太陽が沈み始め、辺りが薄暗くなり始めた夕方五時頃。
「すみません、お待たせしました」
警備制服に着替えた切嗣は、吹幸市自然博物館の入り口付近に居たレフ達三人に声を掛けた。
「いや、時間ピッタリだ。やはり君を選んで良かった。さて、これが博物館内の鍵、そして懐中電灯だ。どちらもベルトにぶら下げておくんだ。後、これは私達三人の電話番号だ。何かあったらそこに電話をかけてくれ。恐らく、夜は少々気味が悪いだろうからいくつか電気を点けておくと良い」
レフはにこやかにそう言うと、鍵と懐中電灯と電話番号が三つ書かれたメモ用紙をそれぞれ切嗣に手渡した。
「そしてこれがマニュアルだ」
そう言うとレフは右手で持っていた鞄から、B5程の大きさの紙を十数枚束ねた物を取り出し、切嗣に手渡す。
「分からない事は無いね?」
切嗣から見てレフの右隣にいたアトラムが切嗣に尋ねる。
「えぇ、多分大丈夫ですよ。恐らく」
「おいおい、もっとハッキリと答えられ無いのか?」
「よせコルネリウス、彼も初めての事で不安なんだ、仕方ないさ」
切嗣の態度に苛つき、声を荒げるコルネリウスをなだめるレフ。
「切嗣君、マニュアル通りに手際良く手順をこなすんだ。そしてこれだけは絶対に覚えておいて欲しい。『何も中に入れない』、そして『何も外へ出さない』、分かったかな?」
「ん、出さない⋯⋯?」
レフの言葉に一瞬、顔をしかめる切嗣。
「それじゃあ、後は宜しく頼むよ」
レフはそう言葉を残すと、アトラム、コルネリウスと共に博物館を後にして行った。
そうして切嗣はポツンと一人、博物館に取り残された。
・
・
・
太陽は完全に沈み、博物館の周りは暗い夜の闇に包まれた。
・
・
・
手持ち無沙汰な様子の切嗣はしばらくホールを歩いた後、受付のカウンターに向かいそこにある椅子に座った。
そして、椅子の背もたれに深く寄りかかり深く溜め息を吐くと、次第に目蓋が閉じていき⋯⋯。
「⋯⋯はっ!? 危ない、もう少しで完全に眠る所だった。⋯⋯?」
切嗣は、怪訝そうな顔をしながら椅子から立ち上がると、受付のカウンターから出て、博物館の入り口にある台座の前まで向かった。
その台座にはつい先程まで、3メートルを超す巨大な狼王ロボの剥製のレプリカが鎮座していた筈だった。
しかし今では台座を残して、そのロボのレプリカは、影も形も無く消えていた。
「おいおい⋯⋯何の冗談だ? もしかして、僕は夢でも見てるのか?」
台座の上に何も無い事を確認しながら、顔をしかめる切嗣。
その時。
「◼️◼️◾️◾️◾️!! ⋯⋯」
博物館の奥の廊下から、動物の呻き声のようなモノが切嗣の耳に聴こえてきた。
「⋯⋯何か居るのか? いやまさか」
苦笑いをしながら顔を横に振る切嗣。それでも気に掛かるのか、様子を確認しようと恐る恐る廊下に出た。
すると、暗がりの廊下には、何か大きなモノがモゾモゾと動いていた。
切嗣は、腰のベルトに引っ掛けていた懐中電灯を手に取ると、その何かがいる廊下の奥を照らした。
懐中電灯の明かりの先に居たのは、廊下の吸水機から出る水を飲んでいるロボのレプリカであった。
「っ!?」
驚きのあまり左手に持っていた懐中電灯を落としてしまう切嗣。
廊下に懐中電灯が落ちる音が響く。
「◼️◾️◾️⋯⋯」
その音で、ロボは切嗣の存在に気付くと、
「◼️◼️◾️◾️◾️◼️◼️◾️◾️◾️!!!!」
と大きな咆哮を廊下に響かせながら切嗣の元へ向かって来た。
「⋯⋯うわぁぁぁあぁ!!??」
落とした懐中電灯も拾わず、その場から全速力で逃げ出した切嗣は、そのまま博物館の玄関まで走った。
「はぁはぁ! クソッ! なんで開かないんだ!?」
