彼女の背は170ほどか。白銀の髪が朝日を浴び、きらきらと輝く。
鋭い目付きはの奥には穏やかな色が見えた。
きっと自分は、この出逢いを地獄に落ちても忘れない。
「これで、5体目!」
大きく踏み込み、剣を鋭く一閃。
断末魔は無かった。
振るった刃はアーサーの最大の威力を叩きつけ、相手を両断。ドロップアイテムを残して光の塵と消えた。
ギデオンへ来た翌日、ログインしたアーサーは早速ギルドへ向かい、討伐依頼を受注した。
対象は歩き葡萄を5体。それ以上は討伐数に応じて報酬が加算される。
歩き葡萄とはその名の通り葡萄の木のエレメンタルだ。攻撃は葡萄の実を飛ばすだけだが、その甘い香りで周囲のモンスターを呼び寄せるという、危険性の高いモンスターだ。
しかし歩き葡萄自体に大した戦力はない。奇襲によって反撃する間も無く、あるいはモンスターが集まる前に倒してしまえば割りのいい報酬を得られる。
ゲーム内時間で30分ほどネクス平原を回り、サウダ山道の近くまで来たこの時点でノルマ達成。ドロップアイテムの葡萄を食べて一息つく。
ふと見渡せば平原のそこかしこで他のマスター達が戦闘していた。
燃え盛る大剣でゴブリンと斬り合うモヒカンの男性。
狼の群れと戦う少女達。
一際目立つのは奇怪な出で立ちの三人組か。
鎖を振り回す青年は何故か半裸にコート。相対するのはハルバードを担ぐ二足歩行の犬。側では赤い外套の青年が周囲を警戒している。
半裸の青年の攻撃を犬が防ぎ、時折反撃する。模擬戦の最中だろうか。
どう見てもネタキャラ集団だが、立ち居振る舞いは熟練のもの。初日からプレイしていたか、リアルで武術を習っていたのかもしれない。
グッと背を伸ばし休憩を終える。あとは帰還しながら、その途上で歩き葡萄を数体倒してクエスト達成とする。
残りの時間、ギデオンで何をしようか。簡単な依頼をもう一度受けるのもいい。それとも商店街で武器、防具を新調しようか。
剣の状態を確認すれば、薄い傷が目立つようになってきた。予備を買って置くべきだろうか。商店巡りで決定だ。
探索しながらの帰路、歩き葡萄は頻繁に見つかった。依頼書の備考欄には『目標は大量発生中のため注意』とあったが、これは確かに多い。
ギデオンまではあと500メートルほどの地点。小高い丘で発見されないようにしゃがみ、周囲を索敵した。
ほんの少し離れた位置に歩き葡萄が2体。比較的大柄で、今まで倒した個体と比べるとやや体力がありそうだ。時間をかければそのぶん周囲のモンスターが集まるだろう。
合計ですでに9体を撃破している。安全を考えれば無視してもいい。
しかし、アーサーは立ち上がり、2体へ向けて駆け出した。
第1の理由は、単純に放置出来る相手ではないこと。
第2の理由は、レベル50を目前ととした現在の自分にどれだけの力があるのか試すため。
「スピードアップ」
走りながら呟くと、アーサーの動きが加速した。
右手の指輪は王都で購入したマジックアイテムだ。秒間SPを1消費することで、AGIを10%上昇させる効果がある。
そしてエンブリオのスキルが相乗効果を生む。【アヴァロン】の秒間回復量が装備の消費量を上回り、永続的なバフを可能とした。
歩き葡萄達がアーサーに気付く。反応が早い。応戦に放たれた葡萄をあえて掴み取り、握り潰した。これでモンスターが寄ってくるが、それも一つの目的だ。
手前の歩き葡萄へ接敵と同時にアクティブスキルで一撃。振り回される枝を避け通常攻撃を連続して叩き込む。最後は半ば体当たりするかのような斬撃で致命の傷を与えた。
光の粒子となるのを見届ける時間が惜しいと、即座にもう片方へ向かう。この時点で視界の隅にモンスターの群れが見えた。
同胞を倒したアーサーを危険とみて、残る片方が背を向けて遁走する。
「逃すか!」
アイテムボックスから取り出したのは、リトルゴブリンのドロップ品でもある石器の短槍だ。
勢いをつけて投擲。狙い違わず突き刺さって、動きが鈍ったところを背中から斬る。なおも逃げようとするのを一気呵成に撃破。
