事件
7月最初の登校。梅雨が終わり季節は夏。この学校には衣替えが存在せず、年間通してブレザーを採用としている。学校の校舎には冷暖房がしっかりと完備されているので、学校生活にはさほど支障はない。しかし、登下校はかなりきつい。ゆっくり歩いているのに汗が吹き出してくる。早く冷房が効いた校舎で涼みたい。俺は暑さでフラフラの体を頑張って動かし、学校までの道のりを進む。
「おはよー和冴くん!」
スローペースで学校に向かっていると、背後から櫛田に声をかけられた。
「ああ、おはよう櫛田」
俺は振り返って答える。櫛田の隣には桃色の髪の毛をした美少女が立っていた。どこかで見たことがある気がする。
「櫛田さん、この人は?」
俺のことが気になったのか、櫛田の隣にいる美少女が俺について質問をする。
「同じクラスの綾小路和冴くん、こっちはBクラスの
一之瀬……ああ、思い出した。以前俺と清隆が茶柱先生に呼び出された時に、星乃宮先生に生徒会について相談していた人だ。
「一之瀬帆波です。よろしくね綾小路くん」
一之瀬と名乗る女子生徒は笑顔で挨拶をする。可愛い。
「ああ、よろしく。出来れば苗字じゃなくて下の名前で呼んでくれると助かる。同じクラスに綾小路清隆っていう双子の弟がいるんだ」
「だから櫛田さんは下の名前で呼んでるんだね。わかった。それじゃあ、和冴くんって呼ばせてもらうね」
それにしても、櫛田はBクラスの生徒とも仲が良いんだな。流石だ。まあ俺も、毎週400m走を勝負しているCクラスの伊吹っていう友達がいるけどね。
「そういえば、今日ってポイント振り込まれてた?」
櫛田が不安そうな顔で聞いてくる。
俺たちDクラスは過去問という少し卑怯な手を使って、中間テストはかなりの好成績を取ることができた。クラスポイントはクラスの成績によって反映されるはずだから少しくらい増えてもいいと思うのだが、櫛田のこの言い方からすると今月もポイントは支給されなかったのか?
「いや、まだ確認してないから分からない。ちょっと待ってくれ」
俺はポケットから学生証端末を取り出しポイントが振り込まれているかどうか確認する。
昨日確認した時は38225ポイントあったから、それより増えていたら振り込まれていたことになり、変動していなかったら振り込まれなかったことになる。
「……振り込まれてないな」
表示されたポイントは38225ポイントで、ポイントの変動はなかった。
あれだけ頑張ってもポイントが増えないのは、なかなかきついな。
「やっぱ、今月も0ポイントなのかな……?」
「正直、今月も0ポイントだったら、もうクラスポイントを上げる術は残されてないぞ」
定期テストで高得点を取っても、授業を真面目に受けてもポイントが1ポイントも上がらないとか、0ポイントになった時点でもう詰んでんじゃん。
「んー、それは大丈夫だと思うよ」
一之瀬が腕を組みながら指摘する。
「どういう意味だ?」
何を根拠にそんなことを言っているんだ?
