ホイミンを魔法学校へ誘いに来たルナール。ホイミンに誘いを断られ、彼はアスカンタへ帰りましたが、帰り際、カッサンドラもホイミンに会いに来ると言い残していたので、マイエラ修道院は少しピリピリした空気が流れていました。
ドニには、ルナールと一緒に来ていた護衛がそのまま滞在しています。カッサンドラが来るのを待っているのでしょうか。変わった動きはありませんでしたが、そう楽しくもないドニにずっといるのは訳が分かりません。「よくもまあ、ドニなんかに長居できるもんだよな」とマリオンが言うほどでしたから。
ある日の午後、団長様はお仕事が一つなくなって、珍しく空き時間ができたので、久しぶりにゆっくり中庭を歩いていらっしゃいました。すると、誰かが走ってやって来ます。
「団長殿!」
ホイミンでした。
「何だ」
「あの、ククールさんがどこにもいないのです。誰に聞いても知らないようなのです。それでもしかしてまた地下室かと思いまして」
「ああ、そうだ。忘れていた。干からびているかもしれないな。あれに何か用か」
「はい、いま修道院の入り口でククールさんはって聞かれたんです。手紙渡してくれって。これです」
「女か?」
「はい、大きいおばさんでした。急いでらっしゃいました」
団長様は手紙を預かると、では着いて来い、とおっしゃって地下室に向かいました。
「……とうとう酒場でお前を覚えているのは、記憶のよい年上の婦人だけのようだな」
団長様は地下のお仕置き部屋の鍵を開けながら、おっしゃいました。
ククールはげっそりとやつれ、その床に横たわっていました。地下室行きを命じたのは何日前だったか、団長様も忘れてしまっておいでです。
「ホイミかけましょうか?」
ホイミンがそう言うと、団長様は、一回だけかけてやれとおっしゃり、ククールに手紙を渡しました。ホイミがかかると、ククールはふらふらと体を起こし、のろのろと手紙を広げました。
「た、大変だ!」
ククールは跳ね起き、見てくれ、と手紙を団長様に差し出しました。団長様は翡翠の視線を尖らせます。酒場の女主人からの手紙には次のように書いてありました。
『ククール、たぶん大変だよ、アスカンタからきてる二人組が、森であんたがよく連れて歩いてた子供をさらおうとしてる。なんか他の人も来るようなことを言っていたよ。気をつけるんだよ。あんたは赤くて目立つから、あの子供と一緒にいるんじゃないよ』
「さすがおばちゃん! オレがいない間もあいつらのこと、見ててくれたんだな」
ククールの言う通り、酒場の女主人はなかなかの監視人のようです。
「てゆーか、カッサンドラが来るんじゃなくて誘拐かよ。こないだホイミンを訪ねてきた坊さんとカッサンドラはセットじゃねえの? カッサンドラってのが来る前にホイミンを連れ出すつもりなのか?」
ククールは、小さなホイミンの頭をぐりぐりなでながら言いました。
「誘拐って……。団長殿、私はどうすればよいのでしょう」
「心配するな。ドニに腰を据えている奴らがルナール派なのか、カッサンドラ派なのか知らないが、誘拐などさせぬ」
「団長殿……」
深い緑色の瞳でじっと見つめられ、ホイミンはうっとりしています。
「おい、ホイミン! うっとりしてる場合じゃねえぞ。ちゃんと隠れてなきゃいけないんだぞ!」
「はい、わかりました」
ククールに叱られ、しゅっと背筋を伸ばすホイミン。ククールはまだホイミンの頭をなでています。
「厳戒体制をとる。外出禁止だ。見習い生は孤児院へ行かせろ。お前たちも行って団員に伝えるんだ。見習い生を一人残らず孤児院に行かせたら団員は中庭に集合。指揮をマリオンに頼め。修道院大扉前にサンソン修道士がいるから、緊急事態だとだけ伝えておけ。あの人はそれで大丈夫だ。それからホイミンはその赤いのと一緒にいろ。ひと段落したら院長様のところへ行け。赤いのに引率させるんだ。絶対に一人になるな!」
「はい」
ククールとホイミンは大きな声で厳戒態勢! と言いながら、階段を駆け上っていきます。階段を走りながら、ホイミンはククールにベホマをかけました。
「おいホイミン、今何した?」
「ベホマです。最近できるようになりました」
「い、いつの間に。……お前、それは狙われるわ……」
温かい感覚と、身体にみなぎる力を瞬時に感じたククールは少し身震いしました。
団長様も指揮を執るために階段を駆け上がります。
「あ、団長殿! 良かった、こちらにいらしたんですね」