なんとか玄関まで辿り着いた切嗣だったが、鍵が外からかかっているのか、玄関のドアを開ける事が出来なかった。
「あぁもう!」
玄関のドアが開きそうにも無い事を悟った切嗣はその場を離れ受付の方まで走ると、カウンターに身を潜め、懐からスマートフォンとレフの電話番号が書かれたメモを取り出し、急いでレフに電話をかける。
「早く出ろ! 早く出ろ! 早く出r、あ! もしもし!?」
『なんだ切嗣君か。何か問題でも?』
「大問題!! 狼が動いてるんです!! どうすれば!?」
電話口の向こうで呑気そうな声をしているレフに憤りながらも、助けを求める切嗣。
『マニュアルを読みたまえ。そこに方法が書いてある』
レフの言葉を聞いた切嗣は、急いでカウンターに置いてあったマニュアル書を掴む。
「あった! マニュアル!!」
『それではまた明日。まあ頑張ってくれ』
一言労いの言葉を残してレフは電話を切った。
「もしもし!? もしもーし!!?? 嘘だろ⋯⋯っとにかくマニュアル」
手元にあるマニュアルの一ページ目を凝視する切嗣。
「えーと、『その1.ボールを投げる』? でもボールなんて何処に⋯⋯! あった!!」
切嗣が身を隠していたカウンターの内側に5号サイズのボロボロのサッカーボールが置かれていた。
切嗣がそのボールを手に取った瞬間、
「◼️◼️◾️◼️◼️◾️◾️◾️!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁあ!!??」
今まで切嗣が身を隠していたカウンターがロボに弾き飛ばされてしまう。
カウンターを弾き飛ばしたロボは、唸り声を上げながら切嗣をじっと睨みつけていた。
「あー! こうなったら一か八かだ!」
そう言うと切嗣は、右手に持ったサッカーボールをロボの後方へ向かって投げた。
「◼️◼️◾️◾️◾️!!!」
するとロボは、飛んで行くサッカーボールを大きく吠えながら追いかけて行った。
「よし!」
ロボが遠くに行くのを見計らい、急いでその場を離れる為に走る切嗣。
しかし、
「◼️◾️◾️◼️◾️!!!
ボールを咥えたロボは、遠回りをして再び切嗣の目の前に現れた。そして、咥えていたサッカーボールを離すと鼻先を使って切嗣の足元まで転がし、
「◼️◾️!! ◼️◾️◾️!!」
伏せをしながら尻尾を大きく振った。
その様子を見た切嗣は、ある事に気付く。
「もしかしなくても⋯⋯ただ遊びたいだけだな? よーし⋯⋯そりゃあ!!」
切嗣は、足元で転がっているサッカーボールを今度は足で蹴り、博物館の奥まで飛ばした。
「◼️◼️◼️◾️◾️◾️◾️◾️!!!」
再びロボは、遠くへ飛んで行くサッカーボールへ向かって走って行った。
「ふぅ⋯⋯今の内に逃げy!?」
二階へ目を向けた切嗣が見たのは、廊下を悠々と歩くマンモスや、群で宙を飛ぶ鳥達であった。
「一体、何がどうなってるんだ此処は!?」
・
・
・
二階の廊下は、様々な動物や人が動き回っていたが、それらは全て、博物館の展示品であった。
「全く! こんな話聞いてないぞ!?」
憤慨しながら廊下を歩く切嗣。すると突然、切嗣の後方が騒がしくなった。
「ん? 今度は何だ?」
切嗣が後ろを振り返ると、その先に居たのは、
「文明発見!! その文明を破壊する!!!」
褐色の肌に白い礼装を纏う銀髪紅眼の女性=アルテラと羊の群れであった。
アルテラは、右手に持つ三色の光で構成された刀身の長剣=
「何でだよぉぉぉ!!??」
それを見た切嗣は廊下の奥にあったエレベーターに向かって急いで走った。
「開け開け開け開け!」
エレベーターの前に辿り着いた切嗣は、エレベーターのボタンを連打して扉を開けると勢い良くエレベーターの中に入り込み、急いでエレベーターの中にある『閉』ボタン押して扉を閉めた。
