覚醒は水面から浮上するようだ。ゆっくり目を開くと、青空や草原ではなく、天井と壁が見えた。
「目が覚めたか?」
低く穏やかな声。
顔を向けると、椅子に座った男性がこちらを見ていた。
褐色の肌と白い髪、背丈は190前後だろうか。白黒マーブルの手の甲には炎と歯車の紋章。マスターの1人だ。
前後で変化した状況に少しばかり戸惑いながら、男性に問う。
「……失礼、貴方は? それにここは?」
「はじめまして、俺はシロウ。ここは冒険者ギルドの仮眠室だ。気絶した君を仲間とここに連れてきたんだ」
「はじめまして、シロウ。私はアーサーです。助けてくださりありがとうございます」
いつまでも寝転がっていては無作法だ。上体を起こして、シロウと視線を合わせる。
彼の瞳に一瞬おかしなな色が浮かんだ。深い安堵、そして喜びだろうか。
疑問を覚えたが、その色はすぐに消えてしまった。今度は申し訳無さそうに眉を寄せ、ついでに頬を染めて、そばのテーブルを指す。
「悪いアーサー。勝手に装備品を外した」
そこにはアイテムボックスと納刀した【アヴァロン】、そして無残な残骸と化した皮鎧が並べられていた。大きく裂けた皮鎧を見ると、よくもまあ生き残ったものだと感嘆する。
「横になるのに邪魔だろうなって」
「構いませんとも。ああ、でもこれは……」
もはや修繕不能。予想外の出費にため息が出そうになる。買い替え時期の剣と合わせていくらかかるだろうか。
残念そうにしたアーサーに、シロウは何故か深々と頭を下げた。ごめん、と言って、
「もう少し早く出られればよかった」
「いえ、頭を上げてください! あれは私の責任です」
責めた訳でもないのに謝罪されむしろ困惑してしまう。
俺が、いや私がと言い合い、どうにか自己責任として納め、ようやく話題を変える事ができた。
「私が気絶している間の事を聞かせてください」
シロウの説明を纏める。
アーサーが気絶した後、仲間の2人(それぞれシュウ、フィガロという名前)とともにカメレオンバジリスクと戦闘した。フィガロがアーサーの回復と避難を担当、シロウはカメレオンバジリスクを足止めし、シュウが倒した。
その際フィガロは下級回復薬しか使わなかったが、部位欠損が治ったらしい。
「すごいな。やっぱりエンブリオの効果か?」
「……心当たりは、あります」
思い出すのは数日前のこと。ネットのインフィニットデンドログラム掲示板で自分のエンブリオがどれほどの性能を持っているのかを調べた事があった。
掲示板には様々な人種が集まる。中にはエンブリオのスキルやステータス補正、何が目的なのかエンブリオの全情報を明かす者も。
強力な代わりにコストを要求するもの。
多彩な代わりに補正の低いもの。
それらと【不可侵幻想 アヴァロン】を比較して、アーサーは愕然とした。
不可侵幻想 アヴァロン 第1段階
TYPEアームズ アクセサリー5枠・防具1枠 使用
装備補正ー(無し)
ステータス補正
HPー
MPー
SPー
STR-20%
END-20%
AGI-30%
DEX-30%
LUK-30%
保有スキル
夢想の加護
触れている対象のHP・MP・SPを回復する(毎秒3%)
末路
このエンブリオはアイテムボックスに入れられず、紋章に戻せない。
さしたる回復『量』ではないというのに装備枠を多く要求し、ステータスに多大なマイナス補正を掛け、デメリットスキルまで有する。
進化で多少改善されたものの、当初は「自分以外も対象にできるとはいえ弱過ぎる」と嘆いた。そのリソースが回復『効果』に当てられていたとすれば納得できる。
エンブリオは独自性が強く、インフィニットデンドログラムもPKなど対人戦要素も含むためか、シロウは詳細を聞かなかった。
討伐後、3人はギデオンへ帰還。シュウとフィガロはギルドへの報告に向かい、自分は怪我で気絶している人物をソファーに寝かせるのも気が引けると、仮眠室を借りてアーサーを寝かせた。
『目が覚めたワン! オッス俺シュウ・スターリング!』
「フィガロだ。よろしくね」
報告を終えたらしいシュウとフィガロが加わる。犬の着ぐるみで、平原で模擬戦をしていた集団だと思い出した。
現在ギデオン周辺の安全確認をクエストとして発令。さらに騎士団が、カメレオンバジリスク本来の生息地を調査するために部隊を編成中とのこと。