「だって、私の端末にもポイントが振り込まれなかったもん」
……なんだよそれ。
「つまり、学校側の不手際ってことか?」
「多分そうだと思うよ」
櫛田がなんだぁと言って胸を撫で下ろす。
しかし、まだ安心するのは早い。学校側の不手際でポイントが振り込まれていないからといって、Dクラスのポイントが増えたなんて確証はどこにもない。今日のホームルームで茶柱先生から伝えられるはずだから、それまでは楽観視できない。
――――――――――
一之瀬と別れ、俺と櫛田は一緒に教室に入った。傍から見ると2人で一緒に登校してきたような状態だ。
「おい、和冴!なんでお前が櫛田ちゃんと一緒に登校してんだ!」
「もしかして、付き合ってんのか!?」
案の定、池、山内が問い詰めてくる。
めんどくせぇな。
「付き合ってるわけないだろ。たまたま会っただけだ」
「本当だろうな?」
「嘘だったらDクラスの男子全員でお前を抹殺するからな!」
……怖すぎだろ。
俺は池と山内の問い詰めを軽くあしらって自分の席へと向かう。
しばらくして、始業のチャイムが鳴り、各々席に着き始める。それとほぼ同時に茶柱先生が教室に入って来る。
「おはよう諸君。今日はいつにも増して落ち着かない様子だな」
「佐枝ちゃん先生!俺たち今月もポイント0だったんですか!?朝チェックしたら1円も振り込まれていなかったんだけど!」
池が1ポイントも支給されなかったことについて茶柱先生に問う。
「それで落ち着かなったわけか」
「俺たちこの1ヶ月、死ぬほど頑張りましたよ。中間テストだって乗り切ったし……なのに0のままなんてあんまりじゃないですかね!遅刻や欠席、私語だって全然だし!」
「勝手に結論を出すな。まずは話を聞け。池、確かにお前の言うように今までとは見違えるほど頑張ったようだな。それは認めよう。お前たちが実感を持っているように学校側も当然それを理解している」
論された池は大人しく椅子に腰を下ろした。
「ではさっそく今月のポイントを発表する」
手にした紙を黒板に広げてポイント結果がAクラスから順に公開されていく。
Aクラスは入学時を上回る1004ポイント。Bクラス、Cクラスも先月と比べ100近く数値を上昇させていた。
しかし、今は他のクラスのポイントなどどうでもいい。興味があるのはDクラスのポイントのみ。
Dクラスの表記には──87ポイント。そう記されていた。
87ポイントってことは、支給されるのは8700ポイントだ。他クラスと比べたらかなり少ないが、ポイント不足に悩まされているDクラスにとっては十分だろう。
「え?なに、87って……俺たちプラスになったってこと!?やったぜ!」
Dクラスのポイントが増えているとわかった瞬間、池が飛び跳ねる。
「喜ぶのは早いぞ。他クラスの連中はお前たちと同等かそれ以上にポイントを増やしているだろ。差は縮まっていない。これは中間テストを乗り切った1年へのご褒美みたいなものだ。各クラスに最低100ポイント支給されることになっていただけにすぎない」
なるほど、だからどのクラスにも同じくらいのポイントが加算されているのか。だとしても、今までポイントがなかった俺たちにとっては十分喜ぶべきことだろう。
「佐枝ちゃん先生、結局ポイントが振り込まれてない理由ってなんなんですか?」
疑問に思った池が手を挙げて茶柱先生に質問をする。
「今回、少しトラブルがあってな。1年生のポイント支給が遅れている。お前たちには悪いがもう少し待ってくれ」
1年生だけが遅れているのか。ていうことは、学校全体のトラブルではなく、1年生に関係するトラブルということか。
「えーマジすかあ。学校側の不備なんだから、なんかオマケとかないんですか?」
「そう責めるな。学校側の判断だ、私にはどうすることもできん。トラブルが解消次第ポイントは支給されるはずだ。ポイントが残っていれば、だがな」
茶柱先生が意味深な言葉を残し、教室を後にした。
――――――――――
帰りのホームルームが終わり各々帰宅するために帰りの準備を始める。これからクソ暑い帰り道を歩かなきゃならないと思うと憂鬱だ。
「須藤。お前に少し話がある、職員室まで来てもらおうか」
帰りの支度をしていると、須藤が茶柱先生に呼び出されている声が聞こえた。
「は?何で俺が。これからバスケの練習なんですけど」
「顧問には話をつけた。来るも来ないもお前の自由だが、後で責任は取らんぞ」
脅迫に近い茶柱先生の警告に強気な須藤も少し身構えた。
「なんなんだよ……すぐ終わるんだろうな?」
