アスカンタのカッサンドラがホイミンを手に入れようとしていることは騎士団全員にすぐに伝えられました。カッサンドラ陣営が様子を見に来る可能性があったので、普段と変わりなく訓練などは行われていました。ただ、ホイミンを外へ出すことは避け、ホイミンが係をしている薬草畑だけはいつも数人の騎士団員とともに訪れていました。
そんなある日の午後。この日はククールと、ジャンという修道士の見習い生が一緒でした。
「……なあ、ホイミン、本当にカッサンドラのこと知らねえの?」
ククールは、雑草を抜きながらホイミンに尋ねます。
「はい。知りません」
「お前さ、アスカンタでおイタしてたんだろ? それだけでカッサンドラに目エつけられるか?」
「そうおっしゃられましても……」
ホイミンは、魔物にホイミをかけ続けていたことを「おイタ」と言われ、ちょっとしゅんとしてしまいました。
「そうだ、ジャン、お前らもアスカンタ方面だろ?」
ジャンと呼ばれた若い修道士見習いは、金髪を風になびかせています。
ククールは、はい、とうなずくジャンを見ながら、アスカンタ方面のヤツって、金髪が多いのかな、なんて考えました。お前ら、と言ったのは、ジャンにはジュールという名の弟がいるのです。
「私たちも幼い頃にマイエラへ来ましたから、カッサンドラ様のことは知りません」
「そっか……」
悪いヤツのようだ、ということ以外、ククールにもカッサンドラのことはわかりませんでした。
「どんなヤツなのか、全然わかんねえんだよな。みんなオレにはなーんも教えてくれねえし。お前らなんか知ってるか?」
「はい。見た目は中肉中背、髪は濃い茶色、瞳の色も同じ茶だそうです。肌色はペールベージュ」
「私も同じくらいのことしか知りません」
「お前らもか。見た目に特徴のねえヤツだよな」
ククールはホイミンから目を離さずに当たりの気配を伺います。
「……ククールさん、ククールさんも雑草抜きやって下さいよ、草の汁で手がかゆくなってきました」
「んだよ、ジャン、情けねえな……」
「じゃあ、少し休憩しましょう。雑草はもういいので、休んだら肥料をまいて終わりですから……」
ホイミンの言葉に、ジャンは「ふうう」とため息をつきながら腰を伸ばしました。
三人で木陰で休みます。
「……あれ、ククールさん、座らないんですか?」
ジャンは、持参した水を立ったまま飲んでいるククールを見て言いました。
「ああ。オレはホイミンの護衛だからな」
「護衛だなんて、私は大丈夫ですよ」
「そういうわけにはいかねえよ。なんつったって団長どのの命令だからな」
ククールは、少しニヤニヤして言いました。
「……でも、いつもどなたかに来ていただくのは申し訳なくて。草むしりくらい一人でできますから……」
「草むしりも結構疲れますよ。ククールさんは、草むしりしないから楽ちんでいいですね」
ジャンが口をとがらせました。
「あ、それなんですけどジャンさん、ククールさんは草むしりやらなくていいんです」
「なんで?」
「……ククールさん、抜いちゃいけないのを抜いちゃうことが多くて……」
「あ、そうなの? それなら仕方ないか」
ジャンはすぐに納得し、ククールをみてふんふんと何度もうなずきました。
「バカ、納得すんなよ。失礼なヤツめ。……ったく、まだ草の種類がわかんねえんだよ」
「ええっ? そんなことないでしょう。ククールさん、よく草むしりの罰則してるじゃないですか」
「うるせ! ジャン、お前言うようになったな!」
「ジャンさん、罰則の草むしりは、全部抜かなきゃいけないんです。その勢いで畑の方に来られたら、つるっぱげになっちゃいますよ」
「ああ、そうか。メッチャ納得した!」
「おい、ジャン、真面目に許さねえからな。 ホイミンもだぞ!」
あはは、と笑い声があがるあいだも、ククールはあたりに気を配ることを怠りません。ホイミンもジャンも口には出しませんが、そんな先輩騎士団員のククールのことをさすがだな、と思っていました。
こんな調子で、ホイミンが修道院の外へ出られるのは畑くらいのものでした。ただでさえ武器を使う訓練が他の見習い騎士より、遅れているというのに、これではますます差が開くばかりです。修道士見習いのジャンとジュールも護身術として格闘技を仕込まれていますが、ホイミンより数段上です。ホイミンは不安になって、ある日マリオンに相談に行きました。
中庭の噴水のへりに腰掛けたマリオンとホイミン。ホイミンの足は地面につかず、ぷらぷらと宙に浮いています。
