いつの間にか、アーサーは真っ暗闇の中に立っていた。
ここはどこだろう、と思って、すぐに【ヘルプ:気絶・強制睡眠】の項目を思い出す。早く街に報告したいのだが、これではどうしようもない。
気絶の寸前、誰かが助けようとしてくれていた。人数も練度もわからないものの、カメレオンバジリスクのAGIは2桁しかないため、最悪自分を放って逃げてくれるだろう。
そう判断して、デスペナルティーか覚醒か、この空間から出られるまで待つことにした。
草原の一角に、3人の人影があった。
青いロングコート【絶界布 クローザー】を纏う【狂戦士】フィガロ。
背中が赤い狼の着ぐるみ【すーぱーきぐるみしりーず ふぇいうる】に包まれた【重戦士】シュウ・スターリング。
2人は激しい攻防を繰り広げていた。フィガロの放つ鎖分銅をシュウが防ぎ、鈍足の代わりに破壊力のあるシュウのハルバードをフィガロは紙一重で躱わす。
もう1人は、
「シュウ、フィガロ。そこまでだ。感想を聞かせてくれ」
赤い外套を纏う青年だ。髪は白く、肌は浅黒。エンブリオ【征炎器官 カンショウバクヤ】の両腕置換の性質もあって、袖口から覗く両手は白と黒のマーブル模様になっている。名はシロウ。
この3人、なにを言おう先程アーサーが『奇怪な服装』と評価した、模擬戦の3人である。
「僕の鎖分銅はすごくいい感じだ。重さも扱いやすいし、射程延長もいいね」
『俺のハルバードも文句なしだワン』
2人のそれぞれの返事に、武器の製作者でもあるシロウは満足気にうなずいた。
シュウとシロウの付き合いはゲーム開始にさかのぼる。ある事情で初期資金をほぼ全て使い切り、肩を落として歩いていたシュウに、シロウが声をかけたのが始まり。
金欠に困っているシュウと、武器生産のエンブリオを持つシロウ。2人はしばらくチームを組んだ。シュウが集めた素材を【鍛治師】に就いたシロウが武器にする需要と供給の相互関係である。
その後、事件に巻き込まれたシュウが、そこで出会ったフィガロを連れて来たことで、3人は友人となった。
新作武器の試運転を終えた3人は、現在ギデオンへの帰路についていた。
草原を吹く風を浴び、時々見えるマスターの戦闘風景を評論し、あるいはギデオンの飲食店の情報を交換する。
その中でも話題になったのは、シュウがまた巻き込まれたある出来事だ。
「それにしても、シュウ。本当に運が無かったな。ゼクスだっけ? その指名手配のマスター」
「第三王女誘拐って、ゲームだと思っていたとしても、よくやるよね」
『ホント困ったワン。アイツのせいで新調した武器は壊れるし、回復アイテム使い切るし、散々だワン』
シロウの発言に、シュウは憤懣やるかたないといった様子で返答した。これは今回、シロウが初めて無料で武器を作った理由でもある。
というのもこのシュウ・スターリング。一週間前にはUBMとの戦闘で木槌を紛失したばかりで、先日は凶悪な犯罪者マスター相手に立ち回ってまた武器を失った。あまりに惨事が続くものだから、少し哀れに思ってしまう。
相手の特徴については既にアルターのみならず他国にまで知れ渡っている。
ゼクス・ヴュルフェル。黒髪の成人男性。幼い第三王女を誘拐。力のない子供を相手にしたのは許しがたい。シロウも見つけ次第監獄に送るつもりでいる。
下手人の戦法や予測される戦術を3人で考察する。全身スライム化エンブリオ。壁の亀裂を通られるかもしれない。属性攻撃がないと厳しい、など。
「……ん?」
「有効なジェムは高価でだから数を揃えるのが難しい。ブレイズアックスみたいな……シロウ、 どうかした?」
『なにか見つけたワン?』
「ああ、あれだよ。見えるか?」
会話の最中、ある一点を見つめて立ち止まったシロウに、残る2人が問いかけた。
指差した先には2体の歩き葡萄と、それに突撃する白い髪の女性。
「クエスト中かな」
『あ、葡萄握り潰した。あれ腕試しのつもりワン?』