一通り聞いて、アーサーは改めて3人に頭を下げた。
「重ねがさね、助けてくださった事、感謝します。危うく死ぬところでした。ぜひともお礼を」
「そんなの気にしなくていい。本当に、助かってくれてよかった」
報酬が欲しかった訳ではないと、シロウが返答。残り2人もそれぞれの言葉で同意する。
しかし、それで納得できないのがアーサーだった。
「そうはいきません。命の恩人に礼の1つもしないのは私の沽券に関わる。あまり金銭は持ち合わせていませんが、何でもします!」
立ち上がり、腕を組んで言い放つ。
三者はどうしたものか、と困ったように顔を見合わせた。彼女の表情は分かりやすく「お礼をさせろ」と主張していて、テコでも動きそうに無い。
妙案は無いか頭をひねって、フィガロが最初に声を上げた。
「なら、僕たちとフレンドになってくれないかな? それで、たまに僕と闘技場で決闘をしたり、シュウやシロウとクエストをして欲しい」
アーサーは首を傾げた。
「そんなことでいいのですか?」
「そんなことじゃない」フィガロが身を乗り出して否定する。
「何でも無いように聞こえるかもしれないけど、僕にとっては、決闘は大事なことなんだ」
訴える彼の目に、深い思いの丈を見て取れた。何がそうまで言わせるのかは不明であれ、自分が迂闊な事をしたのはわかった。
「すみません、知らずとは言え悪い事を言ったようだ。それが対価になるなら私としても是非」
「いや、僕も強く言ってしまった。シロウ、シュウ、勝手に決めたけど構わないかな?」
2人も異議を唱えず、これにて頑固者も満足した。
メニューを開き、フレンド登録を行う。それぞれの名前が表示されたのを確かめ、4者は握手を交わした。
「ではシュウ、フィガロ、シロウ。御用があれば連絡を。強敵との戦いであれ馳せましょう」
そう言ってアーサーは荷物をまとめる。破損した鎧をアイテムボックスにしまい、剣が折れていないのを見て鞘に収める。
「な、なあアーサー。これから予定はあるのか?」
慌ただしく外行きの準備をするアーサーに、シロウが問う。
「ええ、森の調査隊に志願しようと。できなければ、せめて街周辺の確認クエストぐらいは、と」
そう、何でも無いように答えて。
その森は鬱蒼と茂る木々が陽光を遮り、快晴であっても気温が低い。
高レベルのモンスター……特にカメレオンバジリスクが生息するうえに、もっと低いレベル帯に同じ木が生えている。樵ギルドの者達もわざわざ手を出さないため、間伐されずにいるのだ。
そこにソレは居た。
視線の先にはティアンの冒険者が9人。後衛を【盾巨人】や【剛剣士】達前衛が固める防御の陣だ。
いずれの者もレベル250を超え高い技量を持つベテランで、この森にはギルドから発せられた調査依頼でやって来た。
「……たしかにおかしいな。これだけ探索すりゃ、モンスターの数体は襲ってくるんだが」
中心に立つのは【大狩人】の男性である。今年45歳でレベルは400に迫り、単独で亜竜を撃破したこともあるこの一団のリーダー。手の双眼鏡で遠近を観察し、異常事態に眉をひそめる。
「そっすね。こっちが多いからってわけじゃなさそうだ。小鳥1羽見かけねっす」
「どうします? もっと奥まで調査しますか?」
「いや、もう帰還しよう。これ以上は騎士団と協力するべきだ」
両隣りの魔法職にきっぱりと答える。
こういったモンスターの分布変動は、この世界にはままあることだ。災害や〈UBM〉のような上位モンスターの移動で、弱い生物が逃げ出す。
リーダーは後者、高位のモンスターが原因であると判断しているようだった。
「殺気感知に反応は無いのに背中におかしな汗が流れやがる。こりゃ、昔純竜に奇襲を受けて以来だ」
全員に撤退を指示する。バックアタックに警戒しつつ近接職半数が先行し、それにリーダー達後衛職メンバー、殿としてもう半数の近接職。
そうして一行は、ギデオンへの帰路に着いた。
わずか10メテルの位置に佇んでいたソレに、最期まで気づくこと無く。
時間がかかった理由は、第1に4人一斉の会話が上手く書けなかったこと。第2に原作キャラのセリフに違和感が拭えなかったこと。他にもありますが主な理由がこの2つです。
長い休載明けでも見捨てず読みに来てくださりありがとうございます。