夜明けのターン   作:金碧

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久しぶりにこの小説の存在を思い出したので投稿します。余談ですが、主役のリオスという名前はヘリオスからとってるんですよ


追憶の風

20年前。かつて眼前に広がる荒野にて、月と地球の行く末を決めるほどの、とてつもない戦いがあった。

 

あわや大陸を覆わんとする蝶の翅が暗い夜を照らし、その中心では二つの機械人形が舞い、互いを打ち倒さんと刃を交えていた。

 

片や争いを止めんがため。片や争いを拡げんがため。

 

人々はその戦いを見守った。やがて2つの影は翅を収め、繭に包まれながら共に深い眠りの底についたという。

 

機械人形の名はターンA。そして、ターンX。かつて黒歴史と呼ばれる時代にて相争った二機は、蘇ってなお戦う運命にあり、その果てに繭に還った。

 

現在、荒野に佇む巨大な塊は、そういった経緯のもと、我々にその存在を語りかけてくるのだ。

 

 

 

 

「これが、俺の知る繭の話だ」

 

そう言って、隣で繭に目を奪われているルーナに視線を傾ける。

 

彼女は何も語らない。こちらの話が聞こえていないのか、はたまた言葉が無いのか。こちらには目も向けず、ただただ目前の存在にその瞳を傾けていた。

 

そうしてしばらくすると、ようやく彼女が口を開き、徐に告げた。

 

「ありがとうございます、リオス。ここまで連れてきてくれて」

 

「突然どうしたんだ? まあ礼は受け取っておくけどさ」

 

急に礼を言われ少し戸惑っていると、彼女はこちらに視線を向けて、真剣な顔で語りかけた。

 

「私は知りたかったのです。ただ聞くだけではない、ありのままの、今の世界を」

 

「ありのまま?」

 

「はい。……20年前に起きた争い。そのあらましは、私も存じています。だからこそ、知りたいと、この目で見て、感じたいと思ったのです。月から降りた人々のこと。地球に住む人々のこと。そして、黒歴史に触れた人々が辿った道行きのことも」

 

「それで、どうだった?」

 

「様々な人がいました。世界を気の赴くまま旅をする者。共に歴史を紐解き、それを標そうとする者。人並みの幸せを得た者、武器を手にとり人を害そうとする者や、彼らから人々を守らんとする者。…………旅をする前の私では知りえなかった世界が、そこにはありました」

 

そう語ったルーナの顔は、懐かしむような、噛み締めるような、そんな表情をしていた。自らの胸にあてたその手は、大事なモノを包みこむように、優しく、しかし固く握られていた。

 

「それなら、甲斐があったな」

 

自らが口にしたそれは、間違いなく本心だ。始めはとんでもない面倒事に巻き込まれたと思っていたが、彼女と共に見る景色は、例えこれまでに何度も見てきたものであっても、真新しく写ったように思えた。それは、そう、端的に言って悪くなかったのだ。

 

それに、報酬はあった。金銭ではなく、隣に立つ少女の未知に触れた時に揺らぐ、その碧の両眼を通してみる世界は、この世界に生まれてきてから目にしてきたものの中で最も美しく価値のあるものだった。………少なくとも、自分にとっては。

 

「ええ。とても良い旅でした」

 

そう言って彼女は笑う。その可憐さに見惚れてしまうが、すぐに意識を正す。こうも反応していては色々と保たないのだ、色々と。

 

しばらく悶々としていると、また彼女が口を開いた。

 

「それから、謝りたいことがあります」

 

「それって……?」

 

彼女から告げられた言葉に疑問を抱く。何かあっただろうか………。ここ数週間を回想してみるが、思い至ることができなかった。いくつかトラブルもあったが基本は外的要因かもしくは彼女の世間知らず故のことだったので、今さら謝ることではないだろう。

 

「私はリオス、あなたに隠し事をしていました」

 

「隠し事…………?」

 

「はい。…………実は私、ムーンレィス……月のさる名家の娘で、この旅も家出同然で行ったものなのです」

 

「…………………………は?」

 

「今まで隠していて、本当に申し訳ありませんでした。ただ、1人の人間として、この星を見てみたかったのです。ですから………」

 

………………この女、もしかして、

 

「バレてないと本気で思っていたのか…………?」

 

「………………………え?」

 

見るからに動揺している。つまるところ、本気の本気で隠し通せていると思っていたらしい。逆にこちらが驚いてしまったぐらいだ。

 

「そんな………!? 一体いつから気付いていらっしゃったのですか!?」

 

「初めて会った時からだけど………」

 

「そのような時からですか!?」

 

それはそうだ。どこかで見たことのある顔つきと、オマケに銀色のモビルスーツ。少なくとも一般人ではないことを真っ先に証明されてしまったのだ。その時の気持ちを察してもらいたいぐらいだ。

 

「そりゃ、あんな機体なんか持ち出してきたら分かるだろ。それに………」

 

「それに?」

 

「まず育ちの良さが隠しきれてない。世間知らずなのもそうだし、挙げたらキリがないぞ」

 

言ってしまえば、世間とのズレが目立っていたのだ。人を使う側の人間、その振る舞いが抜けていないとでもいうか。上流階級の人であると見抜けない者はまずいなかっただろう。

 

「………では、ずっと気付いていて、旅を共にして下さっていたのですか?」

 

「そう、だな。そうなる」

 

「………なんだか、黙っていて損をしたように感じてきました………」

 

「アハハハ!」

 

「笑い事じゃありません! まったく、もう…」

 

どうやら少し落ち込んでいるらしい。よほど自信があったのだろう。こちらは開き直っているとばかり思っていたが、そうではなかったようだ。それならば、こちらからも告げなければならないことがある。そう考え、彼女に告げる。

 

「なら俺も、謝らないと」

 

「あなたも、隠し事を?」

 

「隠し事を知っている、という隠し事をな。……黙っていて悪かった」

 

「いえ。これでおあいこ、です」

 

「ああ。なら1つ教えて欲しいことがある」

 

「なんでしょう?」

 

今自分が聞こうとしている問い。とうに答えは知っているが、それでも、どうしても、彼女の口から聞きたかった言葉がある。だから、

 

「君の名前を教えてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーナ・ソレル。ルーナとお呼び下さい」

 




それは、出会いの風

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