「だろうな。危なそうだったら止めよう」
『同意ワン』
「僕は待ってるよ」
この辺りのモンスターであれば、レベルによっては数的不利で押し潰される。
シュウはハルバードを地面に突き立て、アームズのエンブリオ【バルドル】を呼び出した。進化段階毎に大砲、ガトリング、トーチカと変化するエンブリオで、今回はガトリングを使う。大砲、トーチカは集まるモンスターの群れを相手するのに不向きなためだ。
シロウもまた弓矢を装備した。【鍛治師】の他、自力で素材を得るために【戦士】を取っているので、ある程度の戦闘は出来る。
体質的な問題でパーティープレイの不得意なフィガロを除き、いつでも援護出来る体制が整った。
しかし、すぐに無用の心配だと悟った。
大柄でレベルが高めの歩き葡萄へ先制攻撃、振り回す枝を全て回避しながらの連撃、トドメの一撃。
一連の流れはどれも力押しだが、雑ではない。土台の上に確立した剛剣だった。
死角から放たれたゴブリンの矢も直感で回避してみせた頃には、既に3人とも観戦ムードになっていた。
フィガロ以来の逸材だとはシュウの評価。
この人と闘ってみたいとはフィガロの期待。
綺麗な剣捌きだとはシロウの感嘆。
1分程で集まったモンスターをも全滅させた女性へと、声をかけることに決定したのは3人全員だった。
シュウも【バルドル】を紋章に戻し、揃って彼女の元へ歩き出し、
直後、何者かの不意打ちに20メートル近く吹き飛んだ。
「フィガロ、彼女を頼んだ!」
「わかった、シュウ!」
『気にせず先行け!』
相談は一瞬。フィガロとシロウが、シュウを置いて駆ける。
シュウ・スターリングはSTR極と呼ばれるステータス傾向。下級職1つをカンストし、2職目の半ばに差し掛かった今でもAGIが101しかなく、2人については行けない。
フィガロは装備のいくつかを解除、AGI補正を受けられるズボンと鎖分銅、指輪1つを残して半裸になり、彼のエンブリオ【コル・レオニス】の装備品強化によって速度を上げた。
女性は辛うじて生きており、どうにか逃げようとしている。
助けたい、と思うが、遠い。
現れたカメレオンバジリスクは鈍足でこそあれ、STRとENDは低くとも2000を超える。矢では軽過ぎて止められない。
シュウの【バルドル】なら、と考えたがすぐに否定した。大砲は低速弾のため当たりそうにもない。ガトリングは命中精度が低く、この距離では女性を巻き込む。トーチカの砲弾も、今の女性の状態では着弾の衝撃余波だけで死にかねない。
間に合わない。ボロボロの女性はもはや相討ちを狙う体勢になっていた。
シロウの脳裏に過るのは無残な死体だ。潰れ、千切れ、こぼれ、光のない瞳が虚空を見ている。
──俺では助けられないのか。
焼け、焦げ、形を崩した屍の山河。
それをどうにかしたくて力を求めたのに。
カメレオンバジリスクの横腹に、見覚えのあるハルバードが直撃した。怯んだところへさらに続々と武器が投げつけられる。
シュウだと察した。高STRを利用した投擲。これならば巻き込まない。
まず辿り着いたのはフィガロ。気絶した女性にすぐさま回復薬を振りかける。2つ3つ、大量に。
そしてシロウはカメレオンバジリスクとの間に割り込み、双剣を構えた。
「フィガロ、どうだ?」
「部位欠損はどうにもならないけど、ちょっとずつ回復はしてるよ」
「なら、ちゃんと守らないとな」
シロウは感情を改めて言葉にし、投擲が終わって自由になったカメレオンバジリスクへ突撃した。
無論、こんなに硬い相手を正攻法で倒すつもりはない。
当たれば身体が千切れ飛ぶ威力の攻撃を躱し自身に注意を向けさせる。フィガロが女性を安全域へ運ぶのを待ち、シュウが持つ最大威力の一撃で仕留める。
フェイントで空振りを誘う。横へ回って適度に切りつけ、再度離れる。鋒を地面に刺し、土を飛ばして目潰しとする。
「シロウ、こっちはもういいよ!」
『聞こえるかシロウ! 俺も完了だ!』
