fate/Dendrogram   作:ジェノサイダーわさび

2 / 5
なにぶん見切り発車かつ処女作ですので、至らぬ点もございます。
三人称を試します。


1-2

 あれから7日が過ぎた。

 王都へ入ったアーサーは、まずジョブに就くため、いくつかの施設を見て回った。冒険者ギルド、教会、そして騎士団の詰め所。

 考えた末、選んだのは、一時期習っていた剣道を活かせると見た【騎士】だ。

 なお転職の際、簡単な質問に答えて契約書にサインしただけで許可が下りたことに「ゲームとはいえこれでいいのですか政府!」と頭を抱えたりもしたが。

 家庭教師が来るまでの間にエンブリオも覚醒した。名を【不可侵幻想 アヴァロン】。形状はシンプルな装飾の鞘。エンブリオは当人のパーソナルに応じると聞く。街を眺めていただけで何に呼応したのか、興味は尽きない。

 ログインとリアルの生活をするうちに、アルトリアの1日は流れが出来ていた。

 朝は5時に起床。軽い運動をした後、朝食。10時頃まで自主学習をして12時までinfinite dendrogramへ。

 昼食の後、今度は家庭教師と共に17時まで各科目の勉強。夕食の後はこの日教わった内容を軽く復習して、入浴を済ませ、22時までinfinite dendrogramを再度プレイする。1日でログイン時間は4〜5時間ほど。

【騎士】のレベルも成長し、41となった。他者と比べてもいささか早いペース。これには当然カラクリがある。

【不可侵幻想 アヴァロン】のスキルは、触れている相手のHP、MP、SPを回復し続けること。

 狩場は〈旧レーヴ果樹園〉。適正レベル25の自然ダンジョン。虫型エネミーが麻痺や毒の状態異常を多用するのが特徴で、耐性や解毒薬を用意する必要性と得られる素材の利益が釣り合わないことから競合相手の居ない地域でもあった。

 アーサーの場合、第2形態となり毎秒5%回復するようになった【アヴァロン】のおかげで、毒の継続ダメージは余程深刻にならない限り無視できる。麻痺耐性のアクセサリーを購入するだけで誰もやる気の出ない狩場が独占できてしまった。

 しかし入れ食いの状況も長続きはしない。

「そういえば伸びが悪くなってきましたし……場所を変えますか」

 レベルの上昇による必要経験値の増加。自身も他の街に興味があった事から、アーサーは河岸を変える事にした。

 腰に佩いた剣と、買って間もない皮鎧。アイテムボックスの回復薬その他。わずかばかりの手荷物を確かめながら街を歩く。

 向かう先は南のギデオンだ。間にはサウダ山道とネクス平原が広がっている。王国でも有数の大都市であり、施設による決闘が盛んに行われていることから冠する名は決闘都市。次の活動地として選んだ理由も、そこでなら安価で新しい武器が入手できるのではないかとみたからだ。

 南門に着くと、infinite dendrogramにやって来た日と同じく、出入りする大勢の人で賑わっていた。門の向こうには整備された道路が延び、平原の彼方には緑に覆われた山が見える。

 リアルの時刻は午前10時50分。購入した地図によれば、ギデオンまでそう距離は無いものの、アルトリアは一度ログアウトを挟まなければならない。11時50分にアラートが鳴るよう設定をしたため、それまでは道程を楽しむことにした。

 晴れ渡る空の下、風は涼やかに森をそよぐ。鳥と虫の鳴き声を聴きながら、木漏れ日に照らされたなだらかな坂道を行く。

 実のところサウダ山道に来るのはこれが初めてのアーサー。低レベルの時代は主に北のノズ森林と東のイースター平原で、レベル15になってからは旧果樹園でレベリングを行なっていた。それ以外は王都の散策を中心に過ごしてきた。

 ノズ森林もイースター平原もそれぞれに魅力ある風景だったが、ここサウダ山道もまた素晴らしい。穏やかな日差しの下、清浄な空気に包まれて、心が洗われるようだ。中腹に至り、一休みに眼下を望めば、遠くに王都アルテアの街並みが見えた。

 こんなに良い場所ならば、もう少し早く来てもよかったかもしれない。柔らかな心持ちでそう考えたところで、終了時刻を告げるメッセージを受け取り、ログアウトした。

 

 

 

 リアルの天気はデンドロ内とは正反対だった。曇った空、夏だというのに冷えた風。涼しく過ごせるのはいいが、ゲームと現実の気温差に背を震わせた。

 12時となり、昼食を報せに来た女中とともに食堂へ。パンやスープを摂りながら、今日の授業内容を頭の中で確認した。

 今日は学校の授業の復習と応用、及び経営学。ただし経営学とは言うものの、未だハイスクールにも通っていないアルトリアが受けるのは基礎中の基礎でしか無い。

 経営学の講義について、アルトリアは嫌っていないものの、複雑な感情を抱いていた。家庭教師の表現は婉曲だが、鋭く重く現状を突きつけてくるのだ。

 現実は厳しいのだと分かってはいる。直視しようとと覚悟もしている。が──。

 食事が終わった後、トイレを済ませて自室へ戻る。デンドロへとログインする前に教材の用意はしてていたため、僅かな待ち時間に自分の小遣いで買った本を読む。未だ起こる宗教間の軋轢についてを各々の視点で綴った本。