「ふぅー、危なかった⋯⋯」
切嗣を乗せたエレベーターはその後、三階で止まり、扉が開かれた。
切嗣は恐る恐る周りの様子を見渡し安全を確認すると、急いで近くのホールまで走り、そのホールの出入り口の扉を閉める。
「⋯⋯はぁー」
大きく溜め息を吐き、自分が居るホールを見渡した切嗣は、ホールの壁際にガラス越しで展示されているあるモノに目が留まった。
「『シャーロック・ホームズとその自室』? って事はそこで一人で座っているのがホームズ? これは良い。おーい! ホームズさん! 頼むから教えてくれないか? この博物館で何が起こってるんだ?」
ガラス越しで一人椅子に座りチェスをする長身痩躯で白い肌の青年の蝋人形=ホームズに、必死で語りかける切嗣。
しかしホームズは、
「⋯⋯すまないが、ガラス越しで声が聴こえないんだ」
とガラスを叩きながらジェスチャーで切嗣に伝える。
「え? 声が聴こえない? はぁー」
落胆した様子でその場を後にする切嗣。
「やっぱり、このマニュアル通りにしないといけないのか?」
そう言うと切嗣は、右手で持っていたマニュアルの一ページ目を改めて見直した。
「えーと、『その2.ライオンを閉じ込めないと喰われる』? ⋯⋯!?」
切嗣は青ざめた顔をしながら、急いでアフリカ哺乳類のホールへ向かって走って行った。
・
・
・
アフリカ哺乳類のホールへ向かう為に廊下を走る切嗣は、突き当たりの丁字路を右へ曲がった。するとその先の廊下では、
「俺達が……、新選組だあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
特徴的な浅葱の羽織を身に纏い日本刀を手にした男=土方歳三と、
「疾く、鋭く! こふっ!?」
同じく浅葱の羽織を身に纏い日本刀を手にした白っぽい髪の少女=沖田総司の二人が、
「はぁ、折角隠れてたのに、こいつは参ったね、どうも⋯⋯!」
白い軍服を着た青年=坂本龍馬と
「っ! ⋯⋯本当にしつこい奴らだ」
彼の隣で浮いている黒い長髪の女性=お竜に襲い掛かっていて、廊下の通り道を塞いでいた。
「せぇやぁぁっ!」
土方は目にも留まらぬ速さで、龍馬に向かって刀を振り下ろすが、
「ぐっ!」
すんでの所でお竜が土方の剣撃を受け止めた。
「お竜さんっ!?」
「心配するな龍馬! 今度こそ、必ずお前を守ってやる」
維新志士と新撰組の戦いは、その場の空気を完全に張り詰めさせていた。
が、
「あのー、お取り込み中のところ悪いんだけど⋯⋯」
緊迫した空気感の中の四人に、切嗣が恐る恐る話し掛ける。
四人はそれぞれ動きを止め、切嗣の方へ視線を向ける。
「あー初めまして。僕は衛宮切嗣、この博物館に新しく勤める事になった警備員。実は、今からアフリカ哺乳類のホールの扉を閉めに行かないといけないんだ。だから、大変申し訳ないんだが、どうかここを通して貰えないか?」
切嗣の話を聞いた四人は、それぞれ顔を見合わせて、
「それは悪いことしたね。さぁ、どうぞ」
「お竜さんは優しいからな、カエル10匹で手を打ってやる」
「なら俺は沢庵だ。樽で買ってこい」
「もー土方さんそういうの良いですから。ささっ、どうぞ、お仕事頑張って下さい!」
廊下の端へ寄ってくれた。
「あぁ! ありがとう! カエルと沢庵ね? 分かった、今度持ってくる!」
そう言って切嗣は四人に別れを告げ、アフリカ哺乳類のホールへ急いだ。
・
・
・
紆余曲折してアフリカ哺乳類のホールに辿り着いた切嗣。
そこでは、アフリカゾウやシマウマの剥製などがまるで生きているかのように動いていた。
そして、ホールの中央には数匹のライオンの剥製が遠吠えを上げ、切嗣を睨みつけていた。
