中を見て回るだけの簡単な仕事らしい。きっと上手く出来るさ」
そう言うと切嗣は呑気そうに笑った。