「それはお前の心がけ次第だ。こうしてる間にも時間は過ぎていくぞ」
須藤はわざとらしく舌打ちをして、茶柱先生の後について行った。
「変わったようで変わってないよな、須藤の奴。退学しといた方がよかったんじゃね?」
誰が言ったかは判断できなかったが、クラスの中からそんな呟きが聞こえた。
入学してから約3ヶ月、クラス一丸となって中間テストを乗り越え、それなりにDクラスの絆が深まったと思っていたのだが、案外そうでもないらしい。
「和冴、一緒に帰ろ」
帰りの支度が終わったと同時に千秋からお誘いがかかった。どうやら俺が帰りの支度を終わらせるのを待っていたようだ。
「ああ、いいぞ」
最近はちょくちょく千秋と一緒に帰る日がある。千秋は普段、軽井沢や佐藤、森、篠原といった軽井沢グループと一緒に帰っているのだが、たまにそいつらと一緒に帰るのがめんどくさいと思う時があるらしい。その時は俺を誘ったり、1人で帰ったりしているようだ。
「今日はポイントが貰えると思って楽しみにしてたのに、まさか貰えないとはね」
千秋が学生証端末を触りながら呟く。
「まあ、クラスポイントは上がってたんだし、そのうち貰えるだろ」
「ねえ、トラブルってどんなトラブルか分かる?」
そんなの俺が分かるわけないだろ。
「この学校のこと自体、まだそんなに把握できてないんだ。学校側のトラブルなんて全く想像できん」
「……まあ、そうだよね」
少し落胆したような仕草を見せる。俺なら何か分かっているのかもしれないと期待していたようだ。しかし、残念ながら俺は神ではない。何でもかんでも、分かったりはしない。
「まあ、もしもそのトラブルが生徒間で起きたものなら、1つだけなら仮説はあるがな」
「え、あるの?」
「これはあくまで仮説だから正しいなんて保証はどこにもないぞ」
「別にいいよ、教えて」
なんでもいいからとりあえず俺の意見を聞きたいらしい。
俺は話す前に1つ、わざとらしく咳払いをする。
「先ず、今朝茶柱先生が言っていたトラブルだが、これが学校側のトラブルなのか、それとも生徒の間で起きたトラブルなのかだが、ここでは生徒の間で起きたトラブルと仮定する」
千秋が軽く頷いたのを確認し話を進める。
「そのトラブルを一体誰が起こしたのかだが、1年生だけにポイントが支給されてないということは十中八九、1年の誰かだろう。そして、1年の誰がトラブルを起こしたのかだが、俺はDクラスの誰かと他クラスの誰かが起こしたものだと思っている」
「どうして?」
「今朝、茶柱先生が朝のホームルームの終わり際に、ポイントが残っていればトラブルが解消次第ポイントを支給すると言っていた。裏を返せば、今回のトラブルが解消される時に、俺たちDクラスのポイントが残っていない可能性があるということだ。だから、このトラブルはDクラスが関わっている可能性が高いと俺は思っている」
「Dクラスの誰かが関係している理由は分かったけど、どうしてそこに他クラスの誰かが入ってくるの?」
「もし、Dクラスだけの問題ならポイントの支給を遅らせるのはDクラスだけでもいいはずだ。それが、1年生全体ということは他クラスの生徒も関わっている可能性が高いということだ」
「なるほどね」
「そして、Dクラスの誰が起こしたのかだが、俺は須藤だと思っている」
「さっき茶柱先生に呼び出されていたから?」
「ああ、そういうことだ。須藤のことだ、他クラスといざこざが起きて殴り合いの喧嘩にでもなったのだろう。それが何らかの形で学校にバレて、現在学校側は審議の最中でポイントを支給するのを一旦保留にしているということだ」
俺の話を聞き終えた千秋は一旦考えるような仕草をしてから目を輝かせて俺の方を見た。
「やっぱり凄いね、和冴は」
目を輝かせて尊敬の眼差しを向けてくる。
「さっきも言ったが、これはあくまで仮説だ。これが正しいなんて保証はどこにもない」
ていうか、間違ってる可能性の方が高い。情報が少ないし。それに、俺が考えた仮説よりも学校側の不祥事という可能性の方が高い。結局、真実なんていうものは誰にも分かるわけがなく、仮説を立てるだけで精一杯なのだ。
――――――――――
翌朝のホームルーム、茶柱先生から耳が痛くなる連絡事項が告げられた。
「今日はお前たちに報告がある。先日学校でちょっとしたトラブルが起きた。そこに座っている須藤とCクラスの生徒の間でトラブルがあったようだ。端的に言えば喧嘩だな」
茶柱先生の言葉を聞き教室内が騒がしくなる。隣の席の千秋は他の連中とは違った意味で驚いているのがわかった。昨日、俺が言っていたことが概ね当たっていたのだ。驚いた顔をしてこっちを見てくる千秋に俺はドヤ顔を返した。