「はぁーあ嘘だろ⋯⋯。取り敢えず喰われる前に」
切嗣は、自分が入ってきたホールの入り口の扉を閉め鍵を掛けると、
「後は、奥にあるもう一つの扉を閉めれば任務完了⋯⋯。ふぅー⋯⋯」
切嗣を凝視しながら徐々に近づいてくる動物達。
「⋯⋯、!!」
覚悟を決めた切嗣は、全速力で奥にある入り口まで走り、ホールの外へ出ると急いで扉を閉めた。
「Guuuaaaa!!!」
扉に勢い良く飛び掛かり、噛み付くライオン。
「ぐぅうう!」
何として扉を開けさせまいと切嗣は懸命に堪えた。
「Guuu⋯⋯」
諦めたのか、ライオンは扉から前足を離し、その場を後にした。
一安心した切嗣は鍵を掛けようと鍵が付いている筈であるベルトのレールを引っ張る。しかし、
「後は鍵を掛けるだけ⋯⋯!?」
ベルトに付けていた筈の鍵はリールを残して影も形も無く消えていた。
「とりあえずマニュアル⋯⋯、えーと『ベルトを確認しフォウに鍵を取られるな』? ⋯⋯まさか!」
「フォウ、フォーウ!」
切嗣が動物の様な甲高い鳴き声のする方向を見ると、扉の上方の鉄格子に掴めって、右足に鍵を引っ掛けている白い小動物=フォウが居た。
「あ! そこに居たか! えーと、フォウ? 頼むから鍵を返してくれないか? ここ閉めるから。な?」
フォウにそう懇願する切嗣。
「フォウフォウ」
切嗣の気持ちが届いたのか、フォウは鉄格子をつたい切嗣の元へやって来た。
「は〜お利口さんだ。良いぞー。さぁー鍵を渡しt」
切嗣が鍵に手を触れた瞬間、
「フォ──ーウッッッッ!!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
フォウは切嗣の鼻に勢い良く噛み付いた。
突然の出来事に、後ろへ転がり込み、痛みに悶える切嗣。
「〜〜!!!」
赤くなった鼻を抑えながら立ち上がり、扉の鍵を閉める切嗣。
そこへ、
「フォーウ、フォウ」
「ぬわぁ!?」
フォウが切嗣に小便を浴びせた。
「なんて酷い奴だ!! どうしてこんな事する!? え!?」
そう言ってフォウを右手で指差す切嗣だったが、
「フォフォーウ!」
急にフォウが切嗣の右手で飛びかかり、右手に持っていたマニュアルを噛んで奪い取ると、
「あぁぁ!!??」
「フォウ、フォウ、フォ──ーウ!!」
ズタズタにマニュアルを引き裂いてしまった。
「⋯⋯頼むから嘘だと言ってくれ⋯⋯」
・
・
・
博物館のジオラマコーナーにある横長のベンチに座って深い溜め息を吐く切嗣。
「はぁー参った⋯⋯。もうどうすれば⋯⋯」
頭を抱える切嗣。そこへ、
「ノッブ!」
と甲高い声が、何処からともなく聴こえてきた。
「今度は何だ!?」
急いで辺りを見回す切嗣。すると、その声の主は、切嗣が座っているベンチの背もたれの上に居る事に気づいた。
「ノブノブ!」
その声の主は、人差し指程の大きさで二頭身の銀色のマスコットキャラクターの様な物体であった。
「⋯⋯なんだコレ?」
「ノブゥ!」
その物体は突然、困惑する切嗣に向かって、手にしていた火縄銃を撃った。
「熱っ!? なんだ本当に!?」
それを皮切りにそこら中から突然、同じ様な物体が現れ、切嗣に向かって火縄銃を発砲した。
「熱っ! 痛っ!? なんなんだよ!?」
たまらず、ベンチから立ち上がり、その場を離れようとする切嗣。しかし、
「ノブー! ノブブノブー!」
いつに間にか切嗣の足元に居た大量の謎の物体が、ロープを取り出し切嗣の足を縛り上げる。
「え! お、うわぁあ!!」
バランスを崩した切嗣は、そのまま、あるジオラマの中に倒れ込んでしまう。
「うげっ!」
切嗣の頭が、ジオラマの線路にぶつかる。
「良いぞ!! そのまま縛り上げるんじゃ!!」
