入学してから3週間後の社会の時間。本来なら普通に授業を行うところだが、今日は急遽小テストを行うことになった。成績には反映されず、あくまで今後の参考用らしい。色々と気になる点はあるが、今は問題に集中しよう。
「それでは、始め」
先生の合図とともにテスト用紙をめくる。一科目4問の全20問で、各5点配当の100点満点。
それにしても何だこの問題は。簡単すぎる。これは別に俺が超頭が良くて、この問題簡単すぎだぜとイキってる訳ではなく、これは中学生でも解けるレベルの問題だ。こんなテストでなんの参考になるんだか。
そう思いながら問題を解いているとラスト3問のところで手が止まる。今までの問題とは違い、この3問はかなり高難易度の問題だ。ちょうどいい難易度の問題はないのかと心で呟きながら俺はシャーペンを置いた。
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「和冴、放課後暇?」
帰りのホームルームが終わり、帰りの支度をしていると松下から声をかけられた。
「ああ、特にこれといった用事はない」
「じゃあさ、ショッピングモールにあるカフェ行かない?割引券があるんだ」
「別に構わないが、軽井沢とかと行かなくていいのか?」
「軽井沢さん、今日は平田くんとデートなんだって。他の友達も用事があるみたいだから、消去法で和冴を誘ったってわけ」
消去法って……それ地味に傷つくぞ。まあ、選択肢の中にいるだけでもありがたいことなんだけどさ、嘘でも俺と一緒に行きたかったからって言えないのかね。
早速二人で目的地のカフェへと移動する。その間に、日頃の鬱憤が溜まっているのだろう、松下の愚痴を、女子の世界って大変なんだなぁと思いながら聞いていた。
そうこうしているうちに、カフェにたどり着いた。既にたくさんの女子がカフェに集まっている。
「なあ、ここ俺がいてもいいの?男子禁制とかじゃない?」
そう錯覚してしまうくらい女子が大勢いる。
「そんなわけないじゃん。ほら、あそこに男子いるよ」
だってあれカップルじゃん。リア充じゃん。彼女が出来たことがない俺には、このリア充の巣窟と言っても過言ではないような場所はかなりきつい。
注文を終えて空いてる席に座る。俺はアイスコーヒーとチーズケーキ、松下はカフェオレとパンケーキを頼んだ。
いただきますと心の中で呟き俺はチーズケーキを一口食べる。
美味い。なんて美味さだ。こんなものがこの世に存在していいのか。やはり、甘いものは至高だな。
俺がチーズケーキを食べていると松下が俺の事をじっと見つめていた。
「な、なんだよ」
「いや、ものすごく美味そうに食ってるなって思って」
食べてるところをじっと見られるのは恥ずかしいからやめてもらっていいですかね。
「美味しそうに食ってるかは置いておいて、チーズケーキの美味さに感動はしていた。こんな美味いものは初めて食べたな」
「そんなに?」
「ああ。そもそもケーキというものを初めて食べたからな、こんなものがこの世に存在するのかって衝撃を受けた」
「ケーキを初めて食べたって、それまじ?誕生日ケーキとか食べたことないの?」
「ないな。誕生日なんて歳が増えるだけの日で、特に誕生日パーティーをやったり誕生日プレゼントを貰ったりするようなことはなかったな」
「厳しい家庭なのね」
厳しい家庭か。確かに、俺たちの家庭は他の家庭と比べるとかなり厳しいのかもしれない。しかし誕生日に関して言えば厳しいとかそんなものではなく、単純に俺たちの親は俺たちに愛情なんてものはなく、息子の誕生日なんてどうでもいいよかったのだろう。
「ほんと美味そうに食うね。ねえ、そのチーズケーキ一口ちょうだい」
そんなに、美味そうに食ってるのか。今度鏡の前で食ってみようかな。
「別にいいけど、その代わりにお前のパンケーキも一口くれよ」
「えー、どうしようかな〜」
なんだこいつ……代価もなしに人から食べ物を奪おうとするのか。
「下の名前で読んでくれたら私のパンケーキも一口あげるよ」
「は?なんで下の名前?なに、お前俺のこと好きなの?」
「は?」
いや、ジョークに決まってるやん。だから、何言ってんだこいつバカじゃねえのっていうふうに俺を見ないで。
「冗談は置いといて、なんで下の名前?」
「だって、私たち結構仲良くなったじゃん?いつまでも苗字で呼ばれるのはなんか変じゃない?」
「お前軽井沢のこと軽井沢さんって呼んでるじゃん。やっぱりお前ら仲悪いの?」
「女子の友人関係っていうのは男子みたいに単純じゃないの。まあ、和冴にはわからないだろうけど」
なんでこいつちょっと上から目線なんだ。
「それじゃあ……千秋、パンケーキ一口貰っていいか?」
「うん、いいよ和冴」
なんだこのカップルみたいなやり取りは。もしかして、俺って知らない間に松下と付き合い始めているのかもしれないな。
はい、冗談です。