短槍を引き抜き、風を切って飛来する矢を回避。40メートルほど先のゴブリンアーチャーが次弾を構えていた。狙いを定められないようジグザグに走りながら、集まってきたモンスターの群れへ突撃する。
先頭はティールウルフが2体だ。飛び掛かってきたところをすんでで見極め、すれ違いざまに首を断つ。続く2体も胴を槍で貫き、頭を割る。
短槍が抜けなくなったが、死体が塵になるのを待つのが惜しい。放置し、剣を両手持ちに。
横合いからゴブリンウォリアーが棍棒で殴りかかってきたのを、アーサーはあえて剣で受け、鍔迫り合いにもちこんだ。
視線を巡らせる。ゴブリンは棍棒で武装するウォリアーが3体、アーチャーが1体。
矢の弾道が常に敵同士で重なるように、ウォリアー達とアーチャーの位置を調節する。
ウォリアー達の連携は上手いが、ステータスはギリギリでこちらが上回る。
大きく振りかぶった所に全力で飛び込み、ショルダータックルで後方の敵に吹き飛ばした。
2体がもつれ合い、これで実質1対1。慌てて大振りになったゴブリンの胴を断つ。さらに味方を失い、浮き足立つ2体をそのままの勢いで撃破した。
残るはアーチャー1人……もはや敵ではない。遅過ぎる逃走を始めようとしたのを背中から斬る。
ほんの1分ほどでモンスターの群れを全滅させたが、油断せず周囲を睨む。
数秒の静寂。増援が無いのを確認したアーサーは、ここでようやく剣を【アヴァロン】に収めた。
完勝だ。得られた戦闘能力に満足感とともにうなずき、
──直後に、左側からの強烈な衝撃に吹き飛んだ。
突然のことに思考が停止し、受け身を取ることもできないまま地面を跳ねてゆく。
立木に叩きつけられて停止するまでに20メートルも転がっていた。
何者かの攻撃とわかるが、一体どこから? 困惑しながらも立ち上がろうとして、力なく膝を落とした。
「──ぁ?」
左半身に違和感がある。身体を見下ろし、余りの惨状に後悔した。
皮鎧が裂け、左脇腹に肉が見える程の深い裂傷。大腿は青黒く大きい内出血。
特に重篤なのは左腕。肘から千切れて骨が露出していた。
簡易ステータスウィンドウには数えるのも億劫になる傷痍状態異常が記されている。左大腿、肋骨、鎖骨骨折。左肺、胃損傷。左前腕喪失。その他。HPが数パーセント残っていたのがむしろ不思議だ。
何とか前方を、先程まで立っていた地点を見ると、居た。
薄膜が剥がれるように透明化が解除される。現した姿は体長約3メートルのトカゲ。頭上に表示された名前に驚愕した。
カメレオンバジリスク。付近にある森林地帯の、さらに深部に生息する、この辺りに居るはずのない強力な亜竜級ボスモンスターだ。
カメレオンバジリスクはのしのしと近づいてくる。高いSTRと透明化による先制攻撃で仕留めるスタイルゆえ、AGIが低いのだ。
逃げようと這いずるが、彼我の距離はどんどん縮まる。
なんとかしなければとあがくのはデスペナルティーを嫌ってではない。低レベル地帯に危険なボスモンスター。早くギルドに伝えなければ被害が増える。
しかし悪あがきは続かなかった。
「ここまでか」
振り返るともはや数メートルの位置まで接近されていて、鋭い歯の1本まで数えられた。
タダで死ぬことはできないと剣を抜く。
せめて道連れにする。狙うのは比較的柔らかそうな眼球と、その奥の脳。
いざ、と神経を集中し、
今度はカメレオンバジリスクが真横から攻撃を受ける番になった。
最初にハルバードが飛来しての横腹を打つ。さらに大木槌、手斧、棍棒、分銅付きの鎖。
重量級武器の乱打に徐々に後退するカメレオンバジリスク。ENDの高さもあって目立ったダメージにはならないが、鬱陶しそうに唸っている。
「……これは、なにが」
状況の変化に戸惑うアーサー。
一先ず離れようとすると、手脚の力が抜けた。
HP切れではない。ならばなぜ?
指先さえ動かないほどの脱力。未だ未体験の現象。
弱々しくもがいているうちに、アーサーの意識は暗闇へと落ちていった。