丁度、倒れ込んだ切嗣の顔の近くに居た、輝く木瓜紋をあしらった軍帽と黒の軍服を纏った少女が声を高らかに叫んだ。
「「「「ノッブ!!」」」」
大量の謎の物体は、切嗣の体に大量のロープを展開すると、そのまま切嗣を縛りあげた。
「おい!? 一体何だコレは!?」
「わしの秘密兵器、『ちびノブ』じゃ!!」
困惑する切嗣に、少女は勝ち誇った声で言う。
「さぁ、鉄の馬を走らせるんじゃ!!」
少女の一声の後、ジオラマの奥にあるトンネルの方から、汽笛と共に列車が走り迫って来る音が聴こえてきた。
自分の身の危険を感じた切嗣は目の前に居る少女に助けを求める。
「ねぇ、そこのお嬢さん?」
「わしに向かってお嬢さんとは、随分舐めた口の利き方じゃな?」
「だって名前知らないし、それよr」
「そんなにわしのことを知りたいなら教えてやろう。わしこそは! 天魔轟臨! 戦国の風雲児にして第六天魔王こと、そう、わしじy」
「織田信長か、でもなんで軍服の女性なんだい?」
「それは製作者の趣味じゃ!」
「兎に角、あの列車を止めろ! 早く!!」
「それは無理じゃな鉄人28号」
信長は切嗣の言葉を一蹴する。
「何でこんな事をするんだ!?」
「償ってもらうのじゃ」
切嗣の問いに信長は声にドスを効かせて返す。
「何の償いだ?」
「知らん! その場のノリと空気じゃ!! ま、是非もないヨネ! 」
列車は汽笛を鳴らしながらトンネルを抜け、切嗣の眼前に迫っていた。
「そんな訳の分からない事でここまでするか!? 早く列車を止めろ!!」
「仕方ないのう。列車を止めさせよ」
「⋯⋯おお、ありがt」
「今じゃ! 全速力でこやつの頭に突っ込むんじゃあぁぁ!!」
煙を上げ、猛スピードで突っ込んで来た列車は、勢い良く切嗣の顔面に衝突した。
「痛っっ!?」
「なんじゃそれだけか、つまらんのう」
切嗣のリアクションが気に入らなかったのか、不満そうな顔を浮かべる信長。
「いい加減にしろ!!」
堪忍袋の尾が切れた切嗣は、周りにいた二頭身の物体を四方へ吹き飛ばしながら、力任せに自分の体を縛るロープを引きちぎり体を起こす。
すると、切嗣の眼前に広がっていたのは、
「投石機を用意せよ!!」
綺麗に陣形を整えたローマ帝国の軍勢と、それを指揮する赤い
「待てぇい赤セイバー! じゃなくてネロ!! この巨人はわしの陣地におるのじゃぞ!!」
突然現れたネロに向かって大声で叫ぶ信長。
「ちょっと待て信長。言っておくが僕は巨人じゃない。普通サイズ」
信長にそう反論する切嗣だが、信長は気にもしない。
「上から目線でモノを言うでないデカ男」
「だから僕は巨人でも何でもない! ソッチがちっこいだけ」
切嗣の言葉に反感を買ったのか、ネロが高らかに叫ぶ。
「例え体は小さくとも、余が至高にして至上の花である事に変わりは無い!! 例えて言うなれば⋯⋯」
「別にバカにしてるんじゃない。ただ君達はミニチュアだt」
「そのへらず口を閉じよ巨人!! 我らローマ帝国は留まることを知らない!!」
「ネロ! まさか、アレをやる気ではあるまいな!?」
ネロの言葉に言葉を強くする信長。
「アレって何だ?」
「地獄を放てぇ!!!」
ネロが右手に持った
「熱っ!! 痛っ! 熱っ!!」
堪らずその場から逃げ出す切嗣だったが、ローマ軍の攻撃は終わらない。
その時。
「さぁ、此方へ」
と切嗣の前に、白銀の手甲に覆われた掌が差し出された。
「え?」
切嗣が差し出された手の方を見上げると、其処に居たのは、
「どうぞ、手をお取り下さい」
白馬に跨る、蒼いドレスと白銀の甲冑を身に纏った金髪碧眼の少女であった。
「っ!」
少女が差し出した右手を掴む切嗣。
すると少女は、右手だけで切嗣を引っ張り上げ、自分の後ろに乗せた。
