「やはり来ていたのか……」
深夜の団長室です。団長様は執務机におつきになり、腕を組んでおいででした。
部屋の真ん中には、ククール。ニヤニヤして立っています。本当は、執務机に寄りかかっていたのですが、「酒臭い!」と団長様に文句を言われ、仕方なく離れているといったところです。
団長様がカッサンドラと面会のためアスカンタを訪問されてから二週間後、ついにカッサンドラの使いと名乗る僧侶がマイエラ修道院を訪れました。この男、ドニの町で情報収集しているククールによれば、団長様が戻られて三日と経たぬうちに二名の護衛を従えて宿をとったとのこと。護衛の一人は目つきが鋭く、三人とも目立たぬよう振る舞っているところが、ククールの目には反って不自然に見えていました。僧侶は一日中町を探索し、夜になると目つきの悪い護衛とマイエラ地方へ探索に出ていたことがわかっています。
今夜、団長室には珍しくククールだけが呼ばれていました。
「嬉しいね、団長どの? オレの情報が役に立ったわけだ。ドニに行くのをやっと叱られなくなったし。っていうか、ドニに行ってろ、だなんてね。団長殿に待っててもらえないのがちょっと寂しいけどね。そのぶん、ドニで優しくしてもらってますけど……。ねえ、団長どのもたまには一緒に行きましょうよー」
ククールは大層酒臭く、団長様は不快感をあらわになさっておいででした。
「それで、カッサンドラの姿はなかったというのだな」
「そーです。護衛の奴らは、昼間二人だったり一人だったりしてたから、カッサンドラに連絡するためにアスカンタに戻ってたんじゃねえかと思います」
ククールは、酔いが回っているのでしょう、しきりにあくびをしています。
「でさ、うちの修道院にきたヤツは何て言ってたの?」
「貴様に報告する義務はないが、私が不在だったため(本当はいたのだが)、日を改めることにしてある。明日だ」
「そーすか」
ククールは立っていられなくなり、その場に胡坐をかきました。
「奴らの会話を聞くことはできなかったのか?」
「ああ。あいつら、酒場じゃろくな話しないからな。酒場のおばちゃんもなんもわかんねえって言ってたぜ」
「そうか」
「なあ、それよりさ、もうちょっとカッサンドラのこと詳しく教えてくんねえ?」
「……中肉中背、肌色はペールベージュ、髪は濃い茶色、瞳の色もだ」
「んだよ、兄貴のバカ!」
見習い生のホイミンやジャンと同じ量しか情報を与えてもらえないことに、ククールは腹を立てました。
「カッサンドラのことを知っても意味がないだろう。お前の任務はドニで怪しい奴らを見つけることだった」
「そーだけど……。じゃあさ、オレ、役に立った? なあ、兄貴のさあ……」
「私を兄と呼ぶな」
「なー、役に立ったの? ねえってばあ!」
ククールは床に寝そべって足をばたつかせています。
「うるさい。静かにしろ。埃が立つ」
「はーい、……ゲホッ……ゴホッ……」
さっそくせき込むククールです。
団長様は、バカな男だ、と思うことすらせず、書類を片付け、立ち上がりました。
「地下室へ行け、って言って下さい。オレもう眠くて。……ああ、団長室のベッドでもいいです。添い寝してください」
ククールはまだ寝そべったままそんなことを言います。団長様はほんの少し眉をひそめましたが、ククールのほうを見ることもせず、冷たくおっしゃいます。
「地下室へ行け。明日一日出てくる必要はない。食事抜きだ。水の持参を許す」
「えっ? 一日? 一晩じゃなくて? まじすか?」
「一日だ。引率のマリオンを呼んである。ああ、鍵をかけるように言わねば……」
ほどなくしてマリオンがやってきました。団長様から施錠の件を伝えられたマリオンは、悲しそうにしている酒臭いククールとともに地下室へ向かいました。
翌日。
日暮れ近く、団長様は姿見でご自分の身仕度を確認し、礼拝堂へ向かいました。礼拝堂には、カッサンドラの使者と、マリオンと副団長ロジエールがいるはずです。
「お待たせ致しました」
団長様が礼拝堂に入ると、カッサンドラの使者と名乗る僧侶が立ち上がってうやうやしくお辞儀をしました。
「これはこれは、聖堂騎士団長マルチェロ様、お目にかかれて光栄にございます。私、ルナールと申します。司祭カッサンドラより言付かって参りました」