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5月最初の学校の開始を告げるチャイムが鳴る。程なくして、ポスターの筒を持った茶柱先生が、いつも以上に険しい顔でやって来る。
「せんせー、ひょっとして生理でも止まりましたー?」
池がデリカシーのない発言をしやがった。いや、わかるよ。少しいつもより機嫌が悪そうな顔で入ってきたから、そういう発想に至るのはわからなくはないけどさ、声に出すなよ。お前いつか刺されるぞ。
「これより朝のホームルームを始める。が、その前に何か質問はあるか?気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」
いつも聞かないことを聞く。まるで質問があることをわかっているようだ。
「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてないんですけど、毎月1日に支給されるんじゃなかったんですか?」
「本堂、前に説明しただろ、その通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月も問題なく振り込まれたことは確認されている」
「え、でも……。振り込まれてなかったよな?」
本堂だけじゃなく、他のほとんどの生徒が、言っている意味がわからないといった顔をしていた。
「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」
茶柱先生が不気味な笑みを浮かべる。
「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ忘れられた、などという幻想、可能性もない。わかったか?」
「ははは、なるほど、そういうことだねティーチャー。理解出来たよ、この謎解きがね」
高円寺が声高らかに、笑いながら言った。
「簡単なことさ、私たちDクラスには1ポイントも支給されなかった、ということだよ」
「はあ?なんでだよ。毎月10万ポイント振り込まれるって……」
「私はそう聞いた覚えはないね。そうだろう?」
「態度には問題ありだが、高円寺の言う通りだ。全く、これだけのヒントをやって自分で気がついたのが数人とはな。嘆かわしいことだ」
「……先生、質問いいですか?腑に落ちないことがあります」
洋介が手を上げて発言する。こういう時にも自分から率先して行動する洋介は流石だ。
「振り込まれなかった理由を教えてください。でなければ僕たちは納得できません」
今、1番の疑問点はそこだろう。何故俺たちはポイントが振り込まれなかったのか。それについて茶柱先生が説明を始める。
「遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。ひと月で随分とやらかしたもんだ。この学校では、クラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイント全てを吐き出した。それだけのことだ。入学式の日に直接説明したはずだ。この学校は実力で生徒を測ると。そして今回、お前たちは0という評価を受けた。それだけに過ぎない」
茶柱先生は呆れながらも感情の無い機械的な言葉を発する。
「茶柱先生、僕らはそんな話、説明を受けた覚えはありません……」
「なんだ。お前らは説明されなければ理解できないのか」
「当たり前です。振り込まれるポイントが減るなんて話は聞かされてなんていませんでした。説明さえして貰っていたら、皆遅刻や私語なんかしなかったはずです」
「それは不思議な話だな平田。確かに私は振り込まれるポイントがどのようなルールで決められているかを説明した覚えはない。しかし、お前らは学校に遅刻するな、授業中に私語をするなと、小学校、中学校で教わってこなかったのか?」
「それは……」
「身に覚えがあるだろう。そう、義務教育の9年間、嫌と言うほど聞かされてきたはずだ。遅刻や私語は悪だと。そのお前らが、言うにことかいて説明されてなかったから納得できない?通らないな、その理屈は。当たり前のことを当たり前にこなしていたなら、少なくともポイントが0になることはなかった。全部お前らの自己責任だ」
言い返す言葉もないな。支給額0ポイント。それが、俺たちDクラスが今までルールを守らず自由に生きてきた代価なのだろう。
「どうやら無駄話が過ぎたようだ。大体理解出来ただろ。そろそろ本題に移ろう」
茶柱先生は手にした筒から白い厚手の紙を取り出し、広げた。それを黒板に貼りつけ、磁石で止める。
その紙にはAクラスからDクラスの名前と、その横に数字が表示されていた。
Dクラスは0、Cクラスが490、Bクラスが650、Aクラスが940
この数字はおそらく、各クラスの成績だろう。
それにしても綺麗にアルファベット順だな。偶然か?