階段を上ったところで騎士団員のアランに出会いました。
「そろそろ準備をしたほうがいいと思いまして。団長殿が午後のお仕事がキャンセルになって、院内においでだと聞きましたので。お探ししておりました」
「そうか。それで、準備とは何のだ?」
「はい、 アスカンタからのトロル討伐要請の準備です」
「アスカンタからの要請? 聞いていない」
「えっ? 昼前に、ロジエール副団長殿が緊急要請ということで承ったと。今晩出動と聞いております」
「私は聞いていない。ロジエールは何と?」
「はい、混乱を防ぐため、団員には夕方まで言うなと言われました。隊列は副団長殿が組むとおっしゃって、すでに出来上がっています」
団長様は、寝耳に水だ、と言わんばかりの厳しい顔つきで、院長様にお知らせしなければ、と言いながらアランとともに院長の館へ向かいます。団長様とアランは院長の館に続く橋のところで、マリオンに会いました。
「マルチェロ! 今、ホイミンを院長様のところへ連れて行った。俺も院長様も概要はククールから聞いた。お前の言ったように、見習いはみんな孤児院に行かせた。残っている奴がないように宿舎のほうも今ククールにチェックさせている。団員は中庭に集まっている。ところで、ロジエールがいないようなのだ。見かけたか?」
マリオンの発言に、アランはいやな予感がして尋ねます。
「あの、マリオンさんも、もしかして聞いてらっしゃらないのですか?」
「なんだ、アラン。何のことだ。今は厳戒態勢だぞ。ロジエールはいないのか」
「アスカンタの兵士長と打ち合わせがあるとかで、少し前に出かけたそうです。我々とは現地で落ち合うと。団長殿にもその旨伝えてあるが、団長殿は今回同行なさらないから、いらぬ面倒をかけるなというメモをもらっています。隊列表もできあがっています」
「おい、アラン何の話をしているんだ。誘拐犯が来るんで厳戒態勢なんだろ?」
「え? トロル討伐隊のための集合ですよね。誘拐って……?」
マリオンもアランも互いに自分の知らない話をされているので、混乱気味です。
「待て、二人とも落ち着け。我々は現在、二つの出来事に振り回されている。一つはホイミンを誘拐しようとする勢力の来訪、一つはアスカンタ正式要請によるトロル討伐だ」
団長様に言われ、マリオンとアランははっとしてお互いを見やりました。
「まず、誘拐だ。これは先ほど、酒場の女主人からもたらされた情報である。ドニに潜んでいる者たちが、仲間とともにホイミンを誘拐しようと企てているという。どんな人間が来るのかわからない。先日来たルナールかもしれないし、カッサンドラかもしれない。またはもっと別の誰かだ。だから、見習い生は孤児院に移し、騎士団員は中庭に集合させた。ホイミンは院長様のところだ。アラン、わかったか」
「はい」
「そして、トロル討伐だ。この話は私も知らない。アラン、アスカンタからの書簡は昼前にきたのだな?」
「はい。副団長殿が直接受け取ったと。団長殿にはお見せしたと申されて。ご覧になってないのですか?」
アランはもう真っ青になっています。
「私は朝食の後、院長様の代理で祈祷に行った。外出中の私が書簡を見ることはできない。内密な祈祷だったため、そのことは院長様とロジエール、マリオンしか知らない。私が修道院に戻ってからはロジエールに会っていない。マリオン、貴殿は知っていたか?」
「いや、全く。ロジエールとは午前中に言葉を交わしたが、そのあと俺は昼まで孤児院にいたからな。お前の耳に入れるために俺に言付けるつもりなら、ロジエールは孤児院にきたはずだ」
「そうだな。……事実をアラン一人だけに伝えた……」
団長様とマリオンに睨まれ、アランはびくびくしています。
「お前はこのことを誰にも言わなかったのか?」
「はい。副団長殿から話を聞いたときは、見習い生の訓練で外に出る直前でしたので、例えばマリオンさんやカミーユさんに伝えることはできません。副団長殿が、ほかの団員には隠しておけと強く申されましたので……」
「そうだよな。ロジエールが団長に書簡を見せてあると言うのなら、アランの仕事は他にない」
悪いことをしたわけではないので、団長様もマリオンも怒っているつもりはないのですが、真面目なアランはもうドキドキして汗びっしょりです。
「ロジエールは嘘をついたということだな。ただのトロル討伐なんだから、面倒だから団長のお前には事後報告でもいいか、とも考えられるが……ロジエールはそういうことはしないよな」