ルナールと名乗った男に見覚えはありませんでした。アスカンタ城でも、カッサンドラの屋敷でも会っておりません。
「ご用向きは何でございましょう」
「オディロ院長様のお身体の具合は如何でございますかな?」
「カッサンドラ司祭様からもご心配頂いており、誠に痛み入ります。季節の変わり目に持病が起きて来るようで、今日もお休み頂いております。私が代わりに伺いますゆえ、どうぞお許し頂きたい」
「いやいや、オディロ院長様にはまたお加減のよろしい時に、司祭が伺うでしょう」
団長様が見るところ、このルナールという僧侶はさほど高くない身なりではありましたが、カッサンドラにごく近い人物と判断なさいました。
「先日はアスカンタ城へお越し頂き、王妃見舞いのお言葉、ありがとうございました」
「いえ、本来ならば院長がお見舞いに参りますところ、私のような者で恐縮至極に存じます……」
団長様は、ルナールはカッサンドラと違って、なかなか低姿勢の人物だ、と思いました。ひょっとして貴族の出ではなく、自分と同じ平民出身者なのかもしれないとも思いました。
その後も一般的な挨拶が続き、団長様は、こんな形式ばった挨拶が続くのはなぜだろうと思いましたが、その意図がわかりました。
「ああ、大変失礼致しました。……もう下がってよい」
マリオンとロジエールを退席させ、団長様はルナールを礼拝堂横の小部屋に案内しました。
「ルナール殿、申し訳ございません、修道院には謁見の間のような部屋がございません。院長室以外でお客人にいて頂けるところはこの礼拝堂のみなのです。あとは宿舎になっておりますので」
「いや、お構い無く」
「……して、ご用向きとは?」
「ホイミをかける子供を引き取りたいのです」
「ほほう? 親御さんが見つかったのですか?」
いやにはっきりと本題を出してきたな、と団長様は思いました。それほど自信があるのか。
「いえ。ご存知かも知れませんが、わが司祭は子供の教育、特に呪術教育に力を入れております。あの子供には果てしない可能性があると司祭は期待しておるのです」
「そうですか」
「はい。ぜひとも面会させていただけないでしょうか」
「呪術教育ですか。……本人が望まなければ如何いたしますか?」
「どういうことでしょう?」
「あの者は望んで騎士団を志願し、養子縁組までしております」
「取り引きを、とおっしゃっているのですか? マルチェロ殿」
ルナールの態度が変わって来ました。
「いえ、そのような。ただ、我々は、本人の希望を重要視していると言いたいのです。あの者が呪術に興味があれば、またとないお話ですな。本人次第ですが。まず、我々が本人の意向を聞いておきます」
「では、直接私も……」
「そうですな。訓練もご覧になられるといい。ドニへお泊まりか? 日も暮れかけたゆえ、宿舎の一室をご用意致そう」
次の日、騎士団訓練の様子を見学し、ホイミンとの面会を果たしたルナールは、騎士団宿舎の同じベッドで天井を眺めていました。すると細く開けた窓から、しゅっと投げこまれる羊皮紙。ルナールは素早くそれを読み、懐から携帯羽ペンを取り出し羊皮紙裏に短く何かを書き付け、窓の外に投げ返しました。
同じころ、団長室にはホイミンとマリオンが来ていました。
「……どうだ、ホイミン。ルナールの言う魔法学校へ行ってみるか?」
「マリオンさん、嫌ですよ。私はここにいます」
ホイミンは泣きそうでした。いえ、もう涙がこぼれかかっています。
「悪い悪い、冗談だ。泣くなよ」
「マリオン、からかうな。……ホイミン、お前が呪術を極めたいというならば止めない、と言いたいところだが、私も反対だ」
「団長殿!」
「おい、待て、俺だって反対だ」
ちょっと悪者扱いされたマリオンがあわてます。
この日、ルナールは一日修道院にいて、騎士団の訓練や見習い生の訓練、教義や礼拝を見学し、ホイミンを熱心に魔法学校へ誘いました。ホイミンはよく考えます、と、言い続けていました。
「あの、それに……」
「それに?」
「……」
言いかけたホイミンが黙ったので、二人の大人も黙ります。
「……何というか、あの人気持ち悪いです。すごく、変な感じがします」