「しっかり捕まっていて下さい!」
少女がそう言うと、白馬が声高らかにいななきながら屈とうし、猛スピードで博物館の廊下を駆け抜けて行った。
「尻尾を巻いて逃げるかデカ男!? だが覚えておれ!! その青セイバーは、いつもおまえを守ってくれる訳では無いんじゃぞぉ!!」
信長の叫び声がジオラマコーナーに響き渡った。
・
・
・
白馬は、一階の玄関前広間まで来ると徐々にスピードを落として行った。
白馬が完全に立ち止まったのを見計らい、白馬の背から降りる切嗣。
「いやぁ、助かりました。あなたは⋯⋯」
「ブリテンの王、アルトリア・ペンドラゴン。貴方の助けに応じ参上しました」
蒼銀の少女騎士は、穏やかな笑みを浮かべながら、切嗣に自らの名を伝える。
「⋯⋯どうも、僕は衛宮切嗣、新入りの警備員です」
切嗣は、アルトリアの荘厳な雰囲気にたじろぎながら、彼女に自分の名を伝える。
「成る程。⋯⋯切嗣、そう畏まらないで下さい。確かに私は王ですが、貴方は私の臣下では無い。寧ろ貴方は、この博物館の展示物を束ねる役目を担っているのですから、もう少し堂々としていなければ」
そう言いながら、白馬=ドゥン・スタリオンの背から降り、切嗣の前に立つアルトリア。
アルトリアの身長が切嗣の想像より一回り低かった為、切嗣はアルトリアに対する緊張が少し解けた。
「私のことは『アルトリア』と呼んで下さい。敬語も使わなくて結構です」
「そういえば、さっきもそう名乗ってたが⋯⋯あなたは『アーサー』王なんじゃ⋯⋯?」
「その名は、私が王として起こってから名乗ったモノです。それ以前は『アルトリア」と呼ばれていました」
切嗣の疑問に、アルトリアは落ち着いた声で答える。
「そうか⋯⋯じゃあアルトリア。教えてくれ、この博物館では何が起こってるんだ? その⋯⋯言い方は悪くなるが、ただの展示物がこんなに自由自在に動き回ってるなんて普通じゃない」
「⋯⋯分かりました。着いて来て下さい、切嗣」
そう言うとアルトリアは、切嗣を連れ博物館の奥へ向かった。
・
・
・
アルトリアが向かった先は、エジプト王・ラムセス2世の神殿を模した部屋であった。
そこでは、部屋の奥に置かれている棺桶が、中から大きな喚き声を上げながら、ガタガタと激しく揺れていた。
「御安心を。アレは特に此方へ危害を加える事はありませんので」
不気味な棺桶に少し怯える切嗣へ、アルトリアは優しく声を掛けた。
「⋯⋯あぁ、そうか。そりゃあ良かった」
「さて、この博物館で起きている騒動の原因ですが、アレを見て下さい」
アルトリアの目線の先には、壁の奥に飾ってある黄金の石版があった。
「『ファラオの石版』、アレがこの騒動の原因です。エジプトで見つかり、紆余曲折を経てこの博物館に納められたのですが、それ以来、夜になるとこの博物館にある全ての展示物が、まるで命を吹き込まれた様に動き出しました。そして今でも、それが繰り返されているのです」
「⋯⋯どうしてそんな現象が?」
「原理は私にも分かりませんが⋯⋯石版に書かれている文字には、『月』、『聖杯』という単語があります。我々には想像も出来ない神秘的な仕組みが働いているのでしょう」
「⋯⋯成る程。で、僕は何をどうすれば?」
アルトリアの説明を聞いて納得した切嗣はアルトリアに、自らの役目は何か尋ねる。
「貴方は夜間の警備員です。非常に重要な立場にいます。⋯⋯それよりも、まずは此処を出ましょう。あまり長居して良い場所では無い。横に居るスフィンクスとは、目を合わせ無いように」
そう言うとアルトリアは、さっさと部屋の出口へ向かって歩く。
切嗣は、急いでアルトリアの後を追った。
「貴方の役目は、展示物全てをこの館内に留めて置く事です」