「……そうか。まあ、お前の気持ちもわかるが、今はカッサンドラのことが心配だ。マルチェロ……団長もカッサンドラがこのまま黙っているはずがないと言っているぞ」
「はあ。でも、今のところ何も起きてないですよ。私のことなんて忘れてますよ。……それに、私はカッサンドラ様が思うほど力はありません。できる魔法だって、ごく一般的なものです」
「うん。そうなんだが……」
マリオンは、魔法のことはよくわかりません。ただ、みんながホイミンの魔法能力はケタ違いだ、というものですから、そうなんだろうなとは思っているのですが、実際にどうすごいのか、よくわからないのです。ホイミンを保護する前にあった魔物騒ぎのときに、回復術がかかりまくっていたのは見ていましたが、それが魔法のできる者にとってどのくらいの能力なのか、さっぱり見当がつきません。それに、院長と団長様から「お前はすごい奴だ、とほめすぎるな」とクギを刺されていましたので、なんと返事したものか、と困ってしまいました。
「……私は早くほかの見習い生と一緒に訓練がしたいです。少しでも剣の腕を上げたいと思っています。……そうだ、マリオンさん、個別に指導してくださいませんか?」
ホイミンは青い瞳をキラキラさせて言いました。
「あ、いや、そうだな……」
大柄のマリオンには、小さいホイミンと剣を合わせるのはとても難しいのです。これが団長様でしたら、うまく合わせることもできるのでしょうが、彼はなんといっても不器用ですから、うっかりホイミンに怪我でもさせてしまったらと思うと、稽古をしなくて済むようにごまかすしかありません。
「……では、私が見てやろう」
「団長殿!」
中庭に現れたのは団長様でした。
「本当ですか?」
「少しだけだぞ。さあ、構えろ」
「はい!」
ホイミンは張り切って腰のレイピアを構えます。
中庭で突然団長様が稽古を始めたものですから、近くにいた者がなんだなんだと集まってきました。
「遠慮せず、かかってこい」
「はいっ!」
ホイミンは習ったばかりの基本の技を一生懸命繰り出します。ホイミンの力はとても弱いものでした。でも団長様はその一振り一振りを丁寧に受け止めます。中庭にはシャキン、シャキンと金属の触れ合う音が響きわたりました。
「はあ……、はあ……」
5分と経たないうちに、ホイミンの息が切れ始め、剣の動きもふらふらと悪くなってきました。マリオンをはじめ、見学している誰もが、これでは他の見習い生と一緒に訓練などできない、と思いました。
「お、おい、ホイミン、もういいだろう。マルチェロももう勘弁してやれよ」
団長様は、ホイミンのふらつく剣に合わせていらっしゃいます。ホイミンには、自分の剣が受け止められた後の反動にさえ耐えることができません。しかし、団長様はおやめになりません。
「いえ、ま、まだ……まだ……、うわっ!」
とうとうホイミンは剣を落とし、しりもちをついてしまいました。その瞬間、剣を振り上げ、前へ出る団長様。
「おい、マルチェロ!」
マリオンがそう叫んだとき、団長様が振り下ろしたレイピアの先は、ホイミンの頸動脈のすぐそばでぴたりと止まりました。ホイミンはヒッと、一瞬息が止まりました。首の真横に当てがわれたレイピアを横目で見つめています。
「お、おい見たか? マジだぜ!」
「おお、見たとも。……ホイミンの奴、生きたまま死んでるぜ?」
「つーか、団長殿の寸止めすげえ」
「俺も寸止まってる……」
見物の見習い生がそんなことを言っています。
「あ、ありがとうございました」
ホイミンはしりもちをついたまま、真っ青な顔で言いました。
「よし、立て」
団長様はご自分のレイピアをしまいます。
「はい……」
ホイミンはふらふらと立ち上がりました。
「よい動きをしていた。無駄のない動きだ。基本がきちんと身についている。……皆も見ていたな。今の動きが剣の基本だ。実戦ではこのように動くことはまずないが、この基本の振り方が身についていないと、弱点側から襲われるぞ。ホイミンは、どの方向からでも同じ力で振ることができている。皆もそのことを頭に入れて今後の訓練を行うように。見習い生だけではない、正式な団員も日々の訓練を怠ることのないように」
「はい!」
「わかりました!」
「肝に銘じます!」
「……ホイミン、大丈夫か」
「あ、はい、マリオンさん、大丈夫です。こし……腰は抜けませんでした」
ホイミンはまだ青い顔のまま、のろのろと自分のレイピアを鞘に収めました。
「おい、マルチェロ、焦ったぞ? あんな寸止めしなくたって……危ないじゃないか」