 やがて教師のジョージ・マリンが扉の外からノックし、アルトリアはページに栞を挟んで棚へ仕舞った。どうぞ、と返して招く。

 教師のジョージ・マリンは、白髪の目立つ年齢でありながら何処か軽く、他者と分け隔てなくフレンドリーに接する。時に子供のように無邪気な、それでいて何処か底知れぬ老人。

 中学校の授業のおさらいをして、午後4時。ここからが経営学となる。

 ジョージは遠回りに言う。多くの人を背負うリーダーは、時に冷徹に、部下を切り捨てなければならないと。

 アルトリア・ペンドラゴンは同意している。数百、数千の生活を負う以上、時として数十の犠牲は納得しなければならない。でなければより多くの犠牲を払うこととなる。

 切り捨てられる側にも苦しみはあろう。

 全て……そう、『全て』を救い上げるのが理想だろう。

 だがそれは叶わない。どれだけ腕を広げようと、どれだけ人と手を繋ごうと、溢れるものが必ず出る。

 

 重責、結構。担う決意はとうにしている。

 それは父たるウーサーの遺志からではなく、自身の心から生まれた感情ゆえに。

 ああ、でも──。

 

 窓の外、曇天はまだ晴れない。

 

 

 

「くぅ……やはりこのくらいの天気の方が気分はいいですね」

 アルトリア……アーサーはログインしたサウダ山道で、背をぐっと伸ばして呟いた。

 現在、リアルは午後8時。夕飯を摂り、自習の後シャワー浴び、再びinfinite dendrogramへ。時間加速のためこの世界ではまる1日経ったことになる。

 サウダ山道は前回のログアウトの際と同じく快晴。温暖な陽光と微風が快い。それはそれとしてリアルとゲームでこれだけ体感気温が違うと、健康は心配になるが。

 現状確認のために地図を取り出した。ギデオンまでの道のりはおおよそ半分まで来た所か。これならば着いた後、寝る前に暫く街を観光する時間が残るだろう。アイテムボックスに地図を仕舞った後、意気揚々と歩き出した。

 山頂を少し降りた所で奇襲を仕掛けてきたリトルゴブリンを斬り、以降特に問題無くネクス平原に着いた。

 膝丈に広がる草原、大小の丘。高い位置に日が登っており、予定通りの進行が出来ていると満足する。

 アーサーはそこで簡易ステータスを見た。アバターがもうすぐ空腹状態になると告げていて、アイテムボックスからサンドウィッチを取り出して、はしたないと思いながらも二個三個と摂取しながら歩いて行く。

 視線の先に城壁が見えると、アーサーの足は知らぬうちに速くなった。

 ギデオンに近づくにつれすれ違う馬車が増える。商人や護衛に挨拶を交わし、早足で追い越して行く。

「……ほう、これは」

 やがて大きな門をくぐり、ギデオンへ入ったアーサーは感嘆の溜息を漏らした。

 ギデオンの雰囲気はアルテアとは大きく違った。道端では芸人や露天商、あるいは商店の呼子が大声でアピールし、それに負けない声量で野次や歓声が響いてる。あたかも祭日のようだが、聞いてみればどうやら一桁ランカー同士の決闘が行われるらしい。

 踏み入れるとあまりの人の波に右へ左へ押し流されて、たまらず脇道へと逃げるように駆け込んで行った。

 アルトリアは祭りというものに興味を持ちながらも、今まで数えるほどしか参加したことはない。慣れない身でいきなりこの熱狂は少々早かったみたいだ。

 裏道を奥へ奥へと進む。遠くに人々の賑わいを聴いている今の状況こそ、アルトリアは心が和んだ。

 しばらくして再び表の道へ出た。どうやら決闘が開催される地区から抜けたらしい。こちらにら冒険者向けの宿泊施設が多く軒を連ねていた。

 丁度いい、とアーサーは目についた宿へ足を向けた。活気に当てられて少しばかり疲れた。本来ゲームを中断する予定時刻より10分ほど早いが、今日はもうログアウトすることにした。

 受付に聞くと、丁度一部屋空いていると案内された。鍵を受け取り、入室。

 剣帯と皮鎧をアイテムボックス仕舞い、棚に置く。

 窓の向こうには働く住人達の活気が見て取れた。

 明日からはここで活動する。街並みをしばらく見つめて、アーサーはログアウトした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。