部屋を出て突き当たりの廊下を歩きながら、アルトリアは切嗣に言う。
「へぇー。もし、展示物が外へ出たら?」
「館内の展示物と同じです。夜間は動き続け、夜が明けると、また普通の展示物に戻ります」
「⋯⋯それだけ? 特に灰になるとかは⋯⋯」
「ありません。しかし、展示物が外へ出てしまっては、街の人に迷惑を掛けてしまうでしょう?」
「確かに」
「直に夜明けです。この騒ぎを収めるのに手を貸しましょう。しかし、私が貴方を助けるのは今夜だけです。良いですね?」
歩みを止めて、切嗣の瞳をじっと見つめながら話すアルトリア。
「え、どうして?」
「最初に言った通り、この博物館の展示物を束ねるのが貴方の役目なのです。それは私が代わる事は出来ません」
・
・
・
博物館の玄関ホールで、ドゥン・スタリオンの側に一人で立っているアルトリア。
「アルトリア! ⋯⋯」
そこへ切嗣が駆け寄ってくるが、彼はアルトリアの様子を見て、少しだけ怪訝な顔を浮かべた。
「あぁ、切嗣。⋯⋯どうしました?」
「いや⋯⋯何でもない。爬虫類のホールも片付いた。これで全部終わりだ」
すぐに表情を戻し、仕事を終えた事を伝える切嗣。
「そうですか。⋯⋯貴方はこれから夜間の警備員として、この博物館とその展示物を守っていくのです。また明日、会いましょう」
アルトリアはそう言うと、自らの手を差し出し、切嗣に握手をを求める。
「いや⋯⋯どうだろう。多分、今日限りで辞めると思うが」
「辞める? 何故?」
「だって、まさかこんな仕事とは⋯⋯。僕には荷が重過ぎる」
顔をしかめながら、アルトリアに自分の本心を話す切嗣。
「⋯⋯切嗣。貴方になら出来ます。少なくとも私はそう信じている。明日、貴方とこの博物館で会う事を楽しみにしています」
アルトリアは、微笑みながらそう言うとドゥン・スタリオンに跨り、自分が展示されていた場所へ戻って行った。
「あ⋯⋯。はぁ、参ったなぁ」
「わぁぁぁぁ!!!!!」
切嗣の着ている警備服の胸ポケットから、突然信長が現れた。
「うわぁぁ!?」
「わしから逃げ切れると思ったか! 全く! 勝手にアルトリア先輩と話を進めおって。折角、貴様を脅かそうと隠れていたわしが出辛くなっていたではないかってぬわぁ!?」
「何してるんだ⋯⋯」
切嗣は、自分の胸ポケットで騒ぐ信長の襟を、人差し指と親指で摘んだ。
「何をする!? 降ろすんじゃ! このデカ男!! 人を指で摘むでない!!」
「まぁ落ち着けって」
「⋯⋯情け無い気分になるのう。何故わしがこのような扱いを受けねばいかんのじゃ!!」
「気は済んだか?」
「どこまでもわしを馬鹿にしおってぇ⋯⋯調子に乗っていられるのも今のうちじゃ! 今から目に物見せてくれるわ! 喰らえ! これが魔王の三段撃ちじゃぁ!」
信長はそう言うと、自身が右手で持っていた火縄銃を切嗣の顔に向け、引き金を引いた。
しかし、
「ん? どうした? 撃たないのか?」
信長の持つ火縄銃から弾は発射されなかった。
「⋯⋯どうやら火薬を入れ忘れたようじゃな、是非も無し⋯⋯。元の場所に戻しておくれ」
「ハイハイ」
信長に言われるまま切嗣は、指で摘んだ信長をジオラマへ戻す為ジオラマコーナーへ向かった。
「そもそも何でわしがジェデダイア役なんじゃ!? 西部劇ならビリーが適役であろう!? わしは大統領役が良かったというのにぃ!それに!青セイバーは原作で充分活躍したではないか!? ⋯⋯わしだって馬持ってるんじゃぞぉぉ!!」
信長は、切嗣に摘まれながら虚しく叫び声を上げた。
・
・
・
夜が明けた。
それぞれが展示されていた場所に戻り、動かなくなる展示物達。
博物館は、先程までの騒ぎが嘘の様に静まり返った。