「ああ、悪かった。ホイミン、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。でも、怖かったです……」
だろうな、と、マリオンは言いました。
「さあ、もう終わりだ。見習い生は教義の時間だぞ。団員は森での訓練だ。準備しろ!」
マリオンにそう言われ、見学していた者も皆、「ヒヤヒヤしたぜ」「ホイミン、ずるい」「俺も団長殿に受けてもらいたい」「俺も団長殿の寸止め経験したいぜ」など口々に言いながらそれぞれ散って行きました。
「さて、俺も行ってくるか。じゃあな、ホイミン、少し休んでおけよ」
「はい」
マリオンは見習い生の教義のため、建物に入っていきました。
中庭には森へ向かう騎士団員が整列し始めています。
「ホイミン、一緒に院長室へ来い」
「はい」
ホイミンは団長様と一緒に院長室へ向かいました。
「……おお、マルチェロ。ホイミンも一緒じゃな。どうじゃ、マルチェロに稽古をつけてもらって楽しかったじゃろう」
院長は先ほどの様子を見ていたようです。
「た、楽しくは…………」
ホイミンはすっかりしょげて下を向いていました。
「うん? なんじゃ?」
「……たのしかったです……」
ホイミンは小さな声で院長に答えました。
「まあよい。して、マルチェロ、ホイミンのことじゃが……」
「はい」
「???」
ホイミンは、二人が自分のことについて何か話そうとしているのでドギマギしました。
「剣の腕前はからっきしじゃな」
「はい。その通りでございます」
ホイミンは、さっきはみんなの前で「よい動き」なんてほめられたばかりなのに、なぜだろうと思いました。
「これでは皆と一緒にしごけません。やはり体力づくりを中心にしたほうが良いと思います」
「そうじゃな。して、どのように?」
「薬草畑の仕事は、畑づくり、植え付け、草むしり、肥料撒き、水撒き、収穫等、体力を使う仕事ですのでこのままやらせます。院内ではレイピア他、武具のメンテナンスをやらせます。あとは、書籍の整理」
「本は重たいからのう……」
ホイミンは、自分がまだ見習い生と一緒に訓練できないと知り、ヘコんでいました。
「ホイミン、マルチェロは強かったろう?」
「……はい」
ホイミンは消え入るような小さな声で答えました。
「お前の動きが良かったことは間違いない。きちんと均等な力で振れている、というのも事実だ」
今更そうおっしゃられても……と、ホイミンは元気が出ません。
「力がないのは仕方がない。お前の力はこっちかもしれんぞ?」
「???」
ホイミンが団長様を見ると、団長様は人差し指を耳の上あたりに当てておいででした。
「こっち???」
「ほっほっほ……。ホイミン、マルチェロは、お前さんが頭脳派だ、と言っておるんじゃ」
「えっ? えーっ?」
そんなことを言われるとは思わなかったので、ホイミンはおろおろしています。
「お前は教義をよく聞き、理解している。記憶力もいい。何より、薬草に詳しい」
「はい……」
急に褒められて、ホイミンは真っ赤になってうつむきました。
「魔物的……いや、動物的なカンも働く」
「動物的……動物的カンなら、ククールさんにはかないません」
いっそのこと、魔物的でもいいかな、と院長は思いましたが、まじめなホイミンはまじめに答えていますので、茶化すのはやめておきました。
「……ホイミン、マルチェロは褒めておるのじゃ。力のないことを気にしてばかりいてはならん。お前さんにできることをおやり。体力はあったほうがよいからのう、マルチェロの言った作業をやりなさい」
「はい」
まじめなホイミンは素直でもありましたので、すぐに良い返事をしました。
「早速、今日は武器庫の整理に行け」
「承知いたしました!」
ホイミンはようやくにっこりと笑顔をうかべ、元気に武器庫へ向かいました。
「……して、マルチェロ、首尾はどうじゃ?」
「はい。2、3日のうちに、ククールから報告が入る予定です」
「そうか……」
「危なくないようにの」
「心得ております」
団長様は、極秘任務に就かせているククールが危なくなっても全く問題はないと思っていましたが、院長には一応、そう答えておきました。
団長とホイミンでは身長差がありすぎて、稽古もやりにくそうです。団長はきっと185センチくらい、ホイミンは155センチくらいでしょうか。30センチも差がある! ククールは177くらいがいいでしょうか。次は、客人がマイエラ修道院にやってきます。