「しないな」
「それに、たかがトロル討伐に、副団長がわざわざ隊列を組むというのはおかしい。特別に編成する必要などないだろう」
マリオンも腑に落ちません。
「そうだな。夜間の討伐であっても、基本的な隊列は変わらない。せいぜい武器の種類の割合を変えるくらいなものだ。出立前に調整できる。……アラン、ロジエールは他に何と言っていた?」
「直接は何も……隊列表には、この通りに引率しろと書いてあります。あ、あと、アスカンタ兵との合流場所は打ち合わせで決めると聞いております。副団長殿は修道院に戻る時間がないから、日没の後、川沿いの教会で待つとおっしゃっていました」
団長様はアランから隊列表を受けとります。
「おいマルチェロ、たかがトロルなんだろう? こんな急な要請はおかしくないか? 何かの罠ではないのか?」
「私もそう思うが、行かない訳にもいかんだろう。この書簡はアスカンタの正式なものだ」
アスカンタからの正式要請を無視するわけには参りません。しかし、ホイミン誘拐犯が迫っているのです。中庭へ向かう三人の足音は、張りつめたそれぞれの感情を表すかのようにざわついていました。
歩きながら団長様は副団長ロジエールの用意した隊列表をチェックします。隊列表は一見、ごく普通のものでした。しかし、団長様のお名前がありません。先頭を行くことのないマリオンが先頭に、最後列にホイミンことマロウが。そしてその前にはククールの名前がありました。
「先頭に俺って、ないよな……」
マリオンが横から覗いて言いました。
「ないな」
団長様も即答です。
「そのほかに変わったところはないようだ。こんなもの、『先頭はマリオン、最後尾にホイミンことマロウを配置しろ』とアランに言っておけば済むじゃないか。どうしてわざわざ表にした?」
「え、ええと、副団長殿から直接聞けば、私がその隊列について『なぜですか』とお聞きすると考えたからではないでしょうか。特に、マリオンさんが先頭だということについて……」
アランの答えに、マリオンは「ああ、そうか、お前はわりと細かいこと気にするからな」と言いました。
「マリオン、アランでなくてもそこは聞かなければならないところだろう。低い可能性としては、本当に熟慮してのこの隊列なのかもしれんが。まあ、私が同行すれば関係ない。ロジエールは、私が午後の外出がなくなったのを知らないのだから」
おっしゃる通り、団長様が同行すれば済むことでしたが、中庭へ入ったとたんにもたらされた情報によってそう簡単にはいかなくなりました。
「団長どの、大変です」
ククールが走ってきます。
「何だ」
「カッサンドラが来ます」
「なに?」
「さっき酒場のおばちゃんが来てくれてさ、もう間もなくだろうって。酒場にいる護衛が、でかい声で大仕事だって言ってたって」
ドニにいた護衛は、やはりカッサンドラと通じていたようです。
「ホイミンを行かせなければよい。院長室にいれば……。だが、礼拝堂に入られると面倒だ。よし、とりあえず修道士を宿舎に入れるのを、大扉前のサンソン修道士に頼もう。院長室の警護にはククールが行け。私とアランでカッサンドラ卿を修道院の外で迎える。院内には入らせない。マリオンはトロル討伐のための団員の配置を指示してくれ」
「わかった」
マリオンは任務に就くため、集合をかけに走ります。
「あに……団長どの? トロルってなんだよ?」
「あとで誰かに聞け! お前は早く院長室に行け」
「ちぇっ。まあいいや、りょーかい」
ククールは、口をちょっぴりとがらせながら院長の館へ走りました。団長様とアランは礼拝堂へ向かいます。
「……団長殿、カッサンドラ卿が誘拐を?」
「いや、そこはまだわからん」
「……トロルはどういたしましょう」
なんとなく、トロル討伐の責任を感じてしまっているアランは、もう心配で心配で仕方がありません。
「要請の通りにするには、出発まであまり時間がないな。とにかく、トロル討伐要請が出ているので、カッサンドラ卿にはお引き取り願うしかない。あの人物を修道院に入れるのは危険だ」
「わかりました」
団長様は礼拝堂の大扉を開けました。
マイエラ修道院の入り口に立っている修道士さん(ゲームでセーブしてくれるあの人です)は、ベテラン修道士で、改宗担当という設定です。穏やかな人ですが、その責めはとても厳しく、絶対に許してもらえません。名前はサンソンと名付けました。「マイエラのきょうだい」にも登場しています。