2人の合図を受けた。時間稼ぎ終了。
双剣を、顔面めがけて投げつけた。眼を狙われ、反射的に硬直するカメレオンバジリスク。
『喰らえ!』
大砲型の【バルドル】から発射された光弾が、防御姿勢へ横から突き立つ。
【バルドル】第1形態のスキルはストレングスキャノン。STRに応じたダメージを与える必殺砲。
倍率は第3形態まで進化した現在、シュウの特化したSTRを15倍に増幅して撃ち出す。
着弾点からカメレオンバジリスクは木っ端微塵に吹き飛んだ。
しかしシロウもシュウも肩の力を抜かない。カメレオンバジリスクは複数で行動しないが、今は本来の生息エリア外に出現している状況だ。用心にこしたことはない。
シュウが【ふぇいうる】のスキルで影狼を生み出し、周囲を索敵させる。
しばらくして本当に安全を確認できるまで、2人とも武器を構えた続けていた。
『クリア。最低でも影狼に見つかる所には誰もいねえ』
「よし。じゃあフィガロの所に行くか」
報告を受け、並んで歩き出す。互いをカバーし合う位置どりは慣れたものだ。
『俺は見ていないけど、大丈夫だったワン?』
「……部位欠損だってさ」
『まあ相手を思えば運はいい方だワン』
回復魔法で欠損を治そうとするとカンストヒーラーが複数人掛かりの作業となる。時間も金銭も掛かるため、デスペナの方が手っ取り早いだろう。
しかし2人とも、最後まで抵抗していた白髪の女性がその方法を取るとは思えなかった。
これからさぞ苦労するだろう。なんなら少し手を貸そうか。大きなお世話じゃないか? 話し合いも半ばで、フィガロの姿が見えてきた。
しかし様子がおかしい。差し迫った雰囲気は無いが、珍しく戸惑っているようだった。
『フィガ公、どうかしたワン?』
問われたフィガロは眉を寄せ、言うべきか迷った後、横たわる女性を指し示した。
『……これは』
「何が……」
両者二の句が継げない。
美しい女性だ。
白い髪と肌はアルビノに近い。胸は些か盛り過ぎに思うが、それ以外のバランスは良い。一から造形したとしても、フィガロの様に自分をベースにしていたとしても、それぞれに感心する。
だか問題はそこに無い。
彼女は無傷だった。完全に。
肉が露出していた脇腹も、青アザに覆われた太腿も、小さな傷も。──千切れていた左腕も。何事もなかったかのように滑らかな肌を見せている。
市販の回復薬に、欠損を治療する力は無い。戦闘専門のフィガロにも、そのエンブリオにも無論のこと。
「……傷口が少しずつ盛り上がって、最後にはこうなったんだ」
『この短時間でか。上級カンストより強力な回復だな』
「どっちでもいいよ。取り敢えず治ってよかった」
感想は三者三様だが、安堵は共通していた。
とくにシロウは喜びが深い。
助かってくれた。助けることができた。
それはシロウにとって、とても重大な──。
ここはまだモンスターの出現範囲にある。またいつ襲われるかわからない場所にはいられない。
今度はシロウが女性を背負った。シュウはガトリングを構え隣に立つ。フィガロは武装を整え、先行して露払いをする。
陣形……と言うにはフィガロがかなり離れることとなるが、とりあえず整ったと言えなくもない。
走り出すフィガロを見送り、シロウとシュウはギデオンへとゆっくり戻った。
彼女が目を覚ましたのは数十分後のことだ。
自己解釈①フィガロが狂戦士。フィジカルバーサークを持っていたから。
②カメレオンバジリスク。レッサーが居るなら多分居る。亜竜級は捏造。STR・END2000オーバー、AGI40〜90。個体によってはもっとタフ。
オリジョブ【重戦士】『アクセサリー以外の防具装備枠を全部使う防具』と『両手の武器装備枠を使う武器』に補正がかかる。着ぐるみも対象。成長はSTR・END特化。
指摘を受け、改行後一文字開ける様にしましたが、表示がうまく変わりませんでした。
8月18日シロウの心情描写追加。