「変な感じ? そうか? 見た目普通だし、悪意や敵意があるようにも感じなかったぞ?」
だいぶ鈍感なマリオンは、自分が感じたままを言いました。
「ホイミン、どう変なのだ?」
団長様が優しくおっしゃいます。ホイミンは、ちょっとだけにじんでいた涙をごしごしこすりました。
「……普通……変……いいえ、なにしろ気持ち悪いんです」
「気持ち悪いねえ」
マリオンは窓辺に寄りかかりました。
「変じゃなくて気持ち悪い……か」
団長様はご自分の椅子の背にもたれ、腕を頭の後ろで組みました。
「あの、本当と見かけが違うっていうか……」
「なんだそれ、モシャスか?」
マリオンが笑います。
「モシャスはよくわかりませんけど、すごく、隠している感じがするんです」
団長様は、ホイミンの魔物的、いえ、動物的カンはわかりづらい、と思いました。同時に、こんな場合ククールならば分かり合えるのだろうとも。
「なんというか、本当の姿……本心を隠している……言っていることと考えていることが違うことってあるじゃないですか。でも、ルナールさんは考えていることがまったく読めないんです。……いえ、こっちは読もうなんてしていないのに、ご自分は、『かくしているんだぞ』ってこっちに押し付けてくるんです。ご自分の心を大きな盾で隠して、その盾で攻撃してくるんです」
「余計わからないよ、ホイミン」
マリオンはお手上げのポーズをします。
「『私の考えが読めないだろう』とでも?」
「はい。読みたくないのに、読ませようとする。ちょっとでも読もうとすれば盾をぎゅうぎゅう押し付けてくるような……」
「へえ、なんというか、頭がよくて性格が悪いんだな」
マリオンはちょっとだけ「マルチェロ、お前に似ているな」と言いそうになりました。
「わかった。お前は明日、正直な気持ちをルナールに言えばよい。私たちも立ち会う。それから、院長様には私からお前の気持ちを伝えておく」
「はい、団長殿、お願いします」
翌日。
ホイミンが礼拝堂にやって来ました。礼拝堂には団長様の他、マリオンとルナールがそろっています。
「……マロウ殿、どうですか、一緒にアスカンタへ行きませんか?」
「ルナール様、一晩考えましたが、お断りいたします。申し訳ありません。……昨日も申し上げましたが、私は聖堂騎士団員になりたいのです。それに、呪術に興味はありません」
ホイミンはドキドキしながら小さな声でそう言いました。久しぶりにマロウと呼ばれて調子が出ません。
「うん、私も昨日も話したね? 君には呪術師としての才覚がある。もったいないとは思いませんか?」
「思いません」
「マルチェロ殿、どうでしょう、あなたからも勧めてはいただけませんか?」
「ルナール殿、昨日も申し上げました。本人の意思を尊重します、と」
「わかりました。まずは諦めましょう。司祭が直接訪ねて参るかも知れませんが、その時はまた、どうぞマロウ殿に会わせてやって下さい」
ルナールは思いの外あっさりと引き下がりました。団長様にはそれが悪いことへの前触れのように思えてしまいました。
「さてと、ルーラで帰ります。マロウ殿、こんな術が使いたくなったら、アスカンタへいらっしゃい」
ルナールはそう言って、見送りに出たホイミンの前から一瞬で消えて行きました。
「あれは高等呪文だ。キメラの翼は同じ効果を持つ」
「ま、俺はその翼も使えないけどな」
ルナールが消えた空を見ながら、団長様とマリオンが言いました。
その晩のことです。
団長室にマリオンがやって来ました。
「まだドニに?」
団長様は、書類から目を上げて尋ねました。
ククールのツケをククールの俸給から払いに行ったマリオンが、ドニから戻って来たのです。
「そうだ。ルナールはいなかったが、護衛の二人はまだ宿をとっている」
「会ったのか?」
「向こうから声をかけられた。奴らは俺の顔を知っていた。外の訓練を偵察してたんだろうな。ルナールは帰ったようだと言ったが、「知ってる」とさ。だから、よっぽどドニがお気に召されたようで、と言ったら、まあ、そんなところだと返されたよ」
「近いうちにカッサンドラが来るのであろう」
そうかもな、とマリオンも言いました。
ルナールの申し出を断ったホイミンです。でも、カッサンドラはあきらめてはくれないでしょう。