「お前たちはこの1ヶ月、学校で好き勝手な生活をしてきた。学校側はそれを否定するつもりはない。遅刻も私語も、全て最後は自分たちにツケが回って来るだけのこと。ポイントの使用に関してもそうだ。得たものをどう使おうとそれは所有者の自由。その点に関しても制限をかけていなかっただろう」
「こんなのあんまりっすよ!これじゃ生活できませんって!」
今まで黙っていた池が叫んだ。
「よく見ろバカ共。Dクラス以外は、全クラスがポイントを振り込まれている。それも1ヶ月生活するには十分すぎるポイントがな」
「なんで他のクラスはポイントが残ってんだよ。おかしいよな……」
「言っておくが不正は一切していない。この1ヶ月、全てのクラスが同じルールで採点されている。にもかかわらず、ポイントでこれだけの差がついた。それが現実だ」
「何故……ここまでクラスのポイントに差があるんですか」
「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラス分けされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ。ダメな生徒はDクラスへ、と。ま、大手集団塾でもよくある制度だな。つまりここDクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦というわけだ。つまりお前たちは、最悪の不良品ということだ。実に不良品らしい結果だな」
なるほどな。道理でこのクラスは頭のおかしい奴が多いと思ったよ。特に池とか山内とか池とか山内とか須藤とか池とか山内とか。
「しかし1ヶ月ですべてのポイントを吐き出したのは過去のDクラスでもお前たちが初めてだ。よくここまで盛大にやったもんだと、逆に感心した。立派立派」
茶柱先生のわざとらしい拍手が教室に響く。
「……これから俺たちは他の連中にバカにされるってことか」
ガン、と机を蹴ったのは須藤だ。それは違うぞ須藤、お前に関して言えば、これからではなくこれまで通りが正解だ。
「何だ、お前にも気にする体面があったんだな、須藤。だったら頑張って上のクラスに上がれるようにするんだな」
「あ?」
「クラスのポイントは何も毎月振り込まれる金と連動しているだけじゃない。このポイントの数値がそのままクラスのランクに反映されるということだ」
つまり、俺たちに491ポイントあればCクラス、941ポイントあればAクラスに昇格ということか。
「さて、もう1つお前たちに伝えなければならない残念なお知らせがある」
黒板に、追加するように張り出された1枚の紙。そこにはクラス全員の名前とその横に数字が記載されていた。
「この数字が何か、バカが多いこのクラスの生徒でも理解出来るだろう」
わざとらしく煽ってくるな。
「先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って粒ぞろいで、先生は嬉しいぞ。中学で一体何を勉強してきたんだ?お前らは」
まじでやばいなこのクラス。ほとんどの生徒が60点前後の点数だ。ラスト3問は異常に難しかったが他はそうでもなかっただろ。そのテストでこの点数って……須藤なんて14点だ。
「それからもう1つ付け加えておこう。国の管理下にあるこの学校は高い進学率と就職率を誇っている。それは周知の事実だ。恐らくこのクラスの殆どの者も、目標とする進学先、就職先を持っていることだろうが……世の中そんな上手い話はない。お前らのような低レベルな人間がどこでも進学、就職できるほど世の中甘くできているわけがないだろう」
茶柱先生の言葉が教室に響き渡る。
「つまり希望の就職、進学先が叶う恩恵を受けるためには、Cクラス以上に上がる必要がある……と言うことですね?」
「それも違うな平田。この学校に将来の望みを叶えて貰いたければ、Aクラスに上がるしか方法はない」
Aクラスに上がるしかないって難易度高すぎだろ。DクラスとAクラスのポイントの差は940ポイント。不良品の集まりのDクラスが優等生の集まりのAクラスを超えるなんてほぼ不可能に近い。
「浮かれていた気分は払しょくされたようだな。お前らの置かれた状況の過酷さを理解できたのなら、この長ったるいホームルームにも意味はあったのかもな。中間テストまで後3週間、まぁじっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している。出来ることなら、実力者に相応しい振る舞いをもって挑んでくれ」
そう言って、茶柱先生は教室を後にした。