教室内が騒がしいことなど気にもとめずに、須藤とCクラスが揉めたこと、責任の度合いによっては須藤の停学、そしてクラスポイントの削減が行われることを淡々と告げていく。
「その……結論が出ていないのはどうしてなんですか?」
洋介が手を挙げて質問をする。
「訴えはCクラスからだ。一方的に殴られたらしい。ところが真相を確認したところ、須藤はそれを事実じゃないと言った。彼が言うには自分から仕掛けたのではなく、Cクラスの生徒たちから呼び出され、喧嘩を売られたとな」
「俺は何も悪くねぇ、正当防衛だ正当防衛」
悪びれた様子もなく言い放つ須藤にクラスメイトは冷ややかな視線を向ける。
「だが証拠がない。違うか?」
「証拠って何だよ。そんなものあるわけないだろ」
「つまり今のところ真実が分からない。だから結論が保留になっている。どちらが悪かったのかでその処遇も対応も大きく変わるからな」
「無実以外納得いかねーけどな。つかこっちが慰謝料貰いたいくらいだぜ」
「本人はこう言っているが、今現在信憑性が高いとは言えない。須藤がいた気がするという目撃者が本当にいれば少しは話も変わってくるんだがな。どうだ、喧嘩を目撃した生徒がいるなら挙手してもらえないか」
茶柱先生が教室を見渡す。しかし、その問いに答える生徒はいなかった。
「残念だが須藤、このクラスには目撃者はいないようだな」
「……のようだな」
疑いの目を向ける茶柱先生に対し須藤はつまらなそうに目を伏せる。
「学校側としては目撃者を捜すために、今各担任の先生が詳細を話しているはずだ」
「は!?バラしたってことかよ!」
どうやら、須藤は穏便にこの騒動を解決したかったようだ。
「とにかく話は以上だ。目撃者のいるいない、証拠があるない含め最終的な判断が来週の火曜日には下されるだろう。それではホームルームを終了する」
茶柱先生が教室を出る。それに続いて須藤も教室を出ていった。恐らく、居心地が悪くなったのだろう。
「なあ、須藤の話最悪じゃね?」
「須藤のせいでポイントがなくなったら、また今月0ポイントで過ごさなきゃならないんだろ?」
本人がいないことをいいことに、それぞれが愚痴をこぼす。
「ねえ皆。少し私の話を聞いてもらってもいいかな?」
クラスが騒がしくなりかけたところで櫛田が席を立った。
櫛田が言うには、須藤はバスケ部でレギュラーに選ばれそうになり、それに嫉妬した同じバスケ部員が須藤を部から追い出そうとするために呼び出し脅したらしい。それから喧嘩になり、防衛のため須藤は殴ってしまったようだ。
今の話に信憑性は全くないが、櫛田が言うと本当の話のように思える。不思議だ。
「改めて聞くね。もしこのクラスに、友達に、先輩たちの中に見たって人がいたら教えてほしいの。いつでも連絡下さい。よろしくお願いします」
茶柱先生と言っていることは同じなのに、クラスの皆の受け取り方はまるで違う。これが櫛田の凄いところだ。
しかし、それでも須藤に対しての不満は消えなかった。
「なあ櫛田ちゃん。その須藤が言った話、俺信じられないよ。自分を正当化するために嘘ついたんじゃないかと思う。あいつ中学時代喧嘩ばっかやってたって言ってたし。相手の殴り方とか痛い箇所とか楽しそうにレクチャーしてたしさ」
③
それはスポーツマンとしてどうなんだ?
「前に廊下でぶつかった他クラスの子の胸倉とか掴んでたの私見たよ」
「俺は食堂で無理やり割り込んで、注意されて逆切れしてるの見たことあるぜ」
今まで散々やらかしてる須藤だ、そう簡単に信じることはできないのだろう。
「僕は信じたい」
そう言って立ち上がったのは、Dクラスのリーダーの洋介だった。
「他クラスの人が須藤くんを疑うならまだ僕も理解できる。だけど、同じクラスの仲間を最初に疑うのは間違ってると思う。精一杯協力してあげるのが友達なんじゃないかな?」
「あたしもさんせー」
洋介の言葉に声を挙げたのはDクラスの女子のリーダーの軽井沢だ。
「もし濡れ衣だったら問題でしょ?とにかく無実なら可哀想じゃない」
少し意外だ。軽井沢もアンチ須藤だと思っていた。
Dクラスの3トップ、洋介、軽井沢、櫛田に逆らえる者はおらず、さっきまでの須藤に対しての文句がいつの間にかなくなっていた。
「私、友達に当たってみるね」
「じゃあ僕も仲の良いサッカー部の先輩たちに聞いてみるよ」
「あたしも色々聞いてみよっかな」
3人を筆頭に、Dクラス全体で須藤の無実を証明するために